気配の消失。
微かな驚きを持って、魔王はそれを受け止めた。
魔王の配下、魔王四天王の最後の一人。
四天王と言いつつ、現実は、一強二並一弱というところ。
その最後の一強をもって、勇者一行へと挑ませたのだが……魔王としては、予想外の結果に終わったと言える。
複数の部下の報告から分析した戦力値からは、考えられない。
情報が間違っていたのか?
それとも、四天王になにかトラブルが……いや、消失の瞬間までその気配にゆらぎは覚えなかった。
だとすると……。
勇者と呼ばれるだけのことはあるということか。
魔王は微かに微笑む。
四天王というのは、戦闘面……いわゆる軍人としての四天王だ。
国としては、何も変わらない。
四天王最後の一人に関しては少々惜しくも感じるが、ほかの3人に関しては、探せばいくらでも代わりが見つかる程度の存在だ。
そして、魔王が魔王たる理由。
魔族の全てが、無条件で跪き、頭を垂れる……それが魔王だ、それでこそ魔王だ。
魔族の全てを敵に回しても、その全てを滅することができる存在。
どれ、その勇者の顔でも拝んでやろうか……その程度の認識でしかなかった。
ふむ。
魔王が少し首をかしげた。
四天王の最後の一人を向かわせた……その時に分析した戦力値より上昇しているのは確か。
成長途上というには、勇者一行の道のりは矛盾に満ちている。
強敵と戦うたびに、いきなり強くなる。
そう表現するのがしっくりくる。
その瞬間まで実力を隠してるのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
勇者の攻撃を受け止める。
魔法使いの魔法を受け止める。
賢者が、戦士が、神官が……。
わからぬ。
魔王は再び首をかしげた。
なぜあやつは、こんな連中に負けたのだ?
戦力値が上昇してなお、四天王最後の一人より劣る。
戦闘のさなかに成長するかといえば、そんな気配もない。
微かな好奇心を満たすべく、魔王は勇者以外の連中を、ほどほどに痛めつけた。
放置すれば死ぬ、その程度に。
勇者が飛びかかってくる。
なんの変化もない。
むしろ、稚拙。
つまらん。
勇者の身体が、ちぎれ飛ぶ。
魔王の心には、何の感慨もない。
つまらぬ時を過ごした……その程度。
勇者一行は死んだ。
消失。
微かな戸惑いと、目眩に似た何か。
四天王最後の一人が死んだのだということを理解するまで、数秒かかった。
手を見る。
勇者一行を滅したはずの手。
夢?
幻覚?
魔王は再び、勇者一行と戦う。
わずかだが、強くなっている。
人としては目に見えるほどの進歩か。
しかし、魔王にすれば誤差とも言えぬ程度。
強くなってなお、四天王の最後の一人に及ばない。
夢か幻覚か、魔王は記憶をなぞるように勇者一行の力を確かめ、そして消し飛ばした。
微かな不安を胸に抱いたままで。
消失。
それを認めるまで、10秒ほど必要とした。
人ならぬ力。
魔族の力とも違う何か。
そう、女神の力が働いている。
魔王の口元に笑みが浮かんだ。
わずかだが、また強くなっている。
でも、それだけだ。
勇者を見つめる。
何かを感じる……暖かく、しかしおぞましい何か。
それは、加護という名の呪い。
魔王は、嫌悪に顔を歪ませた。
感情のまま、勇者一行を消し飛ばし、天を睨みつけた。
女神に対し、魔王は明確な敵意を抱いた。
女神は、この世界を創世し、自由に生きよと人や魔族をはじめとした生物を世界に放った存在だと言い伝えられている。
しかしその実態は、『自らの定めたシナリオ以外は認めない』、傲慢で、全てを踏みにじるおぞましきものか。
今なお、魔王の前に姿を現そうとはしない。
そして。
勇者にかけられた
何度も何度も時を繰り返し、勇者一行がようやく四天王最後の一人を上回る程度に強くなった。
それでも、勝負は時の運というレベルだろう。
魔王はようやく、『四天王最後の一人が敗れた理由』を理解した。
哀れみとともに、心の中で魔王は語りかける。
お前は、この永遠に繰り返されるかと思える中で、心が折れてしまったのだな。
勇者一行は、死に物狂いで魔王に攻撃を仕掛けているが、そもそも、魔王にダメージを与えられない。
魔王との力の差は、まさに隔絶していたからだ。
魔王は、勇者一行に対して特に思うことはない。
むしろ、同情や哀れみを感じている。
恨みはない。
許せ。
魔王が、勇者一行を殺すのではなく、心を折りにかかった。
何をやっても、どうあがいても勝てはしない。
それを理解させる作業。
死ねば
なら、死ななければどうだ?
勇者一行の渾身の攻撃を、あえて無防備に受け止める。
ノーダメージ。
魔王の身体から溢れ出る濃密な魔力が、彼らの攻撃を通しはしないのだ。
戦士が、神官が、賢者が、折れていく。
そして、勇者が膝をついた。
神官を殺してみた。
戦士を殺してみた。
賢者を殺してみた。
魔法使いを殺してみた。
勇者を殺してみた。
腕を飛ばした。
戦闘不能にしてみた。
2人を、3人を、同時に殺してみた。
同時に戦闘不能状態にしてみた。
はてしない繰り返し。
基本的には、勇者にかけられた
勇者が死ぬ、もしくは心が折れる。
つまり、勇者がこれ以上戦えなくなったとき、加護という名の呪いが発動する。
そう、呪いだ。
まごうことなき呪いだ。
魔王は考える。
なぜ、女神はこんな迂遠な方法をとったのか。
時を巻き戻すなど、魔王にもできない。
そして、ほんのわずかに勇者一行の力が増す。
なぜ、急激に強くさせない。
魔王たる自分を倒すだけならば、そんな必要は全くない。
女神が力を発揮するには、何らかの制限があるのか。
ならば、女神は全知全能ではない。
あるいは。
この、魔王をなぶっているのか?
時は繰り返される。
戦いは繰り返される。
勇者一行の力は、まだまだ魔王には遠く及ばない。
いつからか、勇者一行の目から生気が失せていた。
まるであやつり人形のよう。
まさか、と。
魔王が語りかける。
勇者よ、まさか繰り返される記憶が……あるのか?
返事はなかった。
魔王は怒る。
魔王は猛る。
勇者を倒したあとの、呪いが発動するまでの僅かな時間。
天に向かって、全身全霊の攻撃を繰り出す。
大気が震え、地が叫ぶ……しかし、天はすべてを飲み込んでいくかのようだった。
また、呪いが発動する。
永遠の牢獄。
前回、いや、前々回か。
魔王は、勇者一行との戦いに全力を出すようになっていた。
それに応える勇者もまた、四天王をまとめて軽く滅することができるまでの力を得ている。
魔王の持つ力そのものは成長しない。
しかし、戦いの経験値そのものは記憶として得られる。
ある意味で、魔王もまた強くなっていた。
そんな両者の戦いが終わったあと、周囲はひどい有様になる。
しかし、呪いが全てかき消していく。
荒い呼吸。
崩れそうになる膝を、強い意志で押しとどめる。
勇者一行との戦いで、魔王は左腕を失った。
敗北の時は近い。
魔王は天を睨みつける。
残った右腕を、天に向かって突き上げる。
勇者と戦って敗れた己の配下を、魔王は想う。
魔王は逃げない。
魔王は戦い続ける。
最期の時まで。
魔王さま……。