気分が悪かった。
それが必要なことだと理解はしていても、気持ちの良い話ではない。
根元の曲がった木。
それが普通なんだと思っていた。
村から出る機会があって、まっすぐに伸びる木を見て驚いた俺に、行商人が教えてくれた。
木の根元を歪めたのは雪の重みなんだと。
俺も、あの木と同じか……。
村が望む形に、俺の心を合わせる。
ただ、それだけ……。
空を見上げた。
今にも雪が落ちてきそうな、鉛色をした空を。
悲しげな鳴き声に、目をやった。
罠にかかった鶴。
まだ、若い。
ふっと、親の姿を思い出した。
姉を身売りして得た金を、地面に投げつけた親の気持ちが今なら理解できる気がする。
そして、泣きながらそれを拾い集めた気持ちもまた。
鶴を罠から外してやる。
傷ついた脚に、サラシを巻きつけただけの手当て。
所詮は気休めだ。
鶴は暴れることもなく、ただじっと俺をやることを見つめていた。
鶴が空へと帰っていくのを見送ったあと、猟師の家へと足を運んだ。
俺も、猟師も、村の一員。
勝手なことはできない。
鶴を逃がした事を話す。
鶴を逃がした理由を話す。
そして、その代価を差し出した。
猟師は黙ってそれを受け取り……ポツリと呟いた。
「
返事も、頷くこともせず、俺は猟師の家を出た。
空を見上げる。
鉛色の空は、変わらない……が。
白いものが落ちてきた。
長い、冬がやってくる。
独りきりの、冬が。
雪がひどく、日中なのに暗い……そんなある日のこと。
とんとん、と。
戸を叩く音。
雪や、風ではない。
人の手によるもの。
俺は、戸を開けた。
まだ若い、かろうじて童ではないと思える年頃の女の子が立っていた。
「……先日、助けていただいた鶴です。私に、何かできることはありませんか?」
震える身体。
真っ赤になった手足。
俺は、家の中に迎え入れた。
まずは火に当たらせてやる。
湯を飲ませた。
それから、粥の上澄みを。
飛びつこうとする気配。
しかし、それを思いとどまったのか、俺の方をちらりと見る。
「ゆっくりでええ……慌てずにな」
痩せた身体。
こけた頬。
飢えた状態で急に腹いっぱい食わせてはいけない。
俺は、囲炉裏に薪を足した。
眠ってしまった女の子を眺め、俺は呟いた。
「口減らし……か」
この村のものではない。
さほど器量も良くない。
おそらくは、売れなかったのか。
いかなる伝手をたどったのか。
村の者が俺のところに、送り込んできたのだろう。
『鶴』を口にするあたり、猟師も一枚かんでいるのか。
この子は、運が良いのか悪いのか、俺にはわからない。
この子は、俺に対する一種の踏み絵だ。
この冬を越し、俺が落ち着いたと思えば……村の者は、俺に再婚を勧めるだろう。
夢を見た。
地面に投げつけた金を泣きながら拾い集める夢だ。
『鶴』を見る。
頬に肉がついてきた『鶴』を見る。
俺は、泣いていた……。
助けられなかった両親を、かかあを、想って泣いた。
村に迷惑をかけないために、俺が殺した両親とかかあを想って泣いた。
どのぐらいそうしていたのか。
気が付くと『鶴』に背中をさすられていた。
俺の涙は止まらなかった……。
「おまえ、怖くないのか?」
「……なにが、ですか?」
「この家は、流行病が出た家だ……俺の親も、かかあも、みんな死んじまった」
「……でも、生きてます」
『鶴』を見る。
「お前が病気になったら、俺が殺さなきゃいけねえ」
『鶴』が俺を見る。
「……私は、おじさんを、殺すのは嫌です」
「……」
「嫌がっても……やらされるんですね」
そう言って、『鶴』が泣いた。
ああ、この子は……ようやく泣くだけの元気が出てきたのか。
俺は、そう思った。
長い冬が明けた。
久しぶりに、村の者と話をした。
身内から流行病を出した村の人間以外の村の者。
隔意がないとは言わないが、まあ仕方がないと思う程度には割り切っている。
「おう、その娘っ子はなんぞ?」
「ああ、鶴だ。罠にかかってたのを助けてやったら、恩返しにやってきた」
「そんな、馬鹿な話があるかい」
「あるんだ、これが」
のらりくらりと。
再婚話をかわしていく。
そして『鶴』も、俺に合わせてくれる。
「私、鶴の化身ですから」
にこりと笑って。
「何かあれば、祟りますよ」
年に似合わず、しっかりとしている。
いや、冬を越えて……大人っぽくなった、か。
子供だと思っていたのは、痩せていたからなのかも知れない。
空に目を向け、『鶴』を探す。
あの日、『鶴』を助けていなければ、俺は『鶴』を受け入れていただろうか。
地面に投げつけた金を拾い集める俺がいる。
金を拾い集めるようにして、生きる理由を拾い集める俺がいる。
あさましい男だ、俺は。
あさましく、生きている。
口減らしの口実というアイデアにひどく感心した記憶があります。
それをひとひねり。
『鶴』が『鶴』なのか、口減らしなのかは、みなさんのお好みで。(ゲス顔)