2面以降の、鉄アレイとか看板が落ちてくる殺意の高さに痺れた。
若い子おいてけぼりのネタなので、ネタを知らなくても読める話にしました。
4時起床。
腹筋と腕立て伏せ50回を2セット。
そして1杯の牛乳。
まだ暗い街を、30分ほど走って軽く汗を流す。
シャワーを浴び、着替えてから朝食を取る。
空が明るくなってきた頃、ホテルを出た。
仲間と、連絡を取る。
「俺だ」
『よう、相棒。条件はパーフェクトと言っていい。気圧も安定していて、登山なら最高のアタックチャンスってやつだ』
まあ、山には山の、街には街の風が吹く。
いつだって自然は、気まぐれだ。
人間が気を抜いた瞬間に、命を奪いに来る。
「そうか。俺も、コンディションは悪くないよ」
『おかしいのは、頭だけってか』
「はは、違いない」
相棒と、笑い合う。
姿は見えなくても、容易にその姿を思い浮かべることができた。
何でもない会話を続けながら、街を歩いていく。
……見えてきた。
そびえ立つ高層ビル。
でかい、と思うんだろうな、普通の人間は。
山に行ってみろよ。
200メーター、300メーターを超える岩壁が、ゴロゴロしている世界だ。
アルプスの、1000メートル超の岩壁のことを聞いたことはないか?
目の前に、超高層ビルが次々と現れる……そんな世界だ。
まあ、岩壁を避けてルートを取るのもアリの世界だが。
じっと手を見る。
いや、指を見る。
指一本で、己の体重を支え、持ち上げる。
手がかりさえあれば、どんな岩だって登れた。
岩壁の覇者と呼ばれたこともある。
この手が、この指が、支え、持ち上げることができなかった相棒の顔を思い出す。
あの日、あの時、あの山の、あの壁で、俺は
山の世界から去った俺が、なんの因果か……街で、ビルを相手にしている。
ああ、街が目覚めると面倒なことになる。
「今からいく」
『オッケーだ!空で待ってるぜ、ケチャップのなりそこない』
特に気負いもなく、俺はビルの壁面に指を掛けた。
命綱なんてものは、当然ない。
死ぬ時は死ぬ。
それは、山も、街も、同じこと。
ただちょっとばかり、確率が違うだけの話だ。
指に力をいれ、身体を引き上げる。
足が地面を離れ、生と死の境界が曖昧な世界へと飛び込んだ。
両手、両足。
4つのうち3つで身体を支え、残りの1つを休息させる。
これを繰り返しながら、俺は登っていく。
ああ、そろそろか。
残念なことに、有名税ってやつだ。
俺がビルを登っている映像を、誰かがネットにあげたらしい。
『リアルス〇イダーマン』などとタイトルをつけてね。
おそらく、この人間には悪意なんてなかったのだろう。
ただただ、びっくりしたからみんなに教えたかったとか、そんなところだと思う。
そして、今さら説明するまでもなく、俺の行為は違法で、いわゆる犯罪者ってやつだ。
つまり、犯罪者が、馬鹿なことをやっている。
それを邪魔するのは正しいことだ。
そんなところか。
そういうやつらが、ビルを登る俺に向かって、モノを落としてくる。
落ちたら死ぬ。
当たり前のことだが、殺人という意識はないのだろう。
そして俺もまた、そうした妨害をのみこんだ上で、この犯罪行為に身を投じている。
風が吹く。
落石がある。
山も、街も変わらない。
俺は、ビルを登る。
それだけだ。
突風が吹く。
これは、山も街も変わらない。
ぺたりと身体を壁面にはり付けてやり過ごす。
強風が吹く山の稜線で、地面との隙間を空けて伏せるとどうなるか知ってるか?
腹側と背中側で、気圧の差が生じる。
つまり、飛行機の翼と同じだ。
ふわっと、身体が持ち上げられて……飛ばされる。
ビスケットをかじり、空を見上げる。
世界のどこでも、空は同じという奴もいるが、俺はそうは思わない。
さっきみた空と、今見上げている空は、もう別物だ。
ここまで来ると、もう妨害はない。
いや、なぜか鳥が襲って来ることもあるが。(笑)
ただ、風が強い。
そして、ビル登りを始めてから知ったことだが、ゆらりゆらりと、ビル自体が揺れる。
もちろん、登るペースは落ちる。
一歩一歩、いや、一手一手か。
俺は登っていく。
空に向かって。
アンナプルナの空で見た渡り鳥を思い出す。
人は、鳥にはなれないのだと思った。
エベレストの夜空で見た、人工衛星を思い出す。
あの時俺は、無意識に、空に向かって手を伸ばしていた。
空へ、空へ。
人が住めない場所へ。
なのに俺は、その場所で生を実感する。
落ちれば死ぬ。
それが一層、空に生を感じる理由だろうか。
やがて、右手が、縁を掴む。
目の前から、壁が消える。
ほんの一瞬だけ、自分が空にいるという錯覚を感じる。
周囲を見渡し、ここより高い場所がないことを実感する。
俺は今、世界を踏みつけているのだ。
東の空から、相棒の乗ったヘリが近づいてきた。
長居は無用だ。
俺はまた、ビルを登るだろう。
一度だけ受けた雑誌のインタビューの内容を、ここに記す。
『なぜ山に登るのですか?』
『そこに山があるからだ』
有名すぎるやりとりだ。
しかし、俺はこのやりとりにどうしようもない悲しみを感じてしまう。
正確に言うと、この疑問を投げかけた人間に対して、『まあ、どう答えたところで理解されることはないな』という諦念がうかがえるからだ。
登山に限った事ではなく、野球だろうが、ボクシングだろうが、はたまたどんなジャンルにせよ、あるレベルを突き抜けた人間に対し『なぜそこまでやるのですか?』という疑問をいつだって世間は投げつけてくる。
そういう意味では、生活費を稼ぐという意味での『プロ(職業)』は便利な言葉だ。
金と名誉のためと答えれば、なんとなく納得してもらえる。
疑問に思うのは相手であって、相手の疑問を解消したいとは思っていない。
ただ、そのてのやりとりが煩わしいと思うから、『相手が納得しそうな答えを与える』だけのことじゃないか。
金も、名誉もなく。
厳密に言えば、『犯罪者』というレッテルを貼られるだけの行為に身を投じる俺は、どうしようもない。
無理に理解しようとしないでくれ。
肩をすくめて、こう言えばいいのさ。
『クレイジー』と。
知人に言われた一言。
『上海で何か書けない?』
……むちゃぶりにも程がある。(泣)
だから、むちゃぶりで応えてやったぜ。