拙者の作品『星のカービィ -DARKWARS-』に登場した鏡飛彩と風鳴翼を主役とした短編になります。
復活したダークマター一族の長・ゼロの野望が潰えて早数ヶ月。
あれからそれほどと時間を置かず、宝生永夢らドクターライダー達は新たなる戦いに身を投じることとなった。
幻夢コーポレーションCEO、檀黎斗が本性を現したことで始まった、決して楽ではない試練の数々。
それらを乗り越えた末、彼らは、一般人が仮面ライダーに変身してバグスターと戦う命がけのサバイバルゲーム『仮面ライダークロニクル』の完成を寸前で食い止めることに成功した。
結果として檀黎斗の拘束は叶わず、彼の消滅という結末を許してしまったが、人類を悪魔の野望から救い出したことに変わりはない。
大きな事件が一段落し、ドクター達に束の間の安息が訪れた……。
これは、そんな間に起きた一つの小話。
己が成すべき使命のために剣を掲げた者達の、物語…………。
────急患だ。
鏡飛彩はその一つの連絡でショートケーキのスポンジに突き立てようとしていたフォークを机に置いた。
バグスターウイルス検知機のゲームスコープを首にかけ、聖都大学附属病院所属ドクターの証である白衣を翻しながら、CRのゲーム病特別治療室へ足を踏み入れる。
病室には、既に患者である少女が大掛かりな検査機の上に寝かされており、呼吸や表情が安定していない。
少女は、とある感染症に侵されていた。
それはゲーム病。バグスターウイルスに感染することで発症するこの病は、飛彩らドクターライダーと称される仮面ライダーにしか治療できない。
故に、飛彩がここにいる。
「患者は黄勢桃ちゃん17歳。学校で体育の授業中にゲーム病を発症したらしい」
意識のない少女──桃を静かに見下ろす飛彩の隣に、彼の父親でありこの病院の院長を務める鏡灰馬が並んで説明する。
が、彼はどうでもよさげに聞き流してウイルスの種類を知るべく機械を動かしていた。
治療はする。しかしあくまで患者の内面には寄り添わない……それが飛彩の主義だからだ。
診断が終了する。検出されたのは、ドレミファビートのバグスターウイルス。
ポッピーピポパポではない。初めて見るタイプのバグスターだった。
「う、ん……?」
その時、小さく、息を吐くような微かな声。
患者が目を覚ました。
「ここは……?」
桃は状況がまだ呑み込めていないのか、視線だけを左右に動かし見慣れないCRの室内に困惑する。
「ここは聖都大学附属病院の電脳救命救急センター・CRです。あなたはゲーム病だと診断され、搬送されました」
「CR?ゲーム病?」
不安がる桃に淡々と告げる飛彩。だがやはり、矢継ぎ早に飛んでくる専門用語に彼女はぐるぐると目を回す。
どう見ても理解などしていないであろうその様子に、飛彩は。
すると灰馬がちょいちょいと白衣の裾を引っ張ってくる。向かう場所は、治療室の外。
「飛彩。ご家族は両親共に海外務めだそうで……」
「そうか。二度手間にならない分好都合だ」
飛彩はそう言って、再び桃の傍に立った。
「あなたは「あの!」
いざ口を開こうとした飛彩の言葉を、少女が遮る。
「……なんでしょう」
声はそこそこ大きかった。不安と戸惑いから生まれた緊張がそうさせたのだろう。聞きたいことが山ほどあるのは、飛彩もとっくに察している。ウイルスの活性が危険視される以上、ここは患者の好きにさせた方がいい。
発言の許可は、無言の肯定。
桃は恐る恐る笑顔のない飛彩に問うた……。
「私は、病気なんですか?」
「ああ」
「どのような?」
「ゲーム病。新種の感染症だ」
「ゲーム病……」
桃の表情が曇り、頬は恐怖で青ざめていた。
当然だ。聞いたこともない(正確には秘匿されている)未知の病に犯されていると知って正気でいられる人間の方が稀というもの。それこそ、生きることを諦めていたりしない限りはいそうですかと受け入れられるわけがない。
チラリと検査機器に目を向けると、僅かだがゲーム病の症状が進行していた……。
バグスターは、感染者のストレスと共に成長し、やがてその命を奪って存在を完全確立する。
もしも達成されてしまえば、それ即ちドクターにとっての敗北。
天才として業界に名を轟かせる飛彩に、それは許されない。
否、例えドクターでなくとも、許す訳にはいかない。
「……名乗るのが遅れたが、君のオペを担当する鏡飛彩だ。病は必ず治してみせる」
名を口にする飛彩だったが、桃は既に彼を見ていなかった。見ていたのは、現実ではなかった。
「………………これも罰、なのかな」
「──?」
虚ろな目で、ポツリと零れた言葉……。
飛彩はそれを意味深に捉え、眉をひそめた。
「……オペをするにあたって聞きたいことがある。最近何かストレスに感じることは?」
だからなのか。
患者とは一定の距離を置いて接する……つい、そのポリシーを自ら崩してしまったのは。
はたまた、あの男の隣に長くいたせいか。
患者の答えが返ってくる間にそんなことを思ってしまい、即座に馬鹿馬鹿しいと一蹴、自己完結。
桃が言の葉を発したのは、それとほぼ同時であった。
「──風鳴、翼」
飛彩は、その名前を知っていた。
若い世代の人々が、笑顔で気ままにランチやデザートを体内に溶かしていく喫茶店。
唯一日差しの当たらないその一番窓際の隅に、飛彩がいた。
事情を知るものが目撃すれば、主治医が患者を放置して呑気にサボっていると思われても仕方がない光景だろう。
しかし、当然ながらこれにはれっきとした理由がある。
『風鳴翼』
その言葉から先の口をつぐんだ少女は、どこか思い詰めたような顔をしていた。
あれきり、桃は忘れてくださいの一点張りで詳細を語ろうとはせず、問答は無意味と悟った飛彩は灰馬に後のことを任せCRを出ると、衛生省に自らかけ合って、ダークマターの一件で近しくなったある組織とコンタクトを取ってもらった。
それは、患者の真意を確かめるために他ならない。
それは、本人に直接訪ねるために他ならない。
「──待っていたぞ」
頼んだ珈琲を飲みほしたと同時に、向かいの席に女が一人、腰かけた。
腰まで伸びた長く青い髪。すらりとした細みの体型をシックな色調の服が覆い、帽子とサングラスで隠れてはいるものの、澄んだ美しい瞳がうっすらと分かる。
そしてついに帽子とサングラスを取ると、飛彩にその正体を晒した。
「お久しぶりです、鏡先生」
容姿端麗の言葉がぴたりと当てはまるその人物は、桃が呟いた名前の主にして、風鳴一族の血を引く世界有数のトップアーティスト兼、『S.O.N.G.』のシンフォギア装者・風鳴翼。
「ダークマターの一件以来だな。あの時は助かった」
「いえ。私達『S.O.N.G.』は当然のことをしたまでです」
あの戦いから数ヶ月経つものの、二人の会話にぎこちなさは感じない。
一度共に死線を潜り抜けた者同士だ。繋がりが生まれていても不思議ではない。
隣に立ち、剣を振るったあの時のことを、今でも二人は鮮明に覚えている。
「ところで、お話と言うのは?」
翼はまだ詳細な情報を把握していなかった。他組織を巻き込んで大掛かりな事にならないよう、飛彩から進言したのだ。
「ああ。今朝搬送されてきた、ゲーム病患者のことなんだが……」
そう言って飛彩は桃の簡易資料を翼に手渡した。
「彼女について知っていることはないか?」
「────」
翼の視線が、一点のみに注視される。
最初のページの、右上に張り付けられた小さな顔写真へ。
彼女は目を離さない。
そうさせる感情は驚愕と、そして────。
「……知っています」
「本当か!?」
驚く飛彩。しかし返答はすぐにはなく、翼はしばし俯いて沈黙した後、意を決して抱いた感情を悟られぬよう取り繕ってから、翼は真っ直ぐ飛彩を見据える。
「私が、救えなかった子です」
立ち入り禁止とされたとあるビルの屋上で。
少しずつ、少しずつ……世界を蝕む亀裂が生まれる。
亀裂は穴と呼べるほどまで大きくなり、その先には、また別の世界が広がっていた。
大きな盾を携え、傷付いた少女が何かを叫んでいる。
筒状の機械を脚に履き、空中を飛び回る少女が裂け目に向かって手を伸ばす。
二人の少女の先には、禍々しいオーラを宿すナニカがいた。
ソレは、異物である証。
侵入してくる。明らかに人のものではない腕が、胴体が、顔が……ボロボロになった布切れから見え隠れさせながら、やってきた。
瞬間、亀裂は閉じ、少女達の姿も見えなくなって、世界はあるべき風景を取り戻した。
ただ一つ、ソレがこちらに渡航してきたことを除いて。
よく見れば、ソレも少女達と同様、ところどころに傷を負っていた。
「…………」
ソレはただじっくりと周囲を見渡した後、何かを求めるように、人知を超えた速度で動き出した……。
「救えなかったとは、どういうことだ?」
場所を変えてもらってよろしいか。という翼の要望を受け入れ、二人は人目につきにくい喫茶店の裏手にいた。
芸能人という翼の立場上、あまり人目のつく場所に長居するのはお互いにとって好ましくない。そこは所属組織が組織なので、最悪の場合は何とかしてくれるはずだが、トラブルはないに越したことはない。
「ルナアタックが起きる前、私が奏……相方と共にツヴァイウィングとして芸能活動をしていた頃の話です」
翼は語る。桃との関係性を。
大切な人との、別れの時を────。
ああ、ダメ……嫌だ、やめて。
消えていく。命が消えていく。
私のせいで。私が動けなかったばかりに。
手を伸ばしても、後悔しても、何もかもが手遅れ。
あの子の命は、私が奪ったんだ。
「────瀬奈」
少女の記憶の奥底に根付いていたのは、壮絶な光景だった。
記憶は夢となって彼女の精神を蝕んでいく。最近はもう、見なくなっていたのに。
そして悪夢から覚めると、決まって自責の想いが付きまとう。
現実に戻ってきても、彼女を蝕む過去は決して解くことはできない。
「大丈夫?随分うなされていたみたいだけど……」
思い詰める桃の前に姿を現したのは、柔和な笑顔を向けてくる、少し頼りなさそうな青年だった。
心配そうに声をかけてくる青年に、視線を逸らしながら答える。
「いえ、別に……あの、鏡先生は?」
「鏡先生なら、君のオペの準備をしているよ。僕は宝生永夢。鏡先生が戻ってくるまでの代わり、かな?」
青年──宝生永夢は、雰囲気通りの性格をしていた。終始表情を変えず淡々と話を進めていた飛彩とは異なり、彼は桃をこれ以上怖がらせまいと寄り添いの姿勢を見せている。
ドクターとしての彼は、患者の笑顔を取り戻すためなら努力を惜しまない、間違いなく人として出来た、聖人。
彼女と同じ、心の優しい人だ。
「あの、宝生先生」
「はい?」
だから、それが余計に彼女を想起させて。
「少し、外の風に当たりたいのですが……」
胸が、ズキリと痛みを訴えた…………。
本来、ゲーム病患者を外に連れ出すのはあまりよろしくない行為だ。永夢としてもできればここで安静にしておいてほしいところだが、無下にもしたくない。
永夢は少し悩んだが、比較的ゲーム病の症状が出ておらず彼女自身も落ち着いているということもあり、病院の敷地内、かつ自分が傍に付いているならという条件付きで桃の要望を叶える判断をすることにした。
そうしてやってきたのは、屋上。
外の空気は冷たく桃には少々酷であったかと、永夢は自分も寒さに身を震わせながら思ったが、彼女は寒がる素振りすら見せずに、ずっと空を見上げ続けていた。
その先には、何もない。あるとすれば白い雲と青い空だけだ。
しかし桃はそんなものを見ているわけでは当然なく、傍から見れば不可思議な行動だ。
一体、何を見ているのか……いや、まるでそこに誰かがいると錯覚させるような表情をしている彼女には、何が見えているのだろうか。
「瀬奈……」
ぽつりと吐いたそれは、CRで夢にうなされていた際にも零れた名前。
「さっき寝ているときも呟いていたけど、瀬奈さんって……」
永夢は何気なしに桃に聞く。
すると桃は振り返り、すっかり淀んだ瞳を永夢に向けて言った。
「………………数年前のノイズ襲撃で死んだ、私の友達です」
その中にあったのは、少女が背負うには大きすぎる後悔。
「あ──」
戸惑いを隠せない永夢。
それが真実であるならば、自分はデリカシーがなかったと、バツの悪そうに視線を下へと逸らした。
「ごめん。辛いこと、聞いちゃったね……」
心の底から申し訳なく謝罪する。
対し、桃は……。
「平気ですよ。だって、もうすぐ償えますから」
「っ!!」
嫌な予感がした。直感的に少女の微笑が正しくないものであることを理解する。
その時だった。
「うう……!」
桃の容態が急変した。待ってましたと言わんばかりにバグスターウイルスが活性化したのだ。
「桃ちゃん!!」
慌ててコンクリートに横たわる桃を抱き寄せる。体に橙色のノイズが走り、呼吸が乱れ始めた。
彼女の抵抗力が大幅に下がっている。バグスター本体は未だ分離していないが、かなり危険な状態であることは確かだ。
「今すぐオペしないと……!」
一刻の猶予もない……永夢はガシャットをポケットから取り出し、起動ボタンに指をかけた。
『見つけたぞ』
その時、突然、屋上に異様なモノが現れた。
ボロボロのローブに身を包んだ、人ではないモノ……ローブ怪人とでも呼ぼうか。
「!? え、誰……ぐあ!!!」
問答無用で永夢から桃を引きはがし彼を蹴り飛ばすローブ怪人。
あまりの衝撃の大きさに、腹部を押さえて悶える永夢。
その間に、ローブ怪人は桃を担ぎ上げると彼に背を向けて立ち去ろうと歩き出す。
「ま、待て……!」
激痛で朦朧としながらも、永夢は必死にローブ怪人の足を掴んだ。
「うう……お前誰だ、バグスターなのか!?」
『…………』
怪人は答えず、ギロリと永夢を睨みつけると、近くの建物から建物へと跳躍し、逃亡していく……。
遠ざかる桃の姿。
永夢はガシャットとドライバーでエグゼイドに変身しようとするが、先ほどの怪我のせいで思うように動けなかった。
「飛彩さんに、報せないと!」
力を振り絞って何とか立ち上がり、懐からスマートフォンを取り出した…………。