行き交う人々は誰もが楽し気で、その喧騒は街の大きさを示しているようだ。
それもそのはず、ここはカントー地方二大都市のひとつ。『タマムシ 虹色 夢の色』のキャッチフレーズで有名なタマムシシティである。
様々な人と思惑が交差する街だ。清濁や陰陽、その他諸々合わせれば虹色だけじゃ色が足りないだろう。だからこそ“曖昧”という意味を持つ“タマムシ”シティなのかもしれないが。
「まあ俺としては『ハリボテの街』って方がしっくりくるけどな」
なんて皮肉を1人ごちる。その呟きも雑踏の中に混ざって誰に届くこともなく消えていった。
しかし賑わう繁華街から外れ、オフィスビルが建ち並ぶ裏通りへ出ると人が一気に減る。街を行く人々の格好も色とりどりの私服から落ち着いたスーツへと変化した。
そんなオフィス街の一角、なんの変哲もない雑居ビルに足を踏み入れる。2階から5階までは様々な企業のオフィスが入っているが、それらは全て組織傘下のフロント企業にすぎない。
エレベーターに乗り込み7桁の数字を打ち込む。すると階数表示のディスプレイが反転し、代わりにカメラのついたアーム型の装置が現れて目の前まで降下してきた。
網膜認証というやつだ。それをクリアするとエレベーターは存在しないはずの地下へ向けて動き出す。
そして扉が開いたその先は、『R』の御旗に集った者達の楽園である。
「よお、グレーじゃないか。久しぶりだな」
エレベーターを降りてすぐ、ロビーのような作りになっている広い空間。そこにいた1人の男が俺に声をかけてくる。
声の主は浅黒い肌した筋骨隆々の大男だ。
「お久し振りです、タツミさん」
「しばらく見かけなかったが何をしていたんだ?」
「おつきみ山で化石発掘班の指揮を取ってました」
「ああ、古代ポケモンの復活を目的としたプロジェクトの……」
それもあるが、珍しい化石は高値がつく。化石発掘と同時に月の石も取れるし、おつきみ山は希少なピッピの生息地域でもある。
景品用に何匹か捕まえておいたので後で持って行かないとな。
「はい。タツミさんこそ本部の方にいるなんて珍しいですね」
特務工作部の幹部であるタツミさんは本部より技術工作部に常駐していることがほとんどだ。
研究員のようなデスクワークは向かないと以前自分で言ってたが。
「新プロジェクトの打ち合わせで呼ばれたんだ。近い内にシラヌイ博士についてジョウトまで飛ぶことになる」
「それはまた遠いですね」
「口外できんがそれなりに大がかりなプロジェクトになるからな。あまり目が届きにくいジョウトを選んだそうだ」
ならこれ以上深くは聞かない方がいいだろう。
しかしジョウトか……。タツミさんが言った通りの目論みはもちろんとして、ジョウトへの本格進出の足がかりにもするつもりかもしれない。
ロケット団の名声が広くとどろくと考えるだけでワクワクしてくるな。
心を踊らせながらタツミさんに別れを告げ、俺はさらに地下へと進んでいく。その目的は最下層だ。
深く潜っていくごとに人の気配は消え、空気が重苦しくなっていく。
しかし俺にとってはそれすらも喜びに感じられて体が震える。この威圧感はあの人の存在を世に知らしめてくれるもののひとつだ。
世界の全てがあの人の前に平伏すればいい。それがこの世の理想なのだから。
そのために出来ることがあるのなら、俺はどんな命令だって忠実にこなしてみせる。命を賭けるなんて、ポケモンを殺すことよりも簡単だ。
コツコツと無機質な床を鳴らしながら歩く。やがてたどり着いた一枚の扉の前。
網膜だけに留まらず様々な生体認証をクリアしてようやく扉が開く。
その部屋の中にいる方こそ俺達ロケット団のボスにして世界の統治者。
サカキ様その人である。
「第二実動部隊副隊長グレーです!サカキ様直々の招集に応じて馳せ参じました!」
「こちらへ来い」
「はっ!」
例えようのない、緊張と歓喜が入り交じった感覚。何度サカキ様の前に立ってもこれが慣れることはない。
否、そんなことはあってはならないな。
「報告書を読んだ。おつきみ山の進捗状況は順調のようだな」
「はい。ここまではGメンやジュンサーに勘付かれることなく進んでおります」
むしろ山を通り抜けようとしたり、俺達と同じように化石の発掘目当てで訪れる一般人の対処の方が気苦労させられている。
面倒なら口封じといきたいところだが、あまり行方不明者出すと厄介な奴らが出張ってくるからな……。
「化石発掘プロジェクトは軌道に乗った。そこでお前には新しい仕事をしてもらう」
「なんなりとご命令を」
そんな俺の返答を受けてサカキ様は広角をつり上げてにやりと笑った。
なんて鋭利な笑みだろうか。そのご尊顔を拝することが出来ただけで百人力である。
カントーポケモンリーグの四天王とチャンピオンを潰してこいと言われても嬉々として向かう自信がある。
「時はきた。グレー、お前には表舞台に立ってもらう」
「表舞台……ですか?」
「そうだ。お前のポケモンバトルの腕前は我がロケット団においても随一。その手腕を存分に活かしてもらう」
ああ、サカキ様にここまで仰ってもらえるとは。
サカキ様からの信頼と期待。それに勝る喜びなどきっとこの世には存在しないだろう。
「まず手始めにタマムシジムの攻略だ。出来るな?」
「お任せを。サカキ様への忠誠にかけて、必ずやジムリーダーを倒してご覧にいれましょう」
そう、全てはサカキ様のために。
「――というわけで俺はこれから別の任務に当たります。そっちの指揮は任せました」
『まあ薄々そんな気はしてたけどよ。そもそもアンタはこっちにいることの方がおかしいしな』
化石発掘班の副班長……今日からは班長代理になる男は少しだけ呆れたようにそう言った。
仮にも部下ではあるけれど、15歳の俺より一回り近く年上なので敬語は使わないでもらっている。サカキ様さえ敬っているならその辺はどうでもいいからな。
『そういや新しく補充で入る奴等はどうなってんだ?』
「とりあえず2人と1体を向かわせます」
『2人組と……1体?』
「喋るニャースですよ」
『……は?』
電話口の向こうで相手がどんな顔をしているのか目に浮かぶ。
でも本当に喋るんだからしかたない。
「喋るニャースです」
『からかってんのか?ポケモンが喋るわけないだろ』
「じゃあ人間の言葉を話すニャースの見た目をした何かです」
『……もういい。とりあえず新しい奴はすぐ入るんだな?』
「はい。少々調子に乗りやすいコンビですけど、それぞれ能力は高いです。なのでしっかり手綱を握って上手く扱ってください」
『アンタほど上等にやれる気はしねぇが、ヘマをやらかさないようにしっかり見とくさ』
「頼みました。後はよろしくお願いします」
通話を終わらせてふーっと息を吐く。未だにサカキ様と対面した緊張感が抜けきらない。
まあそれが心地よくもあるわけだけど。
とりあえずこれで前の仕事の引き継ぎと連絡は全て終わりだ。次の任務に向けて準備を始めよう。
確かタマムシシティのジムは草タイプがメインだったな。ということは毒持ちが多い。ゴルバットとマタドガスで抜けるとは思うが……。
「選出があまりにもそれっぽいな」
サカキ様が表舞台と仰っていたように、今回はロケット団の人間だということを隠して行動しなければならない。
ゴルバットとマタドガス、さらにはアーボックなどはいかにもそれっぽい手持ちだ。まあセキチクジムのリーダー、キョウのファンだと言い張れば誤魔化せそうなメンツでもあるが。
それでも疑われる可能性は少しでも減らしておくべきだろう。
「素直に炎や飛行タイプを連れていくか」
タツミさん、オニドリル貸してくんないかな。あの人のオニドリル強いからね。
まあダメなら何かしら育成して連れていこう。俺は明日から“ポケモン協会が認めた正式なトレーナー”になるんだから。
先のことを考えると組織が管理しているポケモンよりは自分専用のを育てておいた方が良さそうだ。
本来ならトレーナースクールを卒業しないと発行されないはずのトレーナーカード。
スクールになど通ったことのない俺は自分のトレーナーカードを横目に、タマムシジム撃破の準備を進めていった。
グレー
15歳ながらロケット団第二実動部隊の副隊長を務めている少年。
バトルの実力はロケット団でも随一。
とある事情により、7歳の頃からロケット団に所属している。
本名は不詳。グレーはサカキが名付けた名前。