父が再婚しました。
母を失ってから半年も経っていません。
まあ、私もそれほど子供ではないので、『死なないため』には仕方のないことだって理解できます。
新しい義母さまと、新しい義姉が2人。
彼女たちも、父や私の事情を知った上での再婚なので……優しくしてくれます。
娘である私が言うのもなんですが、お母様はたいそう美人でした。
王様が、お父様から奪い取るぐらいには。
まあ、逆らったら、殺された上でお母様を奪われるだけですからね。
娘の私が殺されるかどうかはわかりませんが、お父様は確実に殺されます。
顔で笑って、心で泣いて。
お父様は、お母様を大人しく奪われました。
すぐに再婚したのは『別に王様のことなんか、全然恨んでないんだからね!』というアピールです。
まあ、生きているだけでありがたいというか……。
お母様は、どうなるんでしょう。
王様が飽きて、家臣に褒美として下げ渡されるか。
王様が飽きて、城のメイドにでもならされるか。
王様に気に入られて、王妃様に殺されるか。
え、王様が飽きて、家に戻ってくるパターンはないのかって?
あはははははははは。
王様のお手つきの女性を下げ渡されるって、表面上は栄誉とか褒美って感覚ですよ?
ただの民でしかないお父様が、王様に褒美を与えられる状況って、どんな?
こんな国、滅んじゃわないかなあ。
……私に、もっと力があればなあ。
とりあえず、刃物の扱いに慣れようと思います。
夢のように2年の月日が過ぎました。
お義母様と、お義姉様たちが、私を見て首を振ります。
「そろそろ現実を見ましょうか……」
「そうですわ、お母様」
お母様には及ばないものの、私は美しく成長したみたいです。
「……シンデレラ。クソ王様の慰みものと、クソ王子の慰みもの、どっちがいい?」
「とりあえず、最初はおとなしくして、油断したところをナイフで刺して、私も死に……」
言葉の途中で、お義姉様2人に、肩を揺さぶられてしまいました。
「気持ちはすっごく分かるけど!」
「それやったら、一家揃って殺されちゃうから!」
お義母様が、申し訳なさそうに頭を下げます。
「ごめんなさい、シンデレラ……私も、死にたくないのよ」
料理の合間に、ナイフさばきは随分上達したつもりだったけど……冷静に考えたら、家族のみんなが人質状態でした。
汚い、さすが権力者、超汚い。
「家族なんて、持つもんじゃないですね……」
「やめてシンデレラ、心をえぐるようなこと言わないで!」
「……子供にこんなセリフを言わせるこの国って、ろくな国じゃないわね」
お義姉様達の言葉が、どこか虚しく聞こえます。
やがて、お義母様が、ため息混じりに呟きました。
「問題の先送りでしかないけど……シンデレラを人前に出すのはやめましょう。服装も粗末なものを着せて……」
「……そんなことすると、お義母様たちが、みんなに悪く言われるのでは?」
馬鹿ね。
家族でしょ。
気にしないで。
そう言って、お義母様たちに、抱きしめられました。
多少自己保身が混ざっているのでしょうけど、私は家族の愛を感じられて幸せでした。
3年が過ぎ。
4年経ちました。
クソ王子が色気づいたらしく、お城の舞踏会に街のみんな……15歳以上の女性を招待するとかなんとか。
盛り上がっているのはクソ王子だけで、街のみんなは、完全に白けています。
まあ、行かなければ行かなかったで、兵士による美女狩りが行われるんですけどね。
そして、お母様のように……。
「シンデレラ」
「わかってるわね」
「あなたは何歳?」
12歳と40ヶ月です。
「……いや、お義母様にお義姉様。さすがに無理があります。私が行かなかったところで、どうせ、誰かに密告されておしまいですよ」
みんな、自分の身がかわいい。
誰かを差し出すことで、自分の安全を買える。
人の情なんて、紙切れ同然です。
金貨の重みに、勝てる人間などいないのです。
そして、みんな殺されて……私はひとりぼっちになります。
そのときは。
「……シンデレラ、ナイフは置きなさい」
「ひとりぼっちになったら、ためらわずに使います」
「まあ、私たちが死んだあとのことは知ったこっちゃないけど」
「そりゃそうよね」
お義姉様、クールです。
ああ、それでも。
商人としてほかの国のことを知っているお父様が言うには、『この国は、周辺の国に比べたら随分とましな国』なんだとか。
こんな世界、滅んじゃわないかなあ。
……私に、もっと問答無用なまでの力さえあれば。
ナイフ片手に、兵士や騎士、そして王家の連中を、スッパスパ斬り殺す想像をして、心を落ち着けます。
でもまあ、現実は非情ですし。
精々、油断しきったところを、数人ほど殺って、おしまいでしょう。
たった数人では、私のナイフは世界はおろか、国にも届かない。
そして私は、家でお留守番。
早ければ明日にも、金貨で転んだ人間に密告されて、家族崩壊の現実にさらされます。
そうですね。
世界とか国とか、王家の人間を殺すなんて夢を見るよりも、金貨に転んだ人間を確実に仕留める方が、現実味がありますね。
つまり、私の存在を知っている近所の人間か。
それとも、パーティーが始まっている時間に、街を見て回る薄汚い連中か。
……どっちにしろ、こんな時間に私の家に近づく存在は、ろくな人間じゃないでしょう。
「ヒィッ!!」
よく避けた。
だが、二度目はない。
ナイフを構えてますが、これは脅しです。
殺すなら、声なんてかけませんよ。
殺してから考えればいいんです。
「待って!待って待って待って!」
我が家に現れた老婆は、明らかに胡散臭かった。
それゆえに、怪しくはないとも言える。
変な人ではあるだろうけど。
「お、お城のパーティに行きたいのかい?いや、行きたいよね?」
少し考えた。
私がパーティーに行けば、家族は助かるかも知れない。
なるほど。
この胡散臭い外見といい、これが悪魔というものですか。
どうせ死ぬか、慰みものになるかなら……それもいいかもしれません。
「わかったわ。その代償に、何を望むの?」
胡散臭い老婆が、いい笑顔を浮かべました。
逆に、信用できます。
「お前の美しさをもらおう」
「わかった」
「……え、いいの?」
逆に問いたい。
美しさが、何をもたらす?
私の母は、その美しさゆえに家族と離ればなれになった。
美しいがゆえに、目をつけられる。
美しいがゆえに、モノとして扱われる。
王が、美しい宝石を持っていても問題はないかもしれない。
でも、民がそれを持っていたなら災いをもたらすだろう。
ああ、王もまた『美しすぎる宝石』を持っていたならば、災いに見舞われるのかもしれない。
人には、分というものがある。
足らなくても、足りすぎてもいけない。
私は、母からそれを学んだ。
強く、意思を込めてナイフを振る。
母には遠く及ばないと思っているが、私はモノとして扱われるのはまっぴらだ。
喜びも、苦しみも、悲しみも、痛みも……自分で選んで生きたいと願う。
気が付けば、胡散臭い老婆はいなくなっていた。
悪魔は、人の心の弱さに忍び寄るもの。
そして私は、理解した。
父の財産。
母の美貌。
義母の愛。
義姉の情。
自分の分を超えたものを、持ちすぎている。
だから、選べない。
だから、どこにも行けない。
母譲りの髪を、ナイフで切った。
ドレスはいらない。
ただ、動きやすい服を。
お城に乗り込む。
正面から堂々と。
ナイフを片手に、歩いていく。
人が割れた。
兵士が避けた。
騎士が退く。
私は既に死人。
何を勘違いしたのか、鼻の下を伸ばして近寄ってきた王子を、蹴り飛ばす。
もっとろくでもない外見を想像していたけど、そこそこ見られた外見だった。
靴が脱げてしまったが、どうでもいい。
視線の先に王がいた。
私を見つめている王がいた。
あの日から。
ずっと。
口にしたかった言葉。
「返せ……母を返せ!私の母を返せ!」
あの日。
母を失った日にかけられた
止まっていた私の時間が、ようやく時を刻みだしたのを感じる。
私はシンデレラ。
お母様、今会いに行きます……。
ちなみに、母親は早々と王妃に殺されるルートで。