GXさん、ドルクックさん、イメクトさん、骨屁犯さん、ジョーカーロキさん、感想ありがとうございます(前日23時30分頃時点)
二月になっても全く暖かくなる気配の無い横島堂には今日も客はいない。
それでも店番をする必要がある横島は半纏を羽織ってマフラーを巻き、直ぐ近くにストーブを置いて寒さ対策を忘れない。
「さ~む~い――っ! お座敷に炬燵を置いてよ、横島」
「狐、先生の中が嫌なら出るでござる」
「寒いから嫌」
横島の半纏に潜り込んでおきながら文句を言うタマモを注意するシロだが、机の上に炬燵のチラシを無造作に置く行為が見られている時点で本心が透けて見えている。
「そんなに寒いなら家の方に行けよ」
「嫌よ。昼寝中の蛍は邪魔できないわ。だから、ここにも炬燵買ってよ」
「自分で買えって言いたいところだけど、ちょっと考えるか。うん、ミカン美味し」
ミカンを剥いて食べていたら、店に置くかどうかはともかくとして清き日本人ならば炬燵の魔力に引かれるのは止む無しである。
「但し、蛍の説得はお前らがしろよ」
「「合点承知!!」」
蛍は倹約家ではないが浪費家でもない。
無駄な買い物はしないが必要であるならばお金を惜しむことも無いので、二人が必要性を説いて認めさせることが出来れば買ってもらえるだろう。
横島の半纏の中で、如何にして蛍を説得するかを議論し始めた二人に少し辟易としながら残っているミカンを口に運ぶ。
「私にもちょうだい」
マフラーから顔を出した狐が自分にもミカンを寄越せと催促してくる。
「自分でやれよ。田舎の爺ちゃんが送ってくれたやつがまだ一杯あるから」
「動物形態だと剥けないわ」
「人間形態になればいいじゃないか」
「寒いじゃないのよ!」
「なんで逆ギレしてんだんよ、ったく」
動物形態なら齧り付いた方が速いんじゃないかと思いもしたが、首が温かいので優しくなっている横島はミカンを新たに剥いてタマモの口に放り込む。
「拙者の分は?」
「お前もかよ」
一人分も二人分も変わらないのでせっせと剥くが、この妖怪達は家主を体よく使い過ぎである。
「もうないじゃねぇか」
シロにも分けると一切れしか残らず、名残惜し気に口に入れたミカンを呑み込むのと、カランコロンと来客を告げるドアの鐘が鳴るのは一緒だった。
「へい、らっしゃ…………お帰りはあちらだぞ」
「客よ」
「うちだけやけどな」
入って来た二人を見て一瞬で営業スマイルを止めた横島は家の入り口を指し示すと一人は頬をピクピクとさせ、本当の客であるもう一人はポヤヤンと笑った。
「久しぶりだな、明日菜、木乃香ちゃん」
「こんにちは」
店にではなく家の方にやってくることが多い明日菜と木乃香に挨拶をする横島。
「この前も会ったばかりじゃない」
「挨拶は」
「しっかりと、でしょ。忘れてないわよ。こんにちは」
「ん、よろしい」
明日菜を見て凄むと、昔の教育の成果でしっかりと挨拶を返してきた。
「表でベル鳴らしても誰も出なかったわよ」
偉そうに頷く横島に気分を害した風もない明日菜は文句を言うように鼻をつんとした。
「蛍が絶賛昼寝中だからな。気づかなかったんだろ」
「あら、そうなの? そういうことは早く言ってよ」
「だから、今言ってるだろ…………と、用があるのは木乃香ちゃんかな」
明日菜とは気心が知れているので、木乃香の存在を忘れてつい話し込みかけて彼女らが来た用件を尋ねる。
「占い同好会で使ってる水晶に罅入ってしもうてん。この機会やから買い替えようと思って」
「で、私は木乃香の付き添い」
「ほうほう、まあ、明日菜には縁遠い商品ばっかだもんな」
「でござるな」
「真逆だもんね」
木乃香と明日菜の話を聞いた横島は納得し、半纏の中に隠れているシロとタマモが二人に聞こえないように同意する。
「趣味で使うようなやつやから安もんでええんやけど、お爺ちゃんが横島さんのところやないとあかんて」
「横島堂を学校御用達にしとかないと潰れるって学園長に気を使われてるんじゃないの?」
「アホぬかせ」
明日菜の茶々を躱しながら、罅が入ったという水晶玉を見せてもらうと大体の原因が分かった。
「ああ、木乃香の力に耐え切れなかったのね」
「前回より期間が短くなっているでござるな」
またまた半纏の中で二匹が話している。
流石にこれ以上はバレるので、二匹を半纏から出す。
「あ、太郎ちゃん、ゴンちゃんだ!」
動物形態の二匹の偽名を叫びながら明日菜が突撃する。
まさか横島が半纏から追い出すと思っていなかった二匹に明日菜の突撃を躱せる余裕はなく、抱きしめられて遠慮なく撫でられる。
「ほどほどにしとかないと、また逃げ…………あらら」
「ああっ!? 私の癒しが!!」
一瞬の隙をついて明日菜の腕の中から抜け出したシロとタマモが一目散に離脱する。
お座敷を抜けて向こうの通路に消えて行くのを名残惜し気に見送る明日菜。
「明日菜は太郎ちゃんとゴンちゃんに嫌われとんちゃうか」
「そうかしら? こんなに愛してるのに。私の愛を証明して上げるわ!」
愛してるから愛されるとは限らないのだよ、と心の中で言った横島。
諦めきれない明日菜がお座敷の向こうに突進していくのを尻目に、同級生に撫で回される恥辱は味わいたくないと逃げた二匹の冥福を祈りつつ、カウンターの下に置いておいた水晶を探す。
「あったあった。ほれ、代わりの水晶」
バージョンアップした木乃香の力が発揮できないように調整された特別製の水晶をカウンターの上に置く。
「おおきに。あ、お金は」
「爺さんから先に貰ってるからいいさ」
壊れた時点で刹那経由で学園長から連絡が来てたので準備はしていた。
「はぁ、なんや最近、うちが触った占い道具がよう壊れるし、呪われとるんやろうか。道具は必要になるからお爺ちゃんにお金払ってもらってるし」
単純に使い続けて来たことで極東最大の木乃香の魔力が蓄積し、同時期に壊れてしまっただけなので呪われているわけではないが真実は言えない。
「そういうのが重なる時もあるさ。俺としては売り上げに貢献してくれてありがとうって言いたいけどね」
「もう横島さん、そういうこと言うたらあかんやん」
「商売人としては失格かな?」
「もっと贔屓にしてしまうわ」
二人で共に笑い合う。
「匂うわ。ぷんぷんとね」
お座敷の向こうから一人で落胆しながら戻って来た明日菜が笑い合っている二人の姿に笑みを浮かべる。
「犯罪の匂いがするわ。コネを使って商品を買わすなんて違法じゃないの」
「コネの何が悪いんだ、明日菜」
「言ったでしょ、犯罪の匂いがするって。癒着とかそういう系の」
私は犯罪を見た、とばかりに横島と木乃香を指を指す明日菜。
「アホか。水晶球なんてどこでも売っとるけど、麻帆良で扱ってるのが横島堂だけやから贔屓にしてるだけだって」
「ええ~、まあ別にどうでもいいけど。しかし、本当に木乃香は占いとか好きよね。私には何がなんだかさっぱり」
横島の反論を知らんぷりして、壁の棚に並べられている表向きの商品を見ていた明日菜はさっぱり分からんと首を捻る。
「多分、そこら辺は母親譲りじゃないか」
「うちのお母様の?」
「木乃香ちゃんのお母さんには何度か会った時に色々と不吉な占いをされたもんだよ」
家系というのもあるのだろうが、木乃香の母親は占星術などを得意とする陰陽術士だった。
何も知らない中で母親と同じ道を辿ろうとしているのだから血は争えないなと感心する。
「不吉な占いって?」
「聞かない方が良い」
実際、不吉な結果の占いの後は大抵酷いことが起こった。
沈鬱な面持ちで首を横に振る横島に明日菜もそれ以上は聞けなかった。
「しかし、どうした明日菜? ちょっと今日はおかしいぞ。怒りっぽいし」
「おかしいって何よ。変わったところがあったとしても、もう少し言い方ってもんがあるでしょ」
「そこはそれ、俺と明日菜の仲だろ」
「どんな仲よ」
「一緒に風呂に入って同じ布団で寝た仲」
「ばっ?!」
「おお~、うちより進んでたんやな明日菜」
分かっててとぼける木乃香と、まんまと揶揄われている明日菜。
「…………小さい頃の話でしょ」
「まあ、そうなんだが。で、なんかあったのか?」
あまり混ぜ返し過ぎると怒るので理由を聞く。
「あんな、うちらに新しい同居人が出来たんやけど、明日菜は気にいらんみたいやねん」
「ああ、例の子供先生か」
「なんで知ってるのよ!」
なんでと言われても、逆になんで分からないのか横島の方が不思議である。
「あんなシロとタマモに聞いたに決まってるだろ」
「あ」
本気で忘れていたらしい明日菜に少し呆れてしまう。
シロとタマモがクラスメイトで、二人が寮ではなく横島の家に住んでいることをすっかりと忘れていたらしい。
「先生って言っても子供なんだろ。多少の間違いや失敗は大目に見てやれよ」
「そうは言うけどね。あのガキは、チビでガキで頭は良いかもしれなくてもバカで考え無しで、なんでか私が保護者みたいな立場にされて、面倒を起こす度に私に迷惑がかかっているってことを――」
失言だったのか、明日菜は機関砲の如く少年先生への愚痴を怒涛の如く捲し立て始めた。
明日菜に言われるまでも無く、こっそりと火消しを行っていたシロとタマモから事情を聞いていた横島は予想以上にストレスを抱えている様子に目を丸くする。
如何にシロとタマモから周りの気を逸らして魔法を隠すのが大変だったかと力説されたことを思い返していると、明日菜の目に険が宿った。
「――――――――って、聞いてるのお兄ちゃん!」
ハッ、と興奮して言い募ろうとした明日菜は自分が発した敬称に気付いて手で口を抑えた。
反対に横島はニヤニヤと懐かしい呼び方に笑みを零す。
「聞いているとも、妹よ」
「いや、ちょっと待ってさっきのは訂正するから!!」
「いいじゃないか。昔はそう呼んでただろ?」
そうなのだ。今は横島さんと呼ばれているが、昔はお兄ちゃんと呼ばれていたなと思い出す。
どちらかといえば横島さんと呼ばれると壁を作られているような気がするので少し哀しかったのだ。この機会に少し恨みを返しておこうと決める。
「そ、それはそうだけど……」
「なんなん、無茶気になるんやけど」
「ちょっと、木乃香!」
動揺から脱しれていない明日菜は顔を真っ赤にしながら話を逸らそうとして、その前に木乃香が興味を持って首を突っ込む。
「今ではこんなツンツンしてるけど、昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって呼んで俺の後ろを付いて回っててな」
昔の話を穿り返す横島に明日菜が焦るが木乃香が興味を持ってしまい、嬉々として話し始めてしまう。
横島は懐かしい呼び方にほっこりとしながら昔を思い出す。
「タカミチさんが明日菜を麻帆良に連れて来て面倒を見てたんだけど、あの人だって仕事はあるし、うちは蛍もいるのとこんな仕事だろ? 出張とかも多い人だからどうしても家を空ける時があって、そういう時は明日菜をうちで預かって面倒を見てたんだよ」
「へぇ、そうやったんや」
明日菜は高畑が連れて来た子供ではあるが、彼は成人男子で仕事もある身。女の子特有の悩みも分からないだろうし、出張も多く家に一人でいる時間がどうしても出来てしまう。
なので、仕事上ずっと家にいる横島家が高畑が留守の間に明日菜を預かっていたのだ。
「不愛想な上に殆ど動こうともしないから打ち解けるまでに大分手間がかかってさ」
「あぅ~」
「その切っ掛けがさっきの太郎とゴンでな」
説明に木乃香は目を輝かせ、明日菜は黒歴史を披露されているかのように顔を押さえて床で悶えている。
「運動会も見に行ったし、誕生日も祝ったし、授業参観に出て両親と間違われたこともあったな」
「止めて――っ!!」
当時のことを思い出して来た横島も段々と楽しくなって話に熱が籠る。
「あれ買ってこれ買ってって駄々こねたことや、おねしょを何歳までしてたとか、何時にお赤飯を炊いたかも、しっかりと覚えてるぞ」
「嫌ぁ―っ!?」
「う~ん、これはちょっと同情するかな?」
こんな風におちょくるから中学入学で寮に入った頃からお兄ちゃんから横島さんに格下げされてしまったのもあるのだが、明日菜の反応が面白くてどうしても止められない横島であった。
「まあ、つまりは明日菜の我儘や癇癪に困らされたことも一度や二度じゃないけど、俺達は邪険にはしなかっただろ」
「そうだけど」
ちょっと間を開けてまともな話に戻り、顔を真っ赤にして呻く明日菜に横島は鷹揚に頷く。
「明日菜だけじゃない。木乃香ちゃんだって昔は似たようなもんなのさ。子供がチビでガキなのは当然の話で、バカで考え無しなのは基準となるだけの経験がないからだ」
「…………だから、ガキのことは笑って許せってこと?」
「そうじゃない。俺と同じようにしろとは言わないさ。誰にだって子供時代はあるもので、その少年先生は先生であっても、お前達よりも子供であることは自覚しないといけない」
横島だって胸を張って大人と呼べるような自信などない。
「間違っていると思ったなら遠慮なく怒っていい。ただ、怒るだけじゃだめだ。何が悪かったのか、どうすれば良かったのかと諭せるようになって始めて大人と呼べるようになる」
「難しいわよ」
「かもしれないな。でも、明日菜はまだお兄ちゃんお兄ちゃんって俺の後を付いて来るだけの子供か?」
分かりやすい挑発だが自立しようと頑張っている明日菜の琴線に凄く触れる言葉だった。
「違う」
「じゃあ、やってみろ」
ムッ、として容易く挑発に乗った明日菜は、自分が乗せられたことを自覚する。
「敵わないな」
大人とはこういうものをいうのだろうと、自分がこうなれる姿を思い浮べることが出来る気がしないと明日菜は思う。
「横島さん、今のは格好良かったで」
「伊達にお前らの倍は年は食っとらん!」
ナハハハハハハ、と木乃香に褒められ煽てられた横島が高笑いをして余計な一言をもらす。
「会ったことのない子供のことだから適当に言えるんだけどな」
「上げて落とす。これがお兄ちゃんよね、うんうん」
自ら上げた株を自ら落とす横島に妙な安堵を覚えた明日菜なのであった。
「締まらないわね」
「先生ぇ~」
ひょっこりとお座敷から顔を出した動物形態の二匹の哀愁の籠った鳴き声が横島堂に響き渡ったとか。