「…………」
俺は言葉を失っていた。
それは驚きだけからくるものではない。
口に出したりすることはないが、ぶっちゃけ…………見とれていた。
和をこれ以上なく体現したような赤い着物には、そこかしこに控えめに花の模様があしらわれており、俺がこれまでに見た彼女の人柄をあらわしているようにも見えた。
髪もそれに合わせて結わえられており、普段より色っぽく見えてくる。
「…………」
「な、何か言いなさいよ」
「あ、いや、その……なんつーか……」
顔が火照るのを感じながら何か言おうとしてみたが、ついつい噛んでしまう。ああ、やばい、恥ずかしい、死にたい……。
すると、援護射撃の如く、西木野母がタイミングよく口を挟んでくれた。
「もしかして、真姫ちゃんが綺麗すぎて見とれちゃったとか?」
「…………」
……どうやら援護射撃ではなく死体蹴りだったようだ。
すると、西木野が少し驚いた表情でこちらを見ていた。
「え……そう、なの?」
「いや、まあ、その……」
「……違うの?」
そんな寂しそうな目を向けられると、リアクションに困るからいつも通りのやつお願いできませんかね、よろしくお願いします。
俺は動揺を悟られないよう、一旦かぶりを振ってから、目を合わさないまま口を開いた。
「ま、まあ、あれだ……いい、と思う」
俺の言葉に、西木野母が「あら♪」と喜びの声を上げると、西木野本人はいつものようにそっぽを向いた。
「ふ、ふぅ~ん、そう?そうなの?まあ、その……あ、当たり前だけど?……だ、だから、こっちも……い、いや、別に……嬉しくなんてないんだから!」
「…………」
「あらあら」
頬を赤くしながら言うその姿に、何だかほっこりした気分になっていると、西木野母が楽しげな表情でカメラを持ってきた。
「じゃあ、せっかくだし記念撮影しましょうか?」
「……ちなみに、何の記念ですか?」
「真姫ちゃんかわいいかきくけこ記念でいいんじゃないかしら~」
「はあ……」
「ママ……」
西木野は苦笑いしてから、ちらりとこっちを見た。
まあ、そうだよな。記念撮影なら俺のやる事はただ一つ……
「じゃあ、カメラ貸してください。俺、撮るんで」
「「…………」」
二人が驚いた表情で俺を見た。一体どうしたというのか?イミワカンナイ。
だが、それも数秒のことで、何か閃いたように西木野母がぽんと手を叩く。
「じゃあ、まずは私達を撮ってもらいましょうか、真姫ちゃん♪」
何故か「まずは」をやけに強調しながら、西木野母は俺にカメラを渡してきた。
撮り方を確認し、見よう見まねで構えてみると、二人はこちらにピースを向けてきた。
西木野がかなり遠慮がちに、西木野母がやたらノリノリなのが面白い。あと可愛い。
「じゃあ……撮る」
シャッターを押すと、小気味いい音が鳴り、二人はピースを下ろした。
「じゃあ、次は二人の番ね」
「「…………」」
その言葉に、俺と西木野は自然と目を見合わせる。
いや、この展開はうっすらと予想はしていたわけなんだが……。
「は、はやく撮るわよ」
「……ああ、悪い」
彼女のぶっきらぼうな口調に催促され、慌てて隣に並ぶ。適度な距離を置いて隣に並ぶと、西木野母は慣れた手つきでカメラを構えた。
「じゃあ、撮るわね」
この時の俺はどんな表情をしていたのだろうか。シャッター音が響いてから、隣を窺うと、西木野は口元をもごもごさせ、なんとも形容しがたい表情をしていた。俺もこんな感じなのかもしれない
そこで、ふと俺は疑問を思い出し、ようやくそれを口にした。
「……そういや、なんで着物?」
*******
それから西木野母の淹れてくれた紅茶を飲みながら、質問の答えを聞かされた。
どうやら、倉庫を整理していたら、昔着ていた着物が出てきたらしい。
「それで、着せられてたのか」
「そうよ。まったくママったら……」
西木野はそう言いながらも、どこか嬉しそうに小さく笑った。
「…………」
「な、何よ……」
「いや、ツンデレっぽいって思っただけだ」
「誰がツンデレよ。それより、私着替えてくるから。先にスタジオに行ってていいですよ」
西木野はそう言って立ち上がった。
スタジオ行ってていいですよ、か。一回くらい言ってみてえな。
*******
ピアノが置かれているスタジオでギターをチューニングし、コードを鳴らすと、弱々しくもそれらしい音が響く。
……よし。とりあえずFコードの挫折は乗り越えた。
あとはかっこよくチョーキングとかやってみたいんだが……。
いまいち締まりのない音を鳴らし、首をかしげていると、私服姿の西木野が入ってきた。
普段の姿の彼女は、こちらを見て首をかしげた。
「あの、せっかくだし、アンプに繋いでみたら?」
「はい?」
「ほら、そこの……」
「ああ、これか……使い方がよくわからなくてな」
「使った事ないの?」
「そもそも買ってないからな。でかい音出すと、小町から苦情がくる。親父だけなら構わないんだが」
「そ、そこは構わないのね……じゃあ、私がやってあげる」
「お前、わかるのか……」
「まあ、パパの見よう見まねですけどね。たまに友達とセッションしてるから」
病院の院長やってて、さらにバンドやってるとか、それどんなチートだよ……。
彼女はシールドとかいうケーブルでギターとアンプを繋ぎ、電源を入れた。うわ、なんか緊張してきた……。
俺はふとスイッチ類に目をやり、いきなり大きな音が出ても嫌なので、ボリュームを少し低くしようと、それらしいツマミに手を伸ばした、のだが……
「っ…………」
「あっ…………」
一瞬先に手を伸ばした彼女の手に、自分の手を重ねる形になってしまった。
ひんやりとした柔らかい感触に、慌てて手を離した。
「わ、悪い……」
「べ、別に……気にしてないし」
「…………」
「…………」
気まずい空気が流れ、どうしたものかと考えていたら、ハウリングが起き、俺と彼女は肩を跳ねさせた。
だが、それでも彼女の手の感触はしっかりと脳内に刻まれていた。