新学期が始まり早一週間。学校から帰宅した俺は、パソコンで音楽を聴いていた。
最近、少しだけ聞き慣れた声が、聞き慣れない響きで、メロディーを紡いでいく。
そのメロディーは、淀んだ心を前向きにしてくれるような響きがした。
聴き終えて、何ともいえない不思議な高揚感に包まれていると、狙い澄ましたかのようなタイミングで携帯が震えだす。
画面を確認せずとも、誰からかわかった。まあ、そもそも登録している人数が少なすぎるので、余裕なんだが。
「……ああ、はい」
「えっと、もしもし……ねえ、どうだった?」
女子と会話する事の緊張を最大限に隠しながら、なるたけクールな声色を作ると、そんなのどうでもよさそうな、ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「……何が?」
「別に言わなくてもわかるでしょ?曲に決まってるじゃない。その……どうだった?」
こいつ、色々と省略しすぎだろ。まあ、俺も他人とのコミュニケーションを省略しすぎてるから、偉そうなことは言えんけど。
まあ、とりあえず予想通り、西木野からだった。
その事に安堵した俺は一呼吸置いてから、素直な感想を口にした。
「……すごくよかった。」
「っ…………」
西木野が息を飲む気配が電話越しに伝わってくる。普段こういうやりとりを誰かとした事がない俺としても、何だか不安な気持ちになってきた。も、もしかして、言葉が足らなかったのだろうか?
少しだけ焦りが滲み始めると、ようやく彼女が口を開いた。
「……あ、ありがとう」
「……は?」
ぽつりと囁かれた言葉に思わず聞き返してしまう。
「……何よ」
「いや、なんか意外な反応が返ってきたからな……」
「べ、別に意外でも何でもないわよ。自分が作った曲を褒められたら、嬉しいのは当たり前でしょ?」
「そ、そうか……」
「ふふっ……そうよ」
西木野が小さく笑う声が耳朶をくすぐるのを感じながら、こちらも頬が緩みそうになる。
「音楽とかはやらないから、そういう感覚はわからないんけどな」
「あら、あなたは楽器やらないの?」
「……一応昔、ギターやろうとして……すぐに挫折した記憶が……」
「へえ、いいじゃない。また弾けば」
「いや、だから弾けるようになる前に挫折したんだよ」
「どうせFコードが押さえられなかったんでしょ?想像つくわよ」
「…………」
「やっぱりね」
え、何?この娘エスパー?とはいえ、同じような壁にぶち当たり挫折した奴は結構いるだろう。
「ねえ、せっかくだし、もう一回やってみたら?」
「いや、やらないから。てか、何がせっかくなんだよ」
「さあ?何となくよ。それに、埃を被らせとくのもギターがかわいそうでしょ?」
「……一応善処する」
「それやる気ない人の言い方じゃない?」
「……まあ、あれだ。それは別にいいだろ。それよか……その、お疲れさん」
「ふふっ、なんか比企谷さんから、そう言ってもらえるって新鮮ね」
「出会って間もないからだろ。じゃあ、そろそろ切るわ」
「ええ。あっ、その……」
「?」
「な、何でもないっ、じゃあね!」
こちらが聞き返す間もなく切られる。まあ、途中で止めたということだろう。きっとそうだ。
……ギター、ね。
俺はスマホをベッドに放り、押し入れの戸を開ける。
すると、以前仕舞った時と同じ姿勢でギターが立てかけられていた。
うわ、なんか久しぶりすぎて、言葉が出ねえ。
よく見ると、ギターはうっすらと埃を被っていて、恨めしそうに鎮座しているようにも見える。
「…………」
別に、西木野に言われたからじゃない。
ほら、埃を被らせとくのもかわいそうだし?
あと、カビとか生えてても嫌だし……。
まあ、一応……とりあえず……押し入れから出して拭いとくか。
*******
数日後……。
リビングのソファーで色々していると、小町が声をかけてきた。
「どしたの、お兄ちゃん……」
「いや、別に……」
訝しげな目を向けてくる小町に対し、俺は目を向けずに応じた。
すると、小町はそのまま隣に腰を下ろした。
「いや、別にじゃないよ。何でギター練習してんの?ネタ作り?」
「いつから俺はお笑い芸人になったんだよ……」
そこはせめて「文化祭だからバンドやるの」とか聞いて欲しいんだけど。
「でも、お兄ちゃんにバンド組む友達なんていないじゃん」
「…………」
地の文を読むなよ。まあ、それが事実なんだけどね。
「……いや、あれだ……ただの趣味だよ、趣味」
「そうなんだぁ、ふぅ~ん」
「何だよ……」
「じゃあ小町も応援するよっ、一曲弾けるようになったら聴かせてね~」
「……そんな日が来るかはわからんけどな」
しばらくの間、リビングにはバイ~ンとか、ジャジャ~とか、力が抜けるような情けない音が響いていた。
*******
「へえ、比企谷さんが?」
「そうなんですよ!小町、びっくりですっ。あの兄が自分から何か始めるなんて~!この前の真姫さんのピアノのおかげですよ~」
「そ、そう?……本当に始めたんだ」
「どうかしました?」
「何でもないわ。それじゃあ、また今度ね」
「はいはい~」
そっか。比企谷さん、始めたんだ。今度は続くといいわね。ふふっ。
って、何喜んでるのよ、私。べ、別にどうでもいいけどっ。
「真姫ちゃん、嬉しそうね~」
「だから、何でいつの間に部屋にいるのよっ!」