横島堂へようこそ   作:スターゲイザー

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 第二の人生と呼ばれているものがある。
 これは二度目の人生を歩み出した男女の物語である。





ネギま編
第一話 吸血鬼はワガママ


 

 

 昼下がりの陽気な午後。麗らかな陽気が体に染み込んで眠気を誘って来る。

 

「暇だなぁ」

「暇でござる」

「暇ね」

 

 一人と二匹が異口同音に言葉を紡ぎ、計ったように同時に欠伸をする。

 

「このまま寝ちまうかなぁ。でも、店で寝たことがバレたら後でどやされそうだし」

「客でも来てくれれば眠気も消えるのにね」

 

 後ろのお座敷に置いてある柔らかいクッションにその身を埋める尾が九本ある狐が大きな口を開けて欠伸をする。

 

「一見さんお断りってわけじゃないんだけど」

「やはり一般人には敷居が高いと思うでござる」

「お守り系とかは普通は神社とかで買うもんだしな。わざわざこんなところまで買いに来る酔狂な人も珍しいか」

 

 レジ前の椅子に座りつつ膝の上で丸くなっている子狼の背を撫でながら、小ぢんまりとした店内を見渡しても客は一人もいない。

 

「それ以前に場所が悪いでござる。ただでさえ一般向けではないのに人目に付きにくい場所にあるし」

「宣伝したり、もっと一般向けに商品を作った方がいいんじゃないの」

 

 認識阻害をかけてるわけでもないが店自体があまり人目に付く場所にあるわけでもないので気づく人が少ない。

 例え興味を引かれて店に入って来ても一見さんの興味を引くような品は置いていない。

 狐と狼の言うように一般人向けの商品を作るべきかと男は考えるが首を横に振る。

 

「つってもな、ネットで注文は受けてんだ。爺さんの頼みで店の形にしただけで稼ぎは十分にある。一般人向けの商品はこれ以上作らなくてもいいだろう」

 

 一応表用の商品は並べてあるが、なんとなく入って来た普通の人も外れだと思って直ぐに店を出ていく。来たとしても裏の人間だけで、彼らが来た場合は大抵買う目的の物は決まっているので滞在時間は短い。

 最初から分かりきっていたことなのに、店を開くことになったのは住んでいる学園都市の学園長に頼まれたからである。

 

「学園長の頼みも分からないでもないけどね。ネットで稼ぎは出てても、店って形にした方が周りに誤魔化しは利きやすいじゃない。それにお宅のお父さんって働いてるの?って学校で噂されなくてすむし」

「拙者は直に聞かれたことがあるでござるな。その時はいんたーねっとで売っていると答えたでござるが、拙者には電子機器のことはよく分からんでござる」

「実際はインターネットじゃなくてまほネットなんだが」

「似たようなものでしょ」

「…………それはともかく、同じ自営業にしても店を持ってると持ってないのとじゃ印象が大分違うんだよな、やっぱ」

 

 十年以上も麻帆良に住んでいて身近なところでこのような話が出ては流石に男も唸りながら納得した。

 

「あら、アンタと協会員との繋がりを強くしたいってのもあると思うわよ。実際に使う側からしたら現物を見てから買いたいだろうし」

「偶に来る魔法使いとかでござるか?」

「そうよ。コイツの腕を良く知っている刀子は例外として、西出身の術士が麻帆良で販売してるって時点で疑念は持つだろうし、個人で売買してる所は当たり外れが多いから買うにしても確認ぐらいはするもんよ」

 

 流石はその美貌と博識から鳥羽上皇に寵愛された玉藻前の生まれ変わりなだけあって、人の機微に聡い狐に男も狼も感心するばかりである。

 

「ん? 協会員との繋がりって別に勧誘はされたことないぞ」

「嫌がる人間を無理に誘ったって上手くいかないことは向こうも分かってるわよ。だから、わざわざ回りくどく協会員の人となりを知らせて悪印象を失くした頃に誘うんじゃない」

「先生は関西呪術協会に所属しているのではないのでござるか?」

「今は名前を置いてるってだけだぞ。関東魔法協会に入るなら移籍ってことになるのか」

「移籍…………サッカーや野球のようでちょっと格好良いでござる」

「実は俺もそう思った。こう、胸が躍るよな」

「アホじゃないの」

 

 とはいえ、自分達としては組織に所属する面倒さは十年前に散々思い知ったので距離を置きたいのが本音である。

 店を構えようと考えて来た時に色々と便宜も図ってくれたことには感謝している。組織に所属したくはないと言う自分達の意向を汲んでくれたことも。

 だが、限られた客が協会員達だけでは、面を通して親しくなることで自分達を引き込みたいという思惑が透けて見えなくもない。強引な誘いどころか、協会に入ってほしいの一言もないのだからこちらからは何も言えない。

 

「あの腹黒狸め」

「寧ろぬらりひょんではなかろうか」

「孫娘は普通なのにね」

 

 遺伝とは真に不思議なものである、と一人と二匹はDNAの解けぬ神秘に、狸よりも学園長の風体では合致する妖怪の方が良いかと眠気を忘れる為に考えていたが、揃って再びの欠伸をする。

 学園長陰謀論を打ち立てようとも眠気は消えてくれないらしい。

 

「まあ、十年も経ってるのに今更勧誘も何もないだろう」

「分かんないわよ。この犬と私を同じクラスにするのは良いにしても、うちのクラスは厄介な奴が多すぎるし」

「そうなのか?」

「う~ん、拙者も直接聞いたわけではないでござるが、人外が何人も固められている以上、面倒なのを集めておこうという意図も感じられないわけではないでござる」

「その括りだとお前達も面倒なの扱いされてるぞ」

「はっ!?」

「私をあんな色物連中と一緒にしないでよね」

 

 同類扱いされていることに気付いた狼と、クラスの色物連中と同じにしてほしくない狐がムクれるのに笑っていると店の扉が外から開かれた。

 カランコロン、と扉の上部に付けてあったベルが鳴って本日一人目の客が店内に足を一歩踏み入れる。

 

「へい、らっしゃい――――――ってエヴァかよ」

 

 初見ならば確実に並べられた商品の妙さに戸惑うのに、入店した客は慣れた様子で金色の長髪を歩く度にユラユラと揺らしながら真っ直ぐにレジへと向かって来る。

 

「客になんという言い草だ。しかし、何時来ても暇そうな店だな、横島」

 

 麻帆良学園女子中等部の制服に身を包むには些か小さすぎる体の少女は、人形染みた造形とは裏腹な皮肉を込めた第一声を放つ。

 

「この横島堂はネット販売が主力なんだ。別に客がいんでも困らん」

「言い訳しているように聞こえるぞ」

 

 自分でもそう思うので少女の言うことは全く以てその通りである。

 

「いらっしゃい、2-Aの色物枠筆頭の麗しのキティさん」

 

 退屈しのぎになると思ったのだろう。金髪の少女の来店でクッションから横島の肩を経由してカウンターの上に乗った狐が明らかに悪巧みしている笑みを浮かべる。

 

「その名で呼ぶなと言っているだろ、タマモ」

「エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェル、本名じゃん。俺としては別になんて呼んでも構わないと思うぞ」

「そうよね、横島。キティなんて可愛い名前じゃない」

 

 横島が本音を伝えると何故かエヴァンジェリンに溜息を吐かれた。

 タマモが明らかにからかい目的で言っているのとは違って、横島が本音で言っていると分かる為である。

 

「エヴァで良いから貴様もキティとは呼ぶな。全く貴様らはおちゃらけなければ気がすまんのか」

「これが俺のキャラクターなんでね」

「人をおちょくるのが好物なのよ」

「そんな奴は死ねばいいでござる」

「それは言い過ぎだぞ、シロ」

「む、何故でござるかエヴァ殿?」

「私も人をおちょくるのは好きだからだ」

 

 エヴァンジェリンの告白にシロがガビーンと効果音がせんばかりに固まった。

 直情傾向なシロはからかわれやすいのでそういうのが好きな者の傍には出来るだけ近寄ろうとはしない。タマモに関しては仕方ないと諦めていたのだがとんだ伏兵がいたものである。

 とはいえ、流石に付き合いの深い面子以外にこのようなキャラクターを出すほど彼らも馬鹿ではない。相手を見て態度はしっかりと変えている。

 

「で、要望は? まさか茶を飲みに来たってわけじゃないだろ」

 

 ここは店主として話の主導権を握らなければとでも思ったのか、横島がエヴァンジェリンに向けて言うと、何故か鼻を鳴らして見下された。

 昔取った杵柄というか、一度染みついた性根は中々消えないらしく、魂に刻まれた丁稚の気質がその見下す視線に少し背筋がゾクゾクとしてしまったのは横島一生の秘密である。

 

「そのまさかだ。暇が出来たからアイツと茶でも飲もうと思ってな」

「俺は?」

「お前は店番だろ。何を言っている」

 

 どうにもエヴァンジェリンは自分に対しては態度が厳しい。まあ、その理由はよく分かっているのだが。

 

「私は?」

「拙者は?」

「同級生の(よしみ)だ。同席ぐらいは許してやる」

 

 取りあえず流れで聞いたタマモとシロには寛容なエヴァンジェリンである。

 同じ人外な分だけ仲間意識でもあるのかと邪推しつつ、「俺だけ仲間外れかよ」と拗ねてみる。

 

「横島よ、私の呪いを解いてくれるというなら同席させてやってもいいぞ」

 

 こうやって何かと交換条件を示して自分の望みを達成しようとしてくるのだから、この金髪の悪魔は油断が出来ない。

 

「後は卒業すれば解けるんだから無理に解かなくてもいいだろ」

「私は今すぐ解きたいのだ!」

「色々やってやったじゃないか」

「そこは素直に感謝してる。特に爺と交渉して魔力封印を緩和させたことは評価しよう。お蔭で花粉症に悩まされることも無くなった」

 

 鷹揚に頷くエヴァンジェリンの魔力は精々が一般魔法使いレベルしかないが、彼女はそれだけあれば吸血鬼の能力もあって散々悩まされて来た花粉症になることはない。

 

「ほんまに大変だったんだぞ。例えるならピンセットでぶっとい綱が雁字搦めになっているのを解くようなもんだった。下手に間違えたらこっちに呪い返しが来るし」

 

 厳密には呪いの専門家ではない横島がタマモに協力してもらいながら、何年もかけて苦労しながら今の状態にまで緩和させたのだ。

 

「未だに呪いが解けてないのは、四回目の中学をサボり過ぎて単位が足りなかった所為じゃない。責任転嫁するのは良くないと思うわよ」

「だから、通いたくもない学校に行ってるんじゃないか」

 

 タマモにまで突っ込まれたエヴァンジェリンは唇を尖らせてそっぽを向く。

 

「単位が足りていれば呪いが解けたんでござるか?」

「後は卒業さえすれば解けるってレベルだったからな。まさか単位が足りなくてやり直しなんて思わなかったよ」

「あの時のキティの顔は凄かったわよね」

「くっ、忘れろ!」

 

 これで呪いとはおさらばと思っていたら、また中学生をやらされる羽目になったエヴァンジェリンは当時の羞恥を思い出して顔を赤くする。

 

「そこまで呪いを緩和すれば解くのも文珠があれば簡単だろう」

「呪いってのは時間を重ねるごとに強力になっていくって言ったろ。十五年も真祖の吸血鬼を縛っている呪いだぞ。大元の呪いに干渉するには反動が怖すぎるつうに」

「ちっ、このヘタレめ」

 

 エヴァンジェリンは思い通りにいかずに理不尽に罵倒してくるが、万が一でも自分が呪いを解いてしまった場合の協会の行動も予測できないので出来るはずがない。

 

「下手したら呪い返しで俺が中学生をやってみろ。三十路が中学生とか社会的に死ぬぞ」

「…………確かにな」

 

 横島の中学生姿を想像したエヴァンジェリンだけでなく、シロも微妙な顔でタマモに至ってはクツクツと笑っている。

 ヤバいどころか痛いだけである。

 

「無性に言いたいことはあるが、俺は家族と平々凡々に過ごしたいの。協会との兼ね合いもあるし、後はちゃんと卒業して呪いを解けっての」

 

 呪い返しで中学生をやらされたら自分一人だけならばともかく家族にも迷惑がかかるのでヘタレと呼ばれようとも御免蒙る。

 

「つまらん大人め」

 

 文句を言いつつもエヴァンジェリンほどの者が力尽くで行動に移さないのは、こちらに配慮してくれているからだということを良く知っている。

 

「私としては解いてあげてほしいけどね」

 

 長いこと封印されていたことのあるタマモとしてはエヴァンジェリンの気持ちがよく分かるだけに封印解除してほしいらしい。

 

「駄目でござる。もしも封印が上手く解けなくて、万が一でも先生の方に呪いが移りでもしたら誰が拙者の散歩に付き合ってくれるでござるか」

「おい、シロ。それって俺の為を思って言ってるんだよな?」

「勿論でござる」

「よし、明日から散歩は一人で行ってくれ」

「なぬっ!?」

 

 またまたガビーンと固まってしまったシロに呆れた目を向けるタマモとエヴァンジェリン。

 

「犬のことは置いておいて」

「狼でござる!」

「タマモの封印は解いておいて、私の封印は解けないとはどういう了見だ、ああん?」

 

 犬扱いされた狼が何か言っているが、吸血鬼に目の前で凄まれている横島には堪ったものではない。

 

「タマモの場合とは違うって。封印が勝手に解けて、九尾の狐が国家に仇なす邪悪な妖怪という伝説は迷信だって分かった上で、アイツの使い魔ってことにした上で自由に行動出来てるわけで」

「第一、私は玉藻の前その人じゃなくて生まれ変わりだもの。それでも保護観察みたいなものよ。悪いことをしたら、ほら見ろって掌返されるわ」

 

 タマモとエヴァンジェリンではどうしても状況が違うが立場的には大きな違いはない。

 

「まあ、私は運が良かったと思うわよ。封印が解けた時に近くにいた術者がお人好しだったのは」

「折角の新婚旅行が台無しだったけどな」

「どの新婚旅行でござるか?」

「確か三回目ぐらいじゃなかったか」

「違う違う四回目だって」

 

 横島夫妻の中では新婚の内にした旅行は全て新婚旅行なのである。その理屈を口にすると今の一人と二匹のように物凄く呆れられるが。

 

「そういえば茶々丸ちゃんは?」

 

 どうにも旗色が悪くなったので、話を変える意味もあってここ数年にエヴァンジェリンと行動を共にするようになった懐かしい友人を思い出す少女の話題を出す。

 

「定期メンテだ。で、終わるまで暇だからここに来たわけだ」

「暇潰しかい」

「時間の有効活用と言え。で、アイツは?」

 

 そう言えば茶々丸はロボットだったな、と最近とみに表情豊かになってきた少女の正体を今更ながらに思い出しているとエヴァンジェリンは目的の人物を探して、レジの背後にあるお座敷の向こうにある通路を覗き込む。

 

「また工房にでも籠っているのか? 全く、体のことを考えねばならん時期だろうに」

 

 店は工房を併設していて家と繋がっている。面倒臭がった自分が建物を建てる時に通路を挟んで行き来できるように注文を出したので、レジ後ろの通路の向こうはエヴァンジェリンがアイツと呼んだ妻が大抵いる工房に繋がっている。

 

「今は買い物に行っててそっちにはいないぞ」

「なに?」

 

 慣れた様子で仕切りをどけてこちら側に入って来たエヴァンジェリンに目的の人物がいないことを告げると、何故かギロリと睨まれた。

 

「本当だろうな?」

「こんなことで一々嘘ついてどうするよ」

「まあ、そうだが。そうなると貴様は身重の妻を買物に行かせたということになるわけだが」

 

 なにやっとんのじゃワレぇ、とばかりにヤクザのメンチ切りのように睨んで来るエヴァンジェリンに向けて両腕を振りながら否定する。

 

「俺だって止めたんだぞ。でも、まだ三ヵ月なんだから心配するな、妊婦も少しは体を動かさないとだなんだって言われたらどうしようもないだろ」

「その程度で説得されるとは情けない奴め。つわりが収まったばかりなのに、なにかあったらどうするんだ。お前らもお前らだ。特にタマモ、お前はアイツの使い魔だろ」

 

 心配し過ぎだとの妻の言い分は最もであったので引き下がったことに対して文句たらたらのエヴァンジェリンであるが、彼女も来る度に口を出しては妻に同じように言いくるめられていることを知っているが名誉の為に言わぬが花であろう。

 

「そうは言っても、ねぇ」

「拙者らも同伴すると言ったのだが、そんな大した量を買うわけではないと説得されてしまったでござる」

「そうそう、携帯持ってるし、周りの人達とも十年来の付き合いなんだから何かあっても問題はないって言われたら付いて行くのもね」

「俺は店番があるしな。流石に中学生のコイツらに任せるのは不安だったし」

 

 重い物を買うなら連絡するように散々言い含めてあったし、買い物の場所も近所の商店街なのでなにかがあっても直ぐに駆けつけられる。そこまで制限すると心配のし過ぎと笑われたが、妻のお腹には新しい命が宿っているのだから慎重に慎重を期しても足りないぐらいだ。

 可能ならば買い物にも行って欲しくないが、三人では野菜の鮮度などの見分けが付けられないので何時も美味しい料理を作ってもらっている手前、説得されてしまった。

 

「馬鹿者、妊婦はデリケートなんだぞ。常に万が一を考えて行動しなくてどうする」

「大丈夫だって。見つからないように影法師(シャドウ)に後を付けてもらってるから。なんかあったら直ぐに分かるようになってる」

「あのエロピエロが役に立つのか?」

「あれでも横島の式神なんだから大丈夫でしょ、多分」

「正直不安でござる。どこかの覗きに行ってなければよいのでござるが」

「お前らなぁ……」

 

 仮にも妻の使い魔であるタマモと、自分の式であるシロに影法師がここまで信頼がないと逆に泣けてくる。

 

「やはりお前には父親としての自覚が――」

 

 納得できていない様子のエヴァンジェリンがクドクドと説教を始めてしまった。

 こうなってしまうと彼女の話は長い。長く生きると人というのは説教臭くなるのかと考えたところで、エヴァンジェリンが吸血鬼、それも太陽を克服した吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)であることを思い出した。

 

(これでも闇の福音(ダークエヴァンジェル)なんて厨二臭い二つ名で呼ばれてた強力な魔法使いなんだよな)

 

 高額な賞金首であり、魔法界では畏怖と共に伝えられている伝説に名を残す強力な魔法使いである。それがこんな小学生と変わらない容姿をしたお姫様のような少女であると知っている者はどれだけいることか。

 

「横島も生まれて来る子供の模範となるように生き方から見直してだな……」

 

 とはいえ、どんどん論点がずれながら説教を続ける今のエヴァンジェリンを見て誰が強力な魔法使いと思うのか。

 ただの口五月蠅いお祖母ちゃんかよと偶に思う横島だった。

 

「分かった分かった。説教はもういいって」

「全く分かっていないぞ。子供を授かるというのは貴様が思っているよりも、もっともっと重い物なのだ」

 

 十年前に学園長に引き合わされた際とは似ても似つかない元気な姿は喜ぶべきことなのだが、自分に対しては説教臭くていけない。

 長生きしている者の話の重要さは重々承知しているつもりであるが、何度も同じ話をされては堪ったものではない。

 

「あ~、はいはい。十分に分かったからエヴァも偶には何か買って売り上げに貢献してくれ。その金で生まれてくる子に玩具でも買うから」

「玩具ぐらい私がプレゼントしてやるが…………まあ、いい。その気持ちに免じて何か買ってやろう」

 

 話を逸らす意味も込めて言ったら意外にも話題に乗ってくれたので、レジが置いてあるカウンターの引き出しに入れている目録を取り出そうと探る。

 殆どないが偶に物見遊山に来るので店内に陳列されているのは一般客用の商品なので、裏専用の商品は目録を作って見えないようにカバーを付けて奥に置いてある。今回取り出そうとしているのはそちらである。

 

「先生、目録はこちらに」

「おお、サンキュー」

 

 ないな、と引き出しの奥を覗いているとお座敷の方へと行っていたシロが一冊の本を持って来てくれた。

 

「物を置いてある場所ぐらい覚えておけ」

「偶々昨日、一覧を作り直したところだったんだよ。ほら」

 

 これ以上説教はいらないと、と内心で言いながら目録を受け取って、カウンターの上に置いて広げてエヴァンジェリンに見せる。

 慣れた様子でページをペラペラと捲ったエヴァンジェリンは、あるページでピタッと動きを止めて伏せていた顔を上げる。

 

「ふむ、ではこの魔法薬を――」

「はい、却下」

 

 魔法薬のページで止めると満面の笑みで注文しようとするのを速攻で断る。

 

「まあ、駄目よね。普通の女子中学生に魔法薬なんて必要ないし」

 

 目録を一緒に覗き込んだタマモが呆れた様子で言った。

 

「最近は変態も多いぞ。女子中学生なんていい標的じゃないか。ここは自己防衛の為にだな……」

 

 若干、目を逸らして言うエヴァンジェリンが一世紀もの鍛錬を積んだ合気道の達人であることを一人と二匹は知っているので、そこらの変態が束になって襲い掛かろうが簡単に叩き潰せる者が自己防衛の為に魔法薬を持つ必要はない。

 

「合気道の達人が何を言っているでござるか」

 

 一度エヴァンジェリンのストレス発散に付き合わされたことのあるシロがタマモと同じ呆れた眼差しを向ける。

 

「今の私は魔力はあっても筋力は小学生並だから幾ら合気道が使えても魔法使いの変態に襲われたら分からんぞ。くっ、呪いなど無ければ最強なのに……」

 

 自分で小学生並と言ってダメージを受けているエヴァンジェリンに呆れた視線を向けながら溜息を吐く。

 

「茶々丸ちゃんがいれば何の問題もないし、どうしてもっていうんならこの簡易結界で我慢しとけ」

「こんな直ぐに壊れる結界に意味などいるか!」

 

 お手軽だから、と後ろのカバーに手を突っ込んで取り出した環状になった細い注連縄を渡したのだが地面に叩きつけられてしまった。

 

「何の準備もなしにそのままで魔法や気の攻撃に耐える結界を張れるお手軽な値段のアイテムなのに。魔法の射手も込められた魔力にもよるけど一矢ぐらいは防げるんだぞ」

 

 お手軽な分、大した強度がないのは欠点ではあるが費用対効果を考えれば十分に使える道具なのに勿体ないと、地面に叩きつけられた簡易結界の注連縄を拾い上げてパッパッと手で汚れを払う。

 

「効果は認めるが見た目がダサすぎる。それを持つぐらいなら魔法薬を使って障壁を強化した方がマシだ」

 

 エヴァンジェリンが言うようにたかが魔法の射手・一矢を防ぐ為に簡易結界の注連縄を使うぐらいなら障壁を張った方がマシだと魔法使いには不評なのだ。弱い呪いとかも防げ、体に直に巻くことも出来るので陰陽師とかには人気なのだが。

 

「拙者もこれは流石に……」

「こんなものを使うぐらいなら死んだ方がマシね」

 

 見た目より実用性重視なのはこの場では横島だけらしい。狼と狐からも不評で作った横島は少し哀しい。

 

「ええい! いいからさっさと魔法薬を渡せ!」

「客の態度じゃないぞ……」

 

 代金を払う気があるのかと言いたくなる態度に苦言を呈すもエヴァンジェリンは全く気にした様子がない。

 

「どうせ、ええとネギ君だっけか? その子に使う気なんだろ」

「貴様、何故そのことを!?」

「学園長に言われたのよね」

「うむ、エヴァンジェリンが変なことをしないように攻撃に使えそうな物は売らないでくれと言っておったござる」

「あの爺ぃ……!」

 

 憤懣やる方ない思いを抱いているのが良く分かる表情で、歯をギリギリとさせているエヴァンジェリンを前にして横島は気まずげに頭を掻く。

 

「聞いた話じゃ、ネギ君は魔法学校卒業したばかりの見習い魔法使いで、数えで十歳らしいじゃないか。駄目だろ、年長者が子供に喧嘩を売ったら」

 

 十歳ぐらいならばよほど早熟でなければエヴァンジェリンとは見た目的には大差ないはずと思いながらも、仮にも六百歳を生きた吸血鬼の真祖が喧嘩を売るには実力差が有り過ぎる。

 

「今の私は見た目相応の実力しかない」

 

 と言いつつもエヴァンジェリンの眼が泳いでいるのは自分でも大人げないと少しは思っているのだろう。

 

「流石は吸血鬼。小狡いわね」

「む、狐にだけは言われたくないぞ」

「世間一般のイメージじゃなくて自分の言動を振り返るべきね」

「くっ」

 

 人をからかうのが大好きだとしてもからかわれるのは好きではない。

 旗色が悪くなったエヴァンジェリンが明らかに話題を変えようと横島を見る。

 

「呪いを解く為にはサウザンドマスタ―――――ナギの息子というガキの血が必要なのだ」

「事情は理解するけどさ。致死量の血を吸わないと駄目なんだろ。女・子供は襲わない闇の福音はどこに行ったよ」

「いい加減にこの地にも飽きた。誇りを曲げてでも私は呪いを解きたい」

 

 お前達が協力すれば別だがな、と言われると今度は目を逸らすのは横島の番である。

 呪いは解いてやりたいが組織を敵に回したくはないし、妻がこの地で出来た最初の友達がいなくなるのは寂しいという自分勝手な理由もある。

 

「とはいえ、進んで殺す必要もない。血はギリギリに抑えて命は保証してやるさ」

 

 言うようにエヴァンジェリンはまだ年若い少年の命を奪う気はないらしい。

 

「本当だろうな?」

「嘘をつく理由がない。なにより私の主義に反する」

「信じてもいいんじゃない、そこは」

 

 タマモの保証があったとしても横島としては子供を生贄に差し出す気には到底ならない。

 

「俺としては呪いが解けるのを待つか、お前に呪いをかけたナギさんだったけか、を見つけた方が良いと思うけどな」

 

 長く生きて老獪であっても見た目通りの幼い面も持っているエヴァンジェリンを解き放つのは想い人の方が良いのではないかと常々思うのだ。

 長年の経験と占いでは自分が解き放っても良い結果にはならないと分かっているからこそ、呪いを解こうとはしてこなかった。この十年で随分と穏やかにはなったが、自分達では彼女の光になってやることは出来ない。既に大事な人を決めてしまっているから。

 

「お前の言うことを信じていないわけではない。だが、生きているのならどうして出て来ない。どうして私の呪いを解きに来ない?」

「………………」

 

 何かの事情があるかもしれない、と言っても何度も繰り返した言い合いになるだけだったから口を閉じた。

 エヴァンジェリンが呪いを解こうとしているのはナギを探しに行きたいからだ。こうなるならば、失せ人の占いなどするべきではなかった。

 

「俺に出来るのはお前を止めることだけだよ。アイツも同じことを思ってる」

「拙者も」

「私も、まあ同意見かしら」

 

 そんなことしか言えない。

 それでも伝わる物があったのか、エヴァンジェリンは顔を背けて踵を返した。

 

「…………ああ、もう分かったって」

「ほう、何が分かったというのだ?」

 

 このまま行かせてはならないと思った横島が観念すると、ドアを開けて去ろうとしている長年の友人はあっさりと振り返って横島を見る。その眼は笑っていた。

 

「くっ、引っかけたな」

「引っかかる方が悪い…………で、何をしてくれる?」

 

 引き止めてしまった手前、何もなしではいかない。

 単純な自分にタマモが呆れ、シロが理解できないように目を丸くしているのを見ながら譲歩案を出す。

 

「俺達が呪いを解くのは最終手段だ。そのネギ君だったか、に協力を頼もう」

「力でねじ伏せた方が簡単だろう」

「だとしても、もっと穏便に行こうぜ。事情を話して向こうから協力を申し出てくれた方が角が立たないだろ」

「一理あるが」

「駄目ならそれから強硬手段に出ればいいんだし、横島の案に倣っといたら」

「おい、タマモ」

 

 余計なことを言うタマモを掣肘しようとするが、「目の届かないところで暴れられるよりかはマシでしょ」と言われると続く言葉が出てこない。

 

「つまり、どういうことでござるか?」

「ネギって子に協力を頼んでみて、駄目だったらその時に考えましょうって話よ」

「成程」

 

 普段からあまり頭を使わない所為でバカレンジャーの一角であるシロに分かり易く説明するタマモ。

 要は行き当たりばったりだよな、と思わなくもないが、エヴァンジェリンが思いつめて変な行動に出るよりかは良いだろうと自分を納得させる。

 

「説得はお前達でしろ。私は責任を持たん」

「なんでそんなに偉そうなんだよ」

「私からすればガキが敵対してくれた方が積もりに積もったこの恨みを晴らせるから、説得に労力をかける気にはならん」

 

 女王様気質のエヴァンジェリンらしいといえばらしいか。

 

「へいへい。まだ若い身空の少年が女王様の毒牙にかからないように精進するよ」

「言い方がフシダラでござる」

「もっとマシな言い方はないのか!」

「嘘は言ってないからいいんじゃない」

 

 状況を楽しんでいるタマモが閉めたところで、今度こそエヴァンジェリンはドアの方へと振り返る。今日はもう帰るらしい。

 

「何時でも茶しに来いよ。俺もアイツも待ってるから」

「また来る。ちゃんと面倒は見ておけよ」  

「はいはい、じゃあな」

 

 率直な思いを伝えると、チラリと横島を見たエヴァンジェリンがまたくどくどと言いそうな気配を察して手を振る。

 邪険にされてるのに鼻を鳴らしながらエヴァンジェリンが扉の向こうへと消えていく。

 カランコロン、と鳴るベルが名残惜し気に店内に鳴り響く。

 

「変なことしなきゃいいけど」

「その時はその時でござろう」

「それもそうだな」

 

 言いつつカウンターに出しっ放しになっていた目録を引き出しに直す。

 

「喉渇いたわね」

「それは茶を淹れろって催促か、タマモ」

「分かってるなら動くべきじゃないの?」

「む、先生の為に拙者が淹れてくるでござる」

「待ちなさい、シロ。アンタが淹れたら渋すぎて飲めたものじゃないわ。もう、私が淹れるわ」

 

 結局、自分で淹れることにしたタマモに対抗意識を燃やしたシロがお座敷を越えて通路の向こうに消えていくの同時に、またカランコロンとベルが鳴ってドアが開かれた。

 エヴァンジェリンが戻って来たかと振り返ると、視線の先には買い物から帰って来た愛しい妻がドアの向こうから顔を覗かせていた。

 

「ただいま、忠夫」

「お帰り、蛍」

 

 ボブカットの髪をフワリと揺らして微笑む、とある世界ではルシオラと呼ばれた横島蛍に横島忠夫も笑顔を返す。

 

 

 

 

 

 






 これは第ニの人生を歩む横島忠夫と横島蛍の物語。



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