「……は?お前もスクールアイドル始めたの?」
「ええ。まあ……その、成り行きっていうか……」
「……そっか……じゃあな」
「ちょっ……だからさっさと切ろうとしないの!まだ話は終わってないんだから!」
「お、おう……」
さりげなくやったつもりなんだが、もう読まれてきているらしい……まあ、別にいいけど。どうせ暇だったし。べ、別にお前と会話したいとかじゃないんだからねっ!
「くだらない事考えてるとこ悪いけど、話進めるわよ」
「…………」
どうやらこちらの考えてる事も筒抜けらしい。何なの、こいつ。俺の事好きなの?
西木野は、躊躇うように間を置いてから、ようやく口を開いた。
「実は……私、アイドルってよくわからないの。普段ああいう曲聴かないし」
「…………」
アイドルがわからない、か。
俺も二次元でプロデューサーをやってはいるが、アイドルとは何なのかと聞かれたら、やはり答えに窮してしまう。てか、そこまで深く考えない。
西木野は軽く息を吐いて、ぽつぽつと言葉を紡ぐように話を続けた。
「それで、その……今度、相談いいかしら?」
「……ま、まあ、その……俺にできる範囲なら」
「いいの?……あ、ありがとう……」
この前、悩んでいるように見えたのは、おそらくスクールアイドルを始めようかどうかだろう。
そして、彼女は自分の意思で一歩踏み出したのだ。
一応、知り合いとしては、応援くらいはしてやりたい。
だが、その前に言うべき事があった。
「まあ、その、あれだ……何にせよ、よかったじゃねえか。ボッチ卒業できて……」
「誰がボッチよ!」
……というわけで。
西木野、スクールアイドル始めるってよ。
*******
翌日……。
窓の外に目をやると、町はまだ朝焼けに染まっていた。
今日は土曜日。
学校から解放され、迎えた休日の初日。
明日は日曜日が控えているということもあり、ある意味一番解放感に浸れる素敵な日。
つまり、気兼ねせずに二度寝できる日だ。
というわけで、おやす……
ガチャッ。
「あ、やっと目が覚めたのね。ほら、さっさと起きなさいよ。待ってるんだから」
「……どちら様でしょうか」
「はぁ?何寝ぼけてるのよ」
……確かに。どうやら俺は寝ぼけているようだ。
いるはずのない人物とこうして話しているし、間違いなく夢の中なんだろう。
「……夢か」
「夢じゃないわよ。ほら、さっさと顔洗って朝御飯食べなさい」
「…………」
どうやら夢ではないらしい。
西木野真姫は腰に手を当て、呆れた表情でこちらを見ていた。
俺は起き上がり、ベッドに腰かけ、彼女に向き直った。
「……何でお前、ここにいんの?」
「決まってるでしょ。アイドルについて学ぶ為よ」
「いや、ちょっと何言ってるかわかんない……」
「なんでわかんないのよ!」
西木野は、真面目くさった顔で、俺の前に仁王立ちした。威圧感パネェ……。
「だから、比企谷さんからアイドルについて学ぶ為よ!」
「……いや、マジでわかんないんだけど」
「しらばっくれても無駄だから。小町が言ってたわよ。比企谷さんはゲームでアイドルのプロデューサーになるシミュレーションをしているから、きっといい相談相手になるって」
「…………」
小町ちゃん、テキトーな事教えちゃダメでしょ。まあ、プロデューサーやってるのは事実でけど。ゲームで。
どうしたものかと首を傾げると、西木野の表情に少し翳りが見えた。
「……ダメ、だった?」
……この表情ずるいんじゃないんですかね。
「……ちょっと顔洗ってくる。その……お前、朝飯は?」
「私はもう食べてきたから……」
「そっか。つーか、早すぎだろ。電車で来たのか?」
「最初はその予定だったんだけどね、ママに話したら車出してくれて」
「そ、そうか。じゃあ……用意するから、待ってろ」
「……いいの?」
「いいも何も……大した事はできんから、まあ、あまり期待しない方向で頼む」
「何それ。ふふっ、ありがと」
その柔らかな笑顔に、朝から落ち着かない気分になりながら、俺は急いで洗面所へと向かった。
そして、朝飯を食っている時に俺はある事実に思い至った。
……今、俺の部屋に女子がいる。それも……まあ美人。
何だかその事実は上手く飲み込めず、朝食の味も何だかよくわからなかった。
*******
「……とりあえず、実際のアイドルを見てみるか」
「そうね。お願い、します」
西木野は畏まったように俺の隣に正座した。赤みがかった髪が揺れ、甘い香りが漂うのが落ち着かないんですが……ええい、考えるな。
えーと……佐賀のアイドル、フランシュシュか……お、この夕霧さんって人いいな。
……とりあえず参考になるかもしれんから、お気に入りに登録しとこう。
「何で高評価して、お気に入りしたの?」
「……あ、ああ、あれだ。ほら、参考になるかもしれんからな」
「ふーん……」
「……な、何だよ」
「別に。それより、カメラ目線でウインク……」
「まあ、音楽番組とかでよくあるよな」
こいつには難しそうだが……なんか「お断りよ!」とか言いそう。
すると、思っていた事が顔に出ていたらしく、西木野は不機嫌そうに俺を見ていた。
「……な、何よ!別にこのくらい私だってできるんだから!」
西木野は立ち上がり、再び俺の前に仁王立ちした。だから、威圧感パネェんだってばよ。
「ほら!……ど、どう?」
西木野は、顔を真っ赤にしながら、こちらに向かってウインクしてきた。
しかし、それはぎこちなさが全面に押し出ていて、体も羞恥に震えて、視線もあちこちに移動しているせいか、ぶっちゃけちょっと怖い……。
「…………」
「な、何か言いなさいよ……」
ひとまず、はっきりとわかった事がある。
……なんかこれ、すっげえ難しそう。