東京喰種 Another Rainy Blue(アナザー・レイニーブルー) 作:紗代
5月22日。そろそろ私が事故に遭ってから1ヶ月が経とうとしていた。
私は学校に通い「あんていく」でバイトに勤しむ傍ら、トーカと一緒に四方さんに稽古をつけてもらいながら喰い場の見回りや名所の肉の回収に精を出す、というのがこの頃の日常である。
そういえば、あの忘れ物を届けに行って話して以降トーカとの距離が一気に縮んだ気がする。年が近いこともあってよく一緒に行動する私たちなのでひょっとしたら店員の中でも一番話しているのかもしれない。いつのまにかお互いに名前を呼び捨てにしているが別になんとも思わない。年の近い身内に対して私はいつもこうだし、トーカにしてもいい加減「あんた」ばかりでは面倒だと思ったのだろう。すんなりと馴染んだ。
日常的にはうまくいっている。日常的には。でも――――――
「進路相談、か」
学校で渡された一枚の紙きれを前になんともいえない気分になった。
行きたいところはある。受かる見込みもまああると言えばある。ただ、この進路相談、というか面談が面倒なのだ。なんとか担任と主任に事情を話して私と一対一で話してはくれないだろうか。どうせあの人は来ないだろうし、この間再婚してまだ環境に慣れていないであろう義父に負担をかけるわけにはいかない。それに義弟も私なんかのことで家族が掛かり切りになるのは嫌がりそうだし。と、心の内で独り言ちた。
「まあ、行きたいところ書いておけば間違いないか」
そして私が第一志望に書いたのは――――――
「そうだ、トーカちゃん。ミヅキちゃんにウタくんを紹介してあげてくれないかい?・・・そろそろマスクを作ったほうがいいと思ってね」
「そういえばそうですね、まだ紹介してませんでした」
「マスク・・・ああ正体がばれないように、ですか?」
私が思い当たったことを言うと店長はうなずいた。
「我々は人間社会に溶け込んで生活しているからね、常に万が一を想定しなくてはならないんだ」
「わかりました」
「トーカちゃんに行き付けのところを紹介してもらうといい。トーカちゃん、頼めるかい?」
「はい」
こうして私は今度の土曜日、トーカと一緒にマスク屋に行くことになった。
そして迎えた土曜日。トーカの行き付けだというマスク屋「HySy ArtMask Studio」は4区にあった。扉を開けるとそこには全身にタトゥーを入れた男の人がいた。ピアスやそれであまり気にならないが赫眼のままだ。
「こんにちは、ウタさん」
「こんにちは・・・そっちの子は?」
「新しくあんていくで働いてる奴で、今日はこいつのマスク仕立ててもらいにきました。」
「ふうん・・・」
「はじめまして、氷室美月といいます。よろしくお願いします。」
「はじめまして、僕はウタ。芳村さんからも話は聞いてるよ。よろしく」
「はい」
「じゃあまずは採寸から始めようか、こっちきて」
ウタさんについていき椅子に座るとメジャーや生地の切れ端を取り出して私の顔に当てていく。
「綺麗な肌だね、泣きぼくろも色っぽい」
「そ、そうですか?」
「うん。・・・ゴムとか貴金属とかのアレルギーってある?」
「いえ特にはないです。」
「きらきらしたものとか、花とかって好き?」
「そうですね、綺麗なものは好きです。」
「じゃあ汚いものは嫌い?」
「嫌いというか・・・苦手ですね。衛生的な面ではもちろん嫌ですけど精神的にも、綺麗でいなきゃいけないのに、綺麗でいたいのにそうさせてくれないみたいなところとか」
「ふうん、確かにね。それに君、モテそうだしいろいろありそう。ちなみに好みとかある?同い年、年上、年下とか」
「特にはないです。でも甘え上手か包容力のある人がいいですね。」
それからまだ続く質問に答えていくとウタさんは計り終えたのかメジャーや布を仕舞い始めた。
「うん・・・うん、なるほどね。採寸も終わったしイメージ湧いてきた。早速作るから出来上がりを楽しみにしてて」
「はい。・・・あと、申し訳ないんですけど医療用の眼帯とかってありますか?」
「あるけどなんで?」
「お腹が減ってくると赫眼の方の目が疼くんです。それでひょっとしたら知らないうちに赫眼になっちゃってるかもしれないので一応学校の時以外はつけておこうと思って」
「なるほどね・・・はい。これは僕からのサービス。今後とも御贔屓に、ね」
「ありがとうございます。」
納得したウタさんから眼帯をもらい赫眼になる方の目につけた。
「ふうん、眼帯も似合うね」
「あ、ありがとうございます。」
医療用眼帯が似合うっていうのも複雑だけど、客商売とはそういうものなんだろうし社交辞令として受け取っておこう。
トーカと一緒の帰り道。近くの公園の前を通るとバスケコートがあった。だれの物かはわからないがボールも転がっている。
「ね、トーカ。ちょっとバスケに付き合ってくれない?」
「はあ?」
「今回だけでいいからさ、それに勝ち負け関係なくコーヒー奢るよ」
「・・・なら」
納得してくれたトーカに付き合ってもらい、久し振りにバスケをした。変わらない楽しさ変わらない感覚。でも今となっては誰とも共有できない懐かしい記憶の中の出来事のひとつだった。
「ごめんね、久し振りにやりたくなっちゃって」
「・・・一回も取れなかった」
ややショックを受けているらしいトーカに自販機のブラックコーヒーを差し出す。「あんていく」のコーヒーより味気無くて申し訳ないがここは20区から離れているのでこれで手を打ってもらうことにした。
「日本に帰ってきてから全くやってなかったもんだから」
「そういえばあんた帰国子女だっけ?」
「そ。高校2年生の夏頃に日本に来たの。バスケはアメリカの時の名残みたいなもの。私が戦いたいのは男子だから、どうしても実現できなくてね結局こっちに戻ってきてから一度もやってなかったんだ」
「ふうん・・・ねえ戦いたいのってどんな奴?」
「身長が約2m近くあって、赤毛で野性的でちょっとおバカな私の弟。あ、血は繋がってないよ」
「どんな奴だよそれ・・・」
「そんなだよ・・・さて今日はここまでにして帰ろうか。付き合ってくれてありがとう、トーカ」
「別に、大したことない、から」
ほんの少し赤くなっているトーカに知らないふりをしながら、私たちは一緒に20区へ帰っていくのだった。