「……ここめっちゃ美味かったな」
「そう?ならよかったわ」
こういう小洒落た店に来る機会がなさすぎて緊張で味もわからなかったらどうしようかと思ったが、音楽の話で緊張がほぐれたのがよかった。奥の席でカップルっぽい男女の女子のほうがやたらパスタにチーズかけてたが、あれ元からチーズかかってたよな?まあ、別にいいんだけど。
すると、真姫がいきなりこちらに手を差し出してきた。
「……どした?」
「忘れてない?」
「…………」
少しむくれた顔を見せた真姫の手を俺は黙って握った。そんな顔されたら俺たち付き合ってんじゃないの?とか誤解しちゃうから自重してくれませんかね?
再び歩き始めながら、どのぐらい力を入れればいいのかとか手汗は大丈夫か、とかを改めて気にしながら次第に気持ちを落ち着けると、彼女は「あっ」と呟いた。
「どした?……もしかして俺、手汗やばい?」
「それはそんなに気にならないから大丈夫よ」
少しは気になるのかよ。穴があったら入りたい気分なんだけど。
真姫の視線の先には人だかりができていた。これに気づかなかった自分が怖い。やはり左手に意識を取られすぎている。
人だかりに近づくにつれ、ピアノの旋律が聴こえてきた。おそらく最近動画でよく見るストリートピアノだろうか。
真姫をちらりと見やると、人垣の向こうから聴こえる旋律にしっかりと耳を傾けているのが見て取れた。
「……弾いてみたいのか」
「もちろん違うわ。こういうとこで目立つのは避けたいし」
自信ありすぎてもうかっこいいな。 まあ、容易に想像できてしまうが……。
彼女がピアノを弾いている姿と、それを取り囲む観客を思いか浮かべると……あれ?なんか一瞬モヤッとしたんだが。え?嫉妬?
「な、何?そんなじっと見つめて……」
「あ、ああ、悪い……」
「もしかして手繋いでるの嫌だったとか?」
「……それはない」
「……ならいいけど」
「いや、何つーか……改めて、今日の私服が……いい感じだと思っただけだ」
「それ、今さら言う?」
「わ、悪い……タイミングを逃したというか……」
「減点ね。でも許してあげる」
そう言いながらも口元には笑みを浮かべたまま、真姫はこちらを見た。
とりあえず内心を悟られないように思ったことを口にしてみただけだが、何とか誤魔化せたようだ。あと服の事については小町的にポイント低いはずなのでチクられないよう祈る。
ほっとして、どちらからともなくその場を離れようとすると、背後から声がかかった。
「あれ、真姫ちゃん?」