捻くれた少年とツンデレな少女   作:ローリング・ビートル

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All God's Chillun Got Rhythm #2

 放課後……部活に入っていない俺にとっては、ただただ束の間の自由を謳歌するだけの時間。

 そんな時間に、俺は何故か秋葉原まで来ていた。

 夕方の秋葉原の街は、観光客以外に、下校中の学生も結構いて、かなり賑わっていた。

 

「どうぞ~♪」

 

 メイドさんからチラシを受け取り、それをそのままポケットに突っ込む……別にメイドさんに会いに来たわけじゃない。割と好きなんだけどね。

 わざわざ秋葉原まで来たのは、先日の電話での西木野の悩みが、どうなったか気になったからだ。

 普通に考えれば、電話やメールで聞けばいいのだが、小町が朝っぱらから、「真姫さん大丈夫かなぁ?やっぱり本人に直接会わないとわからないかなぁ……チラッ」とかやってて、変なアピールをしてきたのも、こんな行動に出た理由の一つだろう。

 可愛い妹が気にしてるなら仕方がない。

 ……とはいえ、どうしたものか。

 女子高まで行くのは絶対に嫌だし、自宅まで行くのもなんか嫌だ。かといって、この場所偶然出会う可能性にかけるのは無謀すぎる。

 ……あれ、これ案外無理ゲーじゃね?と考えたその時……

 

「え?」

 

 そこで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「……おう」

 

 まさかの遭遇……てかまだ心の準備ができてないんだけど……。

 西木野は、信じられないものを見るような目をこちらに向けていた。

 

「な、何で?」

「い、いや、まあ、その、なんつーか……」

「……もしかしてストーカー?」

「いや違ぇよ……てか、案外元気そうじゃねえか」

 

 俺がそう言うと、西木野はまた驚いた表情を見せた。

 

「……心配してくれてたの?」

「まあいきなり電話切れたし……」

「あ、あれはあなたが悪いんでしょ!」

「は?何がだよ」

「だって、いきなり…………から」

 

 最後のほうがボソボソとしか聞こえなかった。しかもやたら顔が赤いのは気のせいだろうか。

 

「あー……わ、悪い、もう一回言ってくれないか?」

「だから、アンタがいきなり、可愛いとか言うからでしょ!バカっ!」

「…………」

 

 どうやらこの前、俺は咄嗟にそのような事を口にしていたらしい。眠かったとはいえ、一生の不覚。

 うわぁ、恥ずかしすぎて死にそう。今すぐにでも帰りたい……。

 

「すまん」

「えっ!?べ、別に謝らなくても……悪口とかじゃないんだから、それに……」

「?」

 

 またぼそぼそ喋る彼女に首を傾げると、今度はいきなりの距離を詰めてきた。 

 

「と、とにかく!せっかく来たんだから、お茶でも飲んでいきなさいよ!」

「……え?」

 

 *******

 

 西木野邸に入ると、高そうな絵画が飾られている玄関や、一歩踏み出すのも躊躇うような高級感のあるカーペットも、前よりは緊張せずにすんだ。

 

「ちょっと待ってて」

 

 まさかこんな事になるとは……てか、誰もいないのかよ。

 ……そんな信頼されても困るんだが。いや、単に鈍いだけなのか?

 

「……はい」

「ど、どうも……」

 

 西木野によって淹れられた紅茶がテーブルに置かれる。上品な香りが鼻腔をくすぐり、普段自分で買っているような物とは質が違うのが、何となくわかった。

 彼女もソファーに腰かけ、二人してカップに口をつけると、氷が溶けていくような温かな沈黙が訪れる。

 そんな中、まず口を開いたのは彼女からだった。

 

「昨日の電話の件なんだけど……」

「…………」

「私、スクールアイドルの曲作りだけやってみる事にしたわ」

「……そっか」

「まあ、その……あの人達、朝だけじゃなく放課後頑張って練習してるみたいだし?あそこまで熱心に頼まれたら断りづらいというか……」

「……まあ、いいんじゃねえの?つーか、本当に曲作りできたんだな」

「あ、当たり前でしょ!私を誰だと思ってんのよ!」

 

 西木野の表情は、どこか前向きな輝きが垣間見えた。そして、そのことが彼女の音楽への愛情をわかりやすく表していた。

 耳朶を撫でる声も、なんだか心地いい。

 

「な、何よ……」

「いや、別に」

 

 早くも五線譜からメロディーを探そうとしているような瞳が、やけに眩しかった。 

 

 *******

 

 それから、変な先輩とやらのしつこい勧誘について、事細かに話を聞かされていると、いつの間にか一時間ほど経っていた。

 そろそろ出ないと、千葉に帰るのが深夜になりそうだ。

 

「……じゃ、俺はもう帰るわ」

「あ、そうね。……あのっ」

 

 西木野は、手をもじもじさせながら、視線をこちらには向けずに行った。

 

「……心配してくれてありがと。曲、できたら……いえ、何でもないわ。帰り気をつけて」

「おう……じゃあな」

 

 リビングの扉に手をかけると、ポケットから紙切れが落ちた。あれ?何か入れてたっけ?

 

「落としたわよ…………へえ?」

 

 西木野は作り物めいた笑顔をこちらに向けてくる。それだけで、何を落としたのか気づいてしまった。

 

「ふ~ん。そうなんだ……比企谷さん。メイドさんが好きなの?」

「い、いや、それはたまたま路上で……」

 

 何故かわからないが、焦って言い訳してるような口調になってしまう。

 落ち着け、俺。疚しいことなど何もないはず……だよね?

 西木野は俺から視線を逸らし、もう一度チラシを見てから、またさっきみたいにジロリと俺に冷たい視線を向けた。

 

「じゃ、楽しんできてね。メイド好きの比企谷さん。私、今から曲作り始めるから」

「……おう」

 

 何とも言えない気持ちで、俺は西木野の家を出るはめになった。

 西木野はぶつぶつ言いながらも、結局玄関の外まで出てきてくれた。

 

 *******

 

 メイドだって……これだから男は……。

 比企谷さんもああいうのが好きだったのね。別にどうでもいいけど。

 ……メイドか。

 私はテレビで見たイメージをなぞるように、鏡に向かい、頭を下げてみた。

 

「……お、おかえりなさいませ。御主人様」

「あら、真姫ちゃん。どうしたの?メイド喫茶でバイトでも始めたの?」

 

 う、嘘でしょっ!?

 いきなり人がいたことよりも、羞恥心が頭の中を埋め尽くした。

 

「い、いつ帰ってきたのよ、ママ!?ていうか、勝手に入って来ないでよ!」

「あらあら、可愛かったのに~」

「そういう問題じゃない!」

 

 も、もうっ、これも比企谷さんのせいなんだから!

 私は比企谷さんに心の中で毒づきながら、このどうしようもない恥ずかしさを誤魔化した。

 ……でも、来てくれたのは、ほんのちょっと嬉しかったかも。ほんのちょっとだけど。

 

「真姫ちゃ~ん。さっきのメイドさん可愛かったから、もう一回やって~」

「や、やるわけないでしょ!」

 

 

 

 


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