「じゃ、じゃあ、行くぞ……」
「ええ。どうぞ」
とある休日の午後。西木野邸のスタジオ内には妙な空気になっていた。
こういう感覚はいつ以来だろう。いや、始めてだろうか。
まだ対策ができてなかった頃に体育の授業で「好きな奴とペアを組め」と言われた時とは違う緊張感。
そんな中、俺は頑張って指を動かした。
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「へえ……ようやく一曲弾けるようになったのね。おめでとう」
「……いや、途中だいぶつっかえたし、音出なかったとこあるんだが」
「最初はそんなものよ。途中で止まらなかっただけましよ」
辛口っぽい西木野から意外な褒め言葉を頂き、どんな表情をすればいいかわからずに、つい首筋に手を当て、誤魔化した。
「まあ、まだコードストロークだけだしな……ソロとかまだ先の話だな」
「そうかしら?小町が『お兄ちゃん、アレだけど割と効率よくあれこれこなす』とか言ってたから、案外すぐかも」
「……だといいんだが」
確かにまだ覚束ないところもあるが、ほんのちょっとの達成感もある。もうちょい色々練習してみるのもいいかもしれない。
「…………」
「どした?」
「べ、別に?何でもないわよ……」
今、じーっとこちらを見ていた気がしたんだが。え、何?本当は何かやばかったとか?
「おい、な、何か問題あるなら言ってくんない?やばいとこは早めに直しておきたいんだけど……」
「何もないって言ってるでしょ!ほら、忘れないようにもう一回頭から!」
「お、おう……」
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あの後、もう一回どころか十回やらされて、さすがに集中力も途切れてきたところで、西木野母が入ってきた。
「あらあら、頑張ってるわね。でも少しは休憩もしなきゃダメよ?というわけで、まったりティータイムにしましょう」
「なんでちゃっかりママの分も……」
「だって私も八幡君とお話したい~」
「ど、どうも……」
この人のこの感じ、可愛すぎて対応に困る。あとめっちゃいい匂いするし……。
すると、西木野母は何か思いついたように西木野の肩をとんとんと叩いた。
「ねえねえ、真姫ちゃんはいつ八幡君って呼ぶの?」
「ヴぇえ!?べ、別にいいわよ!比企谷さんで通じてるし」
「じゃあ小町ちゃんがいる時は?」
「小町のほうは小町って呼んでるから大丈夫よ」
「むぅ。まだハードルは高いわね、八幡君」
「な、何のハードルでしょうか?」
「何なら八幡君から真姫って呼んでみたら?あの子びっくりするわよ」
「びっくりするでしょうね。色んな意味で……」
冗談でもそれをしようものなら、それが俺の命日になりそうな気がする。
このままだと自分の身に危険が及びそうなので、とりあえず話題転換をしよう。
「そ、そういえば……少し、暑いでしゅね」
噛んだ。しかも暑いって……会話下手かよ。下手だよ。
「あははっ、今の噛み方可愛いわ!ねえ、真姫ちゃん?」
「そ、そうすか」
よくわからんが、西木野母にはご好評頂いているようだ。ちなみに西木野は……
「ぷぷっ、い、今の、なに?……くすっ」
明後日の方向を向いて、必死に笑いを堪えていた。堪えきれていないが。