横島堂へようこそ   作:スターゲイザー

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時守 暦さん、Amfさん、アラッチさん、感想ありがとうございます。




第二話 剣士は気難しい

 

 

 今日も店番をしている横島はカウンターに置いてあるノートパソコンを凝視していた。

 

「ほいほい、百万円の破魔札五十枚セットのご注文ありがとうございますっと」

 

 接続されているまほネットを経由して受けた発注をポチポチとキーボードを押して処理していく。

 何時もの席に座ってパソコンを触っている横島の後ろのお座敷で作業をしていたシロが手を止めて首をコキコキと鳴らす。

 

「また注文でござるか? しかも五千万も使うなんてどこの誰でござる」

「俺らの大御得意様である関西呪術協会からだよ。繁盛繁盛、協会には足向けて寝れねぇわ」

「お蔭で拙者らも食わせて貰っているから文句言えないでござるが、毎年この時期に限ってこき使われたら敵わんでござるよ」

「その分、小遣いを弾んでるじゃないか。文句言わねぇの」

 

 とはいえ、横島としてもシロの言い分は分からないでもない。

 普段は滅多に客も来ず、ネットにしてもそう頻繁に注文があるわけではない。

 それでも上手く利益が出ているのは、まほネットで売りに出している商品を市場に流通している物と何ら変わらない物を自分達で手作りしているからである。原価が殆どかかっていないので少ない注文でも高い利益率が出ている。

 

「特に欲しい物はないでござるな。休日の散歩に付き合ってくれた方が嬉しいでござる」

「俺に死ねと?」

「先生なら余裕でござるよ」

「東北まで走るなんて馬鹿のすることだっての。後、俺の世間体を考えろ」

 

 肉体の成長と共に伸びていく散歩の距離に、肉体の絶頂期を迎えたとはいっても人間に過ぎない横島が人狼族のシロの全開に付いて行くのは正直に言ってしんどい。

 単純に走るだけならば身体強化を使えば東北まで走るのも出来なくはないが、シロの散歩は全力疾走を強要する上に十代の女の子に首輪とリードを付けて走らせる三十路の男という横島の世間体を破壊しに来ている。

 

「忙しいって言っても精々がこの時期の二週間程度だけだ。バイト代も出してんだから文句言わないでくれ」

 

 実際に一度壊されかけた世間体を守る為に話の軌道を修正する。

 

「高級犬缶を買うので有り難いでござるが。しかしなんでまたこの時期になると注文が増えるのでござろうか?」

「税金対策。年度末にやると露骨なんで、この時期に注文してくることが多いんだよ」

「…………身も蓋もない理由でござるな」

 

 世知辛い理由にシロが遠い目をする。

 

「扱う金額が大きくなればなるほど税金も比例して増えていくからな。百万円五十枚セットで五千万、割引で四千五百万だとしても協会には十分に得なことなんじゃねぇか」

「税金ってよく分からんでござる」

「安心しろ。俺にもよく分かってないから」

「先生ぇ……」

 

 区分的には自営業なので実は分かっていたりするのだが、シロの反応が面白くてつい嘘をついてしまった。

 

「冗談だって、シロ。悪い悪い」

「むぅ、散歩に付き合ってくれるなら許してあげるでござる」

「勘弁してくれ。まあ、動物形態で都市内なら付き合ってやるけどさ」

 

 労働の対価としてバイト代を払っているとはいえ、わざわざ休みに家業を手伝ってもらっているので素直に謝る。

 シロの散歩にしても動物形態で、都市内ぐらいはならば妥協出来るので脅しにはならない。

 

「せめて隣県ぐらいは駄目でござろうか」

「俺もな、もう若くねぇんだよ」

「先生はまだまだお若いでござるよ!」

 

 最近、少し体が鈍って来たような気がしていたので麻帆良学園都市内ぐらいならば付き合ってもいいかなと考えているが、シロだと本当に隣の県まで付き合わされそうで怖い。

 煽てられてもやっぱり前言を撤回しようかなと思っていると、ドアが開かれてカランコロンとベルが鳴る。

 

「へい、らっしゃい…………って、刀子かよ」

「かよ、じゃないわよ。客に対して何その態度は」

 

 横島堂に入って来たスーツ姿の女性――――葛葉刀子は商人笑顔全開であった横島の表情が一瞬で真顔に戻ったことに突っ込みを入れる。

 

「俺だって他の客にはそうするが、幼馴染に商売意識出してもなぁ」

「客には相応しい態度を見せないと誰も寄り付かなくなるわよ」

「うちはネットが主力だから店に来なくても困らねぇし」

 

 毎度のやり取りを交わした二人の内の一人である刀子は、変わらない横島に呆れつつもお座敷にいるシロへと目を向ける。

 

「久しぶりね、シロちゃん」

「こちらこそ、葛葉教諭」

「あら、刀子お姉ちゃんって昔みたいに呼んでくれないの?」

「小さな子供の頃の話でござる」

 

 目礼で挨拶を交わす二人であったが昔に発していた呼び方を出されたシロとしては頬を赤くする。

 

「今も子供じゃないの」

「む、これでも立派なれでぃでござるよ。これでもクラス内ではないすばでぃで通っているでござる」

 

 胸の大きさ的には中学三年の標準を十分に超えてはいるが、上と下の差が激しい2-Aの中では特徴的とは言い辛い。その代わり、メリハリに関しては文句なしにトップクラスである。

 

「そういうところがまだまだ子供なのよ」

 

 子供がここまで成長したかと、刀子は完全に親目線でシロを見ている。

 

「あ、あの……」

 

 刀子の後ろにいた少女が心細げに顔を出す。

 

「ん? おぉ、刹那ちゃんか」

 

 少女――――桜咲刹那の姿が目に入って横島は頬を綻ばせる。

 

「お久しぶり、というほどではないですが」

「先週も来たばかりでござるからな」

「へぇ、刹那ったら一人でよく来てるんだ。へぇ、へぇ」

「え……」

 

 礼儀正しく頭を下げる刹那に級友であるシロも頬を綻ばせるが、それが面白くない刀子がからかう。

 麻帆良での剣の師でもあり、実質的な保護者である刀子にからかわれた刹那は言葉を詰まらせる。

 

「あ、いや」

 

 弁が立つどころか口下手な部類に入る刹那は上手く言い返せる言葉を見つけることが出来ず、あわあわと口をまごつかせる。

 

「揶揄われているだけでござるよ、刹那。本当に口下手でござるな」

「…………悪かったな、口下手で」

「それだけ弄り甲斐があるってことよ。シロとばかりじゃなくてお嬢様の前でもそれぐらい本音を言えたら免許皆伝を上げるのに」

 

 若干の呆れを滲ませるシロに唇を尖らせた刹那だったが、揶揄った張本人である刀子の言うことはもっともなので少し落ち込む。

 

「おいおい、純真な子を苛めるなって。二人で来たってことは刀の研ぎか?」

「ええ、お願いできるかしら」

 

 この対応は慣れたもので、刀子が手に持っていた竹刀袋をカウンターに置く。

 竹刀袋を手に取って紐を解き、刀子の愛刀を取り出して白鞘から刀身を抜き出してジロジロと見聞する。

 刀身に指を走らせたり、少し振って柄の状態も確認した横島は少し意外そうな表情を浮かべる。

 

「ちゃんと刀のことを考えて扱ってるみたいだな。前と違って軸が歪んでねぇ。この分なら今日中に返せるぞ」

「それだけ私が腕を上げたってことよ」

「へいへい、刹那ちゃんも」

「はい、お願いします」

 

 さあ褒めろ、とばかりの雰囲気の刀子をスルーして刹那を催促して彼女の愛刀である夕凪を受け取る。

 刀子の時とよりも細かく夕凪を見聞した横島は一つ頷くと、カウンターにそっと置く。身を屈めて、そろそろ来る時期だろうと用意していた研ぎ道具を取り出す。

 

「あ、あの夕凪の状態は……」

 

 刀子の時と違って何ら批評することなく作業を始めてしまった横島に問い質したいのだが、性格的に目上の相手には強く出れない刹那が消極的に尋ねる。

 

「………………」

 

 しかし、横島は作業を続けるだけで刹那の問いに答えることはない。

 困った刹那はまず知己であるシロを見るも彼女は彼女で別の作業に従事していた。かといって刀子を見れば壁側の品を眺めていて、刹那に関心を向けていない。

 

「あうあう」

 

 あっちを見て、こっちを見て、困った刹那の口から情けない声が漏れる。

 

「ごめんごめん。刹那の反応が面白くてつい」

「楽しんでたでござるがな」

 

 本格的に放っておかれた刹那が泣きだしそうになったところで刀子が笑いながら詫び、何時も人に揶揄われているばかりのシロも自分がそちら側に回れたことを喜びながら追従する。

 

「後、先生が反応しないのは研ぎに集中してるからでござるよ。雑念が混じると失敗する故」

 

 そしてしっかりと横島のフォローを忘れない式の鏡であった。

 

「…………刀を打つんじゃあるまいし、研ぐ時に話が出来ないわけじゃないぞ、シロ」

「おや、そうだったんでござるか。今まで研いでいる時は話をしてくれなかったから勝手に思っていたでござる」

「全く外れってわけじゃねぇが、やっぱり本職じゃねぇからな。出来るだけ丁寧にやろうと思えば集中しないと」

 

 作業の手を休めないながらも話すと集中が途切れてしまうのだろう。途中途中で手を止める横島になんとなく皆の口が閉じられる。

 カンカン、ズリズリ、サッサッ、と作業の音が響く中で気にした風もなく並べられている商品を見ていた刀子に、手持ちぶたさな刹那が近寄る。

 

「横島さんは研ぎ師ではないんですか?」

 

 横島の邪魔をしないように小声で疑問を口にする。

 

「そうよ。知らなかったの?」

 

 寧ろ意外そうに問い返した刀子に、実は横島のことを殆ど知らない刹那は困った顔になった。

 

「刀子さんが頼むのを見て、横島さんも普通にしていたから本職なのかとばかり」

「見ての通り、技術はあるから頼んでも問題はないわよ。友人価格で料金も安いし、何よりこっちには研ぎ師がいないから他に頼むことも出来ないのよ。ちなみに他に頼むと――」

 

 野太刀を整備できる人間はどうしても限られる上に、余所に頼むと時間もかかる上に料金まで高い。

 京都にいる時は神鳴流に研ぎ師がいて、麻帆良に来てからは刀子の紹介で横島に研いでもらっていたので、余所に頼んだ場合の料金と時間を聞いた刹那は目を剥いた。

 

「嘘つけ。俺が探して良心的なところを紹介したのに嫌だっつったの誰だよ」

「そうだったかしら? ずっと横島君に研いでもらっていたから他の人にしてもらうと、なんかしっくりとこないのよね」

 

 神鳴流の研ぎ師よりも横島にやってもらった方が仕上がりが丁寧で刀子の手に馴染む。

 刹那が刀子の言う通りだと何度も頷いていると、専門ではないので気を使う横島はげんなりとした顔をする。

 

「昔から言っているけど、こういうのは専門の人に頼むか、自分で出来るようになれっつうのに」

「横島君のお蔭で私の愛刀の調子はずっと良いもの。それにちゃんと料金は払ってるんだからいいじゃない」

「そういう問題じゃ…………いや、もういい」

 

 すっとぼける刀子に溜息を吐いた横島。二人を見比べてやはり気心の知れた仲のやり取りであることを確信しながらも、性格的に迂闊に聞けない刹那であった。

 

「そ、そういえば、今日はタマモさんはいないんですか?」

 

 聞きたいけど聞けないジレンマに陥った刹那は、何時もいるはずの天敵がいないことを咄嗟に口に出してしまう。

 

「タマモならばお揚げ同好会でござるよ」

 

 刹那の咄嗟の言葉にシロが返す。

 

「ああ、そういえば今日が活動日だったけ」

「刀子先生は顧問ではなかったでござるか?」

 

 横島が記憶を想起していると、シロが刀子に聞いていた。

 

「あなたと刹那は部員でしょ」

 

 タマモがいない理由が自分が顧問を務めている同好会の活動日だったが、顧問であることの認識すら薄い刀子は突っ込まれてもこの場にいる女子生徒二人共も似たような立場なので堪えた様子はない。

 

「拙者はお揚げに興味がない故」

「わ、私は行っても揶揄われるだけですから」

 

 タマモが作った同好会に一応部員として名前を連ねてはいるが、お揚げが好きなわけではないシロと刹那の二人は活動日だからと部室に向かう理由はない。

 

「元々、あの同好会は幽霊であるさよ殿と周りを気にすることなく話せる場を作る為に立ち上げたものではござるが、周りの目にさえ気を付ければ話をする機会は幾らでも出来るでござる。建前を利用してお揚げについての熱弁を振るわれては叶わんでござるよ」

「さよさんは嬉々として聞いているのですが、流石に私達はちょっと。それに正直言うとタマモさんの相手は」

 

 お揚げ同好会は2-Aの教室の地縛霊である相坂さよと気兼ねなく話をする為の会でもある。

 部員は立ち上げを主導したタマモを部長として、付き合ったシロと無理やり引っ張られた刹那、そしてさよの存在を認識しながらも黙っていた負い目があるエヴァンジェリンと彼女の付き添いで茶々丸で全員である。

 顧問は担任であった高畑でも良かったのだが、タマモとシロの保護者である横島繋がりで刀子に頼んだのである。

 内容が内容なので同好会止まりではあるが、立ち上げの主眼であったさよは楽しそうなので問題はないだろう。

 

「刹那ちゃんはタマモに弄られてるからな」

「うぅ、どうして私ばかり」

「気持ちは分からないでもないけどね」

「拙者もでござる。こう、刹那殿を見ていると弄りたくなるというか」

「シロさぁぁああああああんっ!!」

 

 イジラレ属性がある刹那であったが本人が望んでこうなったわけではないので、シロの告白に魂の雄叫びを上げる

 

「まあ、俺としてはあの刹那ちゃんにこうやって本音を言える友達が出来てホッとしてるよ」

 

 最後の工程を行いながら、親の目線で感慨深く刹那を見る横島。

 

「麻帆良に編入したて頃は人見知りの上に根暗だったものね」

「しかも、周りに壁を作っていて、確かハルナ殿曰くこみゅ症というやつなのでござろう」

「おお、まさにそれだそれ」

 

 散々な言われように刹那としては反論したいが、今でも人見知りが激しいことは否定できず、長より与えられた使命に燃えて周りと壁を作っていた自覚はあるので抗弁も出来ずに沈黙するしかなかった。

 

「特にあれだ。木乃香ちゃんに対する反応が酷かったって」

「話しかけられても無視して、しまいには逃げていたでござるからな。見ていた拙者としてはあの時の木乃香殿の背に何も声を掛けられなかったでござるよ」

「うっ!?」

「実際に私の所に来た時は泣いてたわよ。うちはせっちゃんになんかしたんやろうかって」

「がはっ?!」

 

 次々と刹那の体に言葉の刃が突き刺さる。

 又聞きと見ていた当人からの指摘は当時の自分のやり様の拙さに自覚があるだけに刹那の心身に堪える。

 

「で、木乃香ちゃんと刀子が一緒に俺の所に来て、クラスメイトのタマモとシロからその時の状況も聞いて、爺さん経由で刹那ちゃんを呼び出して貰って俺が話をした時は大混乱だったよな」

「私は決してお嬢様を傷つけるつもりはなかったんです……」

 

 穴があったら入りたいとばかりに羞恥に全身を真っ赤に染めた刹那が手で顔を覆う。

 

「人見知りと詠春さんから木乃香ちゃんのことを頼まれたことで気負ってたところに十年近い間、会ってなかった幼馴染に突撃されたら混乱しちゃうか」

「はい……」

「不器用すぎるでござるよ。刹那殿らしいといえばらしいでござるが」

 

 小さく縮こまる刹那の不器用さに呆れつつも、シロも今ならばよく分かる刹那らしさにもはや笑うしかない。

 

「私からすれば、まさかあの時に川で溺れて以来、木乃香さん会おうとしなかったことに驚きだけど」

「懐かしいな。もう十年も前になるのか」

「拙者が二人を見つけたんでござるよ」

 

 十年前に池で溺れていた木乃香と刹那をシロが見つけ、横島が飛び込んで助けて刀子が介抱したのも随分と昔である。

 

「その節は本当にお世話になりました」

 

 この話題になると刹那は今も礼と感謝を忘れない。

 

「木乃香ちゃんを助けられなかったから一念発起して剣の修行に集中したら、こうなっちゃったってことは神鳴流にも問題あるわよね」

「コミュ障の上に口下手。思い込みが激しくて猪突猛進の気もあるってのはな」

 

 神鳴流というよりもどちらかというと刹那本人の気質のような気もするが、京都にいた時からこうだったとしたら育て方としてどうなんだろうと横島と刀子は思う。

 

「刹那殿個人の問題もあるでござるからな」

「思春期だし、周りと違うってのはどうしても気になっちまうか」

 

 刹那当人としては難攻不落の問題に思えたことも、横島達の手にかかれば思春期の一言で済まされてしまった。

 

「前にも言ったけど、刹那。大抵周りは気付きもしてない上に、ああそうで済まされてしまうものよ」

「俺みたいにな」

「横島君は気にしなさ過ぎよ」

 

 流石に半妖であることは少し重いかもしれないが、世の中には横島のように全く気にしない者もいる。

 優れた術士である横島には最初から見破られていた上に、生粋の妖怪であるシロとタマモと家族として暮らしているので参考にはならない。

 こういう例もあるのだと刹那の気は大分楽になっているのだが。

 

「で、当面の目標は達成できてるのか?」

 

 横島がシロに聞いているのは、学園長立ち合いの下で木乃香に対する刹那の態度を段階を踏んで改善して行こうという目的で立てられた計画である。

 

「まず最初の逃げないは出来ているでござる。今でも腰が引けているでござるが」

 

 最初の目標が逃げないという時点で気の長い計画であった。

 

「顔を合わせるはともかく、目を合わせるのは大分時間がかかってござるな。挨拶もまだ声が震えているし」

 

 というか目を合わせられるようになったのは本当に極最近である。

 

「次は日常会話をする、でござるな」

「全く以て気の長い話だな」

 

 同級生であるシロとタマモの協力もあって段階を経て少しずつマシになってきたのだが、この調子では昔のような関係になるのに何年かかるのか。

 

「もう事件でも巻き込まれて無理矢理に距離を縮めた方が楽なんじゃないの」

「事件ってなんだよ」

「こう、木乃香さんの魔力を狙う悪党が誘拐とか」

「そんなことになったら一大事だっての」

 

 刀子の言う通り、事件にでも巻き込まれて距離を縮めた方が手っ取り早いが、木乃香の立場的に関西・関東共に重鎮が一斉に動かなければならない大事件に発展してしまう。

 

「拙者にはなんで刹那殿がそこまで尻込みするのかが分からんでござる」

「私にはシロさんのようになれませんよ」

 

 シロは刹那の友人として擁護したくても出来ないほどの面倒臭さに呆れる。逆に刹那はシロの誰とでも友達になれる気質が羨ましい。

 

「気は合っても真逆の人間性だものね」

 

 両者を深く知る刀子だからこそ、同じ剣道部でクラスでも共に行動することが多いという二人の違いが際立って見える。

 

「まあ、仲良くなりたいなら時間をかけろってことだろ」

 

 その点、生まれた頃からの腐れ縁である刀子と仲良くなった理由が良く分かってなかったりする横島は適当に言って研ぎを再開する。

 

「…………そういえば蛍は?」

 

 刀の研ぎをする横島をなんともなしに眺めながら、刀子は蛍の姿が見えないことを口に出す。

 

「子供が生まれる前に実家の姉妹方と二泊三日の旅行中でござる」

「へ、へぇ、いないんだ。じゃあ、久しぶりにご飯でも作ってあげようか?」

「蛍が作り置きしておいてくれたから大丈夫だ」

 

 蛍がいないと知るや、ご飯を作ってあげようかと提案するも作り置きしてくれているので横島は断る。

 

「やっぱり作った直ぐ後に食べた方がおいしいと思うわよ」

「つっても、折角、作ってくれたからな」

「そうでござるよ。気持ちだけ受け取っておくでござる」

「む」

「ほれ、出来たぞ」

「…………ありがと」

 

 刀子の気持ちは有難いが愛妻の料理である。

 揺らぐまではいかないが煮え切らない横島に援護射撃をするシロを一瞬睨んだ刀子に、タイミング良く研ぎを終えた横島が刀を返す。

 

「まだ諦めてないんですか」

「初恋は忘れられるものではござらんよ。蛍殿もそれが分かっているからこそ、しっかりと予防線は張っていたでござる」

 

 つまりはそういうことである。

 普段はそうではないが、チャンスがあると分かると踏み込もうとする刀子のことを良く知っているからこそ、蛍の準備は抜かりない。

 

「初恋、ですか?」

「もしかして二人が幼馴染であることを知らないんでござるか?」

「仲が良いとは思ってましたけど」

 

 初恋という年頃の女の子としては少し心惹かれるワードに、つい刹那も反応してしまった。

 

「生まれた頃からの腐れ縁らしいでござるよ」

 

 横島は陰陽師、刀子は神鳴流。幼馴染で長い付き合いなのである。

 

「お二人が高校の頃に修学旅行で蛍殿が京都に来て、先生が蛍殿に猛アタックして学生結婚して、卒業してから二人で麻帆良に来たんでござるよ」

「そうなんですか」

「元々、先生が好きだった刀子殿は傷心のところに出会った相手と数年遅れて結婚して麻帆良に来たものの、どうにも無意識に先生と比べてしまったことが相手にも伝わってしまって離婚して今に至ると」

 

 この話題には刀子が神経質になるので、刹那の耳元で囁くような小さな声で教える。

 

「つまり、まだ横島さんに未練があるということですか」

「本人は最初から先生のことは好きではないと言っているでござるが、来る度にバッチシ化粧を決めてるでござるからな」

 

 しかも横島が好きなちょっと年上のお姉さん的なキャラを出してくる。

 嫁さんラブな横島の方には脈は無いのが悲しいところだが、刀子としても蛍を友人として見ているので基本的に略奪愛の気は無い。チャンスがあればその限りではないが。

 

「聞こえてるわよ、そこ。言っておきますけど、私は何時だって化粧は崩さないわよ」

 

 しかし、当の横島は刹那の夕凪の方に集中していて聞いてないし見てもいない。

 聞かれていると分かった刹那とシロは首を引っ込めたが、どうやら聞こえていたのは最後だけのようで機嫌は悪くなさそうだ。

 

「私のことより、このプータローに言ってやりなさいな。これでも関西呪術協会でも将来を嘱望されるほどの陰陽師だったのよ」

「昔のことを言うのは止めろって」

「いいじゃないの。親と同じように周りの期待を蹴って自分の道を進むのは横島家の家訓なんでしょ」

「そんな家訓なんてねぇっつの。結果的に似たような感じになってるだけだ」

 

 今の姿からは想像も出来ない話に目を丸くするのは刹那だけだ。

 シロも知っている話なので仲間外れは良くないと、横島は一度夕凪の研ぎの手を止める。

 

「俺の親父も陰陽師だったんだけど、なにしろ表の世界に比べれば秘密主義な上に狭い世界だろ? こんなところでやってられかってサラリーマンになって、一般人だった母親と出会って結婚して俺が生まれたわけ。しかも親父の奴、自分が足抜けする代わりに子供が生まれたら陰陽師にさせるって約束をしててな。勝手だろ」

 

 石橋を何度も叩いても結局は渡れないタイプで、人に気を使ってばかりな刹那にはとても出来ない選択である。

 

「俺も最初の方は楽しかったんだけど、やがて飽きてな」

「サボり魔だからね、横島君は。覗きとかセクハラには全力投球するのに」

「永遠の煩悩少年だからな」

 

 アハハハハハハハ、と幼馴染の二人は乾いた笑みを交わし合う。

 

「高校に入ると同時に親父達はナルニアに出張になって、一人暮らしだヤッホゥと思ってたら鶴子さんに目を付けられたんだよな」

 

 参った参ったと物凄く遠い目をする横島の台詞の中に知った名前が出て来て、刹那は「もしかして青山鶴子さんですか?」と聞いた。

 

「そうそう、もしかして知ってる?」

「私の師匠です」

「…………ああ、あの人に躾けられたらこうもなるか」

「剣には厳しい人だから。うん、私も刹那がこうなってしまうのは無理ないと思う」

「どういうことでござるか?」

 

 何故か横島と刀子の間で妙な納得をされているような気がした刹那だったが、その理由が分からなくて首を捻っているとシロが理由を尋ねてくれた。

 

「一言で言うなら…………剣に関しては鬼みたいな人だ。妥協なんて絶対しないしさせない。基本押し通せない反論も許さないから黙って聞くのが手っ取り早いと思ってしまう。日常では優しいし悪い人ではないんだけど」

「よく分かります」

 

 共感した刹那が何度も頷く。

 

「着替えを覗いた理由を声高に叫ばれても誰も聞かないわよ」

「なにやってんでござるか、先生!」

「若気の至りだって……っ!?」

 

 目を付けられた理由までは知らなかったシロは夕凪で折檻しようとしたが取り上げる横島の方が速かった。

 

「色気に騙されたのも?」

「男には逆らえないものがあるものよ。まあ、まさか西の果てで封印が解かれた妖怪の討伐に行き、東で魔獣が暴れていると聞けば退治しに行き、魔術結社が暗躍していれば壊滅しに行き、はぐれ巫術士の恨みを買って呪われたりしてからは、自分の行動を反省したが」

 

 つまりはそこまでな目に合わなければ反省することもなかったということで。

 

「まさかあんな美人がバトルマニアなんて思わんやろ」

「じゃあ、なんで私まで巻き込んだのよ」

「しゃあないやろ。世界各地で戦いの日々に明け暮れた所為で出席日数がやばくなったんだから」

 

 しかし、結局は二人揃って留年の危機に陥ったので揃って遠い目をする。

 

「留年の危機を知って帰国した百合子おば様と鶴子さんの戦いは凄かったわよね」

「絶対にあの時に俺の寿命が三年は縮んだぞ」

「結局、留年したんでござるか?」

「いんや、鶴子さんが結婚したんで引っ張り回されることも無くなって無事進級出来たぞ」

「でも、何故か厄介事は無くならなかったのよね」

「蛍と出会った時も、はぐれ魔法使いが英雄の足跡を辿って京都にやってきて、馬鹿やって封印されていた鬼神を蘇らせちまったりとかな。再封印するのすんごい大変だったんだぞ」

「凄いですね」

 

 少なくとも刹那はそんな波乱万丈な人生は真っ平ごめんである。

 

「妖怪同士の闘争で父上を亡くした拙者が先生に拾われたのは、この頃でござるな」

「そういや、そうだったな」

「あの時は本当に先生に世話になったでござるよ」

 

 妖怪同士の闘争で父親を失ったシロ。その仇を代わりに取り、弟子兼式となったのだ。

 

「弟子か。千草は元気かな」

「千草?」

「シロちゃんと一緒に横島君が一時期面倒を見ていた可愛い女の子の新人陰陽師よ」

「懐かしいでござるな。今は何をしてるんでござろう」

「本家付きの陰陽師まで出世したらしいって風の噂で聞いたな」

 

 当時の横島は今ほど女に免疫はなかったので小学校高学年の女の子である。流石に範囲外だったので横島も優しく接し、その分もあって慕われていた。

 

「こんな俺を慕ってくれて勉強熱心だったから、立派な陰陽師になってるだろ」

「こうやってこの男は始末の悪いこともするのよね」

 

 この子は儂が育てたを何時かやってみたいと、鼻高々な自分を想像して悦に入っている横島に、純粋に親愛であると思っているが刀子からは千草の初恋だったと確信されている。

 

「麻帆良で工房を開くつもりだった蛍と暮らす為に色んなことを覚えたのもこの時期だったから本当に忙しかったよ。刹那ちゃん達と会ったのもこの頃だし。で、なんだかんだあって、今に至るって感じだな」

 

 蛍と結婚し、何度目かの新婚旅行の時にタマモも拾い、二人を学校に通わせて今に至る。

 その後、刀子も魔法使いと結婚するが、食生活の不一致が原因で別れるも出戻りと思われるのが嫌で麻帆良に居つき、教師になった。

 

「まあ、俺の来歴はこんなもんだ。話を聞いてくれたサービスとして、これを進呈しよう」

 

 ペラペラとしてしまった自分語りに今更テレが襲って来た横島はそう言って、カウンターの下から大きな紙を刹那の方へと差し出す。

 

「これは?」

「式神ケント紙っていって、鋏で適当な形に切り抜くと簡易式神になってくれるという超お手軽呪的アイテム。」

「しかし、ただでもらうわけには」

「おっさんの長話に付き合ってくれたお礼さ。使い心地が良ければ商品にするつもりだから、良かったら感想を聞かせてくれると嬉しい」

 

 結果として、刹那は横島の押しに負けて式神ケント紙を受け取ることになる。

 まさかこれが修学旅行であんな事態を引き起こすとは、この場にいる誰も予想だにしていなかった。

 

 

 


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