某侯爵の一人息子(三十代独身)をやってます。   作:高任斎

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あ、殺人描写があります。
ご注意ください。


7:血塗られた道。

 うん、まあこんなとこかな。

 話しながらまとめるのって難しいね。

 細かいことにこだわりすぎたり、時系列がバラバラだったり。

 でもまあ、今までの話で、なんとなく事情は理解できただろ。

 

 ああ、先に言っておくけど、大声を出しても意味はない。

 じゃあ、外してあげるから少しおしゃべりしようか。

 

 

 そして私は、彼から言葉を奪っていた轡を取り外した。

 最初は戸惑い、その次に怯えや恐怖……私が長く喋っていたのもあるだろうけど、落ち着きを取り戻したようだ。

 なによりも、私を睨みつける目に力が戻っている。

 

「狂人め……」

 

 まあ、そうだろうね。

 前世の記憶がどうとか、原作の歴史がどうとか……うん、狂ってるとしか思えないだろうなあ。

 でもまあ、そうとしか説明のしようがないんだ。

 

「クロプシュトック侯は、クレメンツ大公の企てに参加していたのだろう?ならば処刑が妥当なところ、命を助けてもらっておいて、復讐だなんだと申すか!」

 

 ああ、うん。

 その理屈は、ほかの人からも聞いた。

 だから同じ答えを返す。

 理屈じゃなくて感情の問題……狂気の沙汰だ。

 

 話はする。

 言い分も聞く。

 でも聞くだけだ。

 考慮しない。

 考慮する意味がない。

 私がクロプシュトックの名を出した以上、あなたは死ぬしかないし、私は殺すしかない。

 あなたの父親は、能力のない人間を引き上げることはないようだし、それは身内も含めての話だろう。

 30代で省のトップ3の地位についている……あなたの優秀さは疑いようがない。

 そんなあなたが、それに気づかないわけがない。

 

 ちなみに、私がここまで時間をかけて喋ったのは、『あなた』に対して親近感を抱いているからだ。

 

「親近感……だと?」

 

 そう、『あなた』も私と同じように、父親が有名だ。

 もちろん、クロプシュトック侯爵とリヒテンラーデ侯爵とでは、随分と差があるとは思うけど。

 父親が有名で、しかしその息子は『死んだことでしか語られない』ってところがね。

 女子供以外は、リヒテンラーデ一族は皆殺しだもんなあ。

 

 ……ああ、そんな顔をしないでくれ。

 狂人の頭の中の歴史のお話さ。

 

 この世界の歴史が、そのとおりに動くかどうかはわからないけどね。

 実は今、少し楽しみにしてることがあってね。

 ああ、あなたを殺すことじゃない。

 別に、復讐は……あなたにとっては逆恨みかもしれないけど、特に楽しいものでもないよ。

 

 やるべきことをやっている。

 仕事みたいなものさ。

 私にとってはね。

 

 狂人のやることだよ、それでいいじゃないか。

 

「……私を殺したところで、父はなんの痛痒も覚えぬよ。父にとって重要なのは、陛下であり、帝国そのものだ。息子である私はもちろん、姉や妹、甥や姪が死のうと、顔色一つ変えずに職務に励むだろうさ」

 

 吐き捨てる……とはちょっと違う、どこか自嘲の響きがあった。

 

「さっき、カストロプ公の話が出たな」

 

 え、ああ、そうだね。

 

「カストロプは、生贄だ……父は、この先帝国の統制が乱れていくと見ている。貴族の不満や恨みはどこへ向かうと思う?当然、陛下だ。だからこそ、父は生贄を求めた……おぞましい話だ」

 

 ああ……なるほど。

 

 じゃあ、やはりそうなのか。

 状況証拠に過ぎないとは言え、クロプシュトックの生贄に関して、その中心にいたのは間違いなさそうだな。

 まあ、新事実というより、前からわかってたことを、確認するぐらいの感覚だけど。

 彼から情報を聞き出す手間が省けたと思おう。

 

「貴様の……クロプシュトックの話を聞いて、納得すると同時に笑いたくなった。あれほど優秀な父であっても、成功体験にとらわれるものらしいとな。生贄(カストロプ)が好き勝手やればやるほど、生贄(カストロプ)は孤立を深め、ますます貴族の不満が集中する……バカバカしい、その理屈はわかるが、ただの先送りに過ぎん」

 

 彼の表情が歪む。

 それがどこか、泣くのを我慢する子供のように見えた。

 だから、ほんの少しだけ、止めてやるべきかと考えてしまった。

 

「陛下だ、父は陛下のことしか考えていない……最悪、陛下の御世さえ無事に終わればそれでいいと思ってるフシさえある……何の意味がある、それに一体何の意味がある……未来や、希望を切り捨てるだけではないか……」

 

 その言葉に、冷たいものを感じた。

 原作におけるフリードリヒ4世が言った言葉、『滅びるならせいぜい華麗に滅びるがよい……』だったか。

 帝国の状態というか、行く末に関して……『リヒテンラーデ侯が気付かなかった』なんてことがあるのだろうか。

 財務尚書、宮内尚書、内務尚書と歴任し、今は国務尚書。

 国務尚書ってのは、言ってみれば帝国宰相代理みたいなものだ。

 下からの報告が完全に正確に行われているかどうかについて疑問はあるけど、帝国の状態について最もよくわかっているのが、リヒテンラーデ侯と言っても過言じゃないだろう。

 

 仮に、わかっていて何もしないというなら、2つの理由が考えられる。

 

 1つは、何らかの理由で、解決策を実行できない。

 これは、権力、予算など、いくらでも要素がある。

 陛下の強権も……帝国全盛期のそれには程遠い。

 というより、予算の制約は大きそうだ。

 うん、ありえるといえばありえる。

 

 そしてもう一つは、手遅れだから。

 何をしても先送りでしかない。

 

 ああ……そうか。

 リヒテンラーデ侯には、言うことをきかせる武力がない。

 ラインハルトとは違うんだ。

 

 と、すると……原作でリヒテンラーデ侯爵がラインハルトと手を組んだのは、単純な権力争いってだけじゃなく、邪魔な門閥貴族を一掃するという狙いもあったのかな。

 帝国を経営するうえで、何が問題かというと……結局は貴族の存在にぶち当たる。

 それぞれの経営手腕の問題じゃなく、帝国の領土のつながりが寸断されるという意味で。

 良くも悪くも、社会は変わる……いや、状況は変化していく。

 帝国の体力そのものが減衰していること、これが重要な変化だ。

 商人の真似事をしていると、殊更にそのことがよくわかる。

 商人には、貴族全体を動かせない。

 既に皇帝もそれができなくなっている。

 皇帝が命令すれば、みんなが言う事を聞くなんて単純な話じゃない。

 だったら、そもそも後継者争いなんて起こらない。

 みんながみんな、自分の都合で動く。

 権力も、人も、そんな単純なものじゃない。

 面従腹背、消極的不服従、そんなものは、どこにでも転がっている。

 それが積み重なれば、何も動かなくなる。

 

 言ってみれば、ラインハルトの存在は、劇薬だ。

 上手く使おうと思ったか、それとも……。

 

 

 

 気が付けば、考えに耽っていた私を彼が見つめていた。

 

「貴様はもともと処刑されるべき一族だった。その境遇に哀れみを感じないとまでは言わんが、私は貴様を不幸とは思わん。父親に愛されていたのだろう?そして自らそれを捨てた……馬鹿で、狂人だ」

 

 ああ、罵声や呪いよりずっと効くね、その言葉は。

 そっか、リヒテンラーデ侯は、家族にとってはいい父親ではなかったか……仕事人間と評するのは簡単だけど。

 

「……私のことはもういい。姉や妹、甥や姪には手を出すな、いや出さないでくれ、頼む……と、言うこともできなかったのだな、貴様は」

 

 未来は誰にもわからない。

 でも、その予定はないから、ひとまずは安心していいよ。

 というか、あなたはなんで独身なの?

 私より年上で、出世もしてるんだから……そのあたり、リヒテンラーデ侯爵は、しっかりしてそうなのに。

 昔、婚約者が病気で死んじゃったのは調べたけど。

 

「……」

 

 あ、いや。

 話したくないなら別にいいや。

 隠れて交際してる女性がいるとか、ひっそりと子供がいるとかなら伝言を届けてもいいぐらいに、親近感は持ってるんだよ、本当に。

 

「仕事が忙しくてそんな暇はない」

 

 あ、はい。

 

 

 こういう事を聞くと、世界が宇宙でのドンパチと陰謀だけで構成されてるわけじゃないって実感する。

 リヒテンラーデ侯のスケジュールを調べたことがあるけど、もちろん断片的にしかわからなかったけど、60過ぎの人間のスケジュールじゃないよ、本当に。

 

 

 ふう。

 

 じゃあ、()ろうか。

 

 私のつぶやきに、彼の瞳がかすかに揺れる。

 まあ、そんなもんだろうと思う。

 悲鳴を上げたり、泣き叫ばないだけ立派だとも思う。

 泣こうが喚こうが、みっともないとは思わない。

 誰だって、死ぬのは怖い……当然だろう。

 その、家族の『死』を弄ばれた私が、誰かの『死』を弄ぶ。

 

 まさしく、狂気の沙汰だ。

 

 

 拘束されている彼の身体を持ち上げて、袋に入れる……二重に。

 不安そうな彼に説明してあげた。

 

 血の汚れはおとすのが大変だからね。

 

 そう言うと、おそらく私の実家の惨劇を思い出したのだろう、彼は何も言わなかった。

 

 まあ、それは間違いじゃない。

 ただ、前世でも、飛び降りや飛び込み自殺があったけど、あれ、後始末をする人間がいるんだよ。

 その人の話を聞いたことがある、それだけだ。

 

『飛び降りるなら、ゴミ袋を3重にして、その中に入ってから死んでくれ』

 

 あの言葉は結構衝撃的だった。

 

「……次は、父を狙うのか?」

 

 警護が厳重だから、そう簡単にはいかないかな。

 あと何人か、確かめたい人もいるし。

 グリンメルスハウゼン子爵あたりから、なんか面白い話でも聞けないと思ってるんだけど。

 

 彼が怪訝そうな顔をする。

 

 やはり、そういう認識か。

 まあ、私も、彼が原作通りの人間じゃないと思っているし、原作での発言が全て正しいとも思っていない。

 他人に知られてはいけない秘密を、かの老人の前で、ひとりやふたりならともかく、何人もが話すのは不自然だ。

 どんなに侮っていても、陛下のそばに仕えていた人間の前で漏らしてしまうような秘密は秘密じゃないだろう。

 普通に考えるなら、何らかの諜報組織があって……そのトップってことだろう。

 

 ただ、それならそれで何らかの噂が出てもいいはずなんだけど……。

 今まで殺した連中の反応も、みんな彼みたいな感じだしな。

 正直、わからない。

 

 

 

 母の形見を手に取る。

 母が家族を、自分自身を殺した刃物。

 そして、私を殺そうとした……大切な形見。

 刃を見る。

 手入れのおかげで、曇りはない。

 刃に映る私を見ながら。

 母を思う。

 姉を思う。

 妹を思う。

 弟を思う。

 

 これまでに殺したのはほぼ、老人、もしくは初老の人間だった。

 

 彼は、無関係だ。

 

 ただ、リヒテンラーデ侯の1人息子というだけで、殺す。

 

 

 笑い声が出た。

 前世の記憶だ。

 ぴったりのシチュエーションじゃないか。

 なのに、彼にはその言葉の本当の意味を理解することができないだろう。

 

『……君のお父上がいけないのだよ』

 

 ああ、私の声じゃないみたいだ。

 やはり、借り物の言葉には、力がない。

 笑いが止まらない。

 

 いいさ、笑いながらで。

 笑いながら()ろう。

 楽しむことが大事だって、誰かも言ってたしな。

 

 母の形見を手に握り、彼の左脇の下から刃先を刺した。

 身動ぎをさせないように、左手で肩を押さえながら、右手を深く差し込んでいく。

 鎖骨の隙間から心臓を狙うと、血が噴き上がって汚れる。

 本当に、噴き上がる。

 

 母の形見を抜く。

 溢れる血が、袋に溜まっていく。

 押さえつけている彼の身体から、目から、力が抜けていくのが分かる。

 血をこぼさないように、彼の首の部分で袋を縛っていく。

 1枚目。

 2枚目。

 

 

 いつしか、私の笑いは収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、私は日常に戻る。

 日常に潜む。

 彼の死は、何らかの憶測を生むだろう。

 私なんかより優秀な人間は、それこそ腐るほどいる。

 

 おそらく、破滅の時は近い。

 いや、最初から終わっているようなもんだ。

 私は、どこまでいけるだろう。

 

 

 

 

 ほどなくして。

 私が楽しみにしていたこと。

 狂人の、頭の中の歴史のできごと。

 それが起こった。

 

 エル・ファシルの奇跡。

 

 帝国歴479年、この宇宙に、英雄が生まれた。

 名前を確認するまでもないだろう。

 英雄たちの物語が始まる。

 

 

 

 

 その宇宙の片隅で、私は復讐者として地を這い、闇をゆく。

 

 来年、帝国歴480年に、私は30歳になる。

 原作の『私』は、おそらく帝国歴485~6年あたりまで生きた。

 私はどこまで行け(ころせ)るだろう。

 私はどこまで生きるだろう。

 

 ヴァルハラに興味はない。

 既に、家族に別れは告げた。

 

 地獄へと続く、血塗られた道を、私は歩いていく。

 

 




さて、ここで、もう一度タイトルに注目願いたい。

『某侯爵の一人息子(三十代独身)をやってます。』

これが、こうなる。

『リヒテンラーデ侯爵の一人息子(三十代独身)を()ってます。』


内容に合わない変なタイトルだな、と思ってくれていたなら計算通り。
リヒテンラーデ侯爵の息子の立場(拉致、監禁のうえ、頭のおかしい話をべらべらとしゃべり続けてる狂人と二人きり)を想像して、変な笑いを浮かべて下さればなによりです。
リヒテンラーデ侯の子息については描写がなかったので、物語に合わせました……まあ、こじつけともいう。
感想で主人公の『独身』について触れられたときはドキドキしました。







……この続きは、別の章タイトルで。
主人公が破滅というか、死ぬまでのお話ですね。
今のところ、これというタイトルが思い浮かびません。

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