かなりぼかしてますが、人の心を暴いたり、操作する表現があります、ご注意を。
「……催眠術、ですか?」
そう問い返した彼女の口調は、ひどく曖昧だった。
怒り出す人間もいれば、笑い飛ばす人間もいる。
彼女のそれは、よくある反応一つと言えた。
「ええ、催眠術です」
「そうですか……本当にそうだとしたら、便利でしょうね」
ああ、切羽詰っている。
いいね、いいね。
俺が恋愛相談所なんてものを無料でやっているのは、ちょっとばかり捻くれた動機によるものだ。
「便利ですか?」
「便利、でしょう?」
少し首をかしげ、彼女が私を見つめる。
瞳の奥に、見え隠れする狂気。
こいつは、『当たり』かもしれない。
だから。
「たぶん……あなたが思っているほど便利ではないですよ」
そう言って、私は少し説明を加えた。
あなたの嫌いな食べ物を『好き』だと錯覚させたとする。
あなたはそれを、『好きな食べ物』だと思い込む。
しかし、あなたはその食べ物を何故嫌いだったのか?
色、形、匂い、味?
あなたの中の好悪を左右するファクターはそのままだ。
あなたが、その食べ物を嫌いになったファクターが、あなたの心に働きかける。
さて、あなたは『好きな食べ物』と思い込まされたそれを、『いつまで好きでいられる』でしょうか?
彼女の表情が、少し動いた。
理と情の両面で、『理解』したのだろう。
「つまり、好きにさせるだけじゃなく、好きであり続ける何かが必要になってくるんですね?」
うん、理解が早い。
60点あげよう。
「あなたがあなたである根拠、価値観、判断力を弄ります……さて、それはあなたなんでしょうか?」
「……」
「あなたが好きな人は、あなたが好きな人のままでしょうか?」
「人は……変わっていくものですよね?」
「……そうですね」
彼女が、笑う。
それを、禍々しいと言う者もいるだろう。
しかし俺は。
彼女の笑みを、美しいと感じる。
真っ直ぐに、ねじ曲がった、人間らしい笑顔だ。
それを見た時点で、俺は、彼女の依頼を受けることを決めた。
……彼女から詳しい話を聞いて、少し早まったかなと思ったのは秘密だ。(震え声)
ターゲットは14歳の少年。
ちなみに、依頼主は、32歳の女性……というか、教師と教え子。
「あぁ、私の天使が……もうすぐ……」
うん、いきなり襲いかかったりしないし、俺が注意したとおり、大きな声も出さないし、身体に触ろうともしない。
いい、依頼主だ。(震え声)
というか、彼女のいう『天使』って呼称は、それほどオーバーな表現ってわけじゃない。
安っぽい表現だが、透明感を感じる美少年ってとこだ。
いや、14歳には見えない。
ズバリ言うと、ショタだ。
美ショタ。
髪の毛はさらっさらで、まつ毛は長いわ、身体は華奢だわ……こう、壊れそうな感じの。
まあ、依頼主の女性も、外見は悪くないとだけ言っておく。
うん、まあ……俺にも少しばかり、良心ってものが残っていたらしい。
やめないけどな。
心がちょっとばかり痛むってだけの話。
さて、天使の心の中に触れてみますか。
この瞬間が好きなんだけど、今回はどうかな。
俺みたいな胡散臭い存在に依頼する時点で、依頼人は色々とこじらせちまってる。
理想と、妄想を押し付けられた相手の、『真実』に触れる瞬間。
正直たまらんよ。
幻想がぶっ壊された瞬間の、依頼人の顔ってのは。
絶望、怒り、喪失、虚無……未分化の、原形質な感情の塊。
依頼人の8割は、ここで心がへし折れる。
暴れだすのも含めて、だけどな。
そういう時は、依頼人の頭の中を『キレイキレイ』してから放流する。
さて、ショタっ子と三十路女教師の運命や如何に。
『つきあってる人はいますか?』
依頼人がスゲエ目付きで睨んでくるけど、女性の好みとか、そういうのを調べるための定番……。
「5人、です」
なん……だと?
地獄の釜を覗き込んだような気がした。
人間の真実にさんざん触れてきた俺をして、意外というか、予想外というか、想定外というか。
その瞬間の、依頼人の表情を確認できなかった。
ちなみに今は、両手で耳をふさいで、イヤイヤしてる。
精神年齢でバランス取れたんじゃねえの、これ。
……上げて落とすか。
依頼人の手首を掴み、囁く。
「今までつきあった相手が、全部で5人なのかもしれない」
彼女の顔が、パァーっと輝いた。
ついさっきまで、つきあってる相手なんかいるはずがないと思ってたはずなのに、ずいぶんハードルの高さが下がったな。
あるいは、現実逃避か。
『今、つきあってる女性は5人ですか?』
「はい……」
「ごふっ!(吐血)」
……お代はしっかりといただきましたと言いたいが、ちょっとだけ同情した。
というか、現在進行形で5人?
依頼人が教師ってことを考慮すると……。
同級生とかじゃないんだろうな。
少し、気になった。
というか、魔が差した。
『〇ックスはしてますか?』
「はい……」
『5人とも?』
「はい……」
「コヒュー、コヒュー……(瀕死)」
うん、天使はいるかもしれないけど、依頼人の天使はいなかったようだ。
「どうします?この天使ちゃん(笑)をあなたの虜にすればいいんですか?」(ゲス顔)
「……」
ほう。
まだ、完全に折れていない。
つまり、まだ俺を楽しませてくれると。
「同時に5人の相手とつきあうというのは、『満たされていない』可能性が高いですね。満足していれば、満たされていれば、相手が5人も必要になるかどうか……」
まあ、『複数人』と関係を持たないと満たされないって奴もいるが、敢えて言わない。
人は、自分が信じたいものを信じる権利がある。
俺は、ほんの少しだけそのお手伝いをしているだけだ。
「わ、私が……彼の希望にならなきゃ……」
微かな希望に全振り。
この人間らしさに、痺れる。
というか、彼女の中でようやく、天使が『人』に変わった。
恋愛関係を築く上では重要なことでもある。
「では……彼に、つきあってる5人について聞いていきますね?どんなところが好きなのか、どんなところが不満なのか……大事なことですから」
「は、はい」
うん。
依頼人は、地獄の釜ってやつは大抵二段方式になってることを知らないようだ。
「お金です……」
依頼人の目から、ハイライトが消えた。
「彼の家、経済状況ってどんな感じ?」
「……裕福です」
それは、『教師』としての判断なのか、『ストーカー』としての判断なのか、多少悩む。
いや、『ストーカー』なら、そもそも動揺はしないか。
うん、やはり『正確』な情報は必要だな。
俺は、にこっと依頼人に笑いかけた。
「目を逸らさないでくださいね」
なんだこれは……たまげたなあ。
この少年の地獄の釜は、どこまで続くのか。
そして。
依頼人のメンタルが、斜め上に強靭だ。
「わ、私は……彼の初恋で、最後の恋になれる……うふふふ」
ああ、頭の中がハッピーになってるのはいいんだが。
恋を知らない人間に恋を錯覚させるのは少々難しい。
少年の中の、『愛』だの『恋』だのに伴う、感覚が分類されてないから……どう錯覚させるかを考える必要がある。
ふむ、『少年』の心を知り、『依頼人』を調整してやらなきゃな。
なに、恋愛ってのは、一方の努力で維持するようなもんじゃないだろう。
お互いが、お互いの為に……そういう関係じゃないと、長続きしないからね。
俺は、『依頼人』を眠らせて、作業に取り掛かる。
なかなか楽しませてもらったからな。
ふたりとも、幸せにしてあげよう。
ハッピーバースデー。
そして二人は幸せなキスをして……。(震え声)
うん、ガッツリ書くと内容がえぐすぎるし、ライトに書くと物足りない感じ。
こういう話は、加減が難しい。