「いや~、真姫さんのピアノって本当に癒されるよね、お兄ちゃん!」
「……ああ」
「べ、別にあなたのために弾いたわけじゃないし……」
なんかツンデレっぽい台詞はやめてくれませんかねぇ。うっかり好感度高いんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。
俺達は西木野邸をあとにして、秋葉原の街をのんびりと歩いていた。まだ絶賛春休み中の秋葉原は国内外問わず多くの多くの観光客で賑わっている。
「人、多いなぁ……」
「年中こんな感じよ。平日も休日もあまり関係ないわ」
「そ、そうか……」
独り言のつもりだったんだが、まさか聞かれていたとは……恥ずかしいので、今後は独り言を控えよう。
すると、西木野が肩をちょんちょんとつついてくる。
顔を向けると、恥じらうような、躊躇うような、何ともいえない表情がそこにあった。
「ねえ」
「?」
「私のピアノで癒されたって……嘘、じゃない?」
「……ああ。この前の母ちゃんの小言を綺麗さっぱり忘れそうだ」
「何と比べてるのよ……ていうか、それは覚えといたほうがいいんじゃないですか?」
「……まあ、そうだな。てか、母親とめっちゃ仲良さそうだな」
「べ、別に……普通だから……もうあんまり子供扱いしないで欲しいんだけど……」
西木野は微かに頬を赤らめ、ぽそぽそと愚痴をこぼすように呟く。その表情からも仲の良さが窺えた。善きかな善きかな。
「あなただって妹と仲いいじゃない。私は一人っ子だからよくわからない感覚だけど」
「いえ、全然そんなことないですよ~、お兄ちゃんって基本ゴミぃちゃんだし、捻デレだし~」
「小町ちゃん。いきなり話に割り込んで人を罵倒するのはやめようね」
「ふふっ、やっぱり仲いいじゃない」
西木野はやんわりと笑みを向けてきた。今のやりとりで比企谷家の兄妹愛の深さに気づくとは……西木野真姫、恐ろしい子!
そこでふと気になったことを訪ねてみた。
「高校でも音楽やるのか?」
「……まあ、部活には入らないけど、家で趣味程度に弾くくらいかしらね」
俺はその時の彼女の変化を見逃さなかった。
西木野は空に目をやり、雲よりも向こう、遠いどこかへ思いを馳せていた。
もう届きはしない何かを探すような……
そんな眼差しに、何故か俺は魅入られていた。
やがて赤みがかった髪をそよ風が揺らし、薄紅色の唇が動いた。
「私の音楽は……もう終わったから」
寂しげに笑うその横顔は淑やかで儚く、淡い幻のようにすぐに消えてしまった。
*******
小町に先導されるまま移動していたら、いつの間にかゲームセンターに到着した。
「それで、何でプリクラなのよ」
「記念ですよ、記念!」
「何の記念だよ……」
「真姫さんの進学祝い?」
いや、親じゃねえんだから……しかも最後に疑問符ついてるし。
しかし、西木野の反応は予想外のものだった。
照れを隠すように頬をかき、ぽしょぽしょと呟く。
「べ、別にそんなの……ありがとう」
「いえいえ、気にしないでください♪」
あれ、西木野さん?ちょっとチョロインすぎやしませんかね……なんかちょっと心配になりそうなんだけど。変な人に騙されやしないか。
一方、アホの子ながらもしたたかな妹は、何だか悪そうな笑みを浮かべていた。こっちはこっちで心配だ。俺なんてシスコンにされたくらいだし。いや、これは元からでした。てへっ♪
「まあ、俺はその辺ブラブラしてるから、終わったら呼んでくれ」
「何言ってんの、お兄ちゃん。お兄ちゃんも一緒に撮るんだよ」
「い、いや、俺は……」
「別に写真くらいいいでしょ?それより、ここにいる方が気まずいんじゃないんですか?」
西木野の言う通り、周りはカップルや女子ばかりで確かに居心地はよくない。そういうとこ気づく辺り、多分こいつもボッチの才能はあるのだろう。
「今、失礼なこと考えなかった?」
「い、いや、何も考えてないじょ……」
噛んでしまった……まあ、写真撮るくらいなら構わないだろう。あまり結果は見たくないが……あの謎の修正機能を自分に使われたらと思うと、なんかぞっとする。
とりあえず邪魔にならないよう、枠の隅っこに移動し、隣に小町、その隣に西木野がスタンバイする。
あとは小町が西木野とフレームやら何やらを選ぶのを眺め、割とすぐに撮影に入った。
全て終えると程なくして写真が出てくる。
特に修正はしていないので、見慣れた顔がそこにあった。
「おお……普通でよかった」
「何、その感想……」
「まあ、美白モードのお兄ちゃんなんて見たくないからね。さっ、もう一枚撮りましょう!」
「「え?」」
こちらが何か言う前に、小町がお金を投入し、操作を始めた。
「真姫さん、次はどれにします?」
「えっ?えっと……」
西木野も小町の勢いに押され、また色々と選び始める。
しかし、撮る段階で変化が起こった。
「あっ」
撮影の瞬間、小町が何故かしゃがんだ。
シャッターは切られ、印刷が始まったところでようやく立ち上がる。
「……どした?」
「いや、靴紐が……」
「大丈夫?」
「ええ、気のせいでした!あはは~」
案の定、出てきた写真は二人しか写っていないように見える。中途半端に距離が空いてるぎこちないツーショットだ。
「小町、お前見切れてるぞ」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ!」
「撮り直しできるわよ」
「いいのいいの!私見切れるの好きだから」
「そ、そう……変わってるわね」
「…………」
小町の意図は何となく読める。まあ、特に何も起こりはしないだろうから放っておくか。
プリントされた自分の顔にもう一度目を向けると、何故か浮かれているように見え、何だかこそばゆい気持ちになった。
*******
帰りつく時間を考え、少し早いが、もう千葉に戻ることにした。
駅のホームはそれなりに人が行き交い、電車もそれなりの混雑が予想される。
「じゃあ、真姫さん。また来ますね!」
「ええ。二人共帰り気をつけて」
「……おう」
西木野はわざわざ駅まで見送りに来てくれた。
口調はつんけんしているから非常にわかりづらいが、こいつは案外優しいのかもしれない。
「じゃ、行くか」
「うん」
「えっと……じゃあね、小町。比企谷さん」
少し変わった何かに頬が緩みそうになる。
そして、改札を通り抜け、何の気なしに振り返ると、西木野はまだそこにいて、ばっちり目が合った。
とりあえず会釈しておくと、向こうも同じようにしてきた。
妙な気まずさと温かさを感じながら、俺と小町は秋葉原をあとにした。
*******
「まったく……この写真、二人で撮ったみたいじゃない」
はっきり言って写りが悪い。おまけに目つきも悪い。緊張してたのかしら?まあ、こういう機会が中々ないから……べ、別に初めてじゃないわよ。
ただ、写りが悪くても、何故かほんわかした気分になる。
……いや、なんでよ。意味わかんない。
「……帰ろ」
*******
電車は来た時の走りを巻き戻したようなスピードで、千葉までの道を走っている。
窓の外に目を向けると、見慣れた街の雰囲気を感じ、秋葉原が遠くなったことに気づいた。
小町は俺に寄りかかり、小さな寝息をたてている。
その心地よいリズムにこちらも眠りに引き込まれないよう気をつけながら、俺は秋葉原での出来事を思い浮かべた。
しかし、最終的には西木野のあの寂しげにな横顔が浮かんでくる。
あれは……いや、俺が考えても仕方がない事なんだろう。
思考を断ち切り、再び窓の外に目を向ける。
やがて電車は千葉に到着した。