うん、あの総ツッコミのネタも懐かしい。
それは、かつての物語。
シグザール王国の片田舎に住んでいたひとりの少女、マルローネは錬金術師を目指して、王立魔術学校のある都市、ザールブルグへとやってきました。
しかしこのマルローネ、本人も自覚はあるのですが、ズボラでそそっかしく、ガサツで飽きっぽいという、およそ錬金術師を目指すには向いていない資格と性質の持ち主。
わりと、結果は見えています。
学校での4年間の集大成。
卒業試験において、彼女は、王立学校創設以来最低の成績を叩き出したのでした。
一応彼女を弁護させてもらうと、成績不振者や自分の限界を知った者、あるいは一身上の都合など、次々に学校から去っていく……そんなところですから、卒業試験に挑むものは、みなすべからく優秀な人間です。
卒業試験における過去最低の成績が、過去最低の生徒を意味するわけではありません。
しかし、過去最低の成績は、過去最低の成績でしかありません。
この成績では、とても卒業させられない。
イングリド先生は、マルローネに告げます。
このままでは、あなたを留年させるしかありません。
しかし、まずはあなたに5年間の猶予を与えましょう。
それと、錬金術のお店を開くための土地と建物を。
あなたはそこで、錬金術の店を経営しながら勉強を続けるのです。
5年が経過して、何か一つ高レベルのアイテムを作成できれば、卒業を認めます。
「……後で気がついたんだけど、『4年で卒業』するアカデミーなのに、5年の猶予ってなんなのよ?しかも、留年させないためにってどういうこと?留年って、普通は1年間のやり直しって意味じゃないのかなあ?」
その場で気づかないところが、マルローネのおおらかさと、ガサツさと、そそっかしさをよく示しています。
「まあまあ、落ち着いて、マリー」
そう言って彼女をなだめるのは、マルローネ(愛称:マリー)がこの都市ザルツブルグで知り合った、大切なお友達のシア、シア・ドナスタークです。
シアは、このザールブルグでも5本の指にはいるという資産家の娘で、実は、重い病気を抱えていました。
もちろん、シアはこの大切なお友達であるマリーにそれを秘密にしていて……子供の頃からちょっと身体が病弱なのだと説明するにとどめていました。
そのシアが、少し考え……マリーに対して告げました。
ねえ、マリー。
あなた、王立魔術学園への入学金を工面するのが大変だったって言ってわよね?
もし、仮に……仮によ、卒業試験に合格したら、どうするつもりだったの?
よほど優秀な成績を残さない限り、お城や貴族に招かれることはないし、お店を開くためのスポンサーが現れることもないと思うんだけど……どうするつもりだったの?
おっと、このシア。
優しそうで、どこか儚げな美少女でありながら、言うべきことは言います。
『優秀な成績じゃない』と直接言わないところは優しさでしょうか。
さすが資産家の娘、経営感覚というか、コストや、現実に足をつけた考え方が身についています。
確かに、王立魔術学校を卒業したからといっても、将来を保証してくれるものではありません。
学校の卒業生という肩書きを得るだけです。
それはつまり、『家が裕福でなく、将来へのビジョンが見えない生徒』は、錬金術師として生計を立てる夢を諦めて、卒業することなく学校を去っていくということです。
極端な話、田舎で生活しながら、趣味として簡単な錬金術を使い、近所の人の助けになるという生き方だってできるのです。
錬金術を仕事として生きていく……そのためには、優秀さはもちろん、夢とか、目標とか、もしかすると野望のようなものが必要なのです。
「え、卒業したあとのこと……え、考えたこともなかった……」
「マリー……やっぱりそうだったのね」
シアは大きくため息をつき、マリーに再び告げます。
ねえ、マリー。
このザルツブルグで、店を開くための土地と建物を手に入れるのに、どれだけのお金が必要かわかる?
学校の入学金なんかじゃすまないのよ?
でも、イングリド先生は、マリーのためにそれを用意してくださったのよね?
一人の生徒の、あなたのために。
まさか、生徒全員のためにそんなことができるなんて思わないわよね?
マリー、あなたは、大切に思われてるのよ。
「そんな……先生が、私のために……」
マリーの目が感激で潤みました。
厳しくて怖くて、恐ろしい……そう思っていたイングリド先生の中に、優しさがあったと気づいたからでしょう。
そんなマリーを、シアが優しく見つめます。
「私も、ね。大切なマリーが、学校を卒業してこの街から出て行くんじゃなくて、最低でも後5年、一緒にいられるのが、嬉しいのよ」
見れば、シアの目もまた潤んでいます。
しっかりと抱き合うふたり。
少女たちの友情は、かくも美しい。
さて、錬金術師として名高いとは言え、王立魔術学園の1教師であるイングリド先生は、どうやってそんな都合の良い物件やら、錬金術の道具を確保したのでしょう。
マリー。
私の大切なマリー。
絶対に離さない。
絶対に逃がさない。
ずっと、私のそばにいて。
うん、つまりそういうことです。
マリー、逃げて、超逃げて。
シアちゃん、人には言えない『(愛が)重い病気』を抱えているから。
マルローネ。
可愛いマルローネ。
お馬鹿で可愛いマルローネ。
王立学校の教師というのも、何かとしがらみが多い。
教師を辞めるまでに、最低4年はかかる。
マルローネ。
お前はずっと、私が見ていてやるからな。
うわあ、当然だけどイングリド先生もグルだよ。
しかも、シアと片手だけで協力しつつ、裏切る気マンマンだ。
というか、『卒業試験の結果も怪しい』ぞ、これ。
それは、後の『偉大な錬金術師にして、冒険好きな爆弾魔で騒動屋』のマルローネの、若かりし日々の物語。
(愛が)重い病気。(笑)
病弱のくせに、マリーの素材収集の旅に同行するお嬢様。
つまり、シアは可愛い。