横島堂へようこそ   作:スターゲイザー

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遂に毎日更新が途絶えてしまいました。夜勤が重なると執筆時間が取れません……。









ネギ・スプリングフィールドはまだ子供なのだ。まだ十歳そこらの、本来ならば守られなければならない存在なのである。







第十一話 魔法使いは泣き虫

 

 

 

 足音を立てないように気をつけながら店へと続く通路を歩く。本気で行おうとすれば足音どころか気配や存在を薄めることも出来るのだが、そんな状態で急に目の前に現れでもしたら驚くだろう。

 驚かせたいわけではないので、廊下をキシキシと微かに足音を立てながら店へと入る。

 

「起きてたのか、ネギ」

 

 お座敷に敷かれていた来客用の布団に寝ていたはずのネギが体を起こしていた。

 

「横島さん……? あれ、ここは横島堂? え、なんで?」

 

 横島に声をかけられたネギは上半身を起こしたまま目を見張り、視界内に映る光景から自分が横島堂にいると気付いて混乱する。

 

「夜に店にやってきたこと覚えてねぇのか?」

「全然……」

 

 首を横にフルフルと振るネギの横によっこらせと言って座る横島。

 

「病院から帰って来てみれば傷だらけでドアにもたれかかるようにして倒れててな。驚いたぞ。傷はもう痛まないか?」

 

 言われて顔に触れたネギは戸惑っているようだった。

 どうして、何故、と困惑の色が濃い顔に触れていても痛みを感じているようではないので横島はホッとする。

 

「お騒がせしてすみません。傷まで治してもらって」

「気にしなくて良いって。まあ、少しは驚いたけど、何か事情があったんだろ」

「はい……」

「話して、くれるか?」

 

 身も心もボロボロの様子のネギに強制はしない。

 ネギが横島堂の店の前で倒れていた時、体は傷だらけで文珠で直ぐに治したが、文珠でも心の傷は治せない。

 

「…………悪魔が襲って来たんです」

 

 逡巡した後に自分の手を見下ろしたネギは独り言を呟くように言った。

 

「その悪魔はここに来たと思うんですけど」

「ああ、だから結界が発動してたのか――――可哀想に」

「え、可哀想なんですか? 普通、ここは危機感とか抱くところじゃ」

 

 一般的に考えれば、悪魔が襲って来たと聞けばネギの言うように危機感を抱くのが普通で、横島のように悪魔を哀れに思うことなどない。

 

「昔のことなんだが悪魔やらに襲撃を受けたことがあってな。それからは家に結界を張るようにしてるんだよ」

 

 文珠を核に蛍の魔道具で悪意・害意がある者を選別して弾く結界は低級な者ならば消滅させる力がある。

 

「雪姫も生まれたことだし、この際だからってかなり強化したんだが……」

「悪魔はスライムの一体が消滅したって」

 

 雪姫が生まれたのを機に更に強化して、例え上位魔族であっても容易に侵入できない一種の境界染みたレベルにまで発展してしまったことに後悔はしていない。

 

「そうか」

「え? 反応それだけですか」

「家族を狙う奴を心配してどうする。寧ろそれだけやったから悪魔も諦めたんだろ」

 

 どうにも腑に落ちない様子のネギに力強く言い切ると、不承不承といった感じで納得したようだ。

 

「もしかして、その悪魔と闘った後にうちに来たのか?」

「はい、多分」

 

 ネギが頷いてしまったので横島は表情の選択に困った。

 

「昨日は夕方から雪姫が急に熱を出したから病院行ってたんだ」

「え?」

「帰って来たのがネギを拾った時だから」

「つまり、スライムは無駄足で消滅したと……」

 

 ネギはヘルマンがスライム娘の一人が消滅したと言っていたことを思い出したが、まさか不在の家の結界に引っ掛かってしまったと知っては可哀想と思ってしまう。

 

「しかし、悪魔か。うちには悪魔退治の道具もあったのにな」

「吸血鬼用のもありましたよね」

「ああ、ほれ、見て見ろ」

 

 カウンターの下に手を突っ込んだ横島がガサゴソとして裏専用の目録を取り出し、ペラペラと捲って該当ページを開いてネギの前に出す。

 

「これがあったらもっと楽に倒せたのに」

 

 商品の下に説明として書かれている効果を読んだネギは肩を落とす。

 

「若い頃から道具に頼って楽をすると、大人に成った時に苦労するぞ」

「そんなつもりはありませんけど、横島さんはどうだったんですか?」

「俺か?」

 

忠告していたら予想外の返しが来て、少し考えた横島は重々しく口を開く。

 

「苦労の連続だったぞ。いや、本当に」

 

 特に鶴子と出会ってからの一年近くに起こった激動の日々を振り返って遠い目をしてしまう。

 

「何故か式神十二神将っていう物凄い式神使いに決闘を申し込まれたり、神鳴流宗家の青山姉妹の着替えの覗きに行けば殺されかけたり、人狼の人斬りが狼王フェンリルになったのを死ぬ思いで退治したり、イタリアで数百年ぶりに目覚めたボケ吸血鬼を息子ダンピールと協力して眠らせたり、地脈の封印が解けて起きた死津喪比女と戦って退治したり……」

 

 etcetc……。その後も次々と上げられる具体的な事件の数々にネギの方が胃が痛くなってきた。

 

「神魔人妖様々と戦ったなぁ……。鶴子さんが結婚して、蛍と一緒にリョウメンスクナと戦って封印したのを契機に戦いからは遠ざかっているけど収支はマイナスのような気もする」

 

 と、横島は自分の青春時代が割かし戦いに塗れていたことを思い出して少し泣きたくなった。

 

「若い頃の苦労は買ってでもしろというぐらいだから、今から楽にすると碌な大人にならないぞ」

「は、はぁ」

 

 自分は割かし楽して儲けている方の自覚もなしにネギに言う横島だった。

 

「で、なんでまた俺んちが狙われたんだ? ここ十年程は悪魔と諍いは起こしてないぞ」

 

 つまりは十年前には諍いがあったということなのだが、努めて気にしないことにしたネギは重い口を開いて語り始めた。

 

――――明日菜達が攫われたこと、悪魔を封印していた瓶を強奪した小太郎を追って打倒して那波を誘拐したこと、他にも少女達を誘拐してネギを闘うことを要求したこと。

 

「あの悪魔は僕を狙っていました」

「その年齢で悪魔に狙われるなんて、ネギも大変だな」

「…………何か違う意味に聞こえるんですけど」

「気のせいだろ。さあ、話を続けてくれ」

 

 これは精神的な余裕がないからなのか、単純にネギにそっち方面の知識がないだけなのか、判断がつけられなかった横島は下ネタで場を和ませようとするのは止めようと心に決めた。

 

「学園の調査が主な目的で、僕と明日菜さんが今後の脅威になるかを確認するために、僕を誘き寄せる為に明日菜さんたちを誘拐したと」

「なんでネギと明日菜を? いや、関東魔法協会の支部の一つがあるから学園の調査も分からなくもないんだが、ネギと明日菜の調査なんかしてどうすんだ?」

「一応、僕は仮にも英雄と呼ばれているお父さんの息子なので」

「あ、そうだったな」

 

 横島にとってネギはあくまでただの子供に過ぎないのだが、人によっては付加価値として見ることもあるのだろう。それでも明日菜のことは分からないのだが。

 

「さっきの言い方だと他にも誰か誘拐されたのか?」

「はい。僕が悪魔と会ったときには那波さんっていう生徒を。後は木乃香さんや刹那さん、他にも僕が魔法使いであることを知っている何人かが」

 

 自分の所為で巻き込んでしまったと悔やんでいるネギを見ながら顎に手を当てる。

 

「その那波って子は魔法を知らなかったんだよな? 何で誘拐されたんだ?」

「小太郎君っていう京都で知り合った子が此処に来る前に悪魔が少し前まで封印されていた小瓶を奪ったらしくて。小太郎くんもその時に攻撃を受けて怪我を負って逃げたところを那波さんが保護したらしいんです」

「で、奪い返しに来たと」

「その時にビンタされて気に入られたみたいです」

「まあ、悪魔ってそういうところあるもんな」

 

 良く分からないと顔に書いてあるネギには理解しがたいかもしれないが、世の中には悪魔に限らずそういう人種がいるのだ。

 

「悪魔って言っても人間とそう変わりはないんだよ。多種多様、悪魔らしくない奴もいれば、人間が考える悪魔らしい奴もいる。大体の悪魔に言えるのは自分に向かって来る人間は面白いんだと」

「そ、そうなんですか」

 

 実際に聞いたことをそのまま伝えると何故か引かれてしまった。

 

「人質の身を案じるなら助けを請うのは控えた方が良いと言われたんですけど、何人もの生徒の身の安全がかかっていたから監視されていることも考えて僕は別行動をしてカモ君に救援の連絡を頼みました」

 

 ネギは気を取り直して話を進めることにしたらしい。

 

「カモ君は最初、学園長とタカミチに電話したみたいなんですけど連絡がつかなかったみたいで、横島さんのところにかけても出なかったみたいです」

「慌ててたもんで携帯を家に忘れてたんだわ。すまんな」

「いえ、仕方ありません。後、僕の携帯で連絡できたのが葛葉先生だけだったので駄目元で電話してみたら繋がって、小太郎君にかけられていた術も解いてもらって独自に動いてもらいました」

 

 このことは後になってカモ君から聞きました、と続けながら昨夜のことを思い出しているネギは暗い目をしていた。

 

「誰にも連絡がつかなくても小太郎君がいましたから僕は囮として動く気でいました。わざと悪魔の前に姿を現して小太郎君が近づけるようにする。これはある程度はうまくいきました」

 

 上手くいったという割にはネギは冴えない顔をしている。

 

「僕の魔法が弾かれました。悪魔の障壁とかじゃなくて、どうやら明日菜さんには完全魔法無効化能力があるようで、それを利用されたんです」

「明日菜に?」

 

 完全魔法無効化能力とはなんぞやと思ったが、恐らく字面の通りになのだろうと納得することにしてペラペラと裏専用目録を目的もなく捲る。

 

「あの明日菜になぁ。ただの身体能力おバカじゃなかったのか」

 

 誰が身体能力おバカよ、とどこからか魂の叫びが聞こえたような気がしたがスルーしておくことにする。

 

「えっと、葛葉先生と小太郎君のお蔭で人質になっていた人達も全員助けることが出来ました。ですけど」

 

 この話題を続けるとハリセンを持った悪魔が乗り込んできそうなので話を変えたのに暗い目が更にどん底へと落ち込んでいくネギ。

 

「あの悪魔と僕には因縁があったんです」

 

 実はその悪魔にはショタコンな趣味でもあるのかと茶化したくなったが空気を読んで続きを待つ。

 

「六年前の雪の日、僕の村は悪魔の集団に襲われました。あの悪魔はあの日、あの場所にいたと言ったんです」

 

 何かを言いかけて横島は口を噤む。

 

「僕の目の前でスタンさんがあの悪魔に石化されていくのを見ました。僕は何も出来なかった」

「その頃のネギはまだ三歳ぐらいだろ。何も出来なくて当然じゃないか」

 

 言葉が虚しく消えて行く。

 

「自分があの時の悪魔だと告白された時、僕は我を忘れました」

 

 哀し気に目を閉じたネギは首を横に振る。

 

「そこから記憶は曖昧です。気が付いた時には体は傷だらけで、振り上げた足の下にズタボロになった悪魔がいて」

 

 ネギは自分の開いた手を見下ろしている。その時のことを思い出しているのだろうか。

 

「思い返せば、怒りに支配されながらも的確に急所を狙って如何に殺すかを求めていたかが分かるんです」

 

 自分では止めようもないままヘルマンの頭を潰す寸前に言われた言葉が忘れられない。

 

「『それが君の本当の姿だ』って最後に言われた言葉が、ずっと頭から離れません」

 

 自身の血と悪魔の血に汚れたネギに少女らは畏怖と恐怖を向けていた。その姿もまたネギの心身に深く刻み込まれた。

 

「言い難いことを言わせたな」

 

 聞いた横島は言い難いことを言わせたことを謝り、ネギの頭を撫でる。

 

「いえ、僕も人に話せて少しスッキリしました」

 

 言葉ほどにはスッキリは出来ていないのだろう。

 傷つき過ぎた時、他人の温もりが傷を癒してくれる。ネギは頭を撫でる手から離れることはせず、俯いたまま一粒の涙を零した。

 

「…………悪魔に言われました。先生をやる為の勉強も、強く成る為の修行も、全部あの日の嫌な思い出から逃げる為だって」

「それは違う」

「違いませんよ。僕はあの悪魔が憎くて、僕が感じた苦しみの一部でも与えてやりたいって思ったんです」

「違うよ、ネギ」

 

 再びの言葉は柔らかく、しかし強い口調で言われてネギは口を閉じた。

 

「どんな動機だったとしても、どんな理由だったとしても、例え逃げる為だとか復讐の為でも、今ここにいるネギの一部分でしかない」

 

 伝わるだろうか。伝われば良いと思ってネギに語り掛ける。

 

「甘えて良い。偶には愚痴だって言えば良いさ。でもな、今までの自分の頑張りを否定だけはするな」

「でも……」

「どんな理由であったとしても努力して来たんだろ。先生をやるってのは周りの助けがあっても大変なものなんだ。それをその年齢でやりながら、自分の修行もするってのは並大抵のものじゃない」

 

 横島宅に来た時は昔の遊びを教えて一緒にやったり、ゲームや雪姫と遊んだりして普通の子供のように過ごしているが、外ではあれもしてこれもして他の子供が遊んでいてもネギは自分を向上させたり仕事している。

 

「そんなに頑張れるネギを素直に凄いと思うし、もっと気を抜いてダラけても誰も責めやしないって常々思っているよ」

「横島さん」

「そう気負うな。悪魔の言うことなんて一々聞いてたら身が持たないぞ」

「はは、横島さんにかかると形無しですね」

「昔を振り返らないことには定評があるんだ。それに大人になると子供の頃にはどうにも出来ないと思っていたことも、実は大したことなんてなかったんだって思うこともあるんだ」

 

 だから、今直ぐどうこうというものではないが、生き急ぎ過ぎているネギが少しは肩から力を抜いて休められるようになればいいと思った。

 

「そうでしょうか?」

「おっさんの言うことは聞いとけ」

「まだそんな年でもないじゃないですか」

「子供からしたら三十路はおっさんだろ。ほらっ」

「うわっ!?」

 

 ようやく少しだけ笑みを見せたネギの両脇に手を入れて抱え上げる。

 

「ちょ、ちょっと何をするんですか」

「特に理由はない。ほれほれ」

「わわっ、振り回さないでっ!」

 

 ネギの軽い体を持ち上げたまま立ち上がり、クルクルと回る。

 遠心力もあってネギの足が外に伸びて、自分の意志ではない感覚に戸惑うネギが面白くて更に回転の速度を増す。

 

「め、目が回る~」

「悪い悪い」

 

 興が乗ってフィギアスケートのスピンのようにグルグルとハイスピードで回り捲るとネギがグッタリしてしまったので下ろしてやる。

 座ってもフラフラと頭が動くので、体を抱えて胡坐を掻いた足の上に乗せてやって後ろから抱える。

 

「やり過ぎちまったな。でも、空をビュンビュン飛べるのに三半規管弱いな」

「自分で飛ぶのと人に動かされるのはまた違いますよ……」

 

 横島の胸に頭を凭れさせたネギはふぅと息を吐いて体から力を抜く。

 

「…………僕も横島さんの子供に生まれたかったな。そうしたら毎日おかしく楽しく過ごせたのに」

 

 ポツリと小さく呟かれた少年の言葉に横島は体を抱える手に力を込めた。

 

「じゃあ、うちの子になるか?」

「え?」

「昔、明日菜に同じ話をしたら、つい茶化しちまって流れちまったけど、ネギが望むなら俺ん家の子になってもいいぞ」

 

 ブルリと体を震わせたネギは暫くの沈黙の後に磁石のS極とN極のようにくっついている唇を開いた。

 

「お気持ちは嬉しいですけど、僕はやっぱり父さんと母さんの子供ですから」

 

 例え英雄の子として見られても、ネギの両親はあの二人しかない。

 

「今はただこうしていられるだけで良いです」

 

 横島の体に凭れて肩から力を抜き、目を閉じたネギはこのまま眠ってしまおうかと思った。

 今ならきっと良い夢が見れるような気がしたけれど、ここで眠ってしまったらネギは立てなくなってしまうから意を決して離れた。

 

「ありがとうございます、横島さん。なんだか元気を貰っちゃったみたいで」

「子供がいらん気を使うな。俺の胸で良ければ何時でも貸すぞ」

「甘えちゃいますから偶にしときます」

「言ったな」

「ははははははは」

 

 立ち上がって笑ったネギの頭を強く撫で回す。

 完全に復調したわけではないが、ジョークを言えるぐらいにはなっているようなので少し安心する。

 

「あの、横島堂には僕の村の人達の石化を解除できるような物はありませんか?」

「上位悪魔の永久石化をか?」

 

 頷くネギに開けっ放しになっていた目録から対象のページを開く。

 

「土系統の魔法使いが使う永久石化なら解ける物は幾つかあるけど、商品の中には上位魔族レベルでかけられたものは解けないな」

「そうですか……」

「但し、販売している物の中にはないだけで解ける可能性があるやつもある」

 

 蛍が作った魔道具の中にはその効果が強すぎて販売していない物も多々ある。横島もその全てを把握しているわけではないので、蛍に相談すれば永久石化が解ける物も見つかるかもしれない。

 他にも文珠を使えば解けるかもしれないので、試してみる価値は十分にあると思う。

 

「ほ、本当ですか……っ」

「嘘は言わないさ。出来れば破片でもあれば事前に解析も出来るし、成功率が上がるかもしれないぞ」

「直ぐに送ってもらえるように連絡します! ありがとうございます、横島さん!」

「まだ出来るって決まったわけじゃないのに喜ぶのは早いぞ」

 

 感極まって抱き付いて来るネギの背中をポンポンと落ち着かせるように叩く。

 

「随分と騒がしいわね」

 

 トントンと軽やかな足音を響かせて母屋の方から蛍が雪姫を抱えてやってきた。

 

「悪い、騒がせちまったか」

「私はそうでもないけど、賑やかだからこの子が行きたがって困っちゃったのよ」

「雪姫ちゃんっ!」

 

 あ~う~、と蛍の手の中から手を伸ばす雪姫に横島のことを放り出したネギが駆け寄る。

 

「うわぁ、また大きくなって」

「赤ちゃんは成長するのが早いからね。抱いてみる?」

 

 少し見ない間に日に日に大きくなる雪姫に感動していたネギは蛍に言われて固まった。

 

「お、落としそうなので遠慮しておきます」

「残念ね、雪姫。お兄ちゃんは雪姫が嫌いなんだって」

「喜んでやらさせてもらいます」

 

 あっさりと蛍の手の平の上で躍らされて雪姫を渡されたネギは鯱張りながらぎこちなく抱き抱える。

 

「蛍、俺も抱きしめて~」

「はいはい、また今度ね」

 

 ネギに放り捨てられてお座敷に寝ころんでいる横島に蛍は軽く笑って受け流した。

 

「わっわっ、どうしっちゃったんでしょ?」

「抱き方が良くないのよ。見ててね」

 

 ネギの腕の中でむずがりだした雪姫を蛍が受け取ると途端に安心したように眠り始めた。

 

「うわぁ、やっぱりお母さんとじゃ違うんですね。僕のお母さんもこうやって僕を抱きしめてくれたんでしょうか?」

 

 その様子を見ていたネギは感心したように呟き、少し哀し気に目を細めた。

 

「――――ネギ君、私は雪姫を生んだ後、今にも眠りたい疲労の中でもこの子を抱くことを求めたわ」

 

 雪姫に慈しむ目を向けながら蛍は静かに語る。

 

「医療が進んだ現代でも母親にとって出産は命懸けなの。どれだけ疲れても我が子を一目見たい、一度で良いから抱きたい思うものよ。きっとネギ君のお母様もそう思ったはずよ」

「そんなことわかるわけ」

「分かるわ。だって、ネギ君はこんなにも良い子だもの。愛されてきたことが良く分かるわ」

 

 母親の直感か、はたまた別の理由か。ネギには分からない。

 断定する蛍にネギの目から涙がポロポロと零れ落ちた。

 

「お母さんに会いたい」

「うん」

「お父さんに会いたい」

「ああ」

 

 ネギに寄り添う蛍と横島。その間にいるネギは流れ続ける涙を拭いながらも、温もりが嬉しいからこそ両親への憧憬を強くした。

 

「どうしていないのか、どうして自分を置いて行ったのか、どうして誰も教えてくれないのか、聞きたいことが一杯あります」

 

 理由はあるのだろうと察しながらも誰にも言えなかった想いを泣きながら口にする。

 

「ナギさん達に会えたら好きなだけ言えば良い。あの二人ならきっと受け入れてくれるさ」

 

 横島はネギを引き寄せて胸を貸しながら優しく頭を撫でる。

 

「それまでの間、親代わりとまではいかないかもしれないけど、寂しくなったら何時でも家に来い」

 

 ネギとの会話の全てをシロとタマモに持たせた文珠の『伝』を通して少女らも聞いていることだろう。

 

「ふん、ガキめ。今は休むがいい」

 

 店の外に心配したエヴァンジェリンがいて、そう言って去って行った。

 

 

 




万を持しての蛍さんの登場。この溢れんばかりの貫禄よ。


単なる疑問なのですが、赤ちゃんは生後、一年ぐらいはあまり外に出さない方が良いというのは本当なのでしょうか?



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