東京喰種 Another Rainy Blue(アナザー・レイニーブルー)   作:紗代

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魔女と接点

血が滴り落ちる新鮮な赫包をリンゴを食べるように齧り咀嚼して飲み込む。何度食べても慣れることのない不味さに内心吐きそうになりながらも全て余すことなく平らげた。口の中の喰種の血の味がひたすらに苦くて臭い。きっと口の端に垂れているであろう同じ血もそんな味がするのかと思うと舐めるのは気が引けた。

 

「やっぱり変よね、あなた」

「……リゼ」

 

後ろからした声に振り向いた。

 

「あら大袈裟ね、あなたならこの程度振り向くまでもないでしょう?実際、私があなたを感知するよりも早くあなたは気づいていたんでしょうし」

「それでも気配を薄めたまま背後に立つのはいかがなものかと思うけど」

「いいじゃない。その方が面白いわ」

 

ふふ、と笑いながら私と相対する彼女の名前は神代利世。長い黒髪に眼鏡、本人の好みなのかよくワンピースタイプの女性らしいデザインの服を着ている清楚な文系美人。本人もそれを解っていて見た目に合うような人物に擬態している演技派。

しかしその本性はCCGからレートS以上の危険度を認定されている「大喰い」。彼女は食事に関して一切遠慮も妥協もしない暴食にして悪食の女王だ。今回ばかりはCCGのつけるコードネームが言い得て妙といったものだろう。

 

「それで、今日はどうしたの?ここにあなたの望む食事はないよ」

「今日はデートの誘いに来たのよ。ああ安心して?人間を食べるわけじゃないわ、普通のお出かけよ」

 

私を挑発するように強調して言う彼女の真意は読みづらいが、この場合嘘は付いていないのでとりあえずはよしとしておこう。

 

「わかった、付き合うよ。でもその前に家に帰ってシャワー浴びてからね」

「なら私も行くわ、あなたの所に居座ってる子に興味があるの」

「あの子は喰種よ」

「ええ分かってるわ、人間じゃないんだもの取って喰ったりなんかしないわよ」

「……ならいいけど」

 

そんな確固たる言質を取ったのち、私たちは私のマンションの部屋に移動することにした。

 

 

 

ケイタ君はまだ寝てるのでリゼにはリビングに居てもらい、私は着ていた服を全て洗濯機に放り込むと浴室に入ってシャワーを浴びる。お湯が汚れや汗を全部洗い流してくれるこの時間がある意味私を切り替えているのだろう。

でも

 

「落ちないな─────血の匂い」

 

匂いというより感覚なのかもしれないけど。

実際店長や四方さん、スタッフの人たちには気付かれた素振りはないわけだし。

とはいえ私自身、あまり私の体臭を嗅がないようにしている。確証はないけど、この匂いを嗅ぐたびに私は遠退いて行っているように思うのだ。半喰種という立場(理想)から。

喰種だと割り切っているつもりだけどまだ理想を持っているあたり詰めが甘いのかもしれないな、なんて少し自虐じみた思考に辿り着くころにはすべて流れ落ちていたのでシャワーを止めてタオルで水気をふき取り着替えてリビングに行く。

 

そこにはすでに二人がそろっていた。

 

「お姉ちゃん、この人誰?」

「彼女は……「私は神代利世。あなたのお姉さんのお友達で、あなたと同じ喰種」……リゼ」

「いいじゃない自己紹介くらい。ねえあなたのお名前は?」

「く、枢木……圭太」

「そう、ケイタ君。ふふ、悪いんだけど今日はちょっとあなたのお姉さんに用があって……連れて行ってもいいかしら」

「え、う、うん」

「ありがとう。じゃあミヅキ、私は先に外に出てるから」

「……わかった」

「じゃあねケイタ君」

 

そしてそのままリゼは部屋から出て行った。

 

「はあ……」

 

人知れず小さくため息を吐きながら、私も準備を始めたのだった。

 

 

 

「あら案外私服もシンプルなのね」

「案外って……動きやすいのが一番でしょ」

「そう?せっかく女に生まれたんだもの、こういうのは楽しまなくちゃ」

 

くるりと回って見せるリゼは微笑みながら言い切った。

女に生まれたことを楽しむ、ね……

 

「それで、今日はどこに行くの?」

「そうねえ、高槻泉の新作はまだ出てないし……たまにはあてもなくぶらつくのもいいわね」

「……」

 

誘っておきながらノープランなのはどうかと思うがとりあえず言わないでおこう。

 

「ああそうだわ、ちょっと付き合ってほしいところがあるの」

「でもさっきないって」

「あるの。今できたのよ」

 

そしてそのまま連れて来られたのが……

 

「ブティック?」

「そう。食事も本もないならここくらいしか用はないわ」

「それで、リゼはどんなのが好みなの」

「ああ、私は今回必要ないわ。今日着るのはあなたよ」

「……どういうこと?」

「正直着替えるのとか面倒だし、自分の服はもうこの間買ったもの。今日は行くところもないし、せっかくあなたといるんだから着せ替え人形になってもらおうと思って」

「拒否権は……「ないわ、人の赫包を奪っておいて何もないなんて虫の良すぎる話じゃない」

 

こうして様々な服を着せられ買われて買って……そうしてる間にもう昼過ぎになっていた。

なので私たちは時間と体力の関係であんていくではないどこかの喫茶店で休憩することにした。

コーヒーしか頼まない私たちはウェイトレスのお姉さんから見たら異様に見えたのか一瞬見られた。のを誤魔化すように私がお姉さんに笑いかけると、そのまま急ぐようにして去って行ってしまった。

 

「罪作りねえ……」

「なにが」

「そう言う無自覚が一番タチ悪いのよ」

 

リゼがため息を吐き私を見る。

 

「で、なんで今日は誘ってきたの」

「別に?じゃあ逆に聞くけど理由ってそんなに必要かしら。私はあなたに興味があるから誘った、ただそれだけ」

「本当に?」

「凝り深いのね」

「まあそりゃあ……」

 

初対面で赫包を強奪しているわけだし。

何度か会っていると言ってもそれは真夜中の私の食事の時にあっちからやってくるに過ぎず、軽口はお互いに叩くもののそこまで深入りはしていない。

 

「そうね、認めたくないけど被害者としては結構胸糞悪いわ。しかもよりによってマヒトの赫子に負けるなんて」

「前から思ってたんだけど、マヒトと知り合いだったの?」

「……昔の馴染みよ、別にあなたが邪推するような生々しい関係じゃないわ」

「へえ」

 

昔のマヒトを知る人物という認識でいいんだろうか。本人は嫌がっているが一応聞いてみるか。

 

「私に会う前の……リゼからみたマヒトはどんな人だった?」

「そうね、狡猾でその分要領もよくて──私に負けず劣らず悪食だったわ」

「狡猾で悪食」

「そうそう」

 

そして頷くと同時に運ばれてきたコーヒーを飲んで一息ついた。

悪食……なら人間に擬態してでも私に近付いてきたことに納得がいくような気がする。

 

「今度は私から質問させてもらうわよ」

「うん?」

「私ばかり喋ってばかりなのもつまらないもの」

「……ああうんいいよ、何?」

「あなた、一体何者?」

「……」

「あの時は不思議な匂いに釣られてあなたを待ち伏せしてた。それで会ってみればマヒトの赫子じゃない?普通赫子って親子や兄弟で似ることはあっても完全に一緒なんてのはないし、何よりあいつはそんな群れて行動するようなやつじゃなかった……あなたと会うまでは、ね」

「……なるほど」

「あなた、物凄くいい匂いがするわ。とっても不思議な匂いでもあるけれど」

「それは……どんな匂い?」

 

色々な喰種たちにほぼ毎回言われている私の匂い。自分の体臭は自分では気付けない。だから客観的な視点がいるのだ。

 

「甘くて深みのある匂い。とってもとっても、美味しそう……でも喰種のかぎ分けみたいな意味合いでいうならあなたからは人間の女の匂いと喰種の男の匂いがするの」

 

喰種の男……マヒトのことだろうか。

 

「ふうん……」

「で、あなたが何者なのか聞いているんだけど?」

 

にっこりとリゼは私を見て笑う。

一見おしとやかに見えるそれは言外に「逃がさない」と言われているような威圧めいたものだ。

 

「一般人だよ」

「一般人は私を齧ったりしないわよ」

 

根にもたれたままだった。

 

「とりあえず、それならここから出ようか。人が多すぎるし」

「あまり人に聞かれたくないことでもあるの?」

「まあ気軽に、とまではね」

「いいわ、付き合いましょう」

 

 

 

 

「マヒトの臓器を移植された半喰種、ね」

「納得した?」

「まあそうねそれなら納得せざる負えないかしら」

 

誰もいないことを確認したうえで選んだ廃ビルで私はリゼに話すことにした。あまり他人に話すことではないが昔馴染みだというリゼには隠しても無駄だろう。

 

「半喰種……てっきりお伽噺だと思ってたけど本当にいるのね」

「そんなにレアなの?」

「んー、少なくとも私の周りにはいなかったわ」

 

隻眼は珍しい──のだろうか?

人間と喰種は価値観はともかくとして見た目や感性は変わらない。なら人間と喰種で結ばれてその間にいてもおかしくはないはずだと思うんだけど……

 

「まあこれでマヒトがいなくなった理由が分かったわ」

「そっか」

「それと、なんで共喰いなんてマネしてるの?」

「……」

「むかつくけどマヒトのやつの赫子はそれなりに強かったって記憶しているの。共喰いって自分の身になるのかわからないようなクッソまずい肉を食うほど役不足じゃないと思うのだけれど」

「……力が欲しいんだ。もう何も失いたくないから―――何もできないのはもう嫌なんだよ」

「傲慢ね」

「知ってる」

 

リゼは感情のないような声で言った。私は諦めたように苦笑しながら答えた。

 

 

 

 

 

「じゃあそろそろ私は帰るから」

「そう……今日はありがとう」

「いーえ?」

 

そう言って去ろうとしたリゼは思い出したようにこっちを向いた。

 

「言い忘れてたわ───またね、ミヅキ」

 

そしてその後は今度こそ振り返ることなく去って行った。

 

「……してやられた気分だ」

 

またね、か。年相応のかわいらしい発言ではあった。でもきっと彼女の場合それだけではないのだろう。

 

「つまり逃がさないってことか」

 

そんなことを約束しなくても自分の方からやってきそうな気がするけど。

 

「はあ……」

 

本日二回目のため息を吐いて私もケイタ君の待つマンションへ帰るのだった。

 




ちなみにマンションから出た時点でリゼの興味対象からケイタ君は外されています(強いわけじゃないし、なぜミヅキが彼を居座らせているのかわからなかったから)。
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