「……では、始めます」
「はい」
ひざまずき、祈るように手を組んだ。
それはまるで、神に祈りを捧げるような姿勢。
貴族である前に、1人の男として。
私は正しく、神に祈りを捧げる存在だった。
そっと、私の頭部に手がかざされる。
最初に感じたのは、暖かさ。
それが長く続き、そして、熱へと転ずる。
ゴトリ、と音を立てて床に転がるもの。
ガラス瓶。
私が用意した、最高品質の魔力回復ポーション。
服用した場合、効果は抜群だ。
名前のとおり、服用者の魔力を回復させてくれる。
ただし、注意すべき点がある。
それは……。
ゴトリ、と2本目の空き瓶が床に転がった。
私は、目を閉じていた。
服用者の苦痛を思い、胸が痛む。
魔力回復ポーション。
魔力というのは、生命力を構成するものでもある。
それを、短時間で絞り出させようというのだ……どこかに無理が出るのは当然か。
当然、連続服用はその効果が半減する。
それだけではなく、2本目以降は苦痛を伴う。
魔力を得意とする貴族の子弟は、子供の頃にほぼ例外なくこの副作用を経験させられる。
安易にポーションに頼ることを戒めるためだが……。
吐き気、悪寒、頭痛……。
それはまだ、軽い方。
ふ、と……頭部の熱が、むず痒さへと変わった。
ぐっと、握る手に力がこもる。
ゴトリ。
私はもう、目を開けてそれを確認できなかった。
その副作用は、個人によって多少ばらつきはあるそうだが……よく悲鳴を上げずにいられるものだ。
恥ずかしながら、私は……3本目の副作用で気を失い、3日ほど寝込むことになった。
ゴトリ。
ゴトリ。
ゴトリ。
身体が震える。
涙があふれる。
自分の祈りが。
自分の願いの代償が。
その重みに、心が潰されそうになる。
永遠とも思える時間が過ぎ……私は、かすれる声を聞いた。
「……終わりました」
顔を上げる。
真っ青な顔をして、今にも倒れそうな彼を支えた。
人を呼ぶ。
私の祈りの結果を確認するよりも、まずは彼を。
早くて5日、長くて2週間。
この奇跡のあと、彼は眠り続けると聞いている。
もし、彼に何かあったのなら……私の命は消え去るであろう。
彼に奇跡を与えられたものたちの手によって。
あらかじめ手配してあった人員を回し、一息つく。
そして、何気なく頭に手をやった。
柔らかな、感触。
それは、遠い思い出。
優しく、懐かしい手触り。
「あ、ああぁぁぁ……」
膝をついていた。
手を組んでいた。
奇しくも、先程と同じ姿勢。
涙が止まらない。
もし、私の心に涙の湖というものがあるのなら。
それは、広く深い湖であるに違いない。
彼が目を覚ましたのは、1週間後。
そこでようやく、私は彼の起こした奇跡の内容を知った。
髪の生える場所。
その毛根が死ぬことによって起きる、不死の病。
多くのものが、その病を克服しようとして……敗れ去っていった。
治癒魔法。
蘇生魔法。
再生魔法。
活力魔法。
髪は生きている。
人生に寄り添い、一生共にする長い友達。
死んだように見えても、それは仮死状態なのだとか。
彼の起こした奇跡。
髪の毛の本数と同じだけの蘇生魔法。
そして、同じだけの治癒魔法。
さらに、再生魔法。
蘇生魔法の使い手は、この国において片手の指で足りるほど。
それを、髪の毛の本数と同じだけ。
馬鹿げた魔力総量。
彼にしかできない奇跡。
しかし彼は、この奇跡の代価を受け取らない。
強いて言うなら、魔力ポーションの値段がそれにあたるのか。
衰弱した彼を見る。
我らにその手を差し伸べ、苦痛に耐えながら奇跡を起こす彼を。
私は決意した。
彼を軽んじたり、害するものがあれば、自分の全てをかけてそれを排除することを。
この日、私の中の価値観が変動した。
彼のためなら、私は王を、国を、そして教会を、敵に回すことも厭わない。
モジャー公爵とか、フッサ子爵とか、登場人物の名前をいろいろ考えたけどやめました。(震え声)