問題児たちと《偽物転生者》が異世界から来るそうですよ? 作:嘉多華
―――箱庭二一○五三八○外壁・内壁。
天燈たち四人と三毛猫は石造りの通路を通り、箱庭の幕下に出る。そして頭上から降り注いだ眩しい光に一瞬目を閉じ、再び目を開いて見えた景色に驚嘆の声をあげた。
「ここが、箱庭・・・・・・」
「・・・・・・外から天幕の中に入ったはずなのに、太陽が見えてる」
「わあ、これはびっくりだよ」
上空から見た時には箱庭の町並みは見えていなかったはずなのに、都市の空には太陽が姿を現している。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」
「それは何とも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら」
「あっはっは、さすがに吸血鬼なんていないでしょ。僕もさすがに見たことないし――」
「え、居ますけど?」
飛鳥に何を冗談をと思って一笑に付した瞬間、ジンによりあっさりと肯定されてしまった。一瞬何を言っているのかわからずにフリーズしてしまった天燈は、ジンに掴み掛かり質問する。
「ほ、本当にいるの!?」
「は、はい。本当です」
天燈の勢いに気圧ながらもジンは肯定を返す。天燈はあまりの嬉しさに天を仰いで感激の叫びをあげる。
「なにそれなにそれ、すっごい気になるよ! 吸血鬼! 伝説では聞いていたけど実際に会うのは初めてだよ! ああ、いったいどんな感じなんだろうなぁ~。いまから楽しみだよ!」
一人だけ浮かれる天燈とは違い、何とも複雑そうな顔をする飛鳥。実在する吸血鬼がどんなものかは分からないが同じ町に住めるような種とは思えなかった。
詳しい話は食事をとりながらにしようと言うジンの提案で、一行は手近にあった『六本傷』の旗を掲げている店に入った。
注文を取るために店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出てきた。さすが店員客の姿は見逃さない。
「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」
「えーと、紅茶を三つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとコレと」
「にゃー!」
「はいはーい。ティーセット三つとコーヒーを一つ、ネコマンマですね~」
「「「え?」」」
「・・・え?」
天燈を除く三人が驚きの声を上げる。中でも一番驚いている様子の耀が、信じられないものを見るような目で猫耳の店員に問いただす。
「三毛猫の言葉、わかるの?」
「そりゃわかりますよー私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」
『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘ガミしに行くわ』
「やだもーお客さんお上手なんだから♪」
猫耳の店員は長いかぎ尻尾を揺らしながら店内に戻る。後姿を見送った耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。
「・・・・・・箱庭ってすごいね。私以外にも三毛猫の言葉がわかる人がいたよ」
(そんなに驚くようなことかなぁ。猫耳が生えてるんだから猫の言葉がわかるのは普通だと思うんだけどな)
一人だけ全く別の事に驚いていた天燈。ちなみに天燈もその気になれば他の動物の言葉を理解することが出来たりするのだが、それは今は内緒にしておいた。
「ちょ、ちょっと待って。あなたもしかして猫と会話できるの!?」
珍しく動揺した声の飛鳥に、耀はこくりと頷いて返す。続けてジンも興味深そうに質問を続けた。
「もしかして猫意外にも意思疎通は可能ですか?」
「うん。生きているなら誰とでも話はできる」
「それは素敵ね。じゃあそこに飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来・・・・・・る? ええと、鳥で試したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど・・・・・・ペンギンがいけたからきっとだいじょ」
「ペンギンッ!?」
「そ、それはすごいですね。しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言葉の壁と言うのはとても大きいですから」
「そうなんだ」
「一部の猫族や黒ウサギのような神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいと言うのが一般です」
その言葉に天燈も驚く。自分にも当たり前のようにできることがそんなに珍しいとは思わなかった。
「へえ、そんなにすごいことなんだぁ・・・・・・」
「すごいと言えば、さっきの依桜さんもすごかったわね」
まさか話を振られるとはもっていなかった天燈は、目をぱちくりとさせて聞き返す。
「さっきのって、なんのこと?」
「ほら、黒ウサギとのゲームの時の事よ」
「うん。あれはすごかった」
飛鳥の言葉に耀も頷く。
「ずっと気になっていたのだけれど、あれってどうやったの?」
「・・・そんなに気になるの?」
「うん。私も教えてほしいかな」
二人で興味津々といったまなざしを向けて質問してくる。天燈はうーんと一つ唸ると、
「悪いけど。種明かしはしない主義なの。だからごめんね」
「あら、依桜さんは手品師かなにかなの?」
「うん。ここに来る前はずっと旅をしていたから。お金を稼ぐには何かする必要があったし、僕自身割と手品は得意だったからね」
「旅? その年で旅を?」
「ん? まあね」
耀の問いに一瞬疑問が浮かんだが、これもまた今明かすようなことでもない。年齢なんて、僕にとっては特に意味はないしね。
「そう・・・・・・素敵ね。依桜さんも春日部さんも素敵な力があるのね。羨ましいわ」
困ったように頭を掻く天燈とは対照的に飛鳥は憂鬱そうな声と表情で呟く。
出会って数時間の耀にも、その飛鳥の表情はらしくないと感じた。
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわ。依桜さんも。よろしくね、春日部さん、依桜さん」
「うん、よろしく~」
「う、うん。それで、飛鳥はどんな力を持っているの?」
「私? 私の力は・・・・・・まあ、酷いものよ。だって――」
飛鳥が何かを話そうとした瞬間にいきなり誰かがどしんと四人が座るテーブルの空席に勢いよく腰を下ろした。
「おんやぁ? 東区画の最底辺コミュニティ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか」
貧のない声がしたので振り返ってみれば、二mを超える巨体をピチピチのタキシードで包んだ変な男がいた。
その態度を見るに、おそらくジンとこの変な男は知り合いらしい。
「ガルド・・・・・・」
ガルドと呼ばれた男に、失礼な態度をとられた三人は冷ややかな態度で質問する。
「どなたかしら?」
「初めまして、お嬢様方。私はコミュニティ“フォレス=ガロ”のリーダーをしている、ガルド=ガスパー。以後、お見知りおきを」
こちらを見下した態度でそういうガルドを見て、天燈は結論付ける。こいつは気に入らないと。
☆ ☆ ☆
「あーもう! いったいどこに行っちゃたんですか!」
一方その頃。黒ウサギが十六夜を探し始めてから反刻が過ぎようとしていた。
上空4000mから見れば大したことのない距離に見えたのだろうが、四人と一匹の落下した湖から“世界の果て”に伸びる街道はとてつもない距離がある。さらに道中は森林を横断しなければならないため、所見で辿り着けるとは思えない。
それよりも黒ウサギが心配しているのは、
(このあたり一帯は特定の神仏がゲームテリトリーにしています。もし彼らの口車に乗せられてゲームに参加させられていたら・・・・・・!
ますます持って彼の身が危ない。
焦りを募らせる黒ウサギだったが、突如大地を揺らす地響きが鳴り響き、すかさず大河の方角を見ると、肉眼で確認できるほどの巨大な水柱がいくつも立ち上がっているのが確認できた。
「まさか――」
それは通常のゲームが行われているのなら、ありえない現象であった。
悪い予感がした黒ウサギは、さらにスピードを上げて水柱のもとに向かう。
風を追い抜き、木々をしならせ、光のごとく森を抜けた黒ウサギ。眼前が開け、わずか数瞬後には森を抜けて大河の岸部に出た。
先ほどの水柱の影響で、あたりはまるで雨が降っているかのようになっている滝の前に、十六夜の姿を見つけその無事を確認する。しかし、黒ウサギの胸中に湧き上がる安堵は全くない。散々振り回された彼女の胸中はもう限界だった。
はあはあと肩で息を吐く黒ウサギの存在に気が付いた十六夜が振り返って言う。
「あれ、お前黒ウサギか? どうしたんだその髪の色」
乱れた息を整えるために膝に手をついたまま、若干眼の端に涙を浮かべ、怒りを込めて叫ぶ。
「もう、いったいどこまで来ているんですか!」
「“世界の果て”まで来てるんですよ、っと」
十六夜の小憎たらしい笑顔も健在だ。心配は不要だったらしく、どこにも傷はない。せいぜいこの水のせいでびしょ濡れなぐらいだ。
「って、まあそんなそんな怒るなよ」
「十六夜さんが、神仏にギフトゲームを挑んだんじゃないかと思って冷や冷やしてたんですよ。さ、ご無事なら早く帰りましょう」
「挑んだぞ」
「・・・へ?」
「神仏にギフトゲーム」
え? と黒ウサギが硬直した直後。十六夜が指差した川面が大きく盛り上がり、白くて長いものが、その巨体を現した。
『まだ・・・・・・まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』
それは、身の丈三十尺強はある巨躯の大蛇だった。それが何者かを問う必要はないだろう。間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。
「す、水神・・・・・・! って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」
ケラケラと笑う十六夜は事の顚末を話す。
「なんか偉そうに『試練を選べ』とか言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか試させてもらったのさ。結果はまあ、残念な奴だったが」
『貴様・・・・・・付け上がるな人間! 我がこの程度の事で倒されるか!!』
蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。あの水流に巻き込まれたが最後、人間の体など容赦なく千切れ飛ぶのは間違いない。
「十六夜さん! 下がって!」
「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ」
本当に面白い、といった楽しそうな表情だった。その表情を見て、黒ウサギも始まってしまったゲームには手出しできないというのもあり、何もできない。
十六夜の言葉に蛇神は息を荒くして応える。
『その心意気は買ってやる。それに免じて、この一撃を凌げば貴様の勝利と認めてやる』
「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ!」
『その戯言が貴様の最後だ!』
竜巻く水柱は三本。それぞれが生き物のように唸り、蛇のように襲い掛かる。この力こそ時に嵐を呼び、生態系さえ崩す、“神格”のギフトを持つ者の力だった。
「十六夜さん!」
黒ウサギは叫ぶ。しかしもう遅い。
竜巻く水柱は、十六夜の体を呑み込もうと迫る―――!
「―――ハッ、―――しゃらくせえ!!」
絶対的な暴力。人間にどうこうできる筈のないそれを、あろうことか十六夜はただ腕の一振りで薙ぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
驚愕する二つの声。それはもはや人智を遥かに超越した力である。蛇神は全力の一撃をはじかれ放心するが、十六夜はそれを見逃さない。獰猛な笑い声とともに飛び上がった十六夜は、
「ま、中々だったぜオマエ」
大地を吹き砕くような爆音。蛇神の脳天に向かって放たれた十六夜の蹴りにより川に落下する蛇神。その衝撃でまたもや大きく打ち上げられた水しぶきがあたりに降り注いだ。
しかし、黒ウサギにはそれを気にすることもできないくらいにパニックになっていた。
(人間が、神格を倒した!? そんなデタラメが―――!)
驚く黒ウサギの目の前で着地した十六夜は冗談めかして言った。
「くそ、今日は良く濡れる日だ」
どんなに信じられないことでも、現に目の前でそれは起こったのだ。
(いえ、だからこそ、この力があれば!)
先ほどまでただの問題児にしか見えなかった十六夜が、今は希望に見えた。
十六夜はびしょ濡れになりながら思う。今回の蛇神との戦いもなかなかに楽しめたが、それ以上に気になっていることがあった。
あの時、依桜天燈と名乗ったあの少女の行ったあのマジック。どういう訳か十六夜にも全く理解できなかった。
自分の手元で起こったことだ。あそこまで近くで見ていれば少なくとも何かわかることがあってもおかしくない。
それ以前に、どうやればあそこまで正確にたった一枚のカードだけを手元に残し、なおかつ残りのカードを正確に全員の手元に飛ばすことができるのか。カードの場所を覚え、数枚程度であればできないことはないかもしれないが、少なくとも十六夜には絶対にできない。
本人が言っていたようにマジックである以上何らかのタネがあるのだろうが、その断片すら見えなかったのだ。加えてあの時十六夜は、自分がやったように全てのカードを覚えることができないように手を加えてシャッフルした。だから目的のカードがどこにあるのかなんてわかりようがなかったはず。
だが天燈は目的のカードだけを正確にそれぞれの手元に弾き飛ばし、たった一枚のジョーカーだけを十六夜の手に実際に残して見せた。
それを問いただしてみたいと思ったのが、デートに誘った理由だったりする。
(さてと、何やら隠している黒ウサギにも聞きたいこともあるし、あの依桜って奴にも聞きたいことは山ほどある。これから面白くなりそうだ)
十六夜の胸にはこれから多くの面白いことが起こりそうな予感でいっぱいだった。
十六夜君はそんなわけで天燈ちゃんのことが気になり始めているようです。はたしてこれは恋愛に行くのかどうなのか・・・。ほんとどうしよう?