臆病者の覚悟   作:ビーハーマー

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第5話 遭遇

□〈イースター平原〉【拳士】ザトー

 

「ここはいつも晴天だなぁ」

 

 ログイン初日から早くも三日が経ったが、今日も俺はデンドロに勤しむ。

 プレイ時間が平均9時間は超えているが、大学は春休み中なので今のところ問題なし。

 強いて言うなら、ログアウトした後に、現実で感じる空腹感が物凄いことぐらいだ。

 

 俺は現在、【拳士】のレベル上げをするために、アルター王国の初心者向け狩場の一つに来ている。

 この場所は〈イースター平原〉。王都アルテアの西に位置するフィールドで、見晴らしがとても良い平原だ。

 都の近くとあってか、ポップするモンスターは【リトルゴブリン】や【パシラビット】などザコばかりであり、初心者のレベル上げにオススメされている。

 そいつらを殴り倒していって今現在、俺のレベルはちょうど三十レベル。下級職のレベル上限が五十なので半分を過ぎたところだ。

 ステータスも微小ながら上昇し、敵を倒すことも楽になりつつある。

 

(とりあえず、【拳士】がカンストするまでここで狩るかなぁ)

 

 では、今日も頑張ってレベル上げしよう。

 

 

 ◇

 

 

「すっごい疲れた……」

 

 二時間後、俺は平原の上で大の字になって休んでいた。

 レベルは五ほど上がったが、最後の戦闘で【パシラビット】のタックルをモロに喰らってしまい、HPは二割を切ってしまっている。

 

「【拳士】のENDがやっぱり紙すぎやしないかぁ……?」

 

 回復のため、HPポーションを飲みながら俺はそう呟く。

 何故、雑魚にここまでやられたのかには理由がある。

 

 【拳士】というのは、端的に言うならば超至近距離から攻撃を行うジョブである。

 そのためなのだろうか。ステータスは第一にAGI、次点にSTRとHP、SPが並んで伸びていく傾向にある。その他は雀の涙ほどの上昇量しかない。

 故に、俺の現在のステータスは補正も相まって、AGIが突出しており、他はSTRとHPとSPがちょっと伸びている以外レベル0と大差がないのだ。

 当然、【リトルゴブリン】から棍棒の攻撃を受ければとても痛いし、弓矢は普通に刺さる。

 ……つまり、敵の攻撃を回避しつつ、自分の攻撃を当てるヒット&アウェースタイルが必要になってくる。

 某赤い彗星が言った“当たらなければどうということはない”を地で行くしかないのだ。

 

 これが結構キツイ。いくらAGIが高いといっても、基本的には、武器を持っている方が戦闘では有利だ。

 相手の懐に入ろうにも、敵のリーチの方が長ければそれは難しい。懐に入れたとしても、紙耐久のせいで敵の攻撃が怖い。

 ノーガードバトルなんてしていたら、完全にこちらがボコボコにされて負けるだろう。

 

 ……ぶっちゃけ、【拳士】は初期に選ぶのは微妙だった。リーチ超絶短い前衛職の癖に、耐久が紙とかふざけてんの?

 AGI型のジョブだというのに、刃物も持たずに相手を殴りたおせとかハードルがちょっと高い気がしてくる。

 

「まぁ、メリケンサックしか買えなかった俺が悪いんだが」

 

 少し自嘲しつつ首をひねり、両こぶしに装着したメリケンをまじまじと見る。

 メリケンはゴブリンや兎の血を浴びつつも、いまだに鈍色にピカピカと光っており、何だか、とてもバイオレンスな状態だ。

 

(でも、これのおかげで【拳士】のレベル上げが順調だからなぁ)

 

 メリケンにはある程度の装備攻撃力があるので、ただのパンチも敵には痛くなっているようである。

 そのおかげで素手よりは大分マシなのが救いだ。イバラキドウジ自体も俺のステータスと大差無いし。

 

(そういや、戦闘時はやっぱり《逃走心》は発動しないんだな)

 

 ふと、赤黒い俺の右腕――イバラキドウジの事が頭に浮かぶ。

 

 あの店での一件以降、イバラキドウジはウンともスンとも言わなくなってしまっている。

 暴走する気配も全くみせず、今はただの右腕と化している。

 

(あの出来事は本当に何だったんだろう?……不気味だけどまぁいいか)

 

 謎が多すぎることを推理しても意味は無い。今はスキルの事を考えろ。

 

 ……今まで忘れていたが、《逃走心》はゴブリンと殴りあったり、兎にドつかれたりしていた時には発動していなかった。

 ここで遭遇した敵は全部倒してきたから、発動時の状態が現在もわからずじまいだ。

 逃走中のみAGIとEND二倍とは書かれているけれど、実際、どのくらいそれが体感できるのだろう?

 

(ううむ。……今日のレベル上げはそろそろ切り上げて、のんびりとスキルの検証でもするかなぁ)

 

 そう思いながら、俺は体を起こす。

 そして大きく深呼吸した後、〈イースター平原〉を改めて見回してみる。

 

 視界に映るのは、さっきまで戦っていたゴブリンや兎達。そして俺と同じ初心者なのだろう、数人のマスター達の集団だった。

 それぞれ、多種多様なモノを携えていた。

 

 ある者はいかついチェーンソー。ギャリギャリと唸る細かな刃がゴブリンをスプラッタムービーの如く削っていく。

 ある者は醜い肉塊と可愛らしい黒山羊達。……だが、それらが手に持っているのは巨大な丸太であり、それを使い、兎がミンチ肉に変貌するほど潰している。

 ある者は巨大な芝刈り機。高速回転する刃がゴブリン達に迫り、それらを全て血煙に加工していた。

 ある者は小さな工場。マスターが兎を捕らえ工場の機械の中に放り込むと、数秒後には新鮮な兎肉へと処理されていた。

 ある者は多数の円形の結界。そこに踏み込んだモンスターは、すべからく白骨化していた。うっかりしたのか、マスター自身の右腕も骨だけになっている。

 

 恐らく全てエンブリオなのだろう。

 ……だけど、何で大体がグロテスクな光景を作り上げているんだ?この光景を幼い子が見たらトラウマ物だぞこれ……。

 

「くわばらくわばら、と。……何だかこの場所にいるのも嫌になってきたし、帰るか」

 

 帰るついでにスキル検証用のモンスターいないかなぁ、と思いつつ王都の城門に向かって歩く。

 気づけば、モンスター達は先ほどのマスター達から散り散りに逃げていた。

 

 そりゃあ、仲間があんな目にあってまで立ち向かおうとする奴はいないよなぁ……。

 ……俺も立ち向かうなんて出来っこないし。

 

(モンスターもいないか。じゃあこのまま帰って買い物をするかな)

 

 HPポーションとかが心許なくなっているので、買い貯めしとこう。

 そんなことを考えていると、

 

「MOGU……」

「ん?」

 

 背後の地面が突如ボコボコと盛り上がり、

 

「MOGUUUUUUUU!」

 

 ――巨大なモグラが現れた。

 体形はずんぐりとしており、黒々とした鼻が印象的で、茶色い毛皮はとても分厚い。

 金属質な前足と爪を持っており、一目でそのモグラの得物だとわかった。

 名前は【亜竜土竜】(デミドラグモール)と表記されている。

 

 そんなモンスターが今、俺の前に出現した。

 

「……うそぉ?」

 

 亜竜級。それはモンスターの強さの段階を示している。

 NPC……ティアン換算ではあるが、大体は『下級職六人パーティか上級職一人分』に相当すると言われている。

 【亜竜土竜】と銘打たれたこのモグラはそれほどの力を有しているらしい。

 

「MOGUMOGU……!」

 

 モグラは俺の姿を正面に見据えると、舌なめずりをするかのようにしきりに両前足の爪を打ち鳴らす。

 

 ……倒せるだろうか。

 俺は現在三十五レベル。カンストすらしていないし、おまけにソロ。

 ……うん、無理だ。

 

「では、逃げますかああ!」

 

 後ろを見ないでとにかく走ろう。

 低レベルの時に亜竜級モンスターを倒すとか無理に決まってるんだ。だったら、《逃走心》の検証に使ってやる……!

 

 モグラが俺を裂き殺さんと爪を振り上げる。その瞬間に俺は逃走を決め込んだ。

 そして、右足で地を踏もうとした瞬間――

 

――イバラキドウジが動いた。

 

 俺とは別個の生物だということを自覚させるかのように、右腕単独で脈動を始める。

 俺の血の全てを遥かに超える量の血が右腕だけで蠢いていくようだった。

 

 そんな得体のしれない現象をよそに、俺自身の体にも変化が起きた。

 体がとても軽くなったのだ。

 まるで誰かに背中を押されているかのように、足が速く動く。

 

(おお、これがAGIが二倍化した世界!)

 

 走りながら、《逃走心》の力に喜ぶ。これなら楽に逃げれそうだ――

 

 

 

 

 と、そんな風に思っていたら、振り下ろされた【亜竜土竜】の爪が普通に俺の肩に食い込んだ。

 

「痛ってぇ!?」

 

 肩の肉が抉れ、そこから血が流れだしている。

 ……よく考えたら、逃げ始めの速度よりモグラの振り下ろしが速いよなぁ。相手の方がリーチ長いし。

 

(しかし、まずいな、HP一割切ってるんじゃないか。……と、思ったけど想定よりはダメージ低いな)

 

 焦りからHPゲージを確認したが、HPはまだ二割半残っていた。

 そういえば、ENDも二倍化されているのだった。

 ……これは便利だなぁ。【拳士】の紙耐久がある程度カバーできる。とても痛いダメージが、普通に痛いダメージにまで減少している。

 

 

 ……これが『逃走』時以外でも使えたら更に便利なんだけどなぁ!

 

「MOGUMOGU!」

 

 《逃走心》の使い勝手の悪さに歯噛みしつつ距離を離していると、モグラが本気で追ってきた。

 獲物を自慢の爪で仕留めることが出来なかった苛立ちからだろう。怒声をあげながら強靭な後ろ足で地を駆けて俺を殺さんとしている。

 速度としては俺と同等か、それよりも少し遅い程度だ。大分差もつけたのでこれならば、無事に逃げられるだろう。

 

(……けど、問題はこのまま王都に駆け込んだらモグラがどうするのか、だな)

 

 そう、このまま逃げたのなら“俺”だけなら被害は無い。けど、俺が逃げた後が問題なんだ。

 【亜竜土竜】はまだ俺の十メートル後ろにいる。鈍重そうだから余裕でぶっちぎれると思ったが、それは自分の判断違いだった。

 

 このままだと【亜竜土竜】が俺を追って王都まで侵入してしまう。そうしたら、店やティアンに被害が出てしまう可能性がある。

 さすがにそれは困る。俺のせいでティアンが傷つくのは嫌だ。

 

(だったら、俺がモグラを倒すか?……無理だな。力も度胸も無い。せいぜい八つ裂きになってデスペナがオチだ)

 

 ジョン・スミスから渡された《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】を使う考えも浮かんだが、使用してどれだけの範囲が被害を負うのかが分からないから却下。

 じゃあ、どうしたらいい。思考回路を高速回転させる。

 ……出てくるのは一つだけ。しかもそれは結構酷い策だ。

 

(何か、何か他の策は――)

 

 使えそうな物を求め、周囲を探す。

 けれども、何も見つからない。

 ……仕方ない。この策を使うしかないな。

 

 ――意を決し、体を反転させて【亜竜土竜】と向き合う。

 モグラは猛烈な勢いで俺に突撃してきていた。その巨体から繰り出される一撃はたやすく俺のHPを刈り取っていくだろう。

 

(ぶつかる瞬間を見極めろ。成功しなきゃ俺は死ぬ)

 

 モグラとの距離が五メートルに至る。……まだここじゃない。

 更に三メートルにまで迫る。まだだ、まだここじゃない……。

 そして一メートル半にまで迫――

 

(今!)

 

 ――AGIをフル稼働させ、俺は砲弾の如く迫りくるモグラを避けるべく大跳躍をした。

 《逃走心》が今現在も発動しているおかげで、常人の何倍もの速度は維持されている。それを用いた五メートルほどのジャンプが決まって、見事にモグラの突進は回避できた。

 

(……よし!ならば急いで“あそこ”へ!)

 

 転がって着地した勢いのままに、俺はまた走り出す。

 当然、モグラは俺を殺そうと急旋回。再び突進を仕掛けてきた。

 

(急げ、急げ、急げ!)

 

 モグラとの再度の逃走劇を始めること三十秒。目標が見えてきた。

 目標というのは――

 

 ――さっきまで残虐ファイトをしていたマスターの集団だ。

 

(あの集団にこいつを……なすりつける!)

 

 それが俺の策。俺はかなわないから、可能性がある人に押し付けること。他力本願の極みだ。

 

(もしかしたらMPKになるかもしれないけれど、マスターだから問題はないしな)

 

 そして、数秒後に狩りに夢中だった集団に俺(とモグラ)が合流した。

 彼らは俺が連れてきたモグラに気づき、目を見開いていた。

 ……ごめんなさい。けれど、俺じゃ無理だから頑張ってくれ。

 

「そいつ、亜竜級モンスターだから気をつけてください!じゃっ!」

 

 その言葉だけを残し俺は風の如く去っていく。

 モグラも俺のことを諦めたのか突進を止め、より多くの獲物を狩るべくその集団に攻撃を始めた。

 

 

 

 

 □王都アルテア【拳士】ザトー

 

「疲れた……」

 

 さっきの出来事から一時間後、俺は無事に王都へ帰ってこれた。

 肩の傷は意外と浅かったらしく、傷を見てビックリした衛兵が使った《ファーストヒール》で綺麗に治っている。

 

「あの人たちは無事かなぁ。……モグラ差し向けた俺が心配するのは論外だったな」

 

 まぁ、マスターに対してやったことだからそんな考えなくてもいいか。

 

「……そういや、何で初心者向けの狩場で亜竜級モンスターなんか出たんだ?」

 

 いくらなんでもおかしい。あんなモンスターが出るという目撃情報は無かった。

 何かが起きているのだろうか?

 

「冒険者ギルドに行けば何かわかるかな?」

 

 冒険者ギルドとは討伐、護衛、収集、雑事など多種多様な依頼の斡旋所の事だ。

 当然、モンスターの情報も大量に入り込んでくる。実際、モンスター賞金首リストなんて物もあるらしい。

 

「モンスターの異常に関するDINの情報とか入ってないかな」

 

 そんな事を期待しつつ冒険者ギルドへと歩を進める。

 

 

 

 

「……何だこれ」

 

 そこはたくさんの人で溢れかえっていた。

 いつもは広々とした空間もなくなり、所狭しと人がいた。

 

「もしかして、なぁ」

 

 人が多い理由をある程度察しつつも、とりあえず情報を得るために入口に置いてあった新聞社――DINの新聞を手に取ってみる。

 

 そこには……予想通り、モンスターの異常について書かれていた。

 

『アンデッドのモンスターが各地に出現』『その地に確認されていないモンスターが出現』『狼の群れによって村が壊滅』『〈UBM〉の増加』エトセトラエトセトラ。

 

 そんな記事が乱立していた。見たところ、どれも一週間前辺りから起きているらしい。

 

「この人だかりは、異常なモンスター発生への対処依頼を受ける人達か」

 

 そりゃあ、討伐依頼の供給が増えれば、需要がある人も増えるよね。

 

「俺も何か受けてみるかな。情報収集もできるかもしれないし」

 

 とりあえず出来そうな依頼を探してみよう。レベル三十五でもいけそうな物が対象だ。

 クエストカタログをめくり、ページに目を通す。

 

『討伐依頼――【亜竜土竜】』……さっきのモグラじゃないか。無理だからページをめくる。

『討伐依頼――【ギガ・スケルトン】……多分、俺じゃ倒せないやつだ。諦めてページをめくる。

 

 そんな風にページとにらめっこして五分。

 

「おっ、これなら俺でも大丈夫そうだ」

 

 やっと、可能なモノが見つかった。

 

難易度:二【討伐依頼――ティールウルフ】

【報酬:二万リルと村の特産品】

『最近、村の近くでティールウルフが大量発生しています。弱いモンスターですが数が異常なので、これらを討伐してください』

 

 ティールウルフとは〈ノズ森林〉などに生息するモンスターだ。群れをなして襲ってくるが一匹一匹は弱いので慎重に倒せば問題ないらしい。

 

「じゃあ、受注するかな」

 

 受付にカタログを持っていき、受注の願いを出した。

 必要事項の紙を手渡されたので記入して、持っていたメンバーカードと一緒に渡す。

 

「クエストの受注を確認したしました。気をつけてくださいね」

 

 

 そうして、準備は整った。モンスターの異常発生、その実態を探ってみるべくクエストが始まる。

 対象はティールウルフの討伐。

 行き先はアルテアの東にある村――テキス村。

 では、出発だ。

 

 

 

 

 

 ―――そして、悪意は嗤う。




 ちなみに、ザトーがなすりつけた【亜竜土竜】は血みどろバイオレンスな状態になって倒されました。
 倒した後は、謎の男にモグラを擦り付けられた被害者同士として友情を深めました。

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