捻くれた少年とツンデレな少女   作:ローリング・ビートル

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All God's Chillun Got Rhythm #8

「…………」

 

 俺は言葉を失っていた。

 それは驚きだけからくるものではない。

 口に出したりすることはないが、ぶっちゃけ…………見とれていた。

 和をこれ以上なく体現したような赤い着物には、そこかしこに控えめに花の模様があしらわれており、俺がこれまでに見た彼女の人柄をあらわしているようにも見えた。

 髪もそれに合わせて結わえられており、普段より色っぽく見えてくる。

 

「…………」

「な、何か言いなさいよ」

「あ、いや、その……なんつーか……」

 

 顔が火照るのを感じながら何か言おうとしてみたが、ついつい噛んでしまう。ああ、やばい、恥ずかしい、死にたい……。

 すると、援護射撃の如く、西木野母がタイミングよく口を挟んでくれた。

 

「もしかして、真姫ちゃんが綺麗すぎて見とれちゃったとか?」

「…………」

 

 ……どうやら援護射撃ではなく死体蹴りだったようだ。

 すると、西木野が少し驚いた表情でこちらを見ていた。

 

「え……そう、なの?」

「いや、まあ、その……」

「……違うの?」

 

 そんな寂しそうな目を向けられると、リアクションに困るからいつも通りのやつお願いできませんかね、よろしくお願いします。

 俺は動揺を悟られないよう、一旦かぶりを振ってから、目を合わさないまま口を開いた。

 

「ま、まあ、あれだ……いい、と思う」

 

 俺の言葉に、西木野母が「あら♪」と喜びの声を上げると、西木野本人はいつものようにそっぽを向いた。

 

「ふ、ふぅ~ん、そう?そうなの?まあ、その……あ、当たり前だけど?……だ、だから、こっちも……い、いや、別に……嬉しくなんてないんだから!」

「…………」

「あらあら」

 

 頬を赤くしながら言うその姿に、何だかほっこりした気分になっていると、西木野母が楽しげな表情でカメラを持ってきた。

 

「じゃあ、せっかくだし記念撮影しましょうか?」

「……ちなみに、何の記念ですか?」

「真姫ちゃんかわいいかきくけこ記念でいいんじゃないかしら~」

「はあ……」

「ママ……」

 

 西木野は苦笑いしてから、ちらりとこっちを見た。

 まあ、そうだよな。記念撮影なら俺のやる事はただ一つ……

 

「じゃあ、カメラ貸してください。俺、撮るんで」

「「…………」」

 

 二人が驚いた表情で俺を見た。一体どうしたというのか?イミワカンナイ。

 だが、それも数秒のことで、何か閃いたように西木野母がぽんと手を叩く。

 

「じゃあ、まずは私達を撮ってもらいましょうか、真姫ちゃん♪」

 

 何故か「まずは」をやけに強調しながら、西木野母は俺にカメラを渡してきた。

 撮り方を確認し、見よう見まねで構えてみると、二人はこちらにピースを向けてきた。

 西木野がかなり遠慮がちに、西木野母がやたらノリノリなのが面白い。あと可愛い。

 

「じゃあ……撮る」

 

 シャッターを押すと、小気味いい音が鳴り、二人はピースを下ろした。

 

「じゃあ、次は二人の番ね」

「「…………」」

 

 その言葉に、俺と西木野は自然と目を見合わせる。

 いや、この展開はうっすらと予想はしていたわけなんだが……。

 

「は、はやく撮るわよ」

「……ああ、悪い」

 

 彼女のぶっきらぼうな口調に催促され、慌てて隣に並ぶ。適度な距離を置いて隣に並ぶと、西木野母は慣れた手つきでカメラを構えた。

 

「じゃあ、撮るわね」

 

 この時の俺はどんな表情をしていたのだろうか。シャッター音が響いてから、隣を窺うと、西木野は口元をもごもごさせ、なんとも形容しがたい表情をしていた。俺もこんな感じなのかもしれない

 そこで、ふと俺は疑問を思い出し、ようやくそれを口にした。

 

「……そういや、なんで着物?」

 

 *******

 

 それから西木野母の淹れてくれた紅茶を飲みながら、質問の答えを聞かされた。

 どうやら、倉庫を整理していたら、昔着ていた着物が出てきたらしい。

 

「それで、着せられてたのか」

「そうよ。まったくママったら……」

 

 西木野はそう言いながらも、どこか嬉しそうに小さく笑った。

 

「…………」

「な、何よ……」

「いや、ツンデレっぽいって思っただけだ」

「誰がツンデレよ。それより、私着替えてくるから。先にスタジオに行ってていいですよ」

 

 西木野はそう言って立ち上がった。

 スタジオ行ってていいですよ、か。一回くらい言ってみてえな。

 

 *******

 

 ピアノが置かれているスタジオでギターをチューニングし、コードを鳴らすと、弱々しくもそれらしい音が響く。

 ……よし。とりあえずFコードの挫折は乗り越えた。

 あとはかっこよくチョーキングとかやってみたいんだが……。

 いまいち締まりのない音を鳴らし、首をかしげていると、私服姿の西木野が入ってきた。

 普段の姿の彼女は、こちらを見て首をかしげた。

 

「あの、せっかくだし、アンプに繋いでみたら?」

「はい?」

「ほら、そこの……」

「ああ、これか……使い方がよくわからなくてな」

「使った事ないの?」

「そもそも買ってないからな。でかい音出すと、小町から苦情がくる。親父だけなら構わないんだが」

「そ、そこは構わないのね……じゃあ、私がやってあげる」

「お前、わかるのか……」

「まあ、パパの見よう見まねですけどね。たまに友達とセッションしてるから」

 

 病院の院長やってて、さらにバンドやってるとか、それどんなチートだよ……。

 彼女はシールドとかいうケーブルでギターとアンプを繋ぎ、電源を入れた。うわ、なんか緊張してきた……。

 俺はふとスイッチ類に目をやり、いきなり大きな音が出ても嫌なので、ボリュームを少し低くしようと、それらしいツマミに手を伸ばした、のだが……

 

「っ…………」

「あっ…………」

 

 一瞬先に手を伸ばした彼女の手に、自分の手を重ねる形になってしまった。

 ひんやりとした柔らかい感触に、慌てて手を離した。

 

「わ、悪い……」

「べ、別に……気にしてないし」

「…………」

「…………」

 

 気まずい空気が流れ、どうしたものかと考えていたら、ハウリングが起き、俺と彼女は肩を跳ねさせた。

 だが、それでも彼女の手の感触はしっかりと脳内に刻まれていた。


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