横島堂へようこそ   作:スターゲイザー

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何故かこの二日に激増した感想とアクセスに戦々恐々としつつ、歓喜の舞を踊りながらお送りします。




第四話 妖精は小心者

 

 

 

 今日も今日とて店に訪れる客もいないのに店番をしていた横島。

 

「へい、らっしゃ――」

「あら、エヴァじゃない」

 

 客の入店にスイッチを切り替えて商売人根性出して笑顔で接客をしようとした横島と違い、素のタマモは横島堂に入って来たエヴァンジェリンの姿を見るなり作業を放り出した。

 

「どうしたのよ。蛍なら病院で検査してるから今はいないわよ」

「犬が付き添いか…………今日は別件だ」

 

 エヴァンジェリンの何時もの目当てである蛍は定期健診の為におらず、前に一人で買い物に行かせた時からチクチクと嫌味を言われたので今日はシロが同行している。

 

「別件?」

「前言っていた件だ。ほら、来い」

 

 何かあったかと首を捻っている横島の前に、エヴァンジェリンと彼女に付き従っている絡繰茶々丸が横に避けると二人と一匹の姿が目に入った。

 

「明日菜と…………誰?」

「噂の子供先生よ。別件って呪いを解くのに協力しろって話のことじゃないの」

「ああ、そういえばそんなこともあったっけ」

 

 何か月も前のことなので失念していたが、エヴァンジェリンがそんなことも言っていたような気がした横島は手を打ちつけた。

 

「どういうことよ、エヴァちゃん。なんでここに私達を」

 

 どうやら理由も告げられずに連れて来られた様子の明日菜は困惑しているようで、頻りにエヴァンジェリンと横島の顔を見比べている。

 

「なんだお前は何も知らんのか。おい、横島。貴様の怠慢だぞ」

「怠慢って、お前な」

 

 混乱している様子の明日菜を楽し気に見ているエヴァンジェリンがシロを揶揄っている時と全く同じ態度であったので、説明を全振りされた横島の方が困ってしまう。

 

「まあ、落ち着け明日菜」

「落ち着けって、なにをお兄ちゃんはこの吸血鬼と仲良くしてるのよ!」

「絶賛混乱中みたいね」

 

 少なくともエヴァンジェリンが吸血鬼であることを知ったらしい明日菜に、はたしてどう言ったものかと横島が考えているとタマモがいらぬ茶々を入れて来る。

 

「はっ!? エヴァちゃんと仲が良いタマモちゃんまでいるってことは、まさかこの横島堂まで手中に!?」 

「だからって落ち着けって、そっちの子供先生が話についてけてないぞ」

 

 話がどんどん飛躍していっている。その内、横島まで吸血鬼にされたと言い出しかねない。

 

落ち着け(・・・・)

 

 横島が言霊に魔力を込めて呼びかけると、明日菜は冷水を浴びせられたとまではいかなくても腑に落ちない顔ながら平静を取り戻した様子である。

 

「知らぬ顔もあるわけだし、まずは自己紹介といこうか」

 

 落ち着いたのを見た横島は口に出してないだけで明日菜以上に混乱している様子の少年に穏やかな口調で話しかけた。

 

「俺はこの横島堂の店主である横島忠夫。お兄ちゃんでも横島でも好きに呼んでくれていい。君のことはシロとタマモから良く聞いている。会えて嬉しいよ」

「えと、ネギ・スプリングフィールドです」

「よろしく頼む」

 

 混乱はしているようだが自己紹介で頭までしっかりと下げたことで内心のネギ少年の評価を上げつつ、初めて見た顔なのに不思議な既視感を覚えて首を捻る。

 

「どこかで会ったことは、ないよな?」

「初対面のはずですけど……」

「いや、気にしないでくれ。どうも知った顔のような気がしただけだから俺の勘違いだろう」

 

 スプリングフィールドという名前を聞いて、エヴァンジェリンが何かの拍子に見せたかもしれない彼の父親であるナギの顔と混同しているだけだろうと一人で納得する。

 

「やいやい! アンタも真祖の吸血鬼の仲間なんだろ! 兄貴も何を敵と仲良くしてんすか!!」

 

 横島が一人で納得していると、ネギのスーツの襟から顔だけを出したオコジョが啖呵を切った。

 

「おいおい、もしかして何も言わずに連れてきたのか」

「説明すんのが面倒だったからな」

 

 説明を丸投げしてくるエヴァンジェリンを睨むが物凄く見て来る明日菜の目が痛い。

 

「お前さんの名前は?」

「俺っちは兄貴の第一の子分、オコジョ妖精のアルベール・カモミールだ! 焼いたって上手くないぞ!」

「食わないっての」

 

 話すにしても名前ぐらいは知っておかないと話しようがないという観点から聞いてみれば、前向きなのか後ろ向きなのか良く分からない名乗り方をされてしまった。

 

「キーキー五月蠅いわね。黙りなさい、オコジョ」

「はいぃっ!?」

 

 これは仕事にならないだろうと道具を片付けていたタマモが睨み付けると、カモは体をピンと固くして口を閉じた。

 狐は雑食で、ただでさえ体格的に捕食対象になりかねないのにタマモの力に本能的に怯えてしまう。ちなみにオコジョは狼にも弱い。

 

「ちくしょう、凄腕のアーティファクターが麻帆良にいるとネットにあったから助力を頼むつもりだったのに」

「聞こえてるわよ。オコジョ鍋って美味しいのかしら」

「俺っちは美味しくないですはい黙ります」

 

 エヴァンジェリンが一緒に付いて来てしまったので悔し気だったがタマモに睨まれては玉まで縮み上がる。

 野生の本能で、食物連鎖的に逆らってはいけない相手としてタマモが刻まれた瞬間だった。

 

「オコジョが喋っても驚かないってことは、みんな関係者だったのね」

 

 カモと普通に話す横島と、黙らせたタマモの反応から読み取った明日菜が肩から力を抜いた。

 

「そうよ。私は狐の妖怪。驚いた?」

「十分に驚いてるわよ。驚き過ぎて逆に平静になっちゃったぐらい。でも、魔法使いだけじゃなくて妖怪までいるなんて」

「悪魔もいるし、神様もいるぐらいだから今驚いていたら心臓止まるんじゃない」

「止めてよ」

 

 横島の言霊が効いているのであまり態度には出ないが、内心では十分に驚いている明日菜は悪魔も神様もいると聞いてげんなりとした。

 

「ちなみに本当の姿はこれ」

「ゴンちゃんがタマモちゃんだなんて……」

「尻尾が九本もある時点で普通の狐じゃないって気づきなさいよ」

 

 タマモが尾が九本ある狐の動物形態になると、癒しのゴンちゃんの正体がクラスメイトだと知った明日菜の顎が落ちる。

 

「じゃあ、太郎も?」

「あれはシロ。私と同じ妖怪で人狼よ」

「吸血鬼に狐の妖怪に人狼って…………僕のクラスって一体」

「色物ばかりなのは間違いないわね。勿論、魔法使いで子供で先生のアンタもね」

 

 太郎の正体もクラスメイトと分かって肩を落とす明日菜の横で、人間以外まで生徒をやっていることに驚きを隠せないネギに色物扱いをするタマモ。

 タマモは自分で言って自分まで色物扱いしていることに気付いていないが。

 

「あ、あの、父さんのことで話があると連れてこられたんですけど」

 

 タマモに少しは優しくしてやれと言っている横島に何故か問うネギ。

 先程から明日菜を挟んで決してエヴァンジェリンのことを見ようとしないので何か怖いことをされたのだろう。

 

「まあ、話って言ってもな」

 

 横島が話があるのではなく、エヴァンジェリンの要件なのでそちらを見ると何故か深く頷かれた。

 

「話はどこまで聞いてる?」

「エヴァンジェリンさんが吸血鬼で、僕のお父さんに十五年前に麻帆良に封印されて学生をやらされていると」

 

 エヴァンジェリンが話す様子がないので、現状理解がどの程度なのかを聞くと大まかには話していたようだ。

 

「補足すると、ここにいるキティさんは」

「おい」

「エヴァンジェリン・A(アタナシア)K(キティ)・マクダウェルさんは、それはもう世間で畏れられる吸血鬼だったわけだ」

 

 文句を言われそうになったのでフルネームを言うことで誤魔化し、捕捉を続ける。

 

「で、ある時、お前さんの親父さんに負けて登校地獄っていう呪いをかけられたんだ。でも、力尽くで呪いを掛けた所為で十五年も学生をやらされてるんだと。ところで、登校地獄って知ってるか?」

「一応は…………でも登校地獄にはそんなに長期間縛り付けることは出来ないと思うんですけど」

 

 ネギとしては父がそんなことをするのかと半信半疑の様子がありありと見える。

 

「そこはそれ、あんちょこ見ながら巨大な魔力で呪いを掛けた所為で変な感じになったらしい」

 

 これだから天才型が思い付きでやると碌なことにならない、と周りからは天才型と見られている横島が言うと説得力がない。

 

「君のお父さんはエヴァンジェリンが卒業する頃には戻ってきて呪いを解くと約束していた」

「だが、奴は来なかった」

 

 今まで黙っていたエヴァンジェリンが話を継ぐ。

 

「奴は死んだ。十年前にな」

 

 勝手にお座敷に上がり込んで横になっているエヴァンジェリンが背中越しに話す。

 その背中は少し震えているようでネギと明日菜には泣いているように見えた。

 

「まあ、くたばってしまったのなら仕方ない。お蔭で強大な魔力によって為された私の呪いを解くことの出来る者はいなくなり、十数年の退屈な学園生活だ」

 

 体を起こして振り返ったエヴァンジェリンは常の不遜さを発揮させ、目が合って怯えるネギを睨み付ける。

 

「この呪いを解くにはナギの血縁者にして、膨大な魔力の持ち主である坊やの血を吸うのが一番手っ取り早い。というわけだ。奴の残したツケを息子の貴様が払う為に血を提供しろ。安心するがいい、死にはしない程度には抑えてやる」

「血って…………吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるんじゃないの?」

 

 魔眼の如く血のように赤く染まった眼に射すくめられたネギを庇うように前に出た明日菜も膝を震わせながら気丈に問う。

 

「私をそこらの新米吸血鬼と一緒にするな。そんな不作法をするはずがないだろ」

「分からないじゃない。死にはしない程度に抑えるっていうアンタの言葉が本当かどうかも怪しいわ」

 

 漫画などでは定番の展開で、こういう悪役が約束を守らないことも良くあることである。

 機嫌を害した様子だったエヴァンジェリンは、明日菜の懸念にそれもそうだと、寧ろ悪役ムーブを発生中なので素直に信じられるよりも嬉しい展開だったようで唇の端が上がっていた。

 

「今の魔法技術は発達してるから、昔はともかく成り立ての半吸血鬼ぐらいだったら治せる薬があるわよ」

「そうなの?」

「私達の言うことが信じれなかったらそれまでだけど、なんならそこのオコジョに聞いてみれば?」

 

 言われた明日菜がネギの襟に隠れているカモを見ると、何度も頷いている。

 タマモは嘘を言っていないと分かると肩に入っていた力を抜いた。

 

「そう脅かすなって。俺もタマモもシロも見てるから、死ぬまで吸血なんてことはさせないさ」

「お兄ちゃんがいるなら安心だけど」

 

 この店らしくないシリアスな空気に苦笑を浮かべる横島に絶対的な信頼を寄せている明日菜は良くても、今日が初対面のネギはそこまで信用が出来ない。

 

「安心しろって。エヴァが変なことをしそうなら力尽くで止めるから」

「それでも怖いです」

 

 横島は子供の自分にもちゃんと向き合ってくれる人で好感度は高いが、命を預けられるかと言えばそこまでは信頼できない。

 

「どうせなら吸血鬼が嫌がるニンニクとかを体に塗っておくか? これなら流石に致死量まで吸えるほど匂いに我慢できないだろ。ついでだから対吸血鬼用の道具を安くしとくから買うか?」

「なにを商売しようとしてる」

 

 横島が知る限りの対吸血鬼の対処法とアイテムの紹介、販売を行おうとしていると眉間をヒクヒクとさせたエヴァンジェリンが肩に手を置く。

 

「いたいけな少年が安心して血を提供してくれるなら安いもんだろ」

 

 ギリギリと力を込めて来るエヴァンジェリンから逃げ、目録を取り出してネギの前に広げている横島に罪悪感はない。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…………うわっ、高っ!?」

「魔法具ってのは総じて高いもんなんだよ」

 

 明日菜が今まで見たことがない裏専用目録の吸血鬼用と記された道具の金額の高さに目を剥く。

 ネギは自分の貯金と相談するが、安価な物はともかくとして決して潤沢とは言えない資金の中では選択肢は多くない。

 

「うぅ、立派な魔法使いなら人助けをすべきじゃありませんか?」

「俺、魔法使いじゃないし。家族を食わせなくちゃいけないから慈善事業は他でやってくれ。明日菜もこれのお蔭で育ったようなもんだしな」

「普段からこの店がどうやって成り立っていたのか不思議だったけど、こっちで儲けてたのね」

「十年目の真実ってやつだな」

 

 勧められたアイテムの合計金額の高さにネギが少し立派な魔法使いの意義を口にするも、横島としても家族を食わせていく以上、慈善事業はやってられないと口にする。

 何か違うとも思いつつも、明日菜もこれらの売り上げのお蔭で食べさせてもらった過去があるだけに文句を言う資格がないと思い、新聞配達のアルバイトをしてお金を稼ぐことの大変さは理解しているつもりなので商魂の逞しさに呆れてしまう。

 

「むぅぅぅぅぅぅ」

 

 心身の安全の為に対吸血鬼用の道具が欲しいが横島に値引きしてくれる感じはない。

 何よりも直接の家族のいない、今まで扶養されていたネギには何も言えない。

 

「まあ、大体、呪いは殆ど解けてるんだから血を吸わせる必要があるのかが俺には疑問なんだが」

「はい?」

 

 じゃあ、今までの話は何なのだと思ってしまったネギと明日菜。

 

「私と横島で不自由しない程度には呪いも正常な物に近づけているのよ。ただ、大元の呪いそのものはフィードバックの大きさからこれ以上は手も出せなくてね」

「後は卒業さえすれば解けるんだから大人しくしてろって言っているのに聞かねぇんだよ」

「じゃあ、僕の血が欲しいっていうのは」

「今すぐ呪いを解きたいエヴァの我儘」

 

 呪いに関しては完全に門外漢なネギや素人の明日菜には分からないのだが、横島とタマモが言うならそうなのだろうと納得した所に、血が欲しい理由に唖然としてしまう。

 

「卒業待ったら? エヴァちゃん」

「エヴァちゃんは止めろ」

 

 我儘扱いされたエヴァンジェリンはちゃんづけしてくる明日菜を睨み付け、一呼吸開けて口を開く。

 

「…………いいか、私は十五年も学生をやらされている。十五年だ。貴様の年齢分も延々と中学生をやってみろ。授業にも何にも面白みなどない。延々と同じことの繰り返しなど地獄だぞ。一年、後一年と言うが私は今直ぐにでも呪いを解きたいんだよ!」

 

 この場の他の誰も十五年も学生をやっているわけではないのでエヴァンジェリンの苦しみを理解できないが、少し前の学期末の試験で成績が悪ければ小学生やり直しの噂を本気で信じた明日菜は少し気持ちが分かる気がした。

 

「そ、それなら僕のお父さんに解いてもらったらいいじゃないですか」

 

 明日菜の逆で飛び級しているネギは単純な自身の危機を回避しようとそう訴えた。

 

「だから、奴は十年前に」

「僕、父さんと、サウザンドマスターと会ったことがあるんです」

「何だと?」

 

 自明の理を繰り返そうとしたエヴァンジェリンはネギの言葉に動きを止めた。

 

「確か坊やは数えで十歳だったよな」

「はい」

「会ったことがあると本気で言っているのか?」

「大人はみんな僕が生まれる前に死んだって言うんですけど、六年前に確かに会ってその時にこの杖を貰ったんです」

 

 ネギが数えで十歳ということは、十年前に死亡とされたナギと出会えるはずがない。

 嘘は許さないと険しい顔のエヴァンジェリンの前に進んだネギが背中に背負っていた杖を差し出す。

 

「…………確かにナギの杖だ。似ているとは思っていたが」

 

 親子なので似た物が家にあるのだろうと勝手に思い込んでいたが、手に取ってみれば以前に触れたこともあるナギの杖であることに間違いないとエヴァンジェリンは認めた。

 

「だが、坊やが嘘を言っていないという保証はない」

「僕は嘘なんか――」

「杖が家の残されていた物である可能性や、仮に六年前にナギに渡されたとしても魔法で他人になりすまして子供を騙すのは容易い事だ」

「おいおい、そこまで疑ってたら話が進まねぇんじゃねぇのか」

 

 必死にナギが死んでいることにしようとしているエヴァンジェリンにそこまでにしとけと横島が止める。

 

「俺の失せ人探しの占いでも死んでないって出てるんだ。大人しく信じとけよ」

「というか、相手が子供を作ってる時点で脈ないんだから諦めたら?」

 

 タマモのもっともな助言に、エヴァンジェリンは傍目にも分かるほど機嫌を害したようだった。

 

「最終的に私の物になればそれでいい」

 

 潔いのか悪いのか。過程よりも結果として自分の手の内に入るならば子供がいようが構わないらしい。

 

「まあ、生きていると仮定して」

「お父さんは死んでません!」

「仮定するなら京都にある奴の別荘を見て来るがいい。死が嘘だというなら、そこに何か手掛かりがあるかもしれん」

「京都?」

 

 京都、という地名に反応したのは何故か横島だった。

 

「どうした、横島? 自分のホームグラウンドなのに何故聞かなかったのかと拗ねているのか。ふっ、仕方ない。実はお前達に借りを作るのは」

「それはないんだけど、ちょっと記憶が刺激されてな」

 

 ナギの別荘に関しては、横島達に見て来てくれと頼むのは気が引けていたエヴァンジェリンは拗ねられては敵わないと笑顔を浮かべていた。当の本人は昔のことを思い出そうと必死になっていたが。

 

「ネギ、ナギ、子供、母親、十年前、京都? うん? ううん?」

「どうしちゃったのよ? 頭でもおかしくなった?」

「辛辣ね、タマモちゃん」

 

 必死に連想ゲームのように繋がって引っ掛かっている記憶を呼び起こそうとしている横島の変な態度に頭の心配をするタマモに、同じことを思ったが口には出さなかった明日菜の顔に縦線が入る。

 

「…………おおぅっ! そうだ、思い出したぞ!!」

 

 頭を抱えて唸りながら灰色の脳細胞を活性化させた横島は遂に該当する記憶へと辿り着いた。

 

「エヴァ」

「なんだ」

「俺、十年前にナギさんと会ってたわ」

 

 てへっ、と三十路の男が可愛い子ぶっても気持ち悪いだけである。

 

――――――――残酷な描写につき、ご容赦下さい。

 

 血が飛び散るほどの暴行に恐れを為したネギは目と耳を塞ぎ、止めようとした明日菜はタマモに押し留められた。それほどにエヴァンジェリンは激昂していた。

 

「むべなるかなってやつよね」

 

 エヴァンジェリンの気持ちが分かるだけに、今更会ったことがあると言い出した横島に怒るのも無理はないとタマモは諦観と共に思った。

 

「蛍と出会う前の話で、長から護衛の仕事を受けたんだよ」

 

 数分後、激昂したエヴァンジェリンの凶行からなんとか復活した横島が事情を説明する。

 

「護衛って言っても、とある別荘にいる身重の奥さんの話し相手を務めただけなんだけどな」

「なんでお前なんだ? 普通、そういう役は女だろ」

「向こうが求めたのは、人と話すのが得意で秘密を守れる奴っていう条件だったらしい。それでなんで俺だったのか、分かんねぇんだけど」

 

 なんとなくタマモには横島が選ばれた理由が分かった気がした。

 

「ねぇ、その身重の奥さんって美人だったんじゃない?」

「あぁ、そういうこと」

「超絶美人でグラマーだったぞ。でも、なんで分かったんだ」

 

 タマモが聞き、付き合いの長い明日菜も理由が分かった。

 二人が想像した通り、身重の奥さんは美人だったことが何故分かったのかと横島の方が疑問顔である。

 

「だってお兄ちゃんって美人の女の人には甘いし、黙っててほしいって言われたら絶対に話さないでしょ」

「いや、まあ、そうだけどさ」

 

 釈然としないものを感じつつも、明日菜の言う通り美人に言われたら横島が否と言えることはかなり少ない。

 

「要は横島が美人に弱いから選ばれたということだ。人格も見たんだろうが」

 

 関西呪術協会の長である近衛詠春はナギ・スプリングフィールドの盟友である。

 世間に公表されていないナギの妻を秘密にしておく必要があったならば、護衛の人選も大変だったろうし、美人に弱いという点を抜いても全幅の信頼が出来る人間となればエヴァンジェリンでも横島を選んだだろう。

 底抜けにお人好しというわけではないが、仲が深まればこれほど信頼がおける相手もいないのだから。

 

「俺が会った時は変装の為か、今のネギ君みたいに眼鏡をかけてたし、名前もノギって名乗ってたから気づかなかったんだよ。ナギさんの顔知らなかったし」

「写真を見せなかったか?」

「見てない。赤髪のイケメンとか、魔法はあんちょこがなければちょっとしか使えないとか、実は物凄く優しいとか聞いていなかったぞ。ネギ君の顔を見て、京都に別荘があるって聞いてようやく結びついたぐらいだし」

 

 魔法使いの家系である蛍は知っているかもしれないが、横島は全部エヴァンジェリンの伝聞からしか知らないので同一人物だとは思わなかった。

 陰陽師の横島は魔法史にも魔法使いにも魔法世界にも興味がなかったのもあるが。

 

「ぬぅ、なんでもっと早く言わなかった!!」

「じゃあ、写真ぐらい見せろよ!」

「魔法界の英雄だぞ! 普通知っていると考えるし、お前が会ったことがあると思うわけがないだろ!」

 

 首元を掴まれたガクンガクンとされて死にそうな目に遭う横島。

 反対にその護衛の日付を聞いて、死亡とされた日よりも後だったのでナギ生存の情報を得たエヴァンジェリンは横島を振り回しながらも満面の笑みである。

 

「そういや、あの時のリカさん…………偽名だろうけど、のお腹の中にいたのがネギ君なんだよな。月日が経ったのを感じるぜ」

「僕の、お母さん?」

 

 今まで誰も口にしなかった母の話題に、無意識に触れずにいたネギは両親と出会ったという横島を呆然と見上げる。

 

「確かその時、別れ際に一枚だけ写真を撮ったような」

「早く取って来い!!」 

「はいはい、どこに直したかな。アルバムに入れたと思うけど」

「あ、私も手伝う」

 

 呆然としたネギの様子に気付いた感じも無い横島の尻をエヴァンジェリンが蹴飛ばす。

 エヴァンジェリンの気持ちも分かるので蹴られた尻を擦りながらお座敷に上って家の方に向かう横島を手伝おうとタマモも後に続く。

 

「ったく、アイツは何時まで経っても……」

 

 見送ったエヴァンジェリンが疲れた様子でお座敷に座り込む。

 

「大丈夫、ネギ?」

 

 エヴァンジェリンを心配して世話をする茶々丸を視界に収め、立ち呆けているネギを心配した明日菜が声をかける。

 

「…………僕、今までお母さんのことは考えたことがなかったんです」

「ネギ……」

「お父さんのことは話題に上がったけど、お母さんのことは誰も言わなかったら聞かない方が良いのかなと思って」

 

 大人が考えているよりもずっと子供は周りのことを見ていて、ずっと敏感に空気を感じ取る。

 母性を求める相手もネカネがいたから、ネギは何時しか母のことを無意識に考えないようにしてきた。

 

「周りを責めることは出来んさ」

 

 お座敷に横になって今にも不貞寝しそうなエヴァンジェリンが言った。

 

「でも、母親のことを知らせないなんて酷くない?」

「ナギの妻ともなれば、瞬く間に裏の世界全体にその名が広がってしまう。妻の家か周りに危険になると考えたのか、もしくはその妻の方に名を明かせない理由があったのかは知らんが、身元は可能な限り隠していたんだろ。坊やには大人に成ったら教えるとかじゃないのか」

 

 明確にナギの妻という単語にショックを受けている様子のエヴァンジェリンを影が覆う。

 

「あったぞ。いやぁ、探した探した」

 

 袖に微かに埃を付けた横島が一枚の写真を持って現れる。その後ろでタマモがハックッションとくしゃみをした。

 人を跨いでいったことにエヴァンジェリンが文句を言おうと体を起こすが写真の方に意識が向いていた。

 

「ほれ、ネギ君」

 

 お座敷から下りてつっかけを履いた横島が歩み寄って来てネギに写真を差し出す。

 

「え?」

「え、じゃないって。君のご両親の写真だよ」

 

 横島の顔を見上げて言われたネギは写真を見て、そこに映る三人の姿を目に入れる。

 ネギから見て左側に映るのは、今よりも大分若い横島だ。

 若い横島は一人の女性を間に挟んで、ネギを大きくしてヤンチャさを95%足した青年と肩を組んでいる。その青年が誰かなど考えるまでもない。

 そして二人の男に挟まれて椅子に座って微笑んでいる女性のお腹は大きく膨らんでいる。

 

「これがお母さん……」

 

 初めて見る母親はとても穏やかで優しそうな人に見えたネギは、ずっと抑え込んでいた母を想う気持ちが爆発する。

 

「うぐっ……ぇ、っぁ……あぁっ……」

 

 声を上げて泣くのではなく、写真を見たまま押し殺したように涙を流すネギに困った顔をした横島は、写真を持っているのとは反対の手でネギの頭を撫でる。

 

「詳しいことを知っているわけじゃないから大したことは話してあげられないんだけど、俺が知っていることで良ければなんでも聞いてくれ」

「…………はい、お願いします」

 

 他人に泣いているところを見られただけでも恥ずかしいのに慰められたネギは、年上の男の人にこうやって頭の撫でられたことなど殆どないので身の置き場がない。

 高畑に関しては最初から友達という認識が植え付けられているので、どうにも面映ゆい。

 

「あの時、ノギさんじゃないやナギさんに生まれて来る子に会ったら兄になってくれって言われたんだ」

 

 そう、この感覚は父や友人とは違う。

 いたことのない兄や親戚のお兄さんだろうかと考えたネギは赤面した。

 

「俺もさ、君に同じ言葉を贈るよ。もう直ぐ生まれて来る子供の兄貴になってくれるか?」 

「はい!」

 

 元気良く返事をするネギの肩に明日菜が手を置く。

 

「じゃあ、ネギは私の弟ね」

「叔母さんじゃないの?」

「違うわよ、ゴンちゃん」

「ゴンちゃんは止めい!」

 

 横島の妹なのだから自分はネギの姉の理論を展開しようとした明日菜に茶々を入れたタマモが絶妙の返しに遠吠えを上げた。

 

「上手くいってなによりだが、京都の別荘に行ってナギの情報を仕入れて来いよ」

 

 未成熟な十歳前後の自身と比べて成熟した女としての色気を持つナギの妻に劣等感を感じて完全に不貞腐れたエヴァンジェリンが投げやりに言う。

 

「関西呪術協会の長ならばナギの妻について良く知っているだろう。詳しい話を聞いてみたらどうだ」

 

 それでもそんなことを言う辺り、この十年でかなり丸くなったものだとタマモは思った。

 

「じゃあ、今から行ってきます!」

「金と休みはあるのか?」

「あ」

 

 喜び勇んで今から行かんばかりだったが先立つ物があるのかと聞き返されて固まったネギ。

 

「三年生の授業スケジュールも考えないといけないし、京都まで行こうと思ったらお金が」

「私の制服代とかで一杯使ったもんね」

「何回も吹っ飛ばされてたもんね、明日菜」

「分かってたんなら止めてよ!」

「止めててあれよ」

「マジで?」

「マジで。ま、修学旅行で行けるんだから、それまで我慢したら」

「で、でも居ても立っても居られなくて。ちょっとぐらい、ちょっとぐらいなら」

 

 ギャーギャーと騒ぐ女子中学生の勢いに負けじと京都に行きたいネギの攻防は続く。

 

「いやぁ、若いっていいね」

「横島よ、そう言うのはまだ三十年は早い」

 

 御年600歳に言われると重みが違った。

 結局、カモは怯えっぱなしでネギのスーツの中から出て来ることはなかった。

 

 

 





桜通りの吸血鬼事件は起こりませんでした。
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