第8話 【悪魔式 ゲーティア】
■〈ミルキオーレファミリー〉・アジト内
そこは巨大な空洞だった。
ありきたりな表現になるかもしれないが、それこそ東京ドームひとつ分はあるだろうか?
周囲の壁に埋め込まれた明かりのおかげで一定の明かりを取り戻すことに成功しているみたいではあるが、それでもなおこの空洞はうす暗く岩におおわれた天井に関しては戴きすら見えない。
その広大な空間にはいま、その空洞すべてを埋め尽くすほどの曼荼羅じみた巨大な魔法陣のようなものが敷かれているが、数時間前には白い光で輝き、数秒前には赤く妖しく揺らめいていたその曼荼羅じみた魔法陣も、今は役目を完全に終えたとばかりに魔法陣を描いていた黒い跡のみが残っている。
そしてこの空洞にはもう動くことができる存在かろうじて儀式の範囲から免れた羽虫を除けば一つしかない。その存在はこの広い空洞の中心に先ほど産み出され、創り出されたもの。
それは悪魔だった。
まさにそれだけの空間。他にはもう何も存在しない。人も物もすべて悪魔を召喚するためだけに消費されたのだから。
そしてその悪魔は、まさに“THE・悪魔”という形をしていた。
身長はおよそ3メテル前後。
頭はヤギのようであり、2本の曲がった角を生やしている。
瞳は赤い瞳孔と黄色い網膜でできている。
人間と同様の二足歩行を行い、四肢を備える。
下半身は人間のような通常の足ではなく、動物のように毛が生えた蹄行型の足になっている。
尾てい骨より身長程の長さの細く長い尻尾を垂れ下げており、その先端は黒い三角の鏃を模している。
背には一対の大きな翼があり、空を自由にゆくことができる事を示している。
違うのは両腕に三個ずつ、そして胸にある大きな宝石。それらの宝石が異なる色で、だが邪悪さをどこか感じさせる色合いを持って、悪魔の特別さを物語っている。
その悪魔の名は【悪魔式 ゲーティア】。
逸話級という、限られた強さを示す位階に付くことを許された強者。
そしてその悪魔が今までに同種が存在しないことを示す唯一の称号UBMを冠している。
しかし本来、人の手による制作物であるゲーティアは、UBMたりえない。
なぜなら、同じ魔術式を組めばそれだけで同個体を作り出すことができるのだから。
それに本来なら召喚悪魔は召喚者の意思によって動く、ただの道具でしかない。
そんなものがUBMとして認定されることなどない。
だが、今回のゲーティアのUBM認定に関しては少し状況が異なる。
一つは、もとよりゲーティアは通常の召喚悪魔とは異なる過程によりつくられている。悪魔を召喚できる悪魔という思想を形にするためには、ゲーティアをただの悪魔として創るわけにはいかなかった。
そこで解決策としてヴィクター達がとった手段は悪魔をインスタントによる召喚ではなく、インスタント召喚をもとにした悪魔の完全クリエイトという形で成そうとした。
それは本来インスタントによる召喚に特化した【悪魔戦士】系列の術者にとっては、門外漢としか言いようのない異端の技術。
だがそれを数年にわたる試行の元、インスタントでありながら完全なクリエイトとしても機能する二重存在方法を確立した。インスタントの要素があるため、一定時間が過ぎれば泡となって消えてしまうのは、他の召喚悪魔と同様。だがクリエイトでもあるがゆえに一体の個としての存在を与えることが可能となった。
インスタントでは決して不可能なUBM化が、クリエイトによる個としての誕生によりUBMになるための資格を手にすることができたのだ。
だが、これだけではまだUBMになりえない。ゆえに他の理由もあってこそ。
他の理由の一つとしては、この術式を知る物がもうほとんど存在しえないからであろう。
すでにこの時点で、〈ミルキオーレファミリー〉の構成員の大部分が死亡している。
そしてなにより、悪魔召喚式《ゲーティア》の構成のすべてを熟知しており、発案・考案・管理をしていた、ヴィクター・ミルキオーレがミック・ユースに敗れ、ギルドマスターの手によって死亡しているため。
まだ現時点では、アベル・ミルキオーレや数人程生き残っているのだが、彼らは自分たちの専攻のみしか知らないし、教えられていない。その彼らが集まったところで、同じ術式をくみ上げることは出来ない。そう判断されたのだ。
そしてさらにもっとも大きな理由を一つ上げよう。
それはいつのまにか持ち込まれ、緊急術式によって強制起動させられ組み込まれたモノ。
ジャバウォックにより管理される■■■である。
緊急術式によってなぜ■■■がその性質を失わずに適用されたのかは、ジャバウォックにしか分からないだろう。
ヴィクターが予想だにしない、緊急術式のバグとも想定外の仕様いえるエラーによって、適用された■■■は悪魔の力として取り込まれた、それだけなのだ。
この3つの理由が原因として、ゲーティアは構成された。
デザインにより克服された欠点も含めて厄介な悪魔、それが【悪魔式 ゲーティア】なのだ。
◆
ゲーティアは生まれてからそこに佇んでいる。時間にして一分程度ではあるが、何もせずそこにただ存在し続けている。
それは動くことができない故では、もちろんなく。ただ、なにをするべきかと思案している所作そのものである。
ゲーティアはただ生み出されただけなのだ。
これが怨念により動くフレッシュゴーレムなら、暴走し周囲に怨念をふりまき続けるだろう。
これが機械であるならば、あらかじめ決められたプログラムに沿って動くだろう。もちろんエラーによってその想定以外のことを起こすこともあるだろうが。
これが完全なるジャバウォックのデザインであるならば、デザインの思想に沿った動きをするだろう。
だが、〈ミルキオーレファミリー〉によって、ただ未来と言う漠然とした物の為に創られたゲーティアに、その身を動かす使命感などあるはずもない。
ゆえにゲーティアは己の指針を決める。これから自分が行動していくうえで、どのようにするべきか自分の奥底の根幹を。
人のために働く?いや、あり得ない。
例え元が【悪魔戦士】系列の人間を助けるために開発され、創造されたとはいえ今の自分はUBM。人の意思を聞く必要はないし、そもそも元より悪魔召喚術式《ゲーティア》に『人に従うべき』という行動原理は埋め込まれていない。
そうなってしまった理由は、もともと悪魔は人間につき従うべきという〈ミルキオーレファミリー〉の驕りか、ヴィクター・ミルキオーレの願望が入り混じってしまった所為なのか、どちらなのかは〈ミルキオーレファミリー〉が滅びの間近に迫りヴィクターが死んだ、いまとなっては判断がつくことはない。
とはいえヴィクター達もその思考の全てにおいて悪魔が盲目的に『人に従う』と考えていたわけではない。召喚に関して二つのセーフティを用意してはいた。
本来なら召喚時に召喚者との強制契約が結ばれるはずであり、それによって悪魔の意思の善悪を気にすることなどないはずであった。
本来ならたとえ悪魔が、契約を交わしていない状態になってしまっていても、上書きで契約可能な予備術式を開発してはいた。
そしてその二つのどちらもが機能する状況なら、ゲーティアはUBMになどならなかったであろう。
だが緊急術式により召喚時の強制契約が無意味な物と変わり、予備術式を唯一持っていたヴィクターは死んでしまう。
それによって契約という軛からはずれ自由を手にしたゲーティアは、いまさら人間のためなどに働くなどという選択をするわけがなかった。
ならばこのままどこかに隠れて生きていく?いやそれもあり得ない。
もちろんUBMだからといって、すべてが活発に動くわけでもない。
契約があるとはいえ天竜王などはおとなしく山の頂に居座っている。
人に友好的なUBMもそれなりにはいる。
だがゲーティアはそうではない。
まず隠れる理由がない。誰かに見つかったら死んでしまうという恐怖を抱えているということも無く、隠れた秘境にいなければならないということも無く、そもそもこの地以外で隠れた場所など知りようもない。
そして人に対して友好的であるはずがない。ゲーティアに呼び出される前の記憶などありはしない。だが悪魔召喚における基本事項の知識として、召喚の際には多大なコストを要求されるという事は知っている。そして自分を呼び出すために人間がどれほどの犠牲を払ったのかを。
ただしそれは、犠牲になった連中を弔うというという意味ではない。
あくまでも、自分の望みを叶えるために同種すらを生贄にする人類範疇生物に対する軽蔑である。
そんな奴らと自分が仲良くしようとは、ゲーティアは思わなかったのだ。
それからいくつかの方針を打ち出しては、駄目出しをして消していくが、最後に一つの方針を思い浮かべ、それはいいと受け入れる。
そしてゲーティアは一つの決定をする。
それは『すべての人間を支配し、悪魔による王道楽土を築く』という人類にとっては最悪の存在理由。
ゲーティアは人類範疇生物と言う物を、自分より下であると、被絶対的搾取者であると信じて疑わない。
理想とするのは自分を頂点として、呼び出した悪魔を小間使いとして、人間を管理・飼育する世界。
もしこれが〈マスター〉増加前ならば、速効で管理AIに駆逐されかねない程の危険な悪魔。もっとも今や〈マスター〉増加後であり、現時点では近辺に二人の〈マスター〉が存在する状況では手だしなどされないのだが。
その存在理由はヴィクター・ミルキオーレが望んだ未来にどこか似て、だが決定的に異なるもの。
そしてゲーティアはこの薄暗い空間から飛び出て近くの街へ襲撃に行こうと翼を広げようとして……
一人の侵入者に気づく。
それは十ほどの年齢の少年。
ゲーティアがこれから支配していこうと定めた人類範疇生物。
まずは手始めにそれを殺そうと、これからのゲーティアが行く覇道の最初の贄の一人だと殺意を向ける。
そしてその少年は……
◆◆◆
□同アジト内
「っこ…れは…」
『悪魔だけしかいない?ギルドマスターの話では術式を安定させている人間がいるという事でしたが』
ローガンがアジトの空洞に入った時、目に入ったのはただ広いだけの空洞だった。
数十人いると踏んでいた〈ミルキオーレファミリー〉の構成員が一人もおらず、予想外の状況にとまどう。
しかし、誰もいないわけではない。
空洞の中心には1体の悪魔が佇んでいる。
それは今までに会ったことのない異様な威圧感をひめている。そしてその悪魔の上には【悪魔式 ゲーティア】という特有の表記。そしてその表記が意味するものは…
「【悪魔式 ゲーティア】……UBMかっ!」
『あれがUBM?たしかにギルドマスターから少しは話を聞いていましたが、なぜそれがこんな所に……いえ、ゲーティアというのは彼らが創り出そうとしていた悪魔の名称ですね。まさか創ったという事でしょうか?』
「……本来なら、UBMを作り出すことはどんな奴にも不可能なはずだ、だがそれができているということは、それを成すだけの環境があったという事だろう。それがなんなのかはわからないが、今大事なのはあのUBMがあそこに居るという事だ」
ローガンとルンペルシュティルツヒェンは話しをしながら、悪魔を観察する。
ローガンは頭の片隅で『UBMを作り出すのはあの白衣のマッドサイエンティストの力を持ってしても不可能なこと、【怨霊牛馬ゴゥズメィズ】のような特殊な条件が重なったというわけか』と考える。
考えながらもローガンは本当にゲーティアがUBMになった経緯など気にしてはいない。
そんなことを考えるのは世界派や設定に興味がある一部だけだろう、とローガンは思っている。
だからローガンが大事なのは一点のみ。
「いくぞシュテル。あれを倒して特典を手に入れる。悪魔召喚のUBMならその特典はさぞ俺に会う事だろう」
『…はいっ!如何に強大な悪魔といえども、倒して見せましょう。UBMなにするものぞ』
そしてローガンは、そのUBMが気づかないうちに《ボムトルーパー》を数発打ちこんでやろうとして…行動に移す前に、ゲーティアがローガンの方を向き口を開く。
「ほう?猿が迷い込んだか、いやよいぞ、道理をわきまえぬ愚者を導くのが我の役目、そこの猿よ、すぐさま我の足元に這いづくばるというのなら、その命我の為に役立ててやろう」
ゲーティアが口にしたのは、先刻自らが決めた自身の有り様。
それを傲慢な口調をもって、ローガンに命じる。
それをするなら救けてやる、そうでないのならば死ぬがよい、というゲーティアの宣言。
もちろんそれを問われたローガンとルンペルシュティルツヒェンの回答は決まっている。
「ふざけるな。貴様こそ俺のものになれ」
『たかが、創りだされた使役悪魔ごときが、主様を隷属させようだなんて片腹痛い。身の程と言う物を教えてやろう』
それは絶対的な拒否。
まあ当然と言えば当然だろう。
たとえどのような存在相手であろうとも、『おとなしく従え』と言われて従うはずはない。痛みを知らなければ愚かしく反抗してしまうのが人間と言う物なのだから。
そして〈エンブリオ〉もまた、主が望まぬ行動をとるのを由とするはずもない。
特にローガンとルンペルシュティルツヒェンであるならば、絶対にあり得ない未来だろう。
だからこれは最初から決まっていた決別。
そしてその回答を聞いたゲーティアの行動も決まっている。
「…そうか、命が惜しくないと見える。なら、果てるがいい。“地獄の蓋を開き、這いでよ軍勢”《コール・デヴィル・レジメンツ》」
それにより地面より泡が吹き出る。
その数実に100。泡がはじけた中から出てくるのは弱小の【ソルジャー・デビル】。
だが一体一体が弱くとも、それが100も出てくれば十分に厄介である。
しかし今注目すべきは、100の悪魔を生み出したことではなく、100の悪魔を生み出した方法そのもの。
なぜならそれは……
「バカなっ!モンスターが【魔将軍】のスキルを扱うだと?!そんなことは、ありえない」
『あれがジョブスキル?なんでそんなものをモンスターが……あれ?主様なんであれが【魔将軍】のスキルだと知っているのですか?今までに確認した資料や聞き及んだ情報の中にそんなスキルのことはなかったはずですが……』
(あ……いや気にしなくていい……)
ローガンがミスしたのは置いておくとして、普通の悪魔がジョブスキルを扱うことはあり得ない。
ジョブに着けるのは本来人類範疇生物のみと定められている。だから悪魔…非人類範疇生物がジョブにつけるわけも無く、そのジョブスキルを使用することもできない。
もちろんこのスキルが《MP自動回復》などであれば、モンスターが持つこともあり得ただろうが、ゲーティアが使用したのは超級職でのみ使用できる悪魔召喚スキル。汎用的な物ではない。
だからそれを可能としているのは【悪魔式 ゲーティア】が持つ2つの固有スキルの能力によるもの。
1つは、《
これにより、下級職のスキルだけではなく上級職・超級職のものまで使用することができる。
そしてもう1つはUBMになったことで手に入れた《ポイント変換》スキルによるもの。
このスキルが無い初期のゲーティアの仕様では、ゲーティアを召喚実行するときに入れておいたポイントのみしか使用できない、充電式のようなものだった。
だがこのスキルによって、悪魔を召喚する場合にその召喚に必要なポイントを、同じ数値のMPと引き換えに召喚することができるスキル。
ゲーティアはもとから複数のMP回復スキルを保有していた。これは召喚方法を構築していた時に基礎としていた悪魔の性質によるもの。
それによってよほど連発しない限り、悪魔を何度でも呼び出すことが可能となっている。もしこのスキルを他の【悪魔戦士】系統の術者が知れば喉から手が出るほど欲しいだろうが、残念ながらこのスキルを人が使用することができる事は決してない。
しかしこのスキルにも弱点はある。それは召喚可能な悪魔の上限がMPの最大値によって決まってしまうという所。現在のゲーティアのMP量は1万しかない。他の悪魔と比べると後衛タイプの為、ステータスのほとんどが低いので仕方がないのかもしれない。
しかしそれゆえに、ゲーティアは純竜級悪魔や伝説級悪魔。そして【ゼロオーバー】という神話級悪魔を呼び出すことができない。そしてMPの回復も早いとはいえ、瞬時ではないためその召喚可能数には一定の制限が加わる。
しかしそれでも脅威ではある。多重技巧派にして広域制圧型の凶悪な悪魔だ。
とはいえ彼らがおとなしくやられてくれるはずもない。
「“来い”《コール・デヴィル・チーム》」
ローガンが呼び出したのは定番ともいえる、ポイント・召喚数・AGIを倍加した《チーム》達。
ローガンは呼び出した悪魔に、《レジメンツ》と戦うように指示を出し、次の悪魔召喚スキルを実行しながら走りだす。1カ所にとどまっていても数で勝るあちら側に、9体の悪魔をとおり抜けられてローガンに直接攻撃をさせないためだ。
ゲーティアもまたローガンの動きを見ながら次の召喚魔法が使えるようになる時を待つ。
対峙するのは二つの支配者。
人類すべてを支配すると嘯く傲慢な悪魔使い。
特典を手に入れる機会が来たことに僥倖だと囀る傲慢な悪魔使い。
いまここに、この地で続いてきた戦いの最後の幕が上がる。
To be continued
(=○π○=)<なんか予想以上に長くなったせいで分ける事に。
(=○π○=)<そしてそのせいで逆に文字数が少なくなったせいで、ゲーティアの説明をいろいろ文章足したりしたので、文が無駄に長いかもしれない。
(=○π○=)<それはそれとして、対ゲーティア戦開始です。
余談1:【悪魔式 ゲーティア】
(=○π○=)<何回か出しているけど、多重技巧派にして広域制圧型の悪魔。
(=○π○=)<保有固有スキルは《悪魔目録》《六法悪書》《魔骸転生》《悪魔心》《常在召喚》《ポイント変換》の6つ。
(=○π○=)<六法悪書は次回で説明するので割愛。
(=○π○=)<《魔骸転生》は素材アイテムまたは人間の死体を元に、それに似た悪魔をつくるクリエイトスキル。
(=○π○=)<《常在召喚》は召喚時間という制限をなくすだけのスキル。
(=○π○=)<《悪魔心》は……まあ、戦いに使う物ではない。
(=○π○=)<《悪魔目録》による多数のスキルと、《六法悪書》によるサポートをフル活用したタイプのUBM。それがゲーティアです。