アニメになった気もするが、作者は見てない。
「この前の中間考査の成績を返す、呼ばれたものは……」
教師の言葉に、教室の生徒は様々な表情を浮かべる。
その表情も、成績表を見て、二転三転、七転八倒は当たり前。
いつの時代にも、どの学校でも、似たような風景は見られるだろう。
ざわめく教室内で、ゆり子はもう一度自分の順位を確認した。
「あまり、実感がわかないわね」
万年2位の地位を返上し、初めて1位のポジションを奪い取った。
いや、奪い取ったというよりは……。
ゆり子は顔を上げて、左前方の席に座る少女を見つめた。
「はわわー。ねんじちゃん、見て見て!」
何やら嬉しそうに成績表を振り回し、前の席に座る少年の顔にそれを押しつけている少女。
入学以来、常にトップの座を守り続けていたのが彼女だ。
まあ、正確に言えば、彼女であって彼女ではない。
その事情を知っているゆり子にとっては、1位になったという実感がわかないのも無理はない。
なぜなら、『6歳児』に、高2の問題を解けという方に無理がある。
記憶喪失?
いや、年齢退行。
クラスから完全に孤立していたからこそ、その異様さを追求されないでいる……綱渡り状態の毎日。
少女の幼なじみである少年はもちろん、事情を知ってしまったゆり子でさえ、その深刻さに胸を痛めているというのに。
6歳児に戻った少女は、今日もお気楽で、ご機嫌だ。
「どれどれ……」
押し付けられた成績表を、少年は面倒くさそうに……。
「ねえねえ、ねんじちゃんのは?見せて」
机の上に置かれた成績表に伸ばした手を、少年はぺしっと払い落とした。
「こ、こういうのは他人に見せるもんじゃねえんだ!ほら、これも返すから鞄の中にいれとけ!」
「はわわ……ねんじちゃんだけ、ずるい」
「ずるくねえ!」
二人の会話は、あくまでも小声だ。
何をしゃべっているかはわからなかったが、その親子のようなじゃれあいに、ゆり子は微笑んだ。
(ふふ……きっと優しいお父さんになるわね、凪原くん……)
ぽわぽわぽわ……と、ゆり子の中で、都合の良い妄想が翼を広げていく。
テーブルを囲んだ一家の食卓風景。
『七華、またこぼしてるぞ』
『はわわ』
『しょうがないわねえ…』
不器用な手つきでスプーンを使う娘の口元を優しく拭う少年の念二。
困ったような、それでいて嬉しそうに父親のされるがままになる娘のななか。
そんな2人の姿を見ながら、穏やかに微笑むゆり子は……母親のポジションだ。
ご都合主義極まりない。
(って、何考えてるの私!)
ゆり子がぶんぶんと手を振って妄想を追い払うと同時に、チャイムが鳴り響いた。
「やべー、怒られるよ……」
「お父さんにお小遣い貰おうっと!」
休み時間になっても、教室内は成績の話題一色だった。
「ねえ、雨宮はどうだった?」
「あ、うん……良かった」
「さすが雨宮よね……私なんか」
肩を落とすゆり子の友人達。
慰めと励ましの言葉をかけるゆり子は、ふと顔を上げた。
視線。
それも、熱い視線だ。
ゆり子の心拍数が、はね上がる。
視線の主は、少年、凪原念二。
「ねえ、雨宮聞いてる?」
聞いていない。
聞こえていない。
女の友情は、恋心の前には紙切れ同然。
「雨宮!」
「……えっ?」
友人に肩を揺さぶられ、ようやく我に返るゆり子。
「気分でも悪いの?」
「うん、顔も赤いし、熱でもあるんじゃない?」
タイミングを合わせたように、すっと教室から出ていく念二。
その後ろ姿にピンとくる。
ゆり子は、頬を染めたまま小さく頷いた。
「うん、ちょっと熱っぽいかも……保健室に行って来るね」
とか言いながら、ゆり子の足取りはスキップしそうに軽い。
友情が軽すぎる世界だ。
「……大丈夫かな、雨宮?」
不思議そうに呟く友人の声も、今のゆり子には届かない。
そして、やはり廊下で念二は待っていた。
「凪原君……」
「あ、あのよ……」
ゆり子から視線を逸らしつつ、恥ずかしそうに周囲に視線を配る少年の仕草がますますゆり子の想像力を逞しくしていく。
「やっぱ、ここで話すのもなんだな」
「ううん、私はどこでもかまわない」
「は?」
残念、休み時間は短いのだ。
カラーン、コローン……。
ゆり子はチャイムを呪った。
今なら世界も滅ぼせそうな勢いで呪った。
「と……放課後、残っててくれないか?話があるんだ」
「喜んで!」
ぽわぽわぽわ……と、都合の良い妄想に浸りながら、ゆり子が足が地につかない状態で教室に戻る。
もちろん、そんなゆり子を友人たちが放っておくはずもない。
「ちょ、雨宮。顔が真っ赤じゃない!早退した方がいいって」
「今日は絶対帰らない」
「あ、そ、そう?」
もんのすごい表情で睨まれ、友人は静かに後ずさりしていく。
「くふ、くすくす…」
赤い顔をして、どこでもない何かを見つめながらクスクス笑う美少女の姿は、なかなかに不気味なものがある。
ななかの異変は、少しずつ周囲に認知されつつあるが、ゆり子のそれも大概だ。
「はわわ…どうしちゃったのかな、雨宮さん」
授業中、小さな笑い声を上げ続けるゆり子を振り返っては、
『雨宮と俺って…以前出会ったことなかったか?』
『ええ……ずっと昔、子供の頃……』
『雨宮、実は、お前が好きなんだ』
『うれしいっ!』
「……さん、雨宮さんってば。もう、みんな帰ったよ?」
「はっ!」
ゆり子は慌てて立ち上がり、周囲を見回した。
窓の外は見事な夕焼け。
心配そうな表情を浮かべた七華と自分以外には誰もいないように見えた。
「な、凪原君は?」
「ねんじちゃん?なんか用事があるから先に帰っててくれって……だから、雨宮さん一緒に帰ろ?」
「わ、私も今日は学校に用事があって……」
「はわわ……居残りなの?」
七華の両肩をがしっとつかんで、ゆり子はぐっと顔を近づける。
「そう、居残りなの!だから霧里さんは先に帰っててね!」
「はややっ、なんか今日の雨宮さん恐い……」
脅える七華の表情を見て、ゆり子は自己嫌悪を覚えずにいられない。
(……卑怯なコトしてる。でも、私だって)
そんなゆり子の気持ちにはおかまいなく、七華は子供のように無邪気に手を振って笑った。
「じゃ、私は帰るから……居残りを手伝ってあげられなくてごめんね」
「ぜんぜん!」
とてとてとてっという足音を残し七華が教室を出ていく。
その姿が見えなくなる……と、否応なしにゆり子の心拍数が跳ね上がる。
誰もいない教室に1人。
来る。
これから、彼が来る。
『大事な話』のために、やってくる。
赤く染まった窓辺に腰掛けるゆり子の横顔は、期待と憂いに満ちている。
精一杯平静を装っているが、心の中はいっぱいいっぱいだ。
かすかな物音が聞こえるたびに、弾かれたように顔を上げて腰を浮かせる。
何度も何度も。
いくら空回りしても、ゆり子の情熱は無限大のようで。
顔は黒板を、しかし視線は熱っぽく、教室の入口に。
そして。
待ち人が現れた。
「わりィ、待ったか?」
「ぜんぜん!」
今が夕暮れで良かった……ゆり子は切実にそう思った。
顔の赤さをごまかすことができるだろうから。
「な、凪原君……それで、大事な話って?」
「いや……ちょっと面と向かっては言いにくいんだがよ」
「で、でも…凪原君から言ってくれないと……」
「そりゃ、そーなんだが…?」
これ以上焦らされたら気絶しそう。
既に、ゆり子が自覚できるほど、心拍数はレッドゾーンを爆走中だ。
「じゃ、思い切って言うぞ」
「待ってたわ!」
「俺に勉強教えてくれ!」
「喜んで!……え?」
「恥ずかしい話だが……七華の奴、俺より成績がよくなっちまいやがって……て、おい、雨宮!雨宮!?」
(……そういうオチだと思ってたわ)
……思ってて、なおその態度か。
ツッコミ役不在のラブコメの悲劇である。
「じゃ、じゃあ……凪原君の場合、中学の頃からきちんとやり直さないといけないと思うの。時間はかかるけど、私もつき合うから」
ゆり子の目が燃えていた。
多少、恨みの成分も混入しているかもしれないが。
「お、おう……お手柔らかに頼むぜ」
場所はゆり子の家。
そして、気を利かせたゆり子の母が、階下からムードのあるピアノ曲をここぞとばかりに弾いてくれている。
「……あ、ここはこうして」
念二の手を取る。
(……幸せかも)
ゆり子と念二の勉強会……まだ始まったばかりの小さな物語である。
ヒロインはゆり子。(笑)