「それじゃあ、お邪魔しました」
「いえいえ、いつ来てくれてもいいんですよ〜♪何なら今度小町とお泊り会でも……」
小町が最後の方だけぼそぼそ言いながら、真姫に満面の笑みを向ける。
真姫も口元に笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振って、こちらに向き直った。だが、視線は俺を捉えてはいない。斜め下のアスファルトに固定されていた。
「それじゃあ、また……ギターさぼらないようにね」
「……つまらなかったら、とっくにさぼってる」
「何それ。じゃあ大丈夫そうね」
真姫はようやく目を合わせてから、数秒じっとこちらを見た。
その真っ直ぐさに耐えられなくなり、今度はこっちが視線を逸らしてしまう。
だが、何とか心を奮い立たせ、もう一度目を合わせると、真姫は微笑んだ。
「じゃあね」
「……ああ」
車の中から真姫母がぶんぶん手を振ってくるので、それにこちらもひらひらと振り返すと車はゆっくりと動き始めた。
真姫とは一度だけ目が合ったが、それだけで車は徐々に加速して、やがて見えなくなった。
「お兄ちゃん、いつまで見てるの?」
「ん?ああ、いや、別に……」
暑さのせいか、俺は小町に声をかけられるまで、そこにぼーっと突っ立っていた。
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夏休みも終盤になると、ついついカレンダーを確認してしまう。おかしい……1ヶ月足りないんじゃなかろうか?いや、これ夢なんじゃね?てことは、もう一回寝たらちゃんとあと1ヶ月の休みが……。
そんな俺の考えを嘲笑うかのように携帯が震えだした。
画面を確認すると、すっかり見慣れた名前が表示されているので、すぐに通話を押した。
「……はい」
「だらけた声ね。大方夏休みが1ヶ月足りないとか言ってカレンダーを確認してたんじゃないの」
「えっ、何?お前、俺ん家に隠しカメラ仕掛けてんの?おっかないんだけど……」
「そんな無意味なことするわけないでしょ。何となく想像つくだけよ。それより今晩空いてる?」
「わかりきってることをわざわざ聞くな」
「それもそうね。今日花陽達と◯◯市にある花火大会に行くんだけど、小町と一緒に来ない?」
「……あー、ちょっと待ってろ」
俺は小町に電話を代わり、近くで聞き耳をたてることにした。
小町はにこやかに挨拶をしてから、何故か数回俺をジロリと睨み、真姫と話し終える頃には何やら謝っていた。
「ゴミいちゃんのバカ!ボケナス!八幡!」
「いや、八幡は悪口じゃねえだろ……」
「まったく……小町は受験勉強で時間が取れないから、お兄ちゃんが行ってきて。戸塚さんも行けそうなら一緒に。あとお土産お願い」
「お、おう……」
何とも言えない気持ちになりながら、もう一度携帯を耳に当てると、真姫のため息が聞こえてきた。
「……何だよ」
「別に。じゃあ集合は17時だから。遅れないでね」
「了解」
「それじゃあ、またね」
「ああ」
通話を終えると、小町が何か言いたそうにしていたが、「いやいや、焦るのはよくない……」とか呟き、自分の部屋へと戻っていった。
……受験勉強のことだよな。