劇的なサヨナラ勝利は、観客を魅了する。
しかし、劇的なサヨナラ勝利の裏には、惨めなサヨナラ負けがある。
負けて悔いなし、なんて言葉を俺は信用しない。
負ければ悔いしか残らない。
負けて悔しくないというのは、『どうやっても自分が勝てない』ということを受け入れてしまったことだと俺は思う。
負けて当然。負けても仕方ない……それはつまり、『勝負じゃなかった』だけの話だろう。
10年経っても、20年が過ぎても、受け入れられない負けがある。
俺は、『勝負』というのはそういうものだと思っている。
野球に限った事じゃないと思うが、『負ける』ってことは悲惨だ。
『なぜ、あの場面であんな球を投げた?』
『何年野球やってきたんだ?』
『打者がカーブを待ってたのは見え見えだったじゃないか』
あの1球、あの1球、あの1球……俺はずっと言われ続けてきた。
速球を投げて打ち取れる保証があるのかよ?
そんな反論は意味がない。
俺が投げた最後のカーブが、三塁線を抜けていった……その結果が全てだ。
身体の感覚がもうない。
目がかすんでいく。
こんな気持ちを抱いたまま、俺は死んでいくのか……。
ああ、チクショウ。
最後に願いが叶うなら、あの場面からやり直してえよ。
願いが叶った。
9回裏二死、走者満塁。
スコアは3対2。
ああ、あのシーンだ。
身体が軽い。
くたびれた中年オヤジの身体じゃない。
あの時の配球は完全に覚えてる。
初球は、人を食ったようなスローカーブ。
2球目は、アウトローに速球。
3球目はボールになるスライダー。
4球目は、胸元にハーフスピードのボール球。
そして、運命の5球め……の状況。
……どう考えても、アウトローの速球で決める配球なんだよな。
俺なら決め打ちするわ。
ここでカーブを待つとか無いだろ。
でもまあ、これで俺は、あの1球を乗り越えられる。
サヨナラホームランじゃねえか!
かんっぺきに、アウトローの速球を待ってた打ち方じゃねえか!
でもまあ、それは打者のあいつがよくやったって話だから仕方がない。
何よりもムカつくのがこいつらだ。
『なぜ、あの場面であんな球を投げた?』
『何年野球やってきたんだ?』
『打者がアウトローの速球を待ってたのは見え見えだったじゃないか』
ふざけんな!
お前ら、結局打たれたことだけが問題であって、理由は全部後付けなんじゃねえか!
チームメイトから罵られるのはまだ耐えられるが、観客席から見てた人間に、グランドの中のことをグダグダ言われたくねえよ!
もちろん、そんなこと言えないけどな!
とか思ってたら、またあのシーンに舞い戻った。
じゃあ、コースの問題か。
意表をついて、インハイに最高の速球を投げ込んでやるぜ。
レフトスタンドです、ありがとうございました!
強く踏み込んだ分だけバッティングの体勢が崩れてたが、肘をたたむのではなく抜くようにしてバットを振り切りやがった。
悔しいが、上手いと唸らざるを得ない。
でも、あの打者が速球を待ってたのは間違いない。
ああ、うるせえ、うるせえ。
カーブは、打たれたんだよ。
つーか、体勢崩してたの見えなかったのかよ。
インハイの速球を待ってるのが見え見えとか、そんなこと言ってると笑われるぞ!
やっぱ、こいつら、打たれた俺に、ケチをつけたいだけの連中だ。
野球のことなんか、ろくにわかっちゃいねえ。
あれ?
ひょっとして、これって勝つまで終わらない?
打者が待ってるのはアウトローの速球。
インハイも打たれた。
元々は、意識を外に持ってる打者の読みを外すつもりで、インコースのボールからストライクになるカーブを投げたら、3塁線を抜かれた。
じゃ、じゃあ、内へのスライダーで、ボールからストライクを……。
センター前ヒットでした。
よし、速球も、スライダーも、カーブも、全部打たれる。
コースとか関係ねえ。
そういや、ど真ん中は投げてなかったな……とかやったら、試合のあとの大ブーイングがすごかったわ。
とにかく、打たれると俺が責められることはよくわかった。
うん、どうやらチェンジアップもダメだな。
あ、もう1球ボール投げて、フルカウントで勝負してねえな。
満塁、フルカウントで勝負とか、渋すぎるだろ。
フルカウントで、ボールになるスライダーとか、通好みの配球だぜ。
チクショウ、バットの先っぽでフラフラとライト前に落とされた。
でも、一番打ち取った当たりだった。
手応えはある。
まあ、当然のように試合のあとに罵声を浴びせられたけどな。
そういや、『変化球で逃げるからあんな結果になるんだ!』って罵声は、初めてだったな。
罵声も奥が深いぜ。
どうなってんだ?
全部打たれるじゃねえか。
まさか、神様は俺の心を折りに来てるのか?
どうあがいてもお前が負けるんだよってか?
ふざけんな。
俺は勝つまでやるぞ。
勝つまで諦めん。
9回裏二死、走者満塁。
スコアは3対2。
カウント2エンド2。
さあ、ここで……『敬遠』だ!
押し出しで同点。
でも、この状況で負けない選択はこれしかなかったんだよ、チクショウ!
牽制球で走者をアウトにできないか、とかもやってみたけどな!
当然、味方の観客席からは罵声が飛んでくる。
敵の観客席からは、笑い声と、馬鹿にする言葉が飛んでくる。
知るか!
次の打者を討ち取って、初めての延長戦突入だ。
そしてベンチ裏で監督に殴られた。
知るか!
11回表に、勝ち越しに成功。
そして11回裏。
10回裏は普通に抑えたから、やり直せる保証はない。
俺は、当たり前のことだが、この結末を知らない。
何もわからない。
暗闇の中を、ゴールを目指して歩いていく。
エラーとヒットと四球で、二死満塁。
高く舞い上がる白球。
セオリーだと、投手の俺じゃなく、内野手に任せる。
でも俺は、自分でこの勝負にケリをつけることを選んだ。
落球したら、大ブーイングだろうな。
そんな馬鹿なことを考えながら、俺は落ちてきたボールを受け止めた。
ついに勝った。
勝ったのはいいんだが、やはり自ら同点にする押し出し敬遠が問題になった。
色々と言われたが、一番笑えたのはこれだ。
『高校生らしく、正々堂々と勝負を……』
死ぬほど勝負したわ。
そして全部負けたぜ、チクショウ!
結局、勝とうが負けようが、批判にさらされる運命だったってことか。
まったく、やってらんねえぜ。
ああ、でも……な。
勝ったから、笑って聞き流せるわ。
どうってことない。
ありがとよ、神様。
いい夢見れたぜ。
どうせ、死ぬ前の走馬灯みたいなもんだろ?
なあ、いつまで続くの、これ?
次の決勝でも勝って、甲子園出場決まったんだけど?
もしかして、負けるまで?
いや、痩せても枯れても、高校球児だったからね。
わざと負けるなんてできないし、やらないよ?
というか、甲子園で負けたら、またあのシーンからやり直しなんて言わないよね?
それとも。
人生までやり直さないとダメなの?
まあ、勝たなきゃ始まりません。