東京喰種 Another Rainy Blue(アナザー・レイニーブルー) 作:紗代
花を手折る。
摘まなくては その蜜が枯れる前に。
見掛け倒しの毒の花。
私はそれを散らして飲み込むのだ。
なんて甘い なんて苦い なんて冷たい なんて熱い。
私とあなたは溶け合って一つになる。
そこに残るのは――――――。
「っあ!?」
真夜中に目が覚めた。時計を確認すると午前3時。また何とも言えない時間に起きてしまった。
あの後、私はあんていくの入り口に倒れていたらしい。名所の肉の回収を終えた四方さんによって発見された私は丸一日あんていくの二階で寝ていたらしい。おそらく拷問のストレスでなったのであろう白髪も合わさってトーカやみんなに心配をかけてしまった。今後は学校でもバイトでもこの髪は目立つので元の髪と同じ黒髪のウィッグを付けて生活することになった。
ケイタ君は生きていた。アヤト君が目を離した隙に脱出した彼は途中で他の喰種たちに見つかり多少怪我をしてしまったもののほぼ無事であり、公衆電話からCCGに連絡した後自力であんていくへと帰ってきたのだという。
ケイタ君が無事で、本当に良かった。
あれから数日。こうして私たちはまたこの部屋で元の生活を送っている。
平穏が戻ってきたことを喜びつつも、私は不安と焦りが渦巻いている。
いくらマヒトの力をある程度使えるようになったからといっても、肝心の私が使いこなせないのでは意味がない。また狙われた時、今度居場所を脅かされた時、私が動けなくては居場所を守ることさえできない。
そこで思い出すのはあのレイルの言っていた「共喰い」。
「―――奪われたくないなら、奪うしかない」
マヒトに言われた言葉が、重く突き刺さった。
「行こう……夜が明ける前に戻ってこないと」
そして私はマスクをつけると真夜中の外へ出た。
*****
葬儀も告別式も終わって、私は今彼女の墓の前に来ている。
「久しぶり、ハイネ」
前であれば元気な返事が返ってきたが、今はもうその面影すらない。
「あなた見ないうちに一等捜査官になってたのね。お互いに多忙だったろうから連絡もし辛かっただろうけど」
「いつかパートナーになって一緒に捜査しましょうって、言ってたのはあなたなのに……ほんと自分勝手ね」
止まらない涙を手首で抑えた。今度会う時はあの世に行った時。さようなら、痛い思いをした分どうか安らかに。
そして私が立ち上がると亜門さんがいた。まさか泣いてるの見られた!?すぐに涙の跡を拭いてなんとか平静を保とうと頑張った。
「……あ、亜門さんも墓参りですか?」
「いえ、真戸さんが水義上等はきっとここにいるだろうと言っていたので」
「もしかしてわざわざ探しにきて下さったんですか?すみません、迷惑をかけてしまって」
「……この方と、何かあったんですか」
険しい顔つきで、真剣なまなざしで亜門さんはハイネの墓石を見ながら言った。
「同期です。──親友、のようなものでした」
「!」
「仮杵灰音(かりきね はいね)。14区の一等捜査官。遺体発見者と関係者ということでデータを見たら、一等捜査官に昇進して間もなかったみたいで、昇進と同時に本部に転属願いを出していたみたいなんです。それも名指しで」
「それは―――」
「いつかパートナーになって一緒に現場に行こう、なんて。いつもだったらぽやっとしてる彼女の事だから覚えてなくても不思議じゃなかったのに……こういう時ばっかり律儀になって」
『ユウリちゃんと私でタッグ組んだら最強じゃない!?』
『いやまず私たち同期だし、大体ここ卒業したら配属先別々になる可能性大なんだからそれこそ奇跡みたいな確率でしょ』
『もー夢がないなー』
『はいはい』
『でもさ、ユウリちゃんだったらきっと上位捜査官になれると思うんだよね』
『褒めたところで限定のプリンはやらないから』
『ええ!?』
『……ま、もし組めるってなったら私もハイネがいいかな』
『!じゃあ約束ね』
今となっては、もう不可能な事だけど。
「どうやら今回の案件を終えたら私たちのところに、くる事に、なってた……らしくて」
せっかく止まった涙がまた流れていく。だめだな。真戸さんやこの場にいる亜門さんにだって色々抱えているものはあるはずなのに。
すると目の前に白いハンカチが差し出された。
「お墓参りが終わったら、その、どこかに食事に行きましょう。ハイネさんの代わりにはなれませんが、話し相手くらいにならなれるかもしれませんし」
「ありがとう、ございます……」
亜門さんの気遣いに、私は一時甘えることにした。
*****
水義有理(みなぎ ゆうり)上等捜査官。23歳にしてその有能さと華々しい活躍から早くも上位捜査官の仲間入りを果たし、現在に至る。後見人である真戸さんとは家族ぐるみの付き合いがある。
並外れた容貌と実力、功績から女性捜査官のホープと言われ安浦特等、今は亡き真戸微准特等と並んで男女ともに憧れる捜査官。
そんな彼女が、こうして俺の目の前で涙しているなんて誰が思うだろうか。
「ありがとうございます。少し落ち着きました」
そう言いながらも彼女の目尻にはまだかすかに滴が残っていた。
「なんだかすみません。格好悪いところを見せてしまって」
「いえ、こちらこそ気の利いたことが出来ず……」
「いいえ、十分よくしていただいています。亜門さんがあそこで呼び掛けて下さらなかったら、きっとずっとあのままだったでしょうし」
そこで注文した品が届いた。真戸さんと同じ激辛のカレーだ。
「辛いのがお好きなんですか?」
「好きですけどどっちかというと癖ですね。真戸さんもその娘さんも辛党ですから私も一緒にいるうちにそうなったというか……亜門さんは苦手なんですか?」
「あ、いえその、自分はどちらかというと甘党、なので」
「ああなるほど。それは言い出しづらいですよね。真戸さんの辛党って容赦ないですから」
「はは……」
「……やっと笑ってくれましたね」
「え」
「亜門さん、私が近付くと結構硬くなってたのでもしかしたら苦手なのかなって思ってて。でも今日せっかくこうして誘ってもらったんだし、ちょっとは認めてもらえたのかなって」
今まで彼女の前でそんな醜態を晒していたのかと思うと顔から火が出そうなほど恥ずかしく思う。
幸か不幸か、俺は彼女の中にある人間関係で今になってやっとプラスの位置についたということだ。
「自分はあなたを苦手になんて思っていません!」
「は、はい」
「むしろ……」
「むしろ?」
そこでふと我に返った。い、勢いで何を言おうとしているんだ俺は!!
「そ、尊敬、しています!!」
なんとか言い逃れることができた。しかし水義さんはぽかんと呆気に取られてしまっている。失敗、か……
「ふ、ふふ……ありがとうございます」
「い、いえ」
「今日は慰めてもらってこんな一言ももらえるなんて……私の一月分の幸運全部使い切っちゃいます」
「自分の方こそ、水義上等とはお話ししてみたいと思っていたので」
「あ、ありがとう、ございます」
やや赤くなって照れる水義さんにこっちも上気してしまう。
「とにかく食べましょう、このままだと冷めてしまいますし」
「そうですね、それではいただきます」
やっとありついたカレーは少し冷めてややもったりとしていた。