一時間前。
「……悪い。聞き間違えたかもしれん。もう一回言ってくれないか」
「今からライブに出なきゃいけないから準備して」
修学旅行から一週間後、真姫と気持ちを確認し合ってから初めて彼女と出かけることになったわけだが、まさかの第一声が「ライブやるわよ」だった。
うん、思ってたのとだいぶ違う。何でこの子、部室でティータイムする軽音部よりライブに前向きなの?
「え、何で?」
当然の疑問を口にすると、真姫が「はあ……」と溜め息を吐き、遠い目で向こうを見つめた。
「ママがね、隣町のお祭りのステージに私達を推薦したの」
「お、おう……」
もはや「何故?」という疑問も出てこない。あの人、色々ぶっ飛びすぎじゃないですかね?まあ、今さらだけど。
真姫も似たような、というか俺よりも実感のこもった笑みを見せた。
「ふふっ、でもいきなりすぎるムチャぶりのお詫びに終わったらお寿司をご馳走てくれるらしいわ」
「……まあ、別にいいんだけどね」
まさか俺が食べ物に釣られる日が来るとは……でもだって、西木野家の奢りだよ!?しかもこれは施しではなく労働の対価……いや、俺ごときのギター演奏で寿司が釣り合うとはとても思えんが、いや、でも……。
「一人で悶々としてるところ悪いけど、もう行くわよ。時間あまりないみたいだから」
「電車で行くのか?」
「違うわよ、ほらそこ」
真姫が指さす方向を見ると、少し離れたところに海外の高級車が停まっていた。
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「うふふ、ごめんねぇ~。せっかくのデートを邪魔しちゃって」
「いや、別に邪魔とかでは……」
「…………」
「ならいいんだけど……あら、真姫ちゃんどうかした?」
「え?」
「いつもなら『デ、デートとかじゃないわよ!イミワカンナイ!』とか言うのに……」
「え、あっ、なな、なに言ってるのよ、ママ!八幡とデートなんてするわけないでしょ!?真姫、お家帰る!」
「落ち着け。キャラ間違えてるぞ」
「……それよりママ、早く行きましょ」
あ、この子今何事もなかったように振舞ってる。まあ、可愛いから良しとしよう。本人には絶対言えんが。
車が走り始めると、車内は静まり返った。窓の外の賑わいも聞こえないので、急に世界から切り取られたような気分になった。
まあどうせそんな時間もかからないだろうと、ぼんやり景色を見ていると、右手にひんやりした感触が乗っかってきた。
もしやと思いこっそり見下ろすと、それは真姫の手だった。
驚いて横を見ると、まるで何事もないような顔をしている。
……危うく声出るとこだったじゃねえか。てか、可愛いなこいつ。
俺は前方をちらりと確認してから、そっと彼女の手を握り返した。