さて、これである程度クロプシュトック家の状況は理解してもらえたかと思う。
ようやく、私がどのように生きてきたかについて話せるわけだ。
まあ、クロプシュトック領地内ならともかく、帝国で何かをやるために必要なコネがなくなってしまった状態だったからね。
地道にやるしかなかったよ。
もちろん、父を説得して貴族社会への復帰なんかも考えた。
ほら、曲がりなりにも父は皇帝暗殺未遂事件を起こせたわけだから。
同じように頭を下げまくって、賄賂を贈りまくったら復帰できるんじゃないか……なんて甘いことも考えたよ。
うん、残念。
世の中そんなに甘くないんだ。
おそらくあれは、30年経ったからどうにかなったんだと思う。
人の足を踏みつけた方は5分で忘れるけど、足を踏み付けられた方はずっと覚えているって言うだろ。
私にも覚えがあることだけど、踏みつけられた当事者以外の人間にとっては、時間が記憶を風化させるんだろうね。
それ以外にも、30年という時間の経過ってやつは、いろんな形で皇帝の後継者争いに関わった当事者を、権力世界から遠ざけてしまうんだろうね。
当時、私の父は30代半ば……まあ、クレメンツ派の中心人物の一人ではあったけど、若い方に分類されたはずだよ。
基本的に、権力を握る人間は年寄りの方が多いからね……30年も経てば、顔ぶれが変わるというか、代替わりもするよ。
それはそれで、復讐者の立場の私としては困ったんだけど。
まあ、代替りすれば、生々しい感情は伝聞へと変わり、自然に敵意も和らぐさ。
それに、想像してごらんよ。
後継者の一人息子をなくした父は60代で……なんとか貴族社会に復帰して、養子をとってクロプシュトック家を受け継がせたいなどと賄賂とともに哀願すれば、相手の哀れみも誘えるだろうね。
名門貴族という肩書きが、より一層父の印象を哀れなものにしたと思うよ。
過去の記憶は風化して、もしくは伝聞の形でしか知らなくて……年老いた名門貴族の当主が哀れっぽく頭を下げて頼むんだ。
同情はもちろん、貴族としてのプライドをくすぐるんじゃないかな。
父がそこまで計算したかどうかはわからないけど、勝算はあると思うね。
あと、ほかの要素……おそらくだけど、フリードリヒ4世の治世になって30年、色々と帝国の中のタガが緩んでたんだと思う。
皇帝が軽んじられ、門閥貴族の拡大に加えて、貴族が好き勝手やり始めた。
賄賂なんかが通用する、そういう社会になったってこともプラスに働いたと私は見ている。
そのあたりをひっくるめて考えると、結局、頭を下げて賄賂を贈って復帰へのとっかかりを得るまでには、30年という月日が必要だったんだと思う。
原作において『30年も昔の恨みを……』などと、気楽なことを言える人間が登場するのが証明してるんじゃないかな。
5年や10年じゃダメなんだ。
うん、はっきり言うよ。
ダメだったんだ。
ははは、父は相手にもしてもらえなかったらしいよ。
そりゃあ、生贄だからね。
皇帝の後継者争いで生じた恨みを、集めてもらわなきゃいけないから……5年や10年で、人の気持ちが風化するなんて甘い見方はしないってことだろうね。
さすがだなと思うし、どこまで私は甘いんだとも思った。
そして、後悔したよ。
私のために頭を下げてくれた父に、さらなる屈辱を強いてしまったって。
結局、私はこれで腹を決めた。
父は、この世界で、たった一人残された私の家族だ。
死なせたくないと思った。
希望を与えたいと思った。
その気持ちは変わらないけど、中央に復帰してクロプシュトック家の復権なんて甘い考えは捨てざるを得なかった。
やるしかないだろう?
私は、クロプシュトック侯爵家の後継者だ。
当主である父の財産を受け継ぐ立場だ。
父の思いを、恨みを、復讐を、受け継ぐのは自然なことだろう?
いや、何もおかしくないだろう?
私だって、母、姉、弟、妹を奪われたんだ。
それだけじゃない、いろんなものを奪われた。
貴族でありながら、貴族としての生き方を奪われた。
誇りも、名誉も奪われた。
前世日本人だって、誇りはあるさ。
前世一般人だって、怒りはあるさ。
目の前で、母にあんな死に方をされたんだ……恨みを感じて当然だろう?
なんだか同じことばかり話している気がするな。
わかりにくくてすまない。
そう、レベルを上げて、物理で殴る、だ。
復讐のために力を手に入れる。
軍人を目指すことにしたって話だったね。
ははは、嫌になるぐらい現実を見せつけられてなお、私はまだ甘かったんだ。
軍人を目指す、と言うのは簡単さ。
でも、その時私はまだ、中央から追放および、事実上の貴族社会からの追放って意味をよくわかってなかったんだ。
私は、幼年学校の入学を拒否された。
我ながら笑えるよ。
母の死から、まだ4年しか経ってなかったんだよ。
復讐のために軍人を目指すなんて、『誰もが考えそうなこと』じゃないか。
警戒されて当然だよ。
『あなた』もそう思うだろう?
いや、単純に私が幼年学校に通うことで、貴族とのつながりを持つことを危惧したのかもしれないね。
今になって思うけど、仮に私が幼年学校に入学できていたら……ひどい目にあったかもしれないね。
クロプシュトック家の人間というだけで、周囲からどういう扱いを受けたか、想像するとちょっと怖いよ。
まあ、どうだっていい。
幼年学校に入学できなかった。
重要なのは、それだけだ。
もう想像はつくだろう?
士官学校も、試験を受けることすら拒否されたよ。
父が私のために頭を下げてくれたというのは、この件についてのことだ。
約10年が過ぎたのに。
父は、相手にもされなかったんだ……。
原作の『私』は、一体どんな気持ちで軍人をやっていたんだろうね。
実際、幼年学校、士官学校と入学拒否されて、本気で尊敬したよ。
それはつまり、原作の『私』は、最高でも下士官、下手をすると1兵卒から軍人生活をスタートしたってことだからね。
名門貴族の後継者とはいえ、中央から追放されて、貴族社会からも無視されているような存在だ、おそらく戦場に出ることもなく軍人の階級を与えられて……なんて流れはなかったと思う。
侯爵家の後継者が、そこから……ああ、底とかぶちゃったね、意識したわけじゃなかったんだけど。
まあ、とにかく貴族の意識としては底辺からスタートするのは並大抵の決意ではなかったはずだ。
それに、原作の『私』は原作本編の1年前……帝国歴の486年ぐらいまで生き延びていたってことだからね、大したものさ。
そう思ったとき、少し震えたよ。
私は、『私』のように生きていけるのかと。
前世日本人の、前世一般人の私が、原作の『私』の決意を、生き様を、汚してしまうんじゃないかって。
まあ、悪意的に見れば『やっべ、このままじゃ結婚もできねえ。ここは一つ軍で出世してワンチャン狙うべ』みたいな、かるーい動機だったかもしれないし、ほとぼりが冷めたところで軍に志願して、初陣で死んじゃったなんてギャグみたいな展開だったかもしれない。
うん、その可能性はある……否定はしない。
私は、そうじゃなかったとは思うけどね。
クロプシュトック家の絶望を味わいながら生きてきたら、そんなお気楽な性格にはならないと思うし。
ただ、少々原作の『私』を美化しすぎかも知れないとは思う。
でも、そのぐらいの夢を見ることぐらいは許して欲しい。
復讐って聞くと、どこかドラマティックで、鮮やかなシーンを連想するだろうけど……そこに至るまでは、もっと地道で、つらく苦しい道のりだよ。
復讐を成功させた人間。
復讐に失敗した人間。
もちろん、後者のほうが数は多いと思う。
でも、表に出てこない……復讐を諦めた人間は、もっと多いんじゃないかなって思う。
原作の『私』の存在を心の支えにしたいと考える私を、弱者と笑うかい?
うん、さっきも言ったけど、少し疲れているのかもしれない。
だから、こんなふうに私の復讐の根源を口にすることで、思いを新たにしようとしてるのかもしれないね。
すまない、また少し話がそれたね。
そう、最初に考えた、士官学校に入って、軍で出世して、レベルを上げて物理で殴る……というのが、難しくなったとこまでだ。
無理とは言わない。
30年とは言わず、15年ならどうだろう、20年ならどうだろう。
また色々と根回しすれば、もしかすると、士官学校への入学が許されるかもしれないからね。
だって、少なくとも、原作の『私』は戦死できたんだ。
軍人になる道が閉ざされていたわけじゃないってことだろう。
前世日本人、前世一般人の私としての意見だけど、復讐で何が一番難しいって……『じっと待つこと』だと思う。
幼年学校への入学を拒否されたあと、私は父について領地経営を学びながら、領地の私設軍にも参加して軍人としての知識や鍛錬をして時を過ごした。
前世の記憶が知能におけるレベルキャップになってるんじゃないかって思うけど、身体能力に関しては前世のそれよりはるかに優れていた。
もちろん、貴族としての学習も……というか、実は一番これが苦手だった。
前世日本人の記憶の弊害かな、うん、そういうことにしとこう。
ああ、この頃はまだ私も、『復讐一色』ってわけじゃなかったなあ。
貴族社会の復帰、クロプシュトック家の復権に向けての長期計画とか、教育と鍛錬の合間に、夢見がちな坊やな日々を過ごしていた。
領地経営の合間にそんな計画を口にする私を……父がね、優しい目で見ていた。
たぶん、わかっていたんじゃないかな。
そして、言えなかったんじゃないかな。
私にとっては、いい父親なんだ。
逆恨みの挙句、皇帝暗殺に失敗したバカなんて言わせたくはない。
英雄に目を奪われることもあるだろう。
いぶし銀の活躍をする存在に胸を躍らせることもあるだろう。
でも、世界の大部分はモブで構成されている。
モブの悲しみを知ってくれ。
無意識にモブを踏みにじるのはやめてくれ。
いや、私にそんなこと言う資格はないか。
私は、復讐のために多くのモブを踏みにじってきたんだからね。
そしてこれからも踏みにじろうと思ってる。
それでも、モブの悲しみを、嘆きを、叫びを、忘れたつもりはない……というのはただの言い訳だ。
そして、士官学校にも入学できなかった後のことだ。
ようやく、私がクロプシュトック家の絶望を本当に理解し始めた時期だといえるね。
夢見がちな坊やではいられなくなった時期でもある。
もちろん、教育と鍛錬は続けた。
前世一般人だったけど、教育と鍛錬の日々にはそれなりに慣れているんだ。
苦手だったけど、貴族のマナーというか、貴族社会に出しても恥ずかしくない程度には貴族らしいことができるようにもなった。
まあ、必要にはならなかったけどね。
この頃だったかな、父に『顔つきというか、目つきが変わってきた』って言われたのは。
少し、父が悲しそうだったのが印象に残っている。
たぶん、私の中で『復讐』を『現実』として見始めた頃だろう。
私は鍛錬を続けながらも、復讐に至る別の道を模索し始めた。
頭を下げて、1兵卒からの軍人志望は、最後の……いや、最後からふたつ程手前の手段だ。
どうせやるなら、少しでも可能性が高い方法。
そして、できるならば父が笑って死んでいけるような手段……クロプシュトック家が復権を果たし、続いていく未来。
まだまだ私は、夢見がちな坊やだった……笑えるよ。
もしかすると私は、ものすごくポジティブな性格なのかもしれないね。
夢をあきらめない、希望を追い続ける。
前世日本人らしいだろ?
いろいろ考えた挙句、私は一度フェザーンに行くことにした。
帝国貴族でありながら、領地に引きこもって、しかもほかの貴族との付き合いもないとなると、帝国の動向にすら鈍くなる。
フェザーン商人との取引の際に伝わって来る情報だけではね、正誤の判断も取れやしない。
原作知識があるだけに、私はどうしてもフェザーン商人に関して色眼鏡で見てしまう部分があってさ。
それはまずいとわかっていたんだけど、こんな状況のクロプシュトック家に地球教が手を伸ばすこともあるんじゃないかって考え出したら止まらなかったんだ。
そのためにも、一旦領地から離れて別の視点で世界を見たかった。
よく言えば、外に目を向けることができた。
悪く言えば、ただ待つことに耐えられなかった。
これが正しいかどうかなんてわからない。
私は、私なりに精一杯考えて、行動して、生きてきた。
もちろん、父とはいろいろ話し合ったよ。
フェザーンで何をするのか?
ただの観光に近い滞在なのか?
領地経営に絡めて、会社を作るのはどうか?
時期は、規模は……。
話すことはいくらでもあった。
その手段も含めてだ。
帝国貴族ってのは、不自由な生き物だ。
名目上は帝国領の自治区なのに、貴族がそこに行こうと思ったら、許可を取らなきゃいけないんだ。(笑)
まあ、どうしても宇宙船で移動しなきゃいけないからね。
誰が、どういう目的で、どの航路を……みたいなデータをもとに、星系巡視隊がパトロールしてるわけだから。
さて、幼年学校への入学を断られた私だ。
許可が下りるかどうか疑問に思うのは当然だろう?
一応、フェザーン商人とのやり取りなんかは普通に許されたんだけどね。
色々と話し合ったよ、色々とね。
拝金主義と蔑まれる、フェザーン。
生まれて初めて自分の目でそれを見たとき、私は18歳だった。
おそらく、私は、原作の『私』とは違う道を歩み始めたんだと思う。
そのために私は……一旦クロプシュトックの名を捨てたんだ。
復讐への道は厳しい……。
次話は……来週ぐらいの見込みで。