それを前提に、想像しながらお読みください。
バイトを終えて、家に帰る。
郵便受けから、チラシと封筒を取り出した。
ん?
通り雨でも降ったのかな。
少し湿っていた。
家の鍵は開いていた。
いや、別に慌てるようなことじゃない。
「おかえり」
し、親しい友人の杏子だ。
レポートとノートの借りを返すということで、今日は手料理を振舞ってくれる。
あらかじめ鍵を渡してあった。
「待っててくれなくても良かったのに」
そう言って、わざとらしく笑い。
「お前は所詮、飯だけの関係だからな」
……叩かれた。
ノリが悪い。
「ご飯作って、はいさよならってのもね……一応、反応を直に確認はしたいし」
ちょっと照れたように杏子。
騙されるな。
こういう態度の後に、『一生のお願い』をぶつけてくるのが、コイツのスタイルだ。
「待ってる間に、勝手に部屋とか掃除したわよ」
……べ、別に、困ることなんてない。
大丈夫だ、問題ない。(震え声)
「案外きれいにしてるのね」
「あー、そうかも。最近、目に見える部分は片付けたりしてたから」
などと適当な事を言っておく。
ちょくちょくコイツが部屋にやってくるから気をつけている……とは言わない。
「あ、そういや……雨とか降ったか?」
「たぶん」
「なんだよ、たぶん、って?」
「いや、ベランダに干してある洗濯物、ちょっと湿ってるのがあったから、そうなのかなって」
「乾かなかっただけじゃなくて?」
杏子が顔をしかめた。
「ジーンズが乾いて、トランクスが乾かないってことある?あと、干してある場所」
ああ、と思う。
靴下やパンツは、ベランダの隅だな。
雨が吹き込んできたわけだ。
「洗い直しかよ……」
「ちゃんと洗っておいたわよ」
しれっと。
「汚いから」
「おい」
「捨てたほうがよかった?」
「いや、そうじゃなくてな……俺の存在が汚いって言われた気がして、ちょっと、心がひゅってなっただけ」
つーか、雨に降られただけで、洗濯物捨てるとかあるのかよ。
綺麗ずきにも程があるだろ。
確かにこいつ、料理だけじゃなく、掃除とかも上手だしな。
「あなたは汚くないけど、汚物は消毒レベルの存在はいるわね、確かに」
汚部屋ってやつか。
俺のつぶやきに、杏子が反応する。
「ゴミは処分しないと」
「そうだな」
杏子の作った飯を食う。
やはりうまい。
自分で作らなくていいってのが、さらに美味しく感じさせる。
「ふふ……」
俺を見て、杏子は笑う。
まんざらじゃ……ないんだよな、きっと。
そろそろ、頑張らなきゃいけない時期……なのか。
「そういや、この前はサンキューな」
「ん?」
「いや、弁当の差し入れだよ。マジでうまかったし、助かった。バイト代が入る前だったし」
「……」
なに、その沈黙。
「……あ、あの時の」
杏子が、ぽん、と手を叩く。
そうですか、忘れるぐらいの些細なことですか。
ぐぎぎ。
男に弁当の差し入れって、一大イベントじゃないんですかねえ……。
こういうとこだよ。
こういうとこが、今ひとつ踏み切れない理由なんだよ。
心のやりどころを探すように、部屋の中を見回した。
ああ、やっぱり、俺の掃除とは違うわ。
なんか、壁とかも綺麗だし……。
「なによ、あのゴミ袋」
「チリ箱のゴミと、生ゴミが溜まってたから。この辺って、明日は燃えるゴミでしょ」
オカンや。
オカンがおる。
食べたら洗い物。
いや、料理に洗濯に、部屋の掃除。
洗い物までさせられねえよ。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「おい、もうちょっと待ってろ。送るから」
「子供じゃないからいいわよ」
杏子は俺の言葉をさらりとかわして……ふっと、窓の方に視線を泳がせた。
「どうした?」
「……いえ、虫かなにかでしょ、きっと。あ、そうそう返しとくわ、これ」
杏子が、俺にカギを渡す。
あ、合鍵だから、もらってくれてもいいんやで。(心の声)
まあ、言えない。
カギを受け取り、なんとなく見つめる。
微かな違和感。
いつも使ってる方じゃなく、予備の鍵だからか?
は、もしやこれは杏子の家の合鍵というパターン……なわけないか。
「じゃあね。また試験前にはお世話になるわ」
「へいへい。どーせ勉強するんだから、お前のうまい飯が食えるぶん、役得だわ」
杏子が帰り、洗い物も終わる。
女々しいとは思ったが、ハンガーにかけたジャケットから家のカギを取り出して、返されたカギと比べてみたり。
同じ鍵です。
妄想、乙。
しばらくして、電話が鳴った。
スマホじゃなく、家電のほう。
杏子だな。
『ちゃんと無事に帰ったわよ。おやすみ』
言葉が少ないのは、照れだと思いたい。
「ああ、おやすみ」
最初は、杏子らしくないなとは思ったが、もう慣れた。
正直、家電なんてもう必要ないと思うんだが、気まぐれのようにおこる杏子とのやり取りが、それをためらわせる。
それに、普段のスマホじゃなくて、家電でのやりとりの際、杏子の声が少し甘えて聞こえるのだ。
それがたまらん。
それを言ったら二度とやってくれなくなる気がするので、この件については俺は口をつぐむと決めている。
メルヘンらしく、二人だけの秘密だな。
頭を抱えて悶えた。
俺、ちょっとやばい。
性欲もあるが、この気持ちは恋愛だ。
ん、なんだこれ?
ゴミ袋の中が透けて……値札?
なんとなく、ゴミ袋を開けてみた。
……綺麗好きですね、杏子さん。
トランクスの値札やんけ。(ハサミでカット済み)
おう、トランクスの入ってた袋かこのビニールは。
えっと。
これはつまり、『その時、汚いトランクスなんか履いてたら殺す』ってことか。
いやいやいや、まだ慌てるような時間じゃない。
その時が来たら、当然新品なんてのは、男子高校生の価値観だ。
大学生ともなれば、綺麗だけど新品じゃない……程よい下着を身につけて臨むものだよ。
つまり、このトランクスに馴染んでおけ、と。
なんとなくカレンダーを見る。
2ヶ月後には、クリスマス、か。
くそう、罪な女だぜ、杏子。
さて、寝るか。
と、横になったところで、ふと気づく。
あれ、ゴミの中に、捨てたトランクスはなかったよね?
ま、いいか。
たぶん、レベルの高い人は私が想像もしない行間を読むと思います。(笑)
例えば、『見せたくないゴミはあらかじめ出してある』とか『郵便物は、誰が、どういう理由で濡らしたのか』とか。
敢えて、正解というか、私の想定は公表しません。
ヤンデレという名の怪物は、みんなの心の中におるんやで。(投げっぱなし)
追記。
私の知人が震えるような意見を出してくれました。
杏子のセリフ「案外きれいにしてるのね」を。
「案外(女関係は)きれいにしてるのね」に。
杏子さん、どんな男を相手にしてきたんですかねえ。(震え声)