第5話 それぞれの戦い
□■〈リヴノー山岳地帯〉・地下 【闘士】ミック・ユース
落ちる。
落ちていく。
六重の《ボトムレスピッド》によって空いた奈落の穴から、俺とヴィクターがともに落ちていく。
頭上の小さくなっていく光点と、次第に暗くなっていく世界を感じながら行動を起こす。
このままでは俺だけが地面に墜落して死んでしまうのだ。それを防ぐためにエンブリオを起動して《落下耐性》スキルと《ダメージ減少》スキルをふたつ使い着地に備える。
俺だけが死ぬと思った理由は単純。先ほどヴィクターが何かの悪魔を召喚する声が聞こえたからだ。この状況で呼び出す悪魔なんて落下を防ぐための手段以外にないだろうな。
「っつ」
数秒ほどのフリーフォールから着地に成功したのと同時に頭上から大きな爆音が響き渡る。どうやらギルドマスターが立てた作戦はうまくいっているらしい。
俺はヴィクターを探し奇襲に備えるため、《暗視》スキルと《殺気感知》スキルを使う。
だが…奇襲になど備える必要が無かった。
なぜなら、ヴィクターは俺のことを敵として認識などしていなかった。
あいつは俺の頭上で悪魔の上に乗りながら、悠々と周囲を観察している。もちろんそれは一緒に落ちてきた俺を探そうなどと言う動きでは決してなく。爆発によってふさがれた地上への穴を見ながら、ここからどうやって抜け出そうかと脱出経路を探す動きそのもの。
その動きが頭にくる。
俺は視界に入れるにあたわないのかと。
だから――無理やりにでも入れてやる。
「はあっ!」
アイテムボックスから取り出した一本の投擲槍を、ヴィクターめがけて思い切り投げてやる。
投擲槍は風を切り高速でヴィクターに接近し、ヴィクターはその一撃に気づかずに目の前まで到達して……不可視の壁に阻まれて落ちる。
「ちぃッ!」
「ふむ?」
阻まれたこと自体にはさほど驚愕してはいない。だがやはり一撃入れてやるという意思を持ってはなった攻撃を意に介さずして防がれたのだ、舌打ちをしてしまう。
阻まれた理由はあいつが持つ装備の効果だろう。ここに来る途中の竜車の中で最優先連絡事項のひとつとして、そのことについては聞いている。
あれこそがかつてヴィクターが〈ミルキオーレファミリー〉の戦闘メンバーと共に倒した、逸話級UBM【障壁狐 ファルクス】のMVP特典【障壁輪 ファルクス】の力なのだろう。
その詳細についてはギルドマスターも知らないという事だが、道中に聞いたUBMやMVP特典の内容を聞く限り強力な力を持っていることは間違いが無いと思う。
こちらの攻撃が満足に効かないような相手にどうやって立ち向かおうかとヴィクターの方を見ると、ヴィクターはようやくこちらのことを認識したようで、乗っている悪魔の高度を下げて降りてきていた。
「っへ、やっと降りてきやがったか」
「《コール・デヴィル・ダークウォーカー》。……ん?はあ、誰かと思えば貴様か。ああ、確かに私と一緒に落ちてきていたな、察するに君は上が片付くまでの足どめ役といったところか。全く、これがギルドマスターならばお互いの力と叡智と技術を研ぎ澄まし合う絶好の研鑽の時になったというのに。それでなくても“悪魔剣”ならば邪道を走る者を正道に戻す大義があるし、あの若い【悪魔戦士】の少年ならば我らがあるべき真の姿と言う物を教授出来たというのに……なぜ、君なんだね?まったく、ポイントの無駄遣いに他ならないよ。君みたいな矮小な下級相手に私の力をふるわなければならないのだからね」
「あ?」
こいつ、俺のことを眼中にないって、俺みたいなのを相手にする価値が無いってそういうことを言っているのか。ふざけるな。
「いくぜ、ヴィクター・ミルキオーレ。テメェは俺が倒す」
「身の程と言う物を少し弁えたらどうかね、まあいいだろう君を放置したまま上に戻ることは難しいようだしね。相手をしてあげよう、なにすぐに終わるさ」
まだ言うか。
ヴィクターを「仕留めてやる」と、俺はアイテムボックスから双剣をとりだし、地面を駆ける。
これがこの地下坑道での戦いの合図となるのだった。
□地上 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス
「ヴィクター様っ!」
「お師匠様っ!」
「父上!」
ミックとヴィクターが穴に落ちていく。
この場に居る〈ミルキオーレファミリー〉の連中は、自らが尊敬する人物であるヴィクターが落ちていくのを見て、驚愕し混乱して叫ぶ。
敵がヴィクターのことに気をとられている間に、俺たちは次の行動に移る。
ギルドマスターの作戦によって作り出した、この時間的優位と相手の隙をわざわざ見過ごす手はないのだから。
「“来い爆弾魔”《コール・デヴィル・グランドボマー》」
ギルドマスターが《グランドボマー》を召喚する。
これは俺が切り札の一つとして使う《ボムトルーパー》の上位召喚スキルで、これによって6000という莫大なポイントと引き換えに、爆発力が格段にアップした悪魔を呼び出すことができる。
その《グランドボマー》を俺たちが造りだした奈落に続く穴へとさし向ける。
穴の近くには落ちたヴィクターを心配した、敵の徒弟たちが数人いるが…全く問題ない。
穴の中央まで移動させた《グランドボマー》を周囲に居る数人の徒弟たち諸共、盛大に自爆させ穴を完膚なきまでに崩落させる。
「ぎゃああっっ」
敵の悲鳴を聞きながら、作戦の推移を確認する。
そうこれが、質と数で勝る相手に対する対処法の二つ目。それが敵の頭にして最大戦力を隔離して封印すること。
だが、単純に隔離しただけではすぐにヴィクターは出てきてしまうだろう、だからそのためにミックには、足どめとしてヴィクターの戦いの相手をしてもらうために一緒に穴の下に落ちてもらう事とした。
俺たち4人の中で、ミックが選ばれた理由は二つ。
ひとつは、彼がたとえ死んでも3日後に復活する〈マスター〉だから。
もうひとつは、ミックがこの3人の中で一番勝率が高いから。
ヴィクターと同じタイプの俺やギルドマスターでは勝ちの芽はないだろう、そしてアルフレッドも戦いの根幹は俺たちと同じ悪魔召喚なのだ、悪魔召喚と言う同じ土台では地力がはるかに勝るヴィクターに勝ち目などない。
だが、下級職とはいえ個人戦闘型のミックは別だ。あいつだけは悪魔の群れをかき分けて敵の喉元に食らいつくことができる。
敵の守りに関しては分らないこともあるが、ギルドマスターにもろもろを説明された後、足止めを頼まれたミックは「それはかまわないけど、別にあれを倒してしまっても構わないんだろう?」と返していた。ギルドマスターはその言葉を聞き「ああ」と頷いて作戦を任すことになったわけだ。
だが、ギルドマスターたちもミックも知らないんだろうけど、それはフラグだ。
っと、考えている場合ではないな。これは俺たちも行動に移す場面だ。
「“来い”《コール・デヴィル・ビギナーキャスター》」
「“来い”《コール・デヴィル・ロジティクス》」
「っつ、どういうつもりだ。“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」
「“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」
「“来い”《コール・デヴィル・バタリオン》」
・
・
・
俺たちが悪魔を召喚するのに反応してか、生き残っている22人の敵の徒弟たち全員がしめしあわせたかのように《バタリオン》を召喚する。
《バタリオン》は《チーム》の上位互換であり、超級職である【魔将軍】の《コール・デヴィル・レジメンツ》の下位互換スキル。
【悪魔騎士】で最初に覚えているスキルであるため基本的なスキル扱いらしい。
そしてその効果は1000ポイントと引き換えにして【ソルジャー・デビル】を16体・20分で召喚するというもの。【ソルジャー・デビル】は《レジメンツ》で呼び出される悪魔と同じであり、HPとLUKを除くすべてのステータスが100になっている弱い悪魔だ。
だが弱いといっても総勢22人による《バタリオン》の召喚によって、352体の群れとなっているこの状況は普通に危機感を覚える。
俺一人で戦えば、敗北は必至だろう。
だがこれも別に問題はない……そもそもこいつらの相手をするのは俺じゃあない。
「ローガン!」
「ああっ」
俺とアルフレッドは352体の群れと22人の【悪魔騎士】無視して、アルフレッドが呼び出した運搬・輸送用召喚悪魔《ロジティクス》に乗り込む。
あいつらを無視して移動するのは、もちろん敵の本拠地に直接乗り込むためだ。
「なっ!貴様ら逃げるのか」
「悪いがお前らの相手をするのは俺だ、“来い”《コール・デヴィル・メガロニカナイト》」
戦闘力を持たないがゆえに高いAGIによる高速移動が可能な《ロジティクス》によって、俺たちは後方に聞こえる敵とギルドマスターの声を耳にしながらこの場を後にするのだった。
◇◆◇
あの二人は……無事に離れることができたようだな。
俺はここに残っている22人の〈ミルキオーレファミリー〉の徒弟たちを《看破》によって見る。
やはり……レベルが低い。
確かに全員レベル50を超えて【悪魔騎士】に至ってはいるが、この中で【悪魔騎士】のレベルが一番高いやつでも62までしかいってない。平均してしまえば合計レベルが100いくかどうかと言ったところだろう。
それでは奥義の《メガロニカナイト》をはじめとした強力な召喚悪魔は呼び出せないし、それにあいつらの今までの行動を見る限り、おそらくあいつらは養殖によって生み出されている。
いちいちあいつらの行動が、ワン・ツーテンポ遅いし拙い。やはりこいつらの足止めを俺ひとりがすることにしたのは正しかったなと作戦の成功を喜ぶ。
「っギルドマスター。あなたは確かに強いが、この22人に勝てると思っているのですかな?」
「楽勝だろ?てめぇらが束になってもかないっこねぇよ」
ただの煽りではなく、実際にそう思っているからな。
俺は横に立つ5m程の金属鎧におおわれた悪魔を見る。その悪魔は両手で大剣を掲げ尻尾を地面にたたきつけながら、兜のスリットから除く赤い目が残光をまとわせながら周囲を睥睨している。
今までの悪魔ではあり得ない威圧感を内包した存在。
それもそのはず、この俺が呼び出した〈メガロニカナイト〉は純竜級の悪魔。
召喚に五万もの消費が必要な代わりに、そのステータスはまさに純竜級のステータスを誇り、複数の戦闘スキルも兼ね備えた大戦力。
ヴィクターの野郎なら同じ《メガロニカナイト》を出したり、さまざまな召喚悪魔を組み合わせて倒すこともできるんだろうが、まあこいつらには無理だな。
「ぐっ、こんなときにお師匠様がいてくれたら…」
「っそ、そうだ。ヴィクター様をどこにやったんだ!」
「あん?てめぇらもしかして知らないのか?この周囲にはいくつか大昔に廃棄された炭鉱があるんだよ、その内の一つの大きい空洞にヴィクター達を落っことしただけだ。というか、このあたりを拠点にするんなら少しは周囲を調べておけってんだ」
「っは…廃鉱だと?!そんなものがあるなんて知らないぞ、もしそんなものがあるのならなんで、俺たちはあんなに苦労して大量のポイントを消費してまでアジトを作ったんだ!」
「うわーw」
確かにヴィクターの野郎は昔っから悪魔召喚以外のことに関しては疎かったが、全く調べてなかったのか。
この廃鉱ができたのは800年前のことで、三強時代の動乱の中で資料のほとんどは失われたといっても、あるところにはあるんだがな。ヴィクターが疎くても徒弟たちはそのことについて何も言わなかったのかねぇ?
そのことを知らずにポイントを大量消費とか【悪魔戦士】系統としては致命的なミスだな。まあ今回はこっちのプラスになるミスだったが。
「ああいいや、そんじゃてめぇら覚悟しろよ」
そして《メガロニカナイト》を動かしながら新しい悪魔を召喚する準備を始める。
そしてこの地上でも新たなる戦いの火蓋が切られた。
□アジト内 【悪魔戦士】ローガン・ゴールドランス
あの戦いの場をギルドマスターにまかせて、アルフレッドが呼び出した《ロジティクス》にのり、数分かけて〈ミルキオーレファミリー〉のアジトの入口にたどり着くことができた。
その後、アルフレッドが呼び出した《コール・デヴィル・スカウト》を先頭に立たせて警戒をさせながら、俺たちもその後ろに続いていく。
道は整理されているわけでもなく、松明の明かりに照らされた岩をくりぬいただけのようなごつごつした悪路。
「作戦通りではあるが、ギルドマスターは大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょう。《看破》は取ってないので相手のレベルは分りませんでしたが、挙動を見る限り彼らはそこまで強くない。あれなら数が倍になろうともギルドマスターの敵ではありません」
相手の弱い連中をギルドマスターがひとまとめに相手をする、というのがギルドマスターが立てた作戦のひとつ。
その作戦に対して「なんで、全員で一気にやらないのか?」と聞いたが、その理由は時間の問題らしい。
ここでいう時間は〈ミルキオーレファミリー〉が造ろうとしている召喚悪魔が完成するまでの時間というわけではなく、もしミックが敗れた場合に廃鉱からヴィクターが出てきてこちらを倒しに来るまでの時間のこと。
その可能性を考えて弱い連中をギルドマスターが相手にすることになった。
あの数を一人で抑え込めるのはアルフレッドや残念ながら俺でも無理だろう。ここもミックと同様に消去法によって足止めとして選ばれた。
ちなみにヴィクターに二人以上で挑まなかったのは、足止めだけならミックでも問題ないだろうし、数が増えることであちらが本気でこちらをつぶしに来ないようにするためでもある。基本的に格上殺しは相手が油断していて出来るものだからな。…まあ一部そうじゃない奴らもいるが。
また敵を放置して三人でこちらに来るというのは完全な悪手だ、そんなことをしたらヴィクターの救出をされてしまってそれでジ・エンドだ。それよりも早くあいつらの目論見を潰せればいいが、それは楽観視というものだろう。
だからこうして急いでいるわけだが、ふと疑問に思い、あちらはどのような戦力なのかアルフレッドに聞いてみた。
「あちらの戦力ですか?そうですね……私の知る限りだと相手で戦力になるのはアベルだけでしょう。半年前の時点でレベルが260を超えていたので、はっきり言って私より強いですね。ただし他の〈ミルキオーレファミリー〉の連中は、【悪魔騎士】をカンストさせていないでしょうし、この儀式を成功させるために確実に《儀式魔法》スキルを覚えることができる【儀礼官】や【儀式魔術師】などのジョブに就いているでしょうから戦闘のレベルはさらに下がると思っていいと思います。おそらくあなたでも簡単に倒せるでしょう」
なぜだか、その言葉を聞き胸がじくりと痛む。どうしてだろうか?
なにが心に来たのか思い出そうと、今の言葉を回想して――
「ローガン!」
アルフレッドの声と同時に起きたのは3つのこと。
まずは先行させていた《スカウト》が泡となって散り。
次に目の前に悪魔が突如として現れて。
そして俺の前に剣を持つアルフレッドが立っていた。
「なっ」
驚いた。
3つの起きたことすべての予兆すら全く気がつかなかった。
もしアルフレッドの一言が無ければ反応もできなかっただろう。
もしアルフレッドが間に入って防御してくれなければ、反応できたとしてもやられていただろう。
そして……もしアルフレッドがいなければ俺は死んでいただろう。
そんな自分にとって認めがたい事象を起こした元凶を睨みつける。
「やれやれこれが防がれてしまうのか。さすがは“悪魔剣”と言うべきかな?そこの下級だけなら簡単に倒せていたと思うんだけど」
「ふぅー。やはりあなたが出てきましたねアベル。奇襲用悪魔ですね、こうもうまく潜伏させられるとは思いませんでした」
(こいつがアベル?現在の悪魔戦士系統において第3位の実力の持ち主)
アベルの容姿は、典型的な外国人と同じ金髪碧眼の20代後半といったところの美丈夫で、今までに会った連中と同じ黒いローブをまとっている。
一瞬の観察を中断して、アルフレッドと奇襲用悪魔が剣と拳で打ちあっている中、手助けをしようと《チーム》を呼び出そうとして、
「彼は私が押さえます。あなたは先に行ってくださいローガン」
その一言で行動を中止させられた。
「――な、に?」
「私がそんなことをさせると思っているのか?悪いけどそんなことはさせないよ、“来い”《コール・デヴィル」
「《従魔解放》【デスウォリアー】《空想武装》」
アベルの言葉を中断させて、アルフレッドはひとつのスキルを発動させる。
俺が未だ知らない、未知の力。
そのスキルの発動と共にアルフレッドが持つ剣の刃が黒く暗く染まり、いままでにうちあい押し合っていたのがうそのように一撫でで悪魔を屠る。
「・バタリオン》。発動させてしまいましたか、出来れば使わせないまま倒せればよかったのですが」
「――ふっ」
アベルの口上を満足に効かずに、呼び出されてすぐの満足に体制の整っていない《バタリオン》の内の一体に切りかかり、すぐさま泡に戻してしまう。
その一撃と共に、先へと続く道を切り開く。
「残念でしたね。ローガン!」
「っく、ああ!」
アルフレッドだけにこの場を任せて先に行くことに抵抗はある。
もしここでアルフレッドに加勢しても邪魔をするだけだし、そんなことをしたらアルフレッドは一生俺を許さないのだろう。薄い関係であるが、おそらくそうだろうという確信はある。
そんなのはいやだ。
これも適材適所なのだろう、“仕方が無い”そう胸の内を納得させて、後ろで鳴りひびくさまざまな音を聞きながら、この暗く続く道の先へ足を踏み出す。
そして、それから数分程走りつづけて、大きな空洞にたどり着き、そこで見たのは――
◇◆◇
「っぐ、“守護者よ”《コール・デヴィル・ガードナー》」
「やはり厄介ですね、“破壊者よ”《コール・デヴィル・クラッシャー》」
お互いに防御特化悪魔と攻撃特化悪魔をそれぞれ召喚する。
アベルが最初に進む道を妨害していたのとは逆に、ローガンが先に進んだ以上今度相手の妨害をしているのはアルフレッドの方だった。
アルフレッドは悪魔の力が宿る剣をふるいながら、相手の力を把握する。
(やはり、つよい。悪魔の性能が私のより上だ。おそらく獣魔師系統も取っているのでしょうね。対してこちらは悪魔を強化するジョブを一切取っていない、何度も切りかかりながら悪魔を呼び出してはいるがその都度対処されてしまう)
内心、アルフレッドは少し焦ってきてはいる。
このままでは、自分が抜かれてローガンに悪魔を差し向けられる、という焦り。
自分はそう簡単にはやられないだろうが、だが抜かれることはありうるだろうという不安。
その焦りと不安の根幹はやはり、〈マスター〉というものに対する認識だろう。
アルフレッドは〈マスター〉の力は確かに同レベルより強いが、だが熟練のティアンによればひとたまりもないだろう、というこの時期のティアンのほとんどが持つ認識。
たしかにこの時期の〈マスター〉の力は幼い。〈超級〉という規格外など生まれてもいないのだから当然と言えば当然だ。
別にその認識が間違っているわけではないし、その認識をしているからといって愚鈍・無能という評価には一切ならない。それは正しいことなのだから。
そして、アルフレッドがその認識を変える契機はそう遠くない。
「ちぃ、やはりそう簡単にはいきませんか」
「そう簡単に終わると思われているのなら心外だねぇ」
最初の交戦開始からおよそ15分が経過している。
それまでにアルフレッドが倒した悪魔の数は100を超える。
そしてアルフレッドが消費した悪魔の数も100を超えかねない。
その理由の一つが、アルフレッドが“悪魔剣”と呼ばれる所以になった一つのスキルの能力。
スキルの名は《空想武装》。【空想戦士】というレア下級職が唯一もつスキル。
このスキルを簡単に言うと、自分が保有している空想生命体(悪魔や霊体等の本来この世に居ない人類範疇外生物の通称)をコストに、自分が持っている武器を空想生命体の能力に応じて強化するというもの。
このスキルは消費する空想生命体の強さや種類にかかわらず、5分で効果が切れてしまう。そのためスキルの貼り直しの為に数体の悪魔を消費しなければならなかった。
それは戦線を支える数を少なくしてしまう事も意味する。
それでもなお、お互いは互角に戦っていた。
アルフレッドは悪魔を呼び出しながら相手の追撃の邪魔をさせながら、自身は敵の悪魔やアベルに切りかかり。
アベルは悪魔を間断なく呼び出し続けながら、効率よく相手を追い詰めていく。
その最大の原因は、アベルが先ほどから通常の悪魔しか呼び出していないことだろう。
《スカイランサー》などの、この場所では使えない悪魔はともかくとして奥義を含むいくつかの悪魔を呼び出そうともしない。
先ほどから呼び出しているのは【悪魔騎士】のスキルでありながら、弱いものばかりである。もっとも弱い悪魔を効率よく効果的に運用するのは、正規の純性の悪魔使いとしては真っ当なものなので批判は出来ないのだが。
しかし、アベルが使わない理由は存在する。それは使えないからだ。5万もの大量のポイントを消費して呼び出される奥義の悪魔をはじめとして、強力な悪魔を呼び出すのには大量のポイントが必要になる。
そして今現在アベルが持つポイントの総量は5万に満たない。
その理由は至極単純な物である、彼らが目指す理想の悪魔を作り出すために、多大なリソースを要求され、それを満たすために自らの分も切り詰めていったという単純な物。
戦闘メンバーであり、周囲の侵入者の排除を任せられていたアベルを含む高弟達でさえそうなのだ、通常のメンバーの保有するポイント総数は推して知るべしだ。
対してアルフレッドはこの大事な決戦に際して保険をすべて使い、保有ポイント数を相当にあげてきている。超級職を保有しているなら《ギーガナイト》を数体呼び出すことも可能だろう。
アルフレッドはレベル差と防衛側という不利を、ポイント数で拮抗状態に持ち込んでいる。
そしてその拮抗状態を崩す一手を打つ。最初にして最後の差し手はアルフレッド。
(後少し…)
その手は、彼が現在ついているもう一つの上級職【空想刃】で唯一使えるアクティブスキル。
数十メテルしか届かないが、強力な一撃を放つことができる中距離攻撃。
この上級職についてからレベルを上げる時間がさほどなく、そのレベルは21で止まってしまっている(ちなみに半端なレベルは《獣魔解放》を覚えるためだけにある下級職のレベルを23まであげてそこから手をつけていないだけだ)。
だが今はそれでも問題ないと、アルフレッドは黒く染まる悪魔の力が宿った剣を振りかぶり、スキルを発声する。
「《ファントムレイザー》」
「なっ」
その宣言と共に、振りおろした剣から黒い刃が放出される。
それは音速に迫る勢いでアベルに到達し、その身を通り過ぎる。
血飛沫が吹き出す。
アベルの右肩から左側の腰にかけて斜めに両断され、同時にアベルが呼び出していた悪魔が泡となって消える。
それはアベルが完全に死亡した証拠。悪魔戦士系統一本だった男が【死兵】など取るはずも無く、竜鱗やブローチといったものを持っていなかったのだ。
それがこの戦いの終着。
アルフレッドは戦いの終わりを確認し、今までの疲労を感じて座り込んでしまう。
だが、これで終わりではないと、ふるえる足を押さえてローガンが進んだ道の先へと彼も向かうのだった。
◆◆◆
男たちは焦っていた。
ここを最後の守護としていた、彼らの兄弟子であるアベルがここを立ち、そのアベルを通り抜けて一人の下級職の人間がこちらに来ていることを、探知用の悪魔が告げていたからだ。
別に彼らがその下級職に負けると思っているわけではない。
高弟達と比べればはるかに劣るとはいえ、それでも【悪魔戦士】をカンストさせて上級職に至るだけの実力を持った集団なのだ。
だが、彼らが焦る理由はこちらにくる【悪魔戦士】に実力が劣るからというわけではなく、その敵に対応することで彼らの悲願が途絶えてしまう事。
今ここには必要最低限の人間しかいない。他はすべて侵入者の迎撃に出てしまっているのだ。
もし術式を安定させている彼らの内、一人でも離れればその時点で術式は暴走する。
それは許容できないが、このままではその未来が来てしまう。
だから、それに対応するための策は彼らには一つしか残されていなかった。
それが悪魔召喚の術式安定という工程を無視して行われる強制励起。
その手段について、彼らは師から何も聞いていないが、師が万が一としてのこした方法なら問題ないだろうと、手を伸ばす。
暴走の危険が高いが、それでも全くの無に帰すよりはましだろうと、彼らはその最悪の手をとってしまう。
「いくぞ、緊急術式起動――」
いままで術式を白光で描いていた召喚陣が赤く染まる。
その術式は召喚陣を中心とした数十メテルをすべてコストとした生贄儀式の秘法。
そのコストとして術式を起動したすべての悪魔使いが生贄になってしまうが、それでも術式が無くなってしまうよりはいいと、ヴィクターは考えてその秘法を残した。
「ぎゃあぁぁ」
「ぐわああ」
「だふぁkjふぉあjふぉあj」
「がじょfじゃjをjんうぇらうぇお」
光の塵となって消えていく、すべてのそこにある物が悪魔召喚を促すための原動力として。
人も、アイテムも、モンスターも、そして……■■■も。
その儀式はヴィクターもまったく予想だにしない結果を生み出す。
コストとして消費されるはずの■■■は、その性質を保ちながら悪魔生物に取り込まれる。
【デザイン適合】
【存在干渉】
【エネルギー供与】
【設計変更】
【固有スキル《常在召喚》を付与】
【固有スキル《ポイント変換》を付与】
【死後特典化機能付与】
【魂魄維持】
【〈逸話級UBM〉認定】
【命名【悪魔式 ゲーティア】】
そして一体の悪魔が生まれる……
To be continued
(=○π○=)<それぞれの戦い(ひとつは決着)
余談1:《空想武装》Lv1
『自分が装備している武器に、空想体をコストとして5分間、装備箇所の装備攻撃力をコストとした空想体の全ステータス(HP・MP・SPは1/100で計算)合計の平均値の10%アップする。
※最大1体まで重ねがけ可能』
(=○π○=)<【空想戦士】固有のスキル。
(=○π○=)<この表記はLv1のものなので、レベルが上がるごとに%の数値と、重ねがけ可能数がアップする。
(=○π○=)<コストとするのは、テイム・クリエイト・サモンいずれでも構わないけど、いなくなるのでインスタント召喚向けではある。
(=○π○=)<基本的には使えないスキル。たとえば《ボムトルーパー》をコストにした所で、レベル1なら装備攻撃力が8しか上がらない。
(=○π○=)<複数体召喚するスキルでも、コストにするのはそのうちの1体のみだからね。
(=○π○=)<亜竜級をコストにして攻撃力を8アップする位なら、もっと強い装備を購入した方が手っ取り早い。
(=○π○=)<しかも空想体を用意できる人間が基本的に後衛や生産タイプで、物理ステータス弱いしね。
(=○π○=)<だからティアン時代では【獣戦士】と同様に使えないスキルで、あちらと違い〈マスター〉増加後も使えないのは変わらない。ただし一人を除いて。
(=○π○=)<凄い余談だけど、なんでこのスキルこんなに数字多いんだろうねー(棒)