新学期が始まると、今度は文化祭の準備で教室の空気は浮かれていた。
運悪く俺は文化祭実行委員に選ばれてしまい、放課後も学校から拘束される羽目になった。これがブラック企業に慣れるための練習か……などと考えていると、ある事が二つ頭に浮かんだ。
一つはギターの練習時間をいかに確保しようかという事。もう一つは……やはり彼女の……真姫の顔がどうしてもちらついてしまう。
あの花火の閃光よりも深く熱く刻みつけられた瞳の真っ直ぐさ、掌に優しく残るひんやりして熱い感触。その時胸を震わせていた何かが未だに心を叩いている。
あの後、俺と真姫は大した話はしなかった。
夏休みが明けたら、お互い文化祭だとか言った記憶はあるが、正直あまり覚えていない。
……こっちについてはあまり考えないほうがいいだろう。
窓の外の青空は、まだ夏の色を帯びていたものの、何かが移り変わりそうな気配がそこに立ち込めていた。
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「はあぁ……」
何故か溜め息が零れてしまう。
……あっちの方角が千葉だったっけ?
意味のない確認をわざわざしているあたり、どうかしてるのは間違いない。
「あの、真姫ちゃん……どうかしたの?」
「比企谷先輩のこと考えてるだけにゃ……いふぁいにゃ〜!」
凛の頬から手を離すと、ようやく静かになった。
「よそ見しながらつねるなんて……真姫ちゃん、腕をあげたにゃ〜」
「そうね。次は離れたところからもできるように頑張るわ」
「こわすぎにゃ〜!」
こんなやりとりをしていると気が紛れるので助かるんだけど、凛にからかわれると、ついついやっちゃうのよね。
とはいえ、気を抜くとすぐに頭の中があのお祭りの思い出で埋め尽くされてしまう。
……あの時、どうかしてたんだわ。
じゃなきゃ自分からあんなこと……。
繋いだ手の感触はパパの手に比べると薄くて頼りないけど、しっかりと男の子の手だった。
……ていうか、パパ以外の男の人の手を握ったのなんて初めて……よね?
「ま、真姫ちゃん?どうかしたの、顔赤いよ?」
「また比企谷先輩のこと考えてるだけにゃ〜あああ、ごめんなさいにゃあああ!!」
さっきやらかしたばかりなのに、こうも懲りないとは……ちなみにすぐ近くにいるので、すぐ仕返しできた。
……何にせよ、今は考えすぎないほうがいいかも。
でも、文化祭は見に行ってみようかしら。何やるかはわからないけど。
そんなことを考えながら、左の手のひらを見つめると、もちろんそこには何もない。
でも、形のない何かはそこにあった。