受け取ってくれ、シーザァァァ!(知人)
あ、病気やら死の表現があります、ご注意を。
なお、タバコに対する思想は、あくまでも物語の登場人物が抱いているとするものであり、現実やら書き手の思想と完全一致するものではありません。
「なんでなのよっ!」
振り返ると同時に、テーブルに叩きつけられる、娘の手。
怪我はしていないだろうか?
そんなことを考えてしまったのは、ある種の逃避だったのかもしれない。
「お母さんは、タバコのせいで死んだんじゃない!なんで、なんでまだタバコが吸えるのよ!」
右手の指に持ったタバコを一旦しまい、私はベランダから部屋に戻り、窓を閉めた。
あれが……妻が死んで、1年になる。
肺がんだった。
息子はこの春で二十歳になり、法律の上では大人の仲間入りをしたが、娘はまだ中学の3年に上がったばかり。
多感な時期だ。
声を荒げているうちに感情が高ぶったのか、娘が泣き出す。
声をかけると『ほっといてよ』と言われ、黙って見守っていると『何で何も言ってくれないの!』と言われる。
こういう部分は、娘はあまり妻に似なかった。
ただ、見守ることで娘の感情の嵐が過ぎるのを待つ。
親として、父親としてどうかとも思うが……答えは出ない。
妻と娘の気質がまるで違うように感じるように、人はひとりひとり似ているようでも違う価値観を持っている。
正しい答えなどない。
なのに、間違った答えが存在するのがわかってしまう。
正しい父親を目指すよりも、間違った父親にならないように。
正しい答えを探すことに疲れ果て、そんなことを考えてしまうようになった私は、典型的な日本人気質の小市民なのだろう。
「災難だったね、父さん」
娘が自分の部屋に引っ込んでから、息子が顔を出す。
現代っ子というか、『自分は要領がいい』と思い込んでいるタイプだ。
たぶん、社会に出てから苦労するだろう。
「……人が死ぬことを、理不尽としか感じ取れない年頃だ。大した父親でもないが、娘の癇癪を受ける程度のことはしないとな」
「って言うかさ、父さんのタバコって、1日に何本よ?」
「2、3本かな」
朝食の後、そして夕食の後。
仕事中に1本吸うか吸わないか、程度。
1箱20本で、1週間は持つ。
禁煙、嫌煙、分煙だと、かまびすしい昨今だが、それゆえに『喫煙』そのものがコミュニケーションとして利用できる時代だ。
昔気質の職人なんかは、私がタバコを吸うと知って、心を許してくることも多い。
実際、私がタバコを覚えたのは働き始めてからだ。
先輩のアドバイスを受け、仕事のために、それを覚えた。
酒とタバコが、人の心の垣根を取り払うことが少なくない……そんな時代も、もう終わろうとしている。
終わろうとしているからこそ、まだそれが通用する。
日が沈んでから、本当に暗くなるまでの……残照のタイミングなんだろう。
タバコ一本。
それで、仕事の取っ掛かりができるのなら……そんな理屈は娘には通じないし、親としても振りかざすべきではないだろう。
もちろん、タバコの匂いそのものがダメだという人間もいるので、そのあたりは担当を分担するようにしているが。
「まあ、俺はどうでもいいと思うけど、1日2本や3本のタバコなら、やめてもいいんじゃない?」
息子が言う。
こういう発言でも、見せ掛けの要領のよさが透けて見える。
自分は損をせず、提案だけをする。
学生時代の友人関係ならともかく、社会に出ると……自分の身を削らない提案は、提案とみなされない。
交渉とは認められないのだ。
古い、友人を思い出す。
彼の父親は、いわゆる家長制度の雰囲気を色濃く持っていた人で……友人から、大学進学に際して苦労したことを聞いた。
父親がいかせたい大学と、友人が行きたかった大学。
世間の評価、学力偏差値……父親の言い分を、友人はデータを示して言い負かしたが、問題の本質はそこにはなかった。
つまるところ、彼の父親は自分の交友関係において評価の高い大学に友人を進学させたかっただけなのだ。
なので、友人がやるべきことは、父親ではなく、父親の周囲の人間を説得、あるいは騙し、自分がすごい大学に入学したいのだと父親に思わせなければいけなかった。
物理を含んだ話し合いの結果、彼の父親は折れた。
しかし、『自分の希望を取り下げるだけでは父親としての面子が立たない。だから、お前も希望する大学には進学するな。嫌なら、学費も生活費も、全部自分で稼げ』と。
いわゆる、日本人的妥協の産物で、どちらも望まない結末になったようだ。
学生時代、酔うと決まって『あの大学に行きたかった』と愚痴をこぼしていたことからもそれがわかる。
自分で稼ぐ覚悟ができなかった時点で負けよという意見もあるだろうが、受験勉強と、入学金と学費を稼ぐバイトを両立させた上で、見知らぬ土地で下宿を借り、働き口を見つけろというのは、いささか厳しい意見だろう。
奨学金に関しても、親なり保護者の署名がいる……親が本気になれば、子供を追い詰めるのはたやすい。
当時は、そんな父親もいるのかと思ったものだったが、社会に出ると、こんなことばっかりだった。
理論や利益ではなく、落としどころだけを考える交渉。
日本だけかと思ったら、海外だと表に出ないだけで、ビジネスという面子の取り合いは、熾烈で激烈でもあった。
交渉の基本は、それが利益であれ面子であれ、お互いの要求を削りあうことらしいと、理解するしかない。
自分を削らない要求が交渉と認められないというのはそういう意味だ。
むろん、それは私が出した結論であり、別の答えを持つ者はいるだろう。
良くも悪くも、時代が変わればやり方も変わる。
別の答えが導き出されて当然ともいえるか。
「まあ、国が許可を出して売ってるものだからね。文句を言うなら喫煙者じゃなく、国に言うべきだよね」
「はは、権力者は基本老人だからな。そして、老人は喫煙文化を支持する者が多い……だから余計に、老人に対する切り札として、『健康』をお題目にしてるんだろうさ……」
そのお題目を利用するもの、反発するもの、頭から信じるもの、耳をふさぐもの。
情報には必ず意図がある。
伝えたいことがあるからではなく、目的があり、そのために情報を発する。
その中で様々な思惑が絡み合って、情報の意図は紛れ、姿を隠してしまう。
そんな世の中だ。
とはいえ……な。
現代社会は、現代の世界は、どんどん狭くなっている。
それ故に、余裕のある交渉ができなくなっている。
時代の変化なんてものは、つまるところ、家が狭いが広いか……そんなものでしかないと、私は思っている。
狭さに耐えられないものが、耐えられなくなったものが、『邪魔だ』と声を張り上げ、それをきっかけに、ちゃっかりと自分のスペースを確保するものがいて、隅に追いやられるものがいる。
息子の苦労は、私の苦労とは別のものになるだろう。
それがわかっているから、陳腐なアドバイスしかできない。
私の経験は、息子にとって半分も役に立つかどうか、おそらくはそんなものだろう。
そんな父親でしかないのだ、私という存在は。
妻が死んで、この家は広くなった。
逆に、人が増えれば、手狭に感じただろう。
妻が死んで1年、私は私の、息子は息子の、そして娘は娘のやり方で、心の中に何かを積み上げてきたはずだ。
娘が積み上げてきた何かが、今こうして……私のタバコに向けられた。
そういうことなのだろう。
「まあ、父さんの身体を心配してるのは本当だよ」
「そうか、ありがとう」
少し笑って。
「娘を嫁にいかせて、結婚式で泣くまでが父親の仕事だからな」
これも、もはや古い考えだろう。
経験が人を作る以上、私は、自分が生きてきた時代に縛られる。
「……あれ、結婚できるのかね?」
「そんな言葉は、恋人の1人や2人、家に連れてきてから言うんだな」
「家に連れてきたら、逃げられないだろ」
「はは、まだまだ遊びたい盛りか……まあ、働き始めてからの話か」
似て非なるもの。
しかし、必要だったもの。
私は、親として、父親として、母を失った娘に何ができるだろうか。
何もできないことと、何もできなかったこととは違う。
社会に出れば、結果しか認められないようになるが……せめて、家族という小さな社会においては、何かをしようとする努力が必要であるべきだろう。
春が過ぎ、夏が来る。
娘の通う中学の三者面談。
話が終わった後、私だけ呼び止められ……少し家庭の事を聞かれた。
母を失ったこと、その影響。
どこか回りくどい言葉に、もどかしさを感じた。
それを指摘すると、『難しい時代ですから、昔のようにはいきません』と申し訳なさそうに頭を下げられ、かえってこっちが恐縮するはめになった。
家の事を聞くと、プライバシーの侵害だと抗議されかねないのだとか。
連絡網に家庭訪問……悪いことをした生徒を張り倒す。
もう、そんなことが許される時代ではないのだな。
私の上の世代だと、『学校が家の教育に口を出すな』という空気だったが、今は『学校で全部教育するのが当然じゃないですか』などと主張する親までいるとか。
それが限られた少数だとしても、自分が年をとったと、つくづく実感する。
夏が終わり、娘も、高校受験に向けて……いや、周囲の雰囲気に流されている感じか。
周囲が勉強を始めたから、自分もしなきゃ落ち着かない。
そういう感覚は、私にも覚えがある。
暖かく見守ると言いたいが、何もできないだけだ。
あの日から、私と娘との会話は極端に減った。
秋も半ば、夜遅く帰宅した私を娘が待っていた。
何かあったのか?
悪い意味で、鼓動が高まる。
「タバコ、やめたんだ?」
わずかな間。
私は首を振った。
「いや、そんなことはないよ」
「……そう」
「ああ、本数を減らしたのは確かだが、禁煙はしていない」
娘は、自分の足元に視線を落とし……もう一度呟いた。
「そうなんだ……」
自分の部屋に戻っていく娘の背中を見送る。
会話はなくとも、見ているのだな。
私が、息子を、娘を見ているように。
冬になり、年が明けた。
妻のいない、母のいない、2度目の正月。
遠くまで足を延ばして、学業成就のお守りを購入して娘に渡した。
「実力で受かるから必要ない」
「あ、いや、お前を信用してないわけじゃなくてだな……その、気持ちだ、気持ち」
難しい年頃である。
まあ、受け取ってくれただけでよしとしよう。
「父さん、俺にお年玉は?」
ははは、こやつめ。
まあ、社会に出るまでは、だな。
冬が終わり、また春が来る。
私が、彼女と出会い、そして別れた季節。
今日の墓参りは、娘の合格の報告も兼ねている。
希望の高校に合格を決めた娘。
就職活動が本格化し始める息子。
私の家庭も、またひとつの季節を過ぎ、別の季節を迎えようとしている。
息子と娘は先に帰らせた。
私と、妻の2人きりの時間。
葬式が、死人ではなく生きている人のための儀式とは良く言ったものだ。
法要も、墓も。
残された者のために。
少しずつ、心を整理していき……残しておきたいものを選んでいく作業。
そうして、自分の心の中に、故人の墓を作り上げていく。
妻は死に、私は生きている。
私は、今を生きている。
春、春か。
妻が生まれた季節。
妻と出会った季節。
妻と別れた季節。
タバコの箱の封を切り、抜き取った1本に火をつける。
妻は、彼女は……私のひとつ年上で、短大を出て就職した彼女は、職場では私の3年先輩だった。
私は、男とは思われていなかった。
手のかかる後輩、その程度の認識。
私も、そういう目で彼女を見てはいなかった。
目を閉じる。
病院。
医者に首を振られた記憶。
入院してから、急激にやつれていった姿。
どちらからともなく、思い出話を始めた。
彼女と私、心の整理をするため。
死を受け入れる準備。
『あなた、私の前でタバコを取り出したのよ』
薄く笑って、彼女は……それまではぐらかし続けていた告白を始めた。
『ワイシャツの袖から、ぬっとあなたの手首が見えて……ドキッとしたわ』
手のかかる弟のような存在に、男性を意識した瞬間。
仕事のために覚えたタバコ、だった。
そのはずだった。
彼女の告白を聞いてから、タバコは、私の中で別の意味を持った。
吸いさしのタバコを、墓に供えた。
嫌煙に分煙、知ったことか。
私は、禁煙などしない。
これを読んで知人は、きっと『違う、そうじゃない』と言う。
おっさんが主人公で、ロマンスがあって、娘のような女の子(物理)が登場する。
たぶん、説明されたとおりに書いた。
最近のアニメとか漫画とか良く知らないので、時々こんな感じで情報を仕入れて手を出しておきたくなるんです。
よく知らないものを書くのは、危険を伴いますが、新しい発想が生まれていいですね。