山もオチもない。
世界の終末と、深淵のかけらと、精神世界。
今日も雨は降り続く。
世界から青空が奪われて……3ヶ月程になろうか。
世界中で雨を観測。
気象衛星から送られてくるデータで、青い星を包み込む厚い雲を確認できたという。
ありえない。
1週間で、各国の海岸線の侵食が始まった。
海面の上昇。
雨は降り続く。
降り続く雨の、水分はどこから来たのか?
物質保存の法則の崩壊。
どんな理論も、降り続く雨という現実の前には無力だった。
専門家が、知識人が、普通の人が、空を見上げながら、終末を感じた。
陸が沈んでいく。
人が追われていく。
秩序の崩壊。
インフラの崩壊。
都市の崩壊。
国の崩壊。
そして、人の崩壊が始まった。
空を見上げる人はもういない。
見るのは足元だ。
ひたひたと、侵略を続ける水の暴力。
人が死んでいく。
早いか遅いかだけの違い。
投げ出される命。
奪われる命。
世界が滅ぶより先に、人が滅ぶ。
いや、人の世界が滅ぶのか。
少女は、窓から降り続く雨を見つめた。
標高1500mを超える都市の、8階建てのビルの7階。
細々と続いていたラジオ放送が途切れて、何日が過ぎたのか。
物理的に考えるなら、世界には3000メートルを超える標高の都市だっていくつもある。
人はまだ、生きている。
「水と食料、調達完了」
どこかすっとぼけた明るさを感じさせる声とともに、少年が現れた。
全身ずぶ濡れである。
「いやー、ヤバイヤバイ、マジでヤバイ。もう、本気でヤバイよ……つーか、もう無理。食料調達とか、無理の無理無理」
少女がちらりと少年を見る。
「昨日も、一昨日も、同じこと言ってたよね」
「だって、どうにかしないと、お前死ぬじゃん」
そう言って、少年が犬のようにブルブルと顔を振って水気を飛ばした。
「あなたが食べろって言うから」
「つーか、言われなくても食べろよ、飲めよ」
少女が、少年を見つめた。
名前も知らない関係。
世界の終末らしい、歪な関係の二人。
「もしも、明日、晴れたなら」
少女が、歌うように。
「キスしてもいいわ」
照れもせず、醒めた表情で少年に言う。
そして少年が言い返す。
「初めてなので、愛情とかムードを要求する」
「馬鹿ね……何もできないうちに死ぬわよ」
「それでも、最低限、愛情を要求する」
「じゃあダメね。そんなものはないし、雨もやまないから」
そう言い放って、少女は再び雨を眺め始めた。
「雨、やまないのか?」
「やまないわ。ずっと降る。降り続ける。最期まで」
「そっか」
少年がため息をついた。
世界が終わっている。
世界には生きるつもりがない。
そして本当に、世界が終わる。
彼女の世界が終わる。
「みんな、君が目を覚ますのを待ってる」
「具体的に」
「……みんなはみんなです」
「嘘が付けないところは、評価してもいいわ」
少女は、雨を見ながら会話を続ける。
「お医者さんなの?」
「微妙」
「……気になるわね」
「それが、手なんだ」
「そう」
雨はやまない。
小降りになることもなく、激しくなることもない。
一定の、同じペースで降り続ける。
悪い意味で、少女の精神は頑なに安定している。
怒らせようと試みた。
笑わせようと試みた。
少年が何をやっても、少女の心は動かない。
雨は振り続ける。
少女は死に向かい続けている。
少年は、少女の隣に並んで雨を眺めた。
分厚い雲から、降り続く雨。
悲しみがそれを降らすのか。
苦痛がそれを降らすのか。
もしくは、絶望がそうさせるのか。
「なあ、何があったんだ?」
「……もしかして、警察の人?」
「まあ、関係者というかそういうことになる」
少女は少し考え、呟いた。
「人がいっぱい死んだわ」
「それは知ってる」
「生き残った人は?」
「君だけだ……と言っても、生きていると言っていいのかな、これは」
「じゃあ、死亡確認して」
わずかに、雨足が強まった。
「責任を感じてるのかい?」
「理解できないことに、責任を感じろと言われても困る」
「君が関与したわけではない?」
「たまたま立ち寄っただけ。そして絶望を知った」
「現場を見て、何人もの警察官が発狂した……半分が自殺した」
「残りの半分は?」
「仲間を殺してから自殺した」
「あの場所はどうなったの?」
少年が、困ったような表情を浮かべた。
「消滅した」
「ああそう、仕方ないわね……この世のものでないものが、元の世界に帰ったんじゃないかしら」
「……オカルトは信じてないんだけどなあ」
不意に、少女が手を伸ばした。
手のひらで、雨を受け止める。
「雨が止んだら、世界が滅びるわ」
「君が目を覚ましたら、世界が滅ぶと言ってるように聞こえる」
「そう言ってる」
「うん、厨二病って言うんだよね、それ」
「異物は世界を侵食するの。私の精神は、異物に侵食された……つまり、私が目覚めると、肉体の侵食が始まり、世界の侵食が開始される」
「うわあ、なんだかすごいことになってきちゃったぞぉ」
「……まあ、信用されるとは思ってなかったけど」
そして少女が笑った。
「ねえ、もうあなたも侵食されたのよ」
「はい?」
「どういう方法を使ったのか知らないけど、あなた、ずっと私の精神に接触してたから」
「えーと……」
「じゃあ、試しに雨を強くしてみたら?」
ここは、彼女の世界だ。
苦笑しつつ、少年がそれを試す。
「いやいや、君がやったんだよね?」
「じゃあ、雨を止めてよ……それを望んでたんでしょ」
少女の微笑みに、少年は喉が張り付くような感覚を覚えた。
不意を突いて、雷雨をイメージ。
雨が雷雨となった。
少女が笑う。
静かに笑い続ける。
少女の笑い声に耐えられなくなって、少年は耳をふさいだ。
耳をふさいでなお、その声は妖しく鼓膜を震わせ、頭の中に響く。
「ねえ、雨が止んだら……キスしてもいいわよ」
囁くような声。
興味も、好意も感じない、少女の瞳。
少年は、『死』を感じた。
雨はやまない。
降り続ける。
そして、少年と少女は二人きり。
少女は相変わらず、世界の終りを待っている。
少年は、深淵に囚われて、動けずにいる。
とにかくカオスを書きたかった。
夢も現実も精神世界もヴァーチャルも、ご自由に想像してください。(無責任)