臆病者の覚悟   作:ビーハーマー

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第3話 俺のエンブリオ

 □〈旧レーヴ果樹園〉中央 ザトー

 

 虫というものは結構嫌われる傾向にある。ツルツルとした質感の外骨格、命の温かみをあまり感じない無機質な眼、耳障りな羽音とワサワサ動く脚。

 どれを挙げても嫌われそうな要素がこんなにてんこ盛りである種はあまりないだろう。

 だが俺は違う。俺は虫が好きだった。小学校低学年の頃はよく昆虫図鑑を眺めていたし、夏休みには田舎の祖父母の家へ行ってセミを捕まえることで人生を謳歌していた。

 

 虫が大きかったら、虫取りもさらに楽しいだろうなぁ。

 そんな風に思っていた時期が俺にもありました。

 

(昔の俺よ、虫は大きくなったらとんでもなく気持ち悪いぞ……!)

 

 断言しよう。俺は今日から虫が嫌いになった。

 今、俺が相対している青カミキリムシ……【ブルー・ロングホーン】は長い触覚を揺らし、ジリジリと近づいてきている。

 先ほど挙げた虫の嫌われ要素が、サイズが大きくなったことでより強調されて俺の目に入り、心に生理的嫌悪感が湧き出てくる。

 このゲームはどこまでリアリティを追求しているのだろう。だとしてもやりすぎだ。グロをよりグロくしてどうするんだ。

 

(……さて、とりあえず倒さなきゃだよな)

 

 背中にかけていた木刀をケースから出して、虫に向ける。剣道はしたことないが、素手で挑むよりかはマシになるはずだ。

 【ロングホーン】も獲物が武器を構えたのを察したのか、自身の姿勢を低くし力を溜めている。

 

「オラッ!」

 

 眼前の【ロングホーン】に向かって、渾身の力で木刀を振るう。

 狙うは頭。俺はまだレベル0だから、手早く倒すにはこれしかない。

 攻撃は吸い込まれるようにとはいかないが頭へ伸びていく。木刀が届こうとする瞬間、

 

『KITIKITI』

 

【ロングホーン】が自身の触角を振るう。その先端は鋭利だったからか、ヒュパ、っと風切り音が聞こえた。数舜、カランと地面に物が落ちる音がした。

 見ればそこに……木刀の切れ端が落ちていた。

 

「嘘ぉ!?切れたぁ!?」

 

 木刀がたった一回の攻撃でおしゃかになってしまったぞ!?初期武器とはいえ貧弱すぎやしないかマイウェポンよ……。

 【ロングホーン】は俺の狼狽えぶりを見ておかしいのか、嗤っているかのように顎をしきりにカチカチと鳴らす。

 

(まずい。多分レベル0の俺じゃ無理だ。素手で挑もうにも全身を輪切りにされるオチしか見えんぞこれは)

 

 確か、ここは果樹園中央と書いてあった。なら真っすぐに行けば何処か出口は見つかるはずだよな。ならば退却だ。王都まで逃げねば死ぬ。初めてのデスペナが虫による輪切りとか死んでもごめんだ……!。

 俺は【ロングホーン】に背を向けて全力で走る。

 当然、相手は俺を殺すために追いかけてきた。長い触角が振るわれ、微かに俺の服が切り裂かれる。

 

 ……上等だ。絶対に逃げ切ってやる!

 

 ◇

 

 三十分、まだ俺は森の中にいた。

 分け入っても分け入っても、青い森であり終わりが見えてこない。出口はどこにある?

 既に俺の体は疲労困憊でステータスウィンドウにも文字通り【疲労】が出ている。

 

『KITI』『VUVUVU』『SYAAAAA!』

 

 今、俺を追っている虫も【キラービー】や【ソルジャーアント】などが加わり、いつの間にか数十匹の群れとなっている。某黒い羽虫は一匹みたら三十匹いると思え、と言うがどうやら別の害虫にも当てはまるらしい。

 

(ジョン・スミスの野郎、いつか強くなったらぶっ飛ばしてやる……!)

 

 この逃走の直接的原因であるあの男を恨みつつ俺は逃走を続けていく。が、俺のステータスが貧弱であるのと、【疲労】によって俺の足の動きは鈍くなりつつある状況だ。

 それは致命的であり、いくら虫達の速さが遅いとしても、徐々に差が詰められていってしまうのは自明だ。

 このままでは、捕まる。そう思って後ろを振り返る。だが、予想に反して虫達は俺のすぐ近くまでは来ていなかった。

 

(あれ、おかしいな。蜂ぐらいならもう俺を刺してもおかしくないはずなのに)

 

 不思議に思ったが、あまり気には留めずにまた俺は走る。

 そして、逃避行の結末は三分後にあっさりと迎える。

 

 

 しばらく虫達と鬼ごっこを続けていると、木々へ次第に木漏れ日が差し込み、目の前の景色が大きく開けてくる。その先には王都の白い城壁が見えてきた。

 出口だ。ああ、これで助かったんだ。ようやく一息つける。

 ……そう、思ってしまった。

 希望を持ってしまい、足の動きが速まる。何の警戒もせずに進んでしまう。

 森を抜ける直前、何かを踏んでしまう。感じるのは、しっかりとした大地の踏み応えではなく、何かが蠢く感触。

 

(……ん?何か踏ん――)

 

 ――草の色と同化していた緑色のカミキリムシ……【グリーン・ロングホーン】の触角が腹にズブリと突き刺さる。

 そして、勢いそのままに触角は俺の腹を貫通した。

 

「……はっ?……え?」

 

 さらに、【グリーン・ロングホーン】はどこからそんな力が出ているのか、触角に突き刺さった俺を持ち上げ、森の中へ戻すように放り投げた。

 一瞬だけ浮遊感を感じた後に地面とぶつかり、何回か転がって俺の体は止まる。

 そして、先ほど俺を追っていた虫の群れが到着した。

 

『GYOGYOGYO!』『GYAGYAGYA!』

 

 俺が動けなくなったのを無機質な複眼で確認すると、虫達は狩りの成功を祝うかの如く思い思いの鳴き声をあげる。その中には俺の腹を刺した【グリーン・ロングホーン】も加わっていた。

 

(そうか。俺が後ろの奴らに気を引かれている内に、別動隊が先回りして待ち伏せしていたってことかよ……!)

 

 早くに気づけばよかった。そんな遅すぎる後悔が頭に響く。

 体を動かそうと試みる。だが、僅かに動くばかり。目に入るステータスには【腹部貫通】・【出血】が表示されている。

 辛うじて動く目を使い、腹がどうなっているのか確認する。

 見えるのは、泉のごとく湧き出てくる血と、それによって真っ赤に染め上げられた自身の装備。

 痛覚は無いはずなのに、傷の周りに熱が集まってくるような感じがした。

 

(ああ、これは無理だ。詰んでる)

 

 武器が無い。体は動かない。HPは三割を切った。おまけに敵は数十匹ときている。

 逆立ちしたってこちらに勝ちの目は無い戦闘。誰が見ても分かり切った結果になるだろう。

 

(もう諦めるか。ま、俺ならこんなものだろうなぁ)

 

 抵抗を諦めて俺が体を脱力すると同時に、虫達の咆哮が終わる。全部の眼が俺の方をぎょろりと向き、今まさに腸を食い破らんと口をしきりに打ち鳴らしている。

 

(しかし、このゲームに来てからまだほとんど時間経ってないのに、あの男に遭遇したり虫に食い殺されたりと最悪だな)

 

 ぼんやりとしてきた思考しか機能しなくなった体に、【キラービー】が迫る。

 そして一番槍を突き立てるかのように、自身の針を俺の頭に刺そうとし――

 

「虫風情が何をしているのかしら」

 

 ――体がぐじゅりと溶けた。

 

 誰かがいる。【出血】による貧血で視界が薄れてきているので姿はよく見えない。

 声からして女性なのだろうか。

 何故こんな所に?そもそもあなたは誰?今のは何が起きたんだ?そんな疑問ばかり浮かぶ。

 

「レムの実を食べに来たらこんな事が起きているなんてね。虫風情が人を食べるなんて私が許すはずないでしょう?」

 

 そこから先はよくわからなかった。謎の女が何かを出し虫達を殺しつくす音。

 俺が覚えているのはそれだけであり、事の顛末がどうなったのかを知る前に俺の意識は途絶えた。

 

 

 □王都アルテア とある病室 ザトー

 

「……ここは?」

 

 目が覚めると、俺は見知らぬ部屋にいた。

 全体的に白を基調としており、埃一つない清潔感あふれる印象でどこか安心する。

 俺の服装を確認すると、トマトが潰したような色合いになったさっきまでの装備ではなく、簡素な青い長袖の服になっている。

 サイズはあまりあっておらず、腕の全体が袖にすっぽりと覆われていて少し気になる。

 

「現実じゃなくてゲームの中か。……デスペナしなかったのか俺」

 

 メインメニューが表示されることも確認する。まだゲーム内ということは、どうやら俺はあの後奇跡的に生き延びたらしい。

 

(あの女性が助けてくれたのか)

「あら、お目覚め?」

 

 彼女の行いをありがたく思っていると、誰かが扉を開けて入ってきた。

 声がさっきの女性と重なって聞こえる

 もしかしたら俺を助けてくれた人なのだろうか。それを確認するために来客をまじまじと見てみる。

 

 彼女の体は結構特徴的であった。

 俺よりも少し高い身長……180センチはありそうな体躯。

 肌の色は、アルターで中々見ない色……麦畑で輝くような褐色である。

 髪は首元辺りで切り揃えられており、艶やかな黒色がとてもきれいだった。

 瞳は若葉を思わせるような黄緑であり、活き活きとした印象を彼女に与える。

 

 そして、装いはジョン・スミスのようにファンタジーから浮いた現代風のものであった。

 色々と起伏も大きい体をノースリーブの黒いセーターとジーンズで包み込み、足には革のブーツを履いている。

 一番特徴的なのは頭であり、巨大なヘッドセット……竜の角みたいなのをつけている。

 

 頭の角を除けば現代人だと通用しそうではある美人な女性、というのが一目見た俺の感想だった。

 

「起きてくれて都合がいいわ。はいどうぞ、レムの実っていうの。美味しいわよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 女性は持っていた籠から果実……レムの実を取ってこちらに一個差し出してきた。さっき俺がもいで食べた果実だ。レムの実と言うのか。

 断る理由も無いので、お礼を言ってから貰い一口齧る。やっぱり美味しい。

 

「うん、もう怪我は大丈夫みたいね。お腹の傷ももう塞がったはずよ」

 

 そう言われ、腹を確認するために左手で服をめくる。包帯は巻かれていたが、もう血は出ていなかった。

 

「ここの病院は腕のいい【名医】が居てね。私があなたを担ぎ込んでから、ものの1時間で直してくれたわ。もう退院してもいい具合だと思うわ」

「あっ、やっぱりあなたがここまで助けてくれたんですか」

「大変だったのよ?あなた死にそうだったんだから。いくらマスターといえ、すぐ近くで死なれたら目覚めが悪いわよ」

 

 そりゃあ、誰だって目の前で人が虫に食い殺されるシーンは見たくないよなぁ……。

 

「色々とありがとうございます」

「どういたしまして。……あっ、そういえばあなた見たところレベル0よね。どうしてあんな所にいたのかしら?」

「えっ」

「〈旧レーヴ果樹園〉はあまり人も立ち寄らない場所なのよ。【猛毒】や【麻痺】持ちの虫がワンサカ湧いているし、倒しても旨くは無いしでマスターやティアンからも不人気よ」

 

 その言葉を聞いて、wikiで見た情報が頭に浮かぶ。

 〈旧レーヴ果樹園〉、それはアルター王国のスタート地点近くにあるダンジョン。

 昆虫型モンスターが多く生息しているため破棄された果樹園だったはず。

 易しいダンジョンだと勘違いした初心者が、意気揚々と乗り込んでぶっ殺されることで有名と書いてあった。

 確か、通称は……“初心者殺し”。

 虫達に襲われた時はパニックで気づかなかったが、今はちゃんと思い出せる。

 ……ジョン・スミスの野郎、的確に最悪を選びやがったのか。

 

「ええと、実は……」

 

 ◇

 

「……謎の男に転移されて、その行き先があそこだったと」

「はい……」

「それは災難としか言いようがないわね……」

「全くです……」

 

 本当に何だろうあの男は。

 

「あなたの話も聞かせてくれてありがとう。もうすぐ夜になるしそろそろお暇するわ」

 

 話し込んでいると、気づけば外は夕焼けになっていた。俺が意識を失った時は昼だったから、結構時間は経っているらしい。

 

「あっ、じゃあお見送りします」

 

 幸い、腹の傷以外は無事だったためすぐに動ける。

 お礼になった人だ。せめて見送りぐらいはしなければ。

 

「あっ、そうそう。治療費は私が払っておいたから。新米マスターさんの所持金だと厳しそうな金額だったしね」

「えっ、ちょっ!?流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないですよ!」

「いいのいいの。マスターのエンブリオ発現の瞬間に立ち会うなんていう珍しいことも出来たし。そのお礼として、ね?」

「……えっ、俺のエンブリオ?」

 

 俺にとって重要な言葉が聞こえた気がする。……エンブリオが発現した、って言いましたよね?

 〈エンブリオ〉。それはその人自身の可能性の象徴。その人だけのオンリーワン。とても魅力的な言葉だ。

 あまり自分の能力に期待はしていない俺でも、やっぱりどこかワクワクする所もある。

 

「ええ、そうよ。あなたを担いで走っている時に、右手から何か光が出たと思ったら発現していたわ。いきなりの事で私ビックリしちゃったわよ」

 

 一体、どのカテゴリーになったんだろうか。アームズとかチャリオットだったら楽しそうでいいのだけれど。

 

「す、すいません。今ここでエンブリオを見てもいいですか?」

「え、別にいいけれど。……あなたもしかして気づいてないの?」

 

 彼女は何だが不思議がっていた様子だが、スルーする。

 ……ええと、確かエンブリオは左手の紋章に収納されているとwikiに書いてあったはず。

 左手を見てみる。

 そこには、般若の面が刻まれていた。それが浮かべている形相は凄まじく、ちょっと怖い。

 これが、俺のエンブリオの紋章。こんなに迫力があるのならもしかしてエンブリオも強いんじゃないか、という期待が湧いてくる。

 

「よし!出てこい俺のエンブリオ!」

 

 エンブリオが紋章から出てくるように念じる。だが、反応は無い。

 

「……ん?」

 

 出てこないのを疑問に思い、もう一回念じてみる。やっぱり反応は無い。

 

「……あれぇ?」

 

 おかしいぞ。もしかして透明なエンブリオなのか?

 

「あなた本当に気づいてないのね……。そこにあるじゃない」

 

 俺に呆れているのか、彼女はため息混じりに指摘する。

 彼女が指さしているのは、俺の方向。

 ……もしかして後ろ?振り返ってみるもエンブリオの姿は見えない。

 

「ああもう!だ・か・ら!その右腕(・・)がエンブリオじゃないのよ!」

 

 ……え?俺の右腕?

 彼女に言われてすぐさま右腕を見る。

 よく見たら、俺の右袖がおかしい。腕の姿はダボついた服に隠れて見えないが、何故か他の部位と違いそこだけパツパツになっている。

 袖をまくり、何がどうなっているのか確認する。

 

 ――異形の腕だった。

 人に似てはいるが、明らかに人では無いナニカ。

 俺の皮膚とは違う赤黒い肌。

 五指には触るもの全てを裂きそうなほど鋭い爪。

 腕は丸太のように太く、左腕と比較するととてもアンバランスな印象を受ける。

 

 ……一言でいうなら、“鬼の腕”だ。

 

「これが……俺の?」

「そう。それがあなたのエンブリオよ。間違いないわ」

 

 ステータス画面で能力を確認してみる。

 そこに「〈エンブリオ〉」という項目が増えている。

 そして、俺のエンブリオの詳細が示されていた。

 

 【戦逃鬼 イバラキドウジ】TYPE:ガードナー。

 俺の腕と置き換わったガードナー。

 それが俺のエンブリオだった。

 

 ……何というかまぁ、色々と言いたい。

 どんな能力なのか、ステータスは、モチーフが何故これなのか。そんな疑問ばかり湧いてくる。

 ……けれど、まずこれだけ言わせてくれ。

 

「これじゃモンスター(ガードナー)というより、(アームズ)じゃねぇか!」

 

 そんな俺のツッコミが病室に木霊する

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