なお、具体的な艦娘のイメージはありません。(ヘイト回避に必死)
あれ?
俺が申請したの、『ケッコンカッコカリ』だよね?
指輪だよ?
指輪が送られてくるはずじゃん。
苦楽を共にした艦娘との絆が、最高に高まって……ようやく申請が許される『ケッコンカッコカリ』。
これが申請できるこということは、提督としての長年にわたるキャリアはもちろん、確かな実績の裏付けの証明でもある。
そして、大本営から送られてきたのが……。
首輪。
いや待って。
なんか違う。
かなり違う。
全然違う。
艦娘は兵器じゃないとか、今更そんな事を言うつもりはない。
考えるまでもなく、『提督』だって、歯車の一つでしかないんだ。
それでも。
提督も、艦娘も、モノじゃない。
それを、『首輪』ってなんだ、『首輪』って。
久々に、純粋な怒りを覚えた。
荒々しく、書類を確かめる。
この度、『ケッコンカッコオリ』の申請が受理され……。
……。
あれ?
なんか、違和感が……。
もう一度見る。
『ケッコンカッコオリ』
まあ、確かに。
結婚は人生の墓場だとか、よく聞く。
うん、
ははは。
ナイスジョーク。
……誤字だよな?
俺は、首輪を元の箱に戻した。
そして、未決済書類の束のとなりに置く。
あれこれ思い悩むぐらいなら、まずは目の前の書類仕事を片付ける方が有益だろう。
大本営に問い合わせるにしても、すぐに答えが返ってくるわけでもない。
そもそも、緊急の申請というわけでもないからな。
……その割には、随分と届くのが早かったな。
みし。
跳ね起きた。
気配か、それとも物音か。
「しっ、失礼しました、提督」
声だけで、誰かがわかった。
安堵の息をはく。
「お前か……どうした、こんな時間に?」
「い、いえ、別に不埒なことを考えていたとか、そういうわけでは……」
「はは、わかっている。ほかならぬお前のやることだ、なにか理由があったのだろう」
俺がここに赴任した、初期も初期からの、生き残りの艦娘だ。
最も信頼する艦娘の1人と言える。
それが、このような……。
つまり、人目を忍ぶ、内密にしなければいけない何かがあったのだと……そう、判断したのだが。
「いえ、本当に、特に用事があったわけではなく……」
彼女が言うには、たまたまこの時間に俺の部屋を通りかかったら……部屋の中から、俺の唸り声のようなものが聞こえて、つい確認しようと思ったらしい。
「そうか、心配をかけたようだな。すまない。そして礼を言わせてくれ」
「いえ、そんな……もったいないお言葉です」
しかし唸り声か。
記憶にないが、悪い夢でも見ていたのだろうか。
「……では、提督。私はこれで」
「ああ、世話をかけたな」
彼女は、静かに部屋を出ていった。
さて、寝直そう。
はて?
昨日、ここに置いておいたよな……首輪の入った箱。
さりげなく秘書艦に尋ねたが、反対に尋ねられてしまった。
「何をお探しでしょう?説明して下されば、手の空いてるものに指示を出して……」
「いや、そこまでしなくてもいいんだ」
「しかし……」
「俺の思い違いかもしれん……こういう捜し物は、ひょっこりと出てきたりするものだからな」
などと言葉を濁したが、『何か』を説明するのは、少し気恥ずかしい。
『ケッコンカッコカリ』の存在については、ほとんどの艦娘も知っている。
提督としてのキャリアの短い頃は、この『ケッコンカッコカリ』に関して、複数の艦娘によるいさかいが起こる可能性があるから注意しなきゃいけないな……などと、冗談に興じたものだ。
キャリアが長くなってきたら、逆にそんな話はしなくなる。
つまり、『ケッコンカッコカリ』というのは、提督にってはある種のあこがれなのだ。
自身のキャリアもそうだが、艦娘のキャリアも必要になる。
その申請ができるだけで、名誉と言えるだろう。
正直に言うと、俺は誰かと『ケッコンカッコカリ』をするつもりで申請したわけではない。
あこがれの成就というか……『勲章』のようなものだ。
なので、申請書類はこっそりと俺一人で書きあげ、私的なルートで大本営へと提出した。
うん、秘書艦にチェックしてもらわなかったのがまずかったか。
やはり、俺の申請書類に何か間違いがあったのだろうと思う。
いや、しかし……。
いったい、あの『首輪』はどこに消えたのか?
というか、あの『首輪』は、いったい何なんだ?
提督としての……いや、男としての不安感というか、首筋のあたりにチリチリとした熱というか、刺激を感じる。
「提督、こちらの書類に目を通しておいてください」
「うむ」
「それと、大本営からいくつか荷物が届いております。ご確認を」
「うむ、急ぎか?」
「いえ、特に指定はなさそうです」
「そうか……では後で確認するとしよう」
急ぎの書類を決済したあと、俺は休憩のつもりで3つの小包を確認することにした。
……え?
『首輪』
『首輪』
『首輪』
書類を確認する。
『ケッコンカッコオリ』
『ケッコンカッコオリ』
『ケッコンカッコオリ』
困惑から立ち直るまでに10秒ほどかかった。
かすかに震える手で、その『首輪』を箱へと戻していく。
理由はわからない。
ただ……なんというか。
ヤバイ。
これと似たような感覚を、何回か経験したことがある。
初の敗戦。
こちらの作戦を完全に読まれた上での反撃。
3度防衛を繰り返し、油断したところに受けた奇襲。
順調すぎる遠征、からの補給線寸断。
……いずれも、多くの艦娘を失った。
心に刻まれた、3度の敗戦。
これを多いと取るか、少ないととるか。
ほかの提督がどう……などというのは関係ない。
失われた艦娘に、『次はない』のだ……敗戦というのは、俺が死んだも同然。
俺の代わりに、艦娘を死なせた。
……浮かれている場合ではなかったな。
憧れだの、勲章だの……死んでいった艦娘達にとって、なんの慰めになろうか。
「……私がそばを離れていた間に、何かありましたか?」
自分への怒りや後悔……複雑な思いに没頭していたせいだろう、秘書艦が戻ってきたのにも気付かなかった。
「ふぬけた己に気がついて……まあ、自戒だな」
「……もし提督がそう思われるのでしたら、それは提督の期待に応えられぬ我らの責任かと存じます」
最古参、というほどでもないが……秘書艦を務める彼女とも随分長くなった。
戦いを、戦場を求めた彼女から、結果として俺は海を取り上げることになっている。
「……すまないな」
「何が、でしょう?」
「まだ、お前に海を返してやれそうにない」
私の斜め後ろに控える彼女だが、ほんの少し笑ったような気がした。
「私の戦場は、提督の側にあることと思い直しております。お気になさらず」
「……甘えさせてもらう」
「それと」
「なんだ?」
「勝つ、ということは我ら艦娘全員が、お役御免の世の中になるということでは?」
……ああ、確かに。
しかし、それは同時に……。
「そのときは、俺たち『提督』もまた、お役御免の世の中だ」
「いや、それは……」
まあ、ゼロにはならないにしても、だ。
「『提督』も『艦娘』も、本質は変わらん……といえば、気を悪くするか?」
そう言って振り返る。
俺が浮かべていたはずの苦笑……それが消えた。
彼女の表情が予想外というか、異質だったから。
なんだろう、俺の言葉に気を悪くしたのではなく、ただ激しく動揺している感じ……?
「て、提督は……我らにとってかけがえのない存在で、この鎮守府はもちろん、国にとっても……そうであると、思います」
「その言葉、ありがたく受け取ろう……これからも、よろしく頼む」
そう言って、彼女に背を向けた。
いかんな。
不安にさせてしまったか。
俺としては、『提督』もまた『歯車』のひとつでしかないと思っているが、彼女達『艦娘』としては、俺の口からそんな言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
それにしても。
思えば、辞令一枚でこの鎮守府にやってきた木っ端提督が、よくも生き残ったものだ。
彼女たちの、信頼を裏切るわけにはいかないな。
俺は、これからも提督として……ん?
『首輪』の入った箱が、いつの間にか2個に。
あれ?
3個あったよな?
2個だったか?
『ここにあった箱を1つ知らないか?』
なぜだろう。
そんな簡単な質問を、俺は背後の秘書艦に投げかけることができなかった。
おかしい。
気が付くと、『首輪』の入った箱がひとつずつ消えていく。
これは、明らかに誰かの手で……。
しかし、何のために?
あの書類をきちんと、『最後まで』確認するべきだったか?
しかし、全てなくなった今となっては……確認しようもない。
目を覚ます。
それは、昨夜とは別の違和感。
跳ね起きることはもちろん、身じろぎすることこそが危険……そんな気配。
息を殺し、こちらをうかがうもの。
闇の中に潜むもの。
そのまま、呼吸を100まで数えた。
そしてまた1から数えなおす。
それを何度繰り返したか。
……部屋の扉が、静かに開く。
誘いだとしても、目を覚まさない方が不自然だ。
俺は、身体を起こして、部屋の明かりをつけた。
誰もいない。
部屋から出て、周囲を確認。
誰もいない。
昨夜の、艦娘とのやり取りを思い出す。
俺の唸り声などではなく、『何らかの気配』を感じて部屋の中を確認しようと思ったのではないか?
開いたドア。
その現実は、確かにある。
何かが起ころうとしている。
もしくは、何かが起きつつある。
それだけはわかった。
ふぬけていた。
浮かれていた。
危機感を胸に。
緊張感を身にまとう。
鎮守府に漂う、ピリッとした空気。
ひりつくような何か。
忘れていた。
ここは、いつだって最前線だ。
4度目の負けを味わうとき、俺はまた多くのものを失うだろう。
もしかすると、俺自身を。
やつらが、鎮守府に侵入してこないとも限らない。
一昨日。
そして昨日。
俺の命は、際どいところをすり抜けたのか。
「提督、大本営からまた荷物が届いています」
「……ああ、確認する」
『指輪』
『ケッコンカッコカリ』
……うむ。
首筋がチリチリする。
背中に感じるのは、汗、か。
つまり、あの『首輪』は。
私の申請よりも早く。
誰が。
なんのために。
4個。
4人?
いや、1人と、3人か。
『ケッコンカッコオリ』
深い思索。
無防備な時間。
「「「提督」」」
俺を呼ぶその声は。
氷のように冷たく。
炎のように情熱的で。
「渡さない」
「逃がさない」
「ずっと一緒」
檻が、見えた。
肉の、檻。
床に倒れた秘書艦。
問うまでもない。
そして、あの夜の、あれは。
『指輪』を見る。
彼女たちを狂わせたのは、これか。
俺の、自己満足な申請が。
彼女たちを。
目を閉じた。
今はもういない彼女たちを思い浮かべる。
ここですべてを始めた、俺と、6人の艦娘たち。
2人は海に還った。
目の前の3人。
ここにはいない1人。
もう、どこにもいない。
「「「提督」」」
そして。
俺がいなくなる。
まあ……檻の中の生活を楽しむのも、ひとつの人生でしょう。
大事なのは、檻の鍵を『自分で』持つということ。