高任斎の一発ネタ集。    作:高任斎

59 / 70
あぁ、うん、どこかで間違えました。(震え声)


59:世界が思い通りになるノート。(オリジナル)

 世界が思い通りになるノートを手に入れたぞ!

 

「……一度も試すことなく、鵜呑みにしているあなたにドン引きです」

 

 さらに、使用上の注意というか、使い方を教えてくれる美女のアシスタントつき。

 クール無表情系で、毒舌気味とか……ノートがなくても、その時点で大勝利なんだよなあ。

 

「せめて、以前の持ち主はどうなったのかという疑問を抱く程度の知能がないと、そのノートを使いこなすことはできませんと忠告します」

「……使いこなせたら、デレますか?」

「デレます。使いこなせたら、ですが」

 

 そうか、デレるのか……。

 

 息を吐き、あらためて彼女に目をやった。

 

 長身でスレンダー、その分、胸はやや大きめの印象を受けるが、サイズはCってところだろう。

 ストレートロングの黒髪は腰まで届き、ややきつめの印象を与える目元。

 唇は薄めだが、不自然な紅さが目をひく。

 眉はやや太く、好みは分かれるだろうが、俺は一向に構わん!

 人間じゃなくても問題ない!

 

 また、息を吐いた。

 そうか、これが、これがデレるのか。

 

 ……すぐにデレたら興ざめだな。

 

 じわじわと、なぶりデレさせてくれるわ。

 日本語がおかしいが、そういうことだ。

 

「……おかしいのは、頭ではないかと」

 

 ははは、こやつめ。

 うん、最高だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間が過ぎ、俺は美女に後頭部を踏まれていた。

 

 正直、俺の性癖からは外れているんだが、貴重な体験ではある……というか、この状態からデレまで持っていくとか、想像するだけで楽しい。

 

「……そろそろ、一度ぐらいノートを使ってみてはどうかと提案します」

 

 美女の口から『使って』とかいう単語が飛び出すと、はかどるよなあ。

 ケーキ屋で、売り子のお姉さんがショーケースの商品を取り出そうとしゃがみこんだ時とか、男子高校生にはたまらないよね。

 

 まあ、見られてるんだけどな!

 この1週間、ずっと、見られてるんだけどな!

 

 ……さすがに、そこまで俺はレベル高くないと言うか。

 1人になる時間が欲しい。

 

 あ、例によって、彼女の姿が見えるのは俺だけなんてのはお約束。

 

「なぜ、使おうとしないのですか?」

「ククク、いかにも使ってみたくなるノート……それが罠、圧倒的罠」

 

 間違いなく、しっぺ返しがくる。

 使ったら最後、沼、泥沼。

 

 ……と言うのは建前。

 

 美女とのやり取り。

 至福、圧倒的至福。

 現状維持、それがベター。

 

 ……デ〇ノートみたく、時間制限とかないよね?

 

 ちらり、と美女を下から見上げた。

 

 ナイスアングル。

 グッドだ。

 

 ……パンツじゃないぞ。

 脚が綺麗なんだ。

 脚から腰へと伸びるラインが、ため息を付くほど美しい。

 

 

 

 

 

 

 

「……お願いします、ノートを使ってください」

 

 美女の土下座。

 

 笑みがこぼれる。

 約一ヶ月、これが、デレか。

 

 ある種の満足と同時に、警戒する。

 俺がノートを使わないことが、彼女にとってなんらかのデメリットがある……そう思っていいのだろうか?

 彼女の弱みは握りたい、しかし、彼女が消滅とか、いなくなることは避けたい。

 

 土下座中の彼女を見下ろし、大きく息を吐いた。

 潮時、か。

 

 

 彼女が顔を上げた。

 彼女が俺を、俺が彼女を見つめる。

 

 立ち上がった彼女が、すっと、右手を開く……そこにノートが現れる。

 揺らめくように、くるり、くるりと、回転を始める。

 白と黒。

 どちらが表で、どちらが裏なのか。

 

 回転が速くなり、白と黒が混ざり合っていく。

 灰色。

 ノートが彼女の手を離れ……胸の前に移動する。

 回転は続いている。

 

 彼女が、両腕を広げた。

 室内なのに、彼女の髪が風に吹かれるかのように広がる。

 

『……、……、…、…、……』

 

 彼女の唇から紡がれる、聞きなれない言葉。

 異国ではなく、この世界ではないどこかの言語であることを直感する。

 

 彼女の右手に、眩しい光。

 彼女の左手に、輝く闇。

 

 目の前の、矛盾した光景に言葉を失う。

 

 回転を続けるノート。

 光と闇を宿した彼女の両手が、叩きつけられた。

 

 

 静寂。

 それを破って、彼女が言った。

 

「この世界の翻訳が完了しました」

 

 翻訳かよ……。

 翻訳?

 この世界?

 

 彼女を見る。

 

 薄い唇が、血のように紅い唇が微かに開いて……彼女は笑っていた。

 

「以前の持ち主が、以前の持ち主がいた世界がどうなったのか……もう、遅いですよ」

 

 それは、つまり……願いがかなうとか、そういうものじゃなく。

 文字通り、世界が、思い通りになる、ノート……なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、地面にノートを叩きつけていた。

 

「どうなってんだ、チキショー!」

「強いて言えば、あなたの頭がどうにかなっていると」

 

 世界を思い通りに……なんて言われて、新世界の神を名乗れるほど、俺はぶっ飛んではいない。

 胸を張って言える、俺は小市民だと。

 小市民らしく、ささやかな願いというか、祈りを込めて、俺はノートに書いた。

 

『朝目覚めると、食事が用意されている。俺が覚えている、懐かしい母親の味を再現したもの』

 

 死んだ母親を生き返らせるとか、そんな大それたことを書いたりはしない。

 人として守るべき一線があることぐらい理解しているつもりだ。

 懐かしい母親の味。

 もう二度と味わうことのできない、母の作った食事。

 

 俺が目覚めた時、母親の味はもちろん、食事の用意すらされていなかった。

 

「どういうことだ?」

「どうもこうも……」

 

 彼女は首を振り、こう言った。

 

『できるわけないでしょう、そんなこと』

 

 なん、だと?

 

 えっと、それはつまり……懐かしい母の味は、母じゃなきゃ作ることができないとか、そのためには母親を生き返らせろとか、そういう……?

 

「……食事は誰が作るんですか?食事の材料は誰が用意するんですか?材料を買うお金は誰が出すんですか?」

 

 う、うん?

 ううん?

 

「やれやれですね……では少し、お手本を」

 

 彼女はそう言って、ノートに文字を……え、書けるの?俺だけが使えるとかじゃなくて?

 

『……窓から入ってきた風に吹かれて、本棚の上のボールが床に落ちる』

 

 強い風。

 そして、ボールが落ちた。

 

 彼女は、ボールを本棚の上に戻し、『窓を閉めた』。

 そしてもう一度、同じことを書いた。

 

 何も起こらない。

 

「世界には、それぞれの『理』が存在します。その理に外れたことを起こすことはできません。当たり前のことではありませんか?」

 

 風に吹かれて、ボールが落ちる。

 窓が開いていなければ、風は部屋の中に入ってこない。

 ボールが、重力に引かれて床に落ちる。

 重力は、この世界の理に属するから、あえてそれを記す必要はない、と。

 

「……窓ガラスが割れるぐらい激しい風が吹けば」

「今現在の気象条件で、そこまでの強風は吹かないかと」

 

 お、おう。

 

 それはつまり……理と言うか、世界を納得させるだけの理由があれば、そうなる、と。

 たとえば、台風が来ていたら。

 いや、台風が発生するような条件を満たし、そうなるように導けば……。

 

「全然、思い通りじゃねえよ、チキショー!」

 

 あれだろ!

 美少女を俺に惚れさせようとしたら、『あなたのどこに好きになる要素が存在するんですか?』とか、無表情でディスられるんだろ、俺は良く知ってるんだ!

 

 いや、もちろん、すごいノートだと思う、思うんだ。

 そのなんというか、あれだ。

 黒歴史ノートを、『緻密な設定』でがっちがっちに固めろって話だよな?

 面倒くさすぎる!

 

 道で百円玉を拾おうと思ったら、誰がどういう状況でそれを落としたかとか考えなきゃならないんだろ?

 しかも、状況設定が中途半端だと、俺が拾うより先に、別の誰かに拾われるとか、そういうのだろ?

 

 ちらり、と彼女を見た。

 

「ちなみに、世界を救うような新技術を発見するとか……」

「どのような技術が、どのような理によって理論的に成立しているかを……」

 

 そうだと思ったよ、チキショー!

 

 ……ん?

 

 ……重力がどのように働いて、とか書かなくても、ボールは落ちた。

 

 正直、俺は重力のことなんてよくわかっていない。

 でも、書かなくても、重力は作用する。

 この世界の理、か。

 

 窓を開けた。

 ノートに文字を書き込む。

 

 ティッシュを1枚、窓から落とし……風に吹き上げられて舞い上がるのを見る。

 

 次は、学校のノートを、窓から落としてみた。

 風は吹いたが、ノートは地面へと落下した。

 

 ……ほう。

 

 ノートが舞い上がるほどの風は吹かなかったが、風そのものは吹いた、か。

 

 別のノートを取り出す。

 風は吹かない。

 少なくとも、俺が感じ取れるほどの強さの風は吹かない。

 ノートを落とした。

 風が吹いた。

 

 ほう、ほう。

 俺がノートを窓から落とすまで、風が吹かないのか。

 

 それは、『おかしい』だろ。

 

 風が吹くのにも、条件がある。

 条件で、強さも、タイミングも変わる。

 

 つまり、今の気象条件なら『吹いてもおかしくない風』を、無条件で起こすことが出来ると言うことか?

 ノートが舞い上がらなかったのは、単純に風の強さが足りなかっただけ、と。

 

 緻密な設定と言うより、違和感を感じない現象に近いな。

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。

 舞い上がるスカート。

 

 スカートが翻る前に手で押さえられ、パンツは見えなかった。

 だが、まくれ上がるスカートがいいんだ。

 見える見えないじゃない。

 いや、むしろ見えないほうが萌える。

 

「なんだろう、すごい充実感を覚える。世界が輝いているような、そんな感じ」

「……良かったですね」

「ありがとう、素直にそう言える」

 

 ノートに書いた文字。

 それが消えていく。

 

 その一方で、それよりも先に書いた文字は、消えずに残っている。

 

『今日、俺は事故にあったり怪我や病気にならずに、1日を過ごせる』

 

 くくく。

 この手のお約束、アクシデントによる死亡も、これで問題無しよ。

 人間、生きていてナンボだからな。

 

 ……。

 ……?

 ……あれ?

 

 足が、動かない。

 駅はすぐそこ。

 いつものように電車に乗って、学校に……。

 

 悪寒が走った。

 

『今日、俺は事故にあったり怪我や病気にならずに、1日を過ごせる』

 

 つまり、駅に行くと、電車に乗ると……事故に、遭う?

 

 ノートを確認する。

 何が起こる?

 重大な事故?

 どうすれば防げる?

 

 考える。

 震える手で、『〇〇駅は、今日一日大きな問題もなく、営業を続ける』と書いた。

 

 俺の足は動かない。

 電車か?

 あるいは、俺個人が階段でつまずくとか、そういう事故か?

 

 いや待て。

 ノートに書いたことが、実現できるとは限らない。

 風が吹いたが、ノートは舞い上がらなかった。

 駅で何かが起こることを止められないという可能性。

 既に手遅れ。

 

「どうしました?」

「何が、起きるんだ?」

「おかしなことを言いますね。私は、あなたがノートを上手く使いこなせるかどうかしか興味はないですよ」

 

『〇〇地区では、今日1日の電車のダイヤに大きな乱れは出ない』

『駅に不審物があれば、早急に発見されて問題が起きない』

『〇〇に……』

『〇△は……』

 

 書き連ねていく。

 想像。

 思いつき。

 最後は殴り書き。

 

 震える。

 できることはやった。

 ここなら安全。

 でも、ここから、駅から離れたい。

 

 駅に背を向ける。

 家に。

 足が動かない。

 なぜだ?

 駅ではなく、こちらも危険?

 なら、何故俺は家から外へ出かけることができた?

 

 パニック。

 しかしそこから動けない。

 そんな俺に対して、誰も注意を向けない。

 

 日が沈み、夜になった。

 まだ、動けない。

 駅は、何も起こらない。

 電車も動いている。

 

 夜が更けて、日付が変わった。

 動く。

 足が動く。

 家に向かって歩き出す。

 2歩3歩。

 

 家に着いた、その瞬間……右足のかかとに痛みが走った。

 

 ……靴擦れができ、薄く皮が擦りむけていた。

 

 

 

 不貞寝して、新しい朝を迎えた。

 

 俺は、恐ろしいことに気づく。

 靴擦れを起こさず、家に帰ることができる距離。

 昨日のアレ、たとえば『1週間』と俺が書いていたらどうなったのか?

 1週間、あの場から身動きができなかったんだろうか?

 

 ……いや。

 靴擦れが起きないような歩き方をしてれば……ってことは、人の身体が勝手に動くとか、そういうことは出来ないってことか。

 

 ん、んん?

 なんかおかしいな。

 

 ノートを開く。

 

『〇〇時ちょうどに、俺はラジオ体操を始める』

 

 時計を見る。

 時間が来る。

 俺の身体は動かない。

 

 ……むう。

 謎が深まった気がする。

 

 強いて言うなら、俺は怪我や病気をしたいとは思わなかった。

 そして、ラジオ体操をしたいとは思わなかった。

 やりたくないこと、願ってもいないことをさせたりはできないってことか?

 生物としての、ある種の理。

 

 と、すると……誰かを殴ろうとしている人間を押しとどめることはできないってことになる。

 物理的に、それを妨害する必要がある、か。

 

 極端な話、世界を平和に、全ての戦争、紛争が起こらない……などと書いても、『それを起こしたい』者がいれば、起きてしまう。

 

 ん?

 そいつが誰かをそそのかした場合、ノートに書いたそれより強い影響が出る?

 いや、そそのかされて『それをしたい』と思った時点で、ダメか。

 

 ……このノート、本当に世界を思い通りにできるんですかねえ?

 

「……何故あなたは、素直にノートの使い方を聞かないのですか?」

「聞いても答えないじゃねえか。昨日だって……」

「ノートの使い方を聞かれた覚えはありませんが?」

 

『何が、起きるんだ?』

『おかしなことを言いますね。私は、あなたがノートを上手く使いこなせるかどうかしか興味はないですよ』

 

 ……おう、確かに。

 

「でも、『ノートを開いて文字を書いてください。上手く使いこなせばいいんですよ』とか言わないか?」

「……どうやら、もう私が教えることは何もなさそうですね」

 

 ははは、こやつめ。

 

「そもそも、世界によってすべてが変化するのですから、私の経験がこの世界で役立つとは限りません」

「使えねー」

「世界の理を、世界そのものを理解する、としか言えません」

 

 勉強しろってことじゃないですか、ヤダー。

 というか、俺より数段優れた連中があらゆる分野で研究を重ねているのに、俺一人がどうこうして世界を理解するってのが無理と言うか、傲慢だと思う。

 

 俺の言い分に対し、彼女はただ無表情で俺を見つめていた。

 

 

 

 

 まあ、それでも。

 時間経過とともに、少しずつ、少しずつ、できることが増えていく。

 思い通りになることが増えていく。

 

 世界の理なんて大したことじゃなく、経験則か。

 こいつなら、こういうことをしそうだな、と。

 この雰囲気、こういうことが起きそうだな、と。

 

 思い通りにならずに、時には癇癪を起こしたりもした。

 まあ、癇癪を起こしてもどうにもならないので、またノートと向かい合う。

 そして、人と、世界と向かい合う。

 

 ふと、気がつく。

 俺は、いつから学校に行くのをやめたんだろうか?

 知人、友人。

 親戚。

 すべてが曖昧。

 

「なあ?」

「どうしました?」

「俺がこのノートを手にして……どのぐらい経ったっけ?」

「おかしなことを言いますね、私は……」

 

 はいはい、耳タコ耳タコ。

 俺がノートを使いこなせるかどうか、それだけですよね、と。

 

 そしてまた、俺はノートと向かい合う。

 世界を向かい合う。

 

 文明が滅びた。

 文明が興った。

 繰り返されていく。

 

 光。

 手の中のノート。

 いや、俺の手?

 

 隣を見る。

 いない。

 右、左。

 

 いた。

 俺の前。

 跪いていた。

 

 あぁ、と思う。

 遠い約束。

 

「……デレたか」

「はい」

 

 彼女が、顔を上げない。

 

「全ての研修を終え、あなたは神となられました」

 

 ……ひどい結末だ。

 

 俺の流した涙が、宇宙の星になっていく。

 またひとつ、新しい世界が生まれた。

 




いや、最初は『小説家になるノート』ってネタだったんですよ。
まあ、察して。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。