発表会当日。
「…………ふぅ」
「お兄ちゃん、すっごい緊張してるね」
「……まあ、そりゃあな」
やばい。
何がやばいって、まだ順番がかなり先だというのに手汗がやばい。そして、語彙力が低下しまくってるのもやばい。今なら由比ヶ浜にテストで負ける自信ある。
そんな俺を見ながら、西木野が控えめに口を開いた。
「緊張すること自体は悪いことじゃないわ。ただ、もう少し自信もって。この前のリハーサル、調子良かったんでしょ?」
「……一応」
三日前、リハーサルがあったのだが、とりあえずこれといったミスはなかった。
何より……滅茶苦茶気持ちよかった。
想像以上の音の迫力に、しばらく耳がキーンと鳴っていたが、それでも爽快感が勝っていた。
その時の感覚を思い出すと、楽しみな気持ちも沸いてくる。
色んなことが初めてで、どれも新鮮だった。
……本番を無事に終えられたら、あれ以上の気持ちになれるかもしれない。
そんな淡い期待が、自然と立ち上がる気力をくれた。
「……よし、じゃあ行ってくるわ」
「お兄ちゃん、まだ順番かなり後だよ。さっき確認してたよね」
「ちなみに、この流れ3回目よ」
「…………」
緊張との戦いはしばらく続きそうだった。
********
しばらくすると、二人は客席に行ったので、一人になった。
そうなると、周りの音が強調されてくる。
今日の演奏会は、事前に練習してきた課題曲を楽器店のスタッフと一緒に演奏するというスタイルだ。
参加する人の年齢層は割とばらけている。
同年代っぽいのも数人はいるようだ。
演奏歴も様々なので、聞こえてくる演奏のレベルも勿論違う。
耳を澄ましていると、当たり前だが同じ演奏など一つとしてなく、不思議と聞き入ってしまう。
今は緊張すら心地よく感じてしまう。
やがて、自分の順番が回ってきた……。
********
「お疲れ」
「……おう」
自分の順番が終わり、外でぼーっとしていたら、西木野から声をかけられた。
その口元には優しい笑みが貼り付いていて、そのことに安心感を覚える。
「最初にしては良かったんじゃない?」
「最後で思いきり間違えたけどな」
「……まあ、そうだけど」
ラストで思いきりタイミングがずれてしまい、何とも締まりのない演奏になってしまった。
優しいお客さんが拍手をしてくれたし、スタッフさんも労ってくれたが……めっちゃ恥ずかしい。
「ねえ、どうだった?」
「?」
「今の気分よ」
「…………まあ、楽しかった、な」
それは嘘偽りないほんとの気持ちだ。妙に頭の中がすっきりしている。
たまにはこういうのも悪くない。そう思えるくらいには……
「……ありがとな」
「えっ!?」
自然と口から零れ出たお礼の言葉。
慌てた表情の西木野に、ついこちらも口をもごもごさせてしまう。演奏の音が漏れ聞こえてこなかったら、間が持たなかったかもしれない。
「あー、まあ、あれだ。自分からはやってないだろうからな……だから、まあ……」
「べ、別に!お礼を言われるほどのことじゃ……まあ、楽しかったならよかったけど」
「あ、ああ、この借りは必ず返す……」
「大げさよ」
「……それでも」
勢い任せに言いきると、西木野は指先で髪を弄ってから、じっとこちらを見た。
「じゃあ、千葉で私が行かないような場所に連れてって」
「……期待に応えられるかはわからんが、できるだけやってみる」
すると、彼女は顔を綻ばせた。
「ふふっ、楽しみにしてる。あっ、千葉のことね」
「いや、わかってるから」
「ねえ、せっかくだから最後まで観ていきましょ」
「ああ、そうだな」
どちらからともなく、そのまま自然と並んで歩きだす。
普段より近めの距離とか、いつもより揃っている歩幅が妙にくすぐったい気持ちにさせた。