「……何、だと」
「現実逃避しない。もう出番だから」
「え、これ夢じゃないの?アレもコレも夢じゃないの?」
「そうよ、ほら行くわよ」
「ちょ、おま……」
粗末な造りのドアを真姫が開き、明るい場所へ出ると、思ったよりは多くの人……というか観客がこちらに視線を注いでいた。
真姫に肩を叩かれ、俺はアコースティックギターのそばにある椅子へとゆっくり歩き、腰を下ろした。
何故こんなことになっているかというと、時を少し遡らなければならない。
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先週の約束通り、俺は真姫の家を訪れていた。お祝いの言葉を告げ、後は紅茶を飲みながら他愛のない話をし、楽曲を爪弾き始めたあたりで、西木野母が例によって例のごとく、いつの間にかスタジオに入ってきていた。
「ねえ、二人にお願いがあるんだけど〜」
「もうツッコむ気も起きないわね。どうかしたの、ママ?」
「ちょっとそこの商店街で小さなお祭りがあるでしょう?そこでおじいちゃん達の演奏会をやる予定だったんだけど、何人か熱でできなくなっちゃったの。それで楽器の準備ならできてるから、もしよかったら二人出てみない?」
「いや、俺はそんな上手くないですし……」
「大丈夫よ!おじいちゃん達も全然上手くないから!」
おじいちゃん演奏会への辛辣な評価に逃げ道を塞がれ、どうしたものかと思案していると、真姫が立ち上がった。
「わかったわ、ママ。何時から始まるの?」
「……は?」
「八幡、いきなりで悪いけど一緒に出てくれる?」
「…………」
真姫が距離を詰め、やや上目遣いでこちらの顔を覗き込んでくる。
そんな目で見られたら断れないだろ……ていうか、この人わざとやってますよね?あなたそんなキャラじゃないですよね?
とはいえ、もう断れるはずもなく、俺は黙って首肯した。
それを見た真姫は口元にささやかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。そんなに固くならなくてもいいわよ。いつもやってることをやればいいんだから」
「……おう」
いつもどんな風に演奏してたか今忘れそうなんだけど。
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そんな感じで今に至るわけだが……うわあ、帰りてえ。これ夢じゃないよね?いや、さっきも言ったか。
客席に顔を向けると、やはり満席ではないが思ったよりは多い。年齢層は中高年多めだが、ちらほら若い人もいるし、父親母親に連れられた小さな子供もいる。あまりこちらに興味はなさそうだが……。
真姫に目をやると『大丈夫』と告げるようにこくりと頷いた。不思議とそれで肩の力が抜けていく。
俺は覚悟を決め、チューニングをしっかり合わせたアコースティックギターを構えた。