高任斎の一発ネタ集。    作:高任斎

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とりあえず、これで一区切り。
ネタだしというか、放出終了。

しかしこの話というか、原作のお話って、現代落語にもなってるらしいですね。
私は聞いたことがないんですが、お話の筋とか変わってるのかなぁ。


58:バールのようなもの。(原作:バールのようなもの)

『次のニュースです。昨夜、〇〇市にある質屋が襲われ、現金や貴金属など数百万相当の……』

 

 ほーん、物騒な話だねえ。

 無関心とか、冷たいといわれようが、ひとり暮らしの大学生にとっては、無縁の話だ。

 それよりも、街を歩いていて襲われるとか、深夜のバイトの帰りに襲われて所持金を奪われるとか、そっちの方が身近な脅威となりうる。

 学生オンリーの安アパートに、強盗がやってくるかって話だ。

 

『なお犯人は、店に侵入したあと、バールのようなもので金庫をこじ開けたと見られており……』

 

 衝撃が走った。

 それまで流していた意識が、テレビに集中する。

 

 しかし、無常にもアナウンサーは次のニュースへと移っていく。

 そこには、既に俺の求める情報はない。

 

 ごくり、と唾液を飲み込む。

 先ほど耳にした言葉を、心の中で繰り返す。

 

 バールのようなもの。

 

 バールのようなもの、だと?

 

 なんてこった……。

 どうやら、俺の日常は壊れてしまっていたらしい。

 いや、あるいは知らないうちに平行世界的な、異世界に来てしまっていたのか。

 

 恐ろしい世界だ。

 バールを使って、金庫をこじ開ける、だと?

 そんなことのために、バールを使役するのか?

 できてしまうのか?

 

 いや待て。

 あくまでも、『バールのようなもの』と言っていたな。

 まだはっきりとはしていない。

 それは、不確定であり未確認なんだろう。

 あるいは、犯行情報として、あえて伏せたのか。

 

 俺にしても、バールを知識としては知っていても、この目で見て、確認したことはないのだ。

 仮に、それを見たとしても……俺は、バールをバールとして認識できないってことになる。

 

 問題なのは、『バールのようなもの』という表現だな。

 そう表現したからには、バールをバールとして認識できる者がこの世界には存在することになる。

 アナウンサーが特に説明することもなくさらりと流したことを考えると、それを認識できる者が、この世界ではありふれているってことじゃないか。

 

 くそっ、なんて世界だ。

 俺は、ただの大学生で、一般人だぞ。

 こんな世界にいられるか、俺は自分の部屋に戻るぞ。

 

 

 

 ……現実逃避している場合じゃないな。

 

 俺は深呼吸し、あらためて部屋の中を見渡した。

 俺の部屋。

 俺のアパート。

 同じものに、思える。

 

 持ち物のチェック。

 大学のノート。

 スマホ。

 友人。

 

 手が止まる。

 この世界の友人は、俺の友人なのか?

 

 しかし手詰まりだ。

 拙速は巧遅に勝ると言うが、一般人である俺には力がない。

 ならば、せめて情報だけでも手に入れる必要がある。

 

 はたして、通話は通じるのか。

 ……南無三。

 

 祈るようにして、ボタンを押した。

 

『よう、どうしたんだ?』

 

 通じた。

 思わず神に感謝しようとして思いとどまる。

 うかつな行為は慎むべきだ。

 

「いや、さっき、その、ニュースでな……」

『なんだ?なんかあったのか?』

「その……バールって」

『よせ!』

 

 普段の友人らしからぬ、鋭く、低い声。

 

『その名を、安易に使うんじゃない』

「や、やばい、のか?」

 

 胸がばくばくしている。

 やはり、そうか。

 その名を、口にするだけでもやばいのか。

 平行世界。

 神話が身近な異世界、なのか。

 

『いいか、良く聞け。その、お前が今口にした名は、商標登録されているんだ』

「しょ、商標登録!?」

 

 背筋が凍る。

 神を使役するだけでなく、その名を商標登録、だと?

 

 この世界は、この世界の人間は、どこまで恐ろしい力を発揮できると言うのか。

 そして、その力の格差は悲しいぐらいに存在するんだろう。

 そうでなければ、友人がここまで釘を刺すはずがない。

 

『……説明のために、あえて口に出すぞ、いいか?』

「ああ」

『バールってのは、バール社が作った特定の工具のことをさす。そして現状は、それに近い形状の工具がいくつもあって、詳しい人間でもなければ、それら全部を説明なんかできないんだよ』

「……はい?」

『わかるか?うかつにバールという名を使って、訴えられたらどうする?この現代社会で、そんなリスクをとってどうする?』

「あ、あぁ、そうだな……」

『わかってくれたらいいんだ。悪かったな、声を荒げて』

「あ、いや、うん、ありがとう……」

『聞きたいことはそれだけか?じゃあな』

 

 通話は切れた。

 

 スマホの画面を見つめたまま、俺は呟く。

 

「その、バールってなんだよ?」

 

 どうやら、古代オリエント系神話の英雄神でないことは確かなようだが……。

 よし、ググるか。

 

 

 数分後、枕に顔をうずめて足をパタパタさせる俺がいた。

 

 しらねーよ。

 日曜大工とか、工作が趣味の人間じゃなきゃ、こんな工具しらねーよ。

 せいぜい、金とこを、聞いたことがあるぐらいで。

 あれ、金てこだったか?

 まあ、いいや。

 

 はぁ、焦って損したぜ。

 そっか、バールはバールじゃなくて、バールだったんだな。

 あれだな、たぶん、発音が違うんだきっと。

 こう、巻き舌なんかで、テクニカルに発音しなきゃ別物なんだな、うん。

 

 その夜、俺は安心して眠りに付くことができた。

 

 

 

 新しい朝。

 爽やかな目覚め。

 昨夜のことを思い出すと、ちょっと死にたくなるが、まあ若気の至りだ。

 今日も元気に、大学に行くか。

 

「よう」

「おはようさん、昨夜は悪かったな、変な電話かけて」

「いや、気にしなくていい。デリケートな問題だしな」

 

 そう言って、友人が俺を見る。

 

「というか、お前があんなことを聞いてきたのが意外だったからな」

「意外ってことはないだろ?自分が何も知らないって、あらためて実感したぜ」

 

 何気ない会話。

 日常。

 何が異世界だ。

 アホか俺は。

 

 アホだったな。

 

「ああ、ところでさ、〇〇の話なんだけど……」

 

 友人の表情が凍りついた。

 見れば、周囲の人間が俺を凝視している。

 

 なん、だ?

 俺は、何を……。

 

 右腕をつかまれた。

 

 黒服、サングラス。

 初めて見た。 

 

 別の黒服に、左腕も押さえられる。

 

 なんだ?

 一体、なんなんだ?

 

 友人の顔が遠ざかっていく。

 黒服に、引きずられていく俺。

 どこだ?

 俺を、どこへ連れて行くつもりだ?

 

 車に押し込められる。

 気づけば、拘束用のマジックテープで両手首を固められていた。

 そして両足首に。

 やめろ、目隠しはやめてくれ!

 

 黒服の呟き。

 

「まだ、こんな権利意識の低い人間がいるとは……」

 

 そして、俺の世界は闇に包まれた。

 

 長い長い、闇の中。

 俺は考える。

 

 もしかすると、俺は最初に思ったとおり……別の世界にやってきていたのではないのか?  




というわけで、バールのようなものでした。
オチは多少理不尽ですが、権利侵害がキッツイ世界だったと言うことで。
うん、しかし清水先生の作品をパロディで書く日がくるとは思わなかった。
個人的には、『〇知妖怪辞典』の日本全国バージョンとかやれたら楽しいだろうなとは思いますが、あの切れ味を真似するのが難しい。

ちなみに、高校生が『バール』って言葉に反応したのがきっかけで思いついたお話。
私の感覚からすると、工具じゃなく、ウガリット神話や旧約聖書のバールを連想するほうが変わってると思うんですが。

あと、魔法少女のマジカルバールという作品が作られない理由は、たぶん商標登録のせい。
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