まほら武道大会は僕の記憶に良くも悪くも強く残る出来事となった。その原因は『謎の覆面X』として大会に参加した横島さんにある。
しかし、なんだって賞金に釣られて大会に参加することにしたのかと聞いてみれば。
「俺も出るつもりはなかったんだけど、前に知り合いを唆したら本気にしたみたいで」
「人をその気にさせといて、まさか自分だけ逃げられると思わないでほしいね」
「た、龍宮さん?」
麻帆良祭二日目の早朝、選手控え室にてどう見ても横島な謎の覆面Xを部屋の隅に呼んで詰問していたら、同じ選手である龍宮真名さんが首を突っ込んできた。
「昨日、ネギ先生に言った草案を出したのがこの男なんだ。言い出しっぺが逃げるなんて卑怯者がすることだろ?」
紛争を止める、無くしていけるような組織を作るという龍宮さんの案に僕も乗る気でいたのだが、まさかその案を出したのが横島さんだというのは予想もしていなかった。
「卑怯者がするかどうかはともかくとして、お二人は知り合いだったんですね」
「腐れ縁というやつだよ」
自分とアーニャみたいな関係なのだろうか、と一人で納得した僕は横島さんの人脈の広さに感心する。
翻って自分の交流関係の浅さを自覚する。
麻帆良に来て交友関係は広がっているが、学校関係に留まっている。
どうせなら、もう少し手を広げてもいいのかもしれない。
「優勝するにしても一店主の身で目立って物見遊山で店に来られても迷惑なだけだし、じゃあ変装っていっても中々良いのがなくてな」
「どうせならネタに走ってみようとこんな格好をしている馬鹿を哂ってやってくれ」
「誰が馬鹿だ誰が」
「普通に覆面だけでいいじゃないか。どうして謎のとかXを付ける必要があるんだ」
「様式美だ」
取りあえずお二人の仲が良いのは分かった。
「でも、大丈夫なんですか? 何年も実戦から遠ざかってるって……」
「偶にシロの相手もしてたから鈍ってはないだろ。それにネギは人の心配じゃなくて自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
「う!?」
確かに対戦相手はタカミチなので人の心配をしている余裕はない。
修学旅行後にシロさんとタマモさんの強さについて、古さんに中国拳法を教えてもらっている時に聞いたことがあるが、実際に戦っている姿を見たら自分の数段上と言っていた。
そして横島さんはそのシロさんの師匠ということらしいので、未熟な僕が心配しても仕方ないにしても怪我でもして雪姫が泣いたりしたら……。
と、僕が悶々と考えている間に、明日菜さん達も控え室に入ってきたのを機に横島さん改め謎の覆面Xはこそこそと隠れるように離れた。
「神楽坂の前では陽気な兄ちゃんで徹していたらしいから今更戦う姿なんて見せられないんだろ、恥ずかしくて」
単純に蛍さんにも秘密で参加しているから明日菜さん経由で連絡が行ってしまうのを忌避しているのではなかろうか。
まあ、今更戦う姿を見られるのが恥ずかしいというのもあるかもしれないが。
第一試合に僕も出るので何時までも考えている暇はなかった。
大会の細かい内容については、また別途記すとしてまずは結果だけを先に書いておこう。
まさかまさかの優勝は謎の覆面Xが栄光を掴んだ。
僕は準決勝でクウネル・サンダース改め、父さんの仲間であるアルビレオ・イマさんに負けた。
タカミチには全力でぶつかり、辛くも勝利したけどかなり手加減されていたように思う。
麻帆良に来てからの成長は見せれたので、その点に関しては満足しているが手加減されて勝ったことに関しては不満も残る。
「不満だというなら次は僕に本気を出させてみるといい」
挑発されていると分かっていても僕は発奮して、次こそは実力で勝ってみせると言うとタカミチは嬉しそうに笑った。
タカミチは僕の兄にも父にもなってはくれなかったけど、良き友人として良き目標として背中を見せてくれた人だった。
「私がちゃんとパートナーとしてやっていけるかどうか示して見せるわ」
二回戦目の対戦相手は明日菜さんだった。
大会側の意向でメイド服姿の明日菜さんは、その服装とは違って動きは以前に見たものとは段違いだった。
元から身体能力が高い人ではあったけど、咸卦法まで使い出すしで僕も本気にならざるをえないほどで。
「それはやり過ぎだぜ、明日菜」
明日菜さんに何があったかはわからないけど、得物としていたアーティファクトのハリセンが大剣になった瞬間、横島さんらしき声が聞こえたと思ったら明日菜さんの体が僕に向かって倒れ掛かって来た。
どう見ても意識が無い様子だったので受け止めて横島さんの姿を探すと、選手観覧席にあの×印の書かれた覆面を被った姿がちゃんとある。
明日菜さんが担架で運ばれて行った後、どうやって気絶させたのかと聞いてみる。
「企業秘密だ。俺の奥の手って奴だからな。情報料は高いぞ」
と言う横島さんはロボットだという田中をバックドロップで水に落とし、続く試合では古菲さんとの激闘のダメージが残る龍宮さんを全く寄せ付けない戦いぶりを披露している。
見せていたのは単純な体術だけだが僕自身も参考になる部分も多い。
特に相手の虚を突く動きは僕の想像の埒外で、とても真似の出来ることではなかった。
他の試合と言えば、父さんのことを何か知っているらしいクウネル・サンダースさんに小太郎君は負け、強い楓さんも負けてしまった。
刹那さんはタマモさんに泣かされ、力が封印されている
タマモさんと
そして続く準決勝で、僕はクウネル・サンダースさん改め、アルビレオ・イマさんと闘うことになった。
「どうせならば決勝戦の方が舞台としては面白かったのですが、
アルビレオ・イマさんを
「―――――では、本題です。十年前に我が友の一人からある頼みを承りました。自分にもし何かあった時、生まれたばかりの息子に何か言葉を残したいと。心の準備はよろしいですか? 時間は十分。再生は一度限りです」
渦を巻いていた本の束がなくなり、一冊だけがアルビレオさんの手に在る。その書には「NAGI SPRINGFIELD」と記してあった。
「よお、ネギ」
そして現れた父さんは、僕が小さい頃に考えていたような超人ではなくて、少し意地悪でとてもシャイな人でした。
「改まって喋ったりするのは苦手だしよ。折角こんな舞台が用意されてることだし、稽古をつけてやるぜネギ」
「朝倉さん、僕、棄権します」
いや、何言ってんのこの人と思いつつ、審判の朝倉さんに棄権を申し出る。
アルビレオさんの言を信じるならばアーティファクトの偽物に過ぎなくても、知識と人格は当時の父さんと何も変わらない。
幾ら改まって喋ったりするのが苦手だとしても僕には山ほど聞きたいこと、言いたいことがあるのだ。
「おいおい、何言ってんだネギ」
「父さん、正座して下さい」
「だから、何を」
「正座」
積もりに積もった恨みと言うか感情と言うか、そういうものが限界を超えてしまって、制限時間もあるのだから命令口調になってしまったことは許して欲しい。
「父さんも生きてるなら連絡ぐらい入れてほしいっていうかなんでお母さんのこと誰も教えてくれないんですか師匠っていうかエヴァンジェリンさんの呪いも解いてないし……」
お父さんを正座させてその前に僕も正座して座り、そこからは少し感情の赴くままに話してしまった。
イギリス紳士たる僕にあるまじき暴言をしてしまったような気もするし、途中から父さんがズーンと沈んでいたが気にしなくてもいいだろう。
「すまなかった、本当にすまなかった」
「悪いと思ってるなら抱き締めて下さい」
「はは、甘えん坊だな」
「小さい頃に出来なかったことをしてるだけです」
謝罪マシーンになったお父さんに要求してその胸に収まった。
「十歳ってところか? 軽すぎるぞ。もっと飯食え」
「食べてますよ。でも、そんなに入らないです」
「動きゃ腹減るだろうに」
「限度がありますよ」
二人の世界の中で穏やかな心臓の音だけが僕を支配する。
「ここでこうやってアルがアーティファクトを使ったってことは俺達は失敗したんだな」
「失敗?」
「ガキには早い…………って言ってられねぇか」
記憶の中に父に抱き締めてもらったことなどないはずなのに、匂いを嗅いで安心してしまうのは赤ん坊の頃の記憶だろうか。
「大戦のツケ、魔法世界の闇、言い方は何でもいいけど、そういうものをなんとかしようとして出来なかった」
そう言った父の言葉は寂し気のようでもあり、自分の無力を嘆くようでもあり、悩みもすれば惑いもする等身大の人間なのだと僕は実感する。
「何があったかは知らない方が良い。知れば関わらざるをえなくなる」
「それは僕に知ってほしくないということですか」
「アイツラと同じ次善策を取った俺達を哂ってくれていい。でもな、この問題は知れば知るほどに絶望する。それでも知りたいなら魔法世界に行け」
「そこでお母さんのことも知れると?」
「知ってたのか?」
「横島さんから写真を見せてもらいましたから」
「横島って…………ああ!? アイツか!!」
コソコソと隠れている横島さんを指差すと、そちらを見て謎の覆面Xの正体を見破った父さんも気付いたらしい。
「そうか。こんな繋がりも出来てたんだな」
嬉しそうに笑ったお父さんは、その後少ししてエヴァンジェリンさんと話して。
「お前は、お前自身になりな」
穏やかに笑って消えて行った父さんに涙を流すことなく見送る。
お父さん達に会えなければ僕は自分の人生を始められない、と決意を新たにして。
僕は準決勝敗退で終わり、決勝はアルビレオさんと、ダブルノックダウンにて不戦勝で勝ち上がった謎の覆面Xの戦いとなった。
「最強クラスの戦いだ。しっかりと目に焼き付けておけ」
日記の上で何と書いても陳腐にしかならない。
技と技、力と力、速さと速さ、その全てにおいて今の僕とは比べ物にならない領域にある。
「アンタのそれは意識を投影している投射体か? 本体が傷つくわけじゃねえ無敵モード使っといて恥ずかしくねぇのかよ」
「そういうアナタの攻撃は私の意識にダイレクトに響いて来る。詠春の二の太刀とは違うようですが、天敵のようなものじゃないですか」
「こちとら実体のないもんを倒すのが専門みたいなもんでね。単純な強さで負けてる上に無敵モードなんて反則だろうに」
「そちらの能力の方が反則だと思いますけどね」
二人が何を言っているのかはよく分からないけど、最終的にはアルビレオさんは横島さんの光の剣のような物で舞台に張り付けにされて動けなくなり、10カウントで決着がついた。
大会の賞金はそのまま龍宮さんに渡されたらしくて、覆面を外して横島堂に帰ろうとしている横島さんを見つけて少しだけ話が出来た。
「単純に相手との相性が良かった。後、武道大会ってのもな。じゃなきゃ負けてたかもな」
とは、疲れたように首をゴリゴリと鳴らしながら言った言葉ではあるけど、あれほどの戦いが出来る人が一店主になっているなんてもったいない。
「俺は痛くて怖い戦いなんてゴメンだよ」
そう言って苦笑する横島さんはあれほどの戦いをした人とはとても思えない。
「人間、やりたいことと能力が比例してることなんて珍しいだろ。横島堂の店主として暇そうにしている方が性に合ってるよ」
確かに僕もさっきのように戦っている姿よりも、横島堂の店内で欠伸を掻いている姿の方がらしいと思う。
大会後は千雨さんに魔法のことを問い詰められたり、明日菜さんとタカミチのデートを応援したり。
その最中に超さんが退学するという話を聞いて話を聞かなければならず、デートを最後まで見届けることは出来なかった。
超さんとの話し合いは武力を交えた衝突に発展して、結局物別れに終わった。
向こうにも葉加瀬さんと茶々丸さんが現れて全面衝突になるかと思われたが、楓さんが事前に仕込んでいた超さんのお別れ大宴会のお蔭で少しではあるが話すことが出来た。
「父が死んだという10年前、村が壊滅した6年前…………不幸な過去を変えてみたいとは思わないカナ?」
超さんの言葉に僕は何も言えなかった。
刹那さんと楓さんを一蹴した完全な瞬間移動の正体が時間移動なのだとすれば納得も出来る。
タイムマシンが現実に存在するとなれば、僕は過去を変えずにいられるだろうか。
考えることは多かった。
超さんのことにしても、父さん達や僕自身のことも。
時間が足りなかったので別荘で過ごすことにしたのだが先客がいた。
「失恋は乙女にとって大事件やからな。もうちょっと時間をあげて」
別荘時間で数日を自堕落に過ごしている明日菜さんを介抱している木乃香さんの言葉に僕は何も言えなかったし、何も出来なかった。
横島さんと話したい気分だったが家に戻っているだろうから別荘では電話も出来ない。
一人で悶々としていると、
「一歩を踏み出した者が無傷でいられると思うなよ」
善とか悪ではなく、超さんのすることが正しいのか分からないまま僕は止めることを決めた。
そう、全てが手遅れになっていると気づかないまま。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕達一行は別荘を出た後、直ぐに違和感を覚えた。学園祭で賑わっているはずの学園内があまりにも静かすぎたからだ。
みんなが別れる前に、数えきれないほど飛んでいた気球や飛行船、飛行機、花火、バルーンが一つも無い段階で気付けたのは幸運だった。
一番身軽な楓さんと刹那さんが世情を調査に行っている間に千雨さんがネットを見て全てが分かった。
「それでエヴァの別荘から出たら学園祭が終わってて一週間が経っていたと」
「はい……」
そして僕は超さんに既に敗北していたことを知ることになった。
「恐らく別荘にタイムマシンを仕掛けられたんだと思います」
「敵になるって分かってたんなら罠ぐらいは仕掛けるわな。俺でもそうする」
「僕達は油断していた、ということですね」
世界に魔法がバラされ、魔法使いの存在が世間に周知されてしまった。
別荘には超さんが用意していた魔法使いの手紙が残されていて、全てが明かされた。僕達は戦わずにして負けたのだ。
「一概にネギ達の所為じゃないさ。その超って子が周到だったんだろう」
敗北のショックと変わってしまった世界に、誰もが項垂れる中で僕は横島堂の異変に気付いた。
「あの横島さん、店の中に何もないのは」
分かってはいたのだ。魔法使いが徐々に周知されつつある世界において、特にこの麻帆良で魔法具の販売をするリスクは簡単に想像がつく。
「店は畳むことにした。世間も騒がしくなるから暫く雲隠れするつもりだ」
「そんな!?」
「悪いな、明日菜。魔女狩りなんてないと思うけど、うちには雪姫もいるからな。静かな環境はもう探してある」
外部協力員に過ぎない横島さん達は関東魔法協会や魔法世界から罪に問われることはないが、ネットの世界にまで捜査が及べば世間の目は横島堂にまで辿り着くだろう。
「残念ではあるけど、仕方ない。こうなっちまったんだから。戻りたいか、麻帆良祭最終日に?」
「でも、タイムマシンは……」
そうなのだ。タイムマシンは部屋の引き出しにしまったままだが、調査に向かった二人が魔法使いを探す一団を見たというので取りに行くにはリスクが大きすぎる。
「…………やるの、横島?」
タマモさんがそう言って前に出て、横島さんの側に立つ。
「拙者は先生と共に」
「お前らも物好きだねぇ」
三人の間だけで何か共通の理解があり、僕達には分からない。
「横島さん、何を」
「反則技には反則技をってやつさ」
そう言う横島さんの手からビー玉のような物が幾つも浮かび上がる。
「14文字の同時制御なんて試したことはないけど、俺がお前らにしてやれることこれだけしかない」
『時』『間』『移』『動』『2』『0』『0』『3』『年』『6』『月』『2』『2』『日』と、文字が浮かんだビー玉がネギ達を覆うように広がる。
「ま、頑張ってくれや」
その言葉の直ぐ後に僕の視界は光に染め上げられ、そして――――。