ビヨ~ン。
「…………」
バイ~ン。
「…………」
情けない音が響く室内。
向けられる視線。
そして……プレッシャーに震える俺。
いや、ごめん。もう無理。ほんと無理。
「……な、なあ、もういいか?」
「ええ。大丈夫よ」
俺はギターを弾くのをやめ、西木野の方を見る。
彼女は、何故か楽しそうに口元を綻ばせていた。
その小さな笑顔に少しだけ胸が高鳴るのと同じタイミングで、ふわりと薄紅色の唇が動く。
「思ってたより様になってるじゃない。音はまあ、ともかくとして」
「よかったじゃん、お兄ちゃん!褒められてるよ!」
「……今の褒められてたのか?」
一瞬ときめいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるのだが……まあ、いい。西木野は割とコミュ障だし。
「誰がコミュ障よ!」
「当たり前のように地の文を読むんじゃねえよ」
「お待たせ~、紅茶入ったわよ~」
西木野母が、ティーカップを載せたトレーを手に、にこやかに入ってくる。
そう、俺と小町は休日の西木野家にお邪魔していた。何故かギターを持って。
大事なことだからもう一度言う。ギターを持って。
正直言うと、ここに来るまでは、バンドリな気分になったり、けいおん始めようかとウキウキな気分になっていたのだが、こうして人前で弾かされるとなると、それどころじゃなくなる。
「てか、何でわざわざギター持ってこさせたんだ?」
「この前、私がピアノ弾いたでしょ?それに、こういうのは人前でやらないと上手くならないわよ」
「そ、そういうもんなのか……」
ええぇ……絶対に無理なやつじゃんかよぉ。まあ、そもそも見せる相手がほとんどいないんだけど。
「真姫ちゃんったら、照れちゃって~。八幡君がギター弾くところを見たかったくせに~」
「なっ!?ち、違うわよ!変な事言わないでよ!」
西木野は顔を赤くして抗議するが、西木野母はさらりと受け流し、俺が抱えているギターの指板を面白そうに見つめている。
てか、いつの間に名前呼びに……距離を詰めるスピードが早すぎて、ボッチのATフィールドが効果なしなんだが……。
そして、暑くもないのにパタパタと顔をあおぐ西木野は、こちらを見ずに口を開いた。
「……とにかく、続けてみたらいいんじゃない?せっかくだし……わ、割と似合ってるし」
「…………一応善処する」
最後のほうは聞き取れるか聞き取れないかくらいの音量だったが、まあ、一応……頷いておいた。つーか、そういうのは顔を赤くしながら言うと、大抵の男子は勘違いしてしまうので、以後気をつけてくださいね。
「じゃあ、真姫ちゃんのピアノと八幡君のギターをバックに、私が歌っちゃおうかな~♪」
「もう、ママ!余計な事考えないの!」
西木野母の歌声……ぜひ聴いてみたい。
「あなたも余計な事考えないの!」
「…………」
マジか、そんなに表情に出ていただろうか。自重せねば。
そんなやりとりを、小町はやたらニヤニヤしながら見つめていた。
*******
「……スクールアイドルをやりたがってる奴がいる?」
「ええ……せっかくいい声してるのに、なんか勿体なくて」
紅茶を飲んで一息つくと、西木野はスクールアイドルに関する話を始めた。
内容は、アイドルを始めたいと思っているけど、踏み出せずにいるクラスメイトの事。
そして、最近その子の歌の練習に付き合っていること。
ただ、その横顔を見ていると、別の疑問が沸いてきた。
しかし、それを口にすることはせず、黙って彼女の話に耳を傾けた
「あの、どうかした?首傾げてるけど……」
「……いや、別に」
「きっと真姫さんに見とれてただけですよ~。お兄ちゃんだし」
「なっ……!?」
「いや、違うから。てか最後のやつ、理由になってないから」
「と、とにかく!何とかしたいっていうか……その……」
口をもごもごさせる西木野からは、クラスメイトへの不器用な思いやりや、気恥ずかしさが透けて見えた。
その誠実な人柄に感心しながら、柄にもなく何か言えることはないかと、頭の中を引っ掻き回す。ちなみに小町は……アイツ、いつの間にトイレに行きやがった……。
「比企谷さん?」
「い、いや、その、あれだ。結局、お前が思ってる事伝えるしかないんじゃねえの?ほら、お前コミュ障だから、下手にあれこれ考えるよりは……」
「誰がコミュ障よ……でも、一理あるわね」
「…………」
西木野はジト目で俺を見ながらも、うんうんと頷いている。よかった……どうやら納得してくれたみたいだ。
……まあ、俺も同じようなもんだからな。俺は余計な会話はしないだけだが。
*******
夕方になり、そろそろお暇しようとすると、靴を履いたところで西木野が何か言いづらそうに、口をもにょもにょさせていた。
「…………う」
「?」
「あ?何か言ったか?」
「は、話聞いてくれてありがとうって言ったの!聞き取りなさいよ!」
頬を染めるその姿に、俺と小町は目を合わせ、口元を綻ばせた。
「な、何笑ってるのよ?」
「あははっ、真姫さんって、やっぱり可愛いなぁ~って」
「からかわないのっ、比企谷さん、次会う時は一曲くらい弾けるようにしてなさいよね!」
「……無茶言うな」
しかも、何故俺一人にペナルティがつくんだよ……理不尽にも程がある。まあ、別にいいけど。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うんっ、真姫さんバイバ~イ!」
「ええ。それじゃあね」
門を開ける前、何となく振り返ると、彼女と目が合った。
もちろんすぐに逸らしたが……。
それがきっかけかは知らないが、また柄にもないことが頭に浮かぶ。
まあ、頑張れば一曲くらい弾けるか……?