お玉物語   作:詞連

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為朝の章1

八条院内親王の側に、常に侍る女房あり。名を玉御前。響太宰大弐正義の妹なり。

女ながら漢学を修め、占卜にも通じ、先々に起こることを言い当てるを得意とする。

宋船に乗って渡って来た妖狐が憑いていると、人は噂する。

 

―――藤原某の日記より

 

 

 

 

 私は、嵐が好きだ。予測がつかないから。

 

 

 子供の頃から、聡いといわれていた。

 物覚えが良い方ではないと自覚はしていたが、なぜか、これから人が何をするか、何が起きるか。それが、手に取るように分かってしまった。

 

「この子は、法理が見える目を持っておるのでしょう。

 故に余人の如く余計な理屈を知らずとも、その本質を知り、書を読むがごとく先を読み通すのです。

 天凛ではありますが、同時に、つらい業でもあるでしょう」

 

 私の最も古い記憶の一つとして、親戚の高僧が、私にそう言ったのを、なぜか鮮明に覚えている。

 なお、私自身は覚えていないのだが、父の話によると私はその高僧に

 

「わたしのことより、お坊様のほうが大変です。もうすぐ焼き殺されますよ?」

 

 といったらしい。そしてその高僧は本当に焼かれて死んだらしい。

 そのことが広まったためか、同年代の子供達や、家の郎党達からは

 

「狐憑きだ」「神通力で季映上人(上記の高僧様のことだ)を焼き殺したのだ」

 

 などと陰口を叩かれた。

 もっとも、私はそれを気にしたことはなかった。

 いくら彼らが陰口を叩こうと、不遇や迷惑などの実害を受けることはないと”見え”ていたし、私の家族自身、そのような噂を信じておらず、呪術だ神通力だなども信じる性分でなかったし、なにより親戚一同がその高僧に対し、

『まあ、あの人はいつかそうなるとは思ってた。悪い人じゃないんだけどね』

 という共通認識を持っていたためだっだと思う。

 

 

 私の生家、響の一族はそういう家だった。

 

 

 純粋な損得を勘定する交易を稼業とし、遥か海を渡り、宋、高麗、琉球へと渡り、そしてそこで、さらに遠く、天竺や果ては安息国やその先から来た人々と言葉を交わすのだ。

 別の文化、風俗、風習の立場の人と言葉を交わし、海の外からこの国を見て、他所の国と見比べれば、人や世間が、どれだけ不合理や迷信にとらわれて生きているか自ずと知れる。

 それらの因習、あるいは風習を、積極的に壊そうと思わないが、不必要に縛られる必要も感じない。

 それが響の一族の性根の一つである。

 

 勤皇の志の厚い、という一族の評価も実はこの、ともすれば帝の権威すらも軽視しかねないような、よく言えば自由闊達な物の考え方に由来する。

 朝廷や官位という風習や制度があるのだから、それに乗って利用した方が楽だし得だ。

 いと畏きお方々には申し訳ないが、響氏の勤皇の心は、その程度に過ぎないのだ。

 

 

 そんな、いと畏き方の権威にすらそのような印象を持つ一族の子育てが、京の公家様方の常識にある”正しい子女の育て方”に則ったものになるわけもなく、私もまた、”自由闊達”な幼少時代を過ごすこととなった。

 

 もちろん、最低限の有職故実、習字、作法などは教わったが、それ以上を強要されたことはなった。

 何かを学びたいなら学びたいと言え。可能な限り配慮する。

 その贅沢なようでとてつもなく厳しい方針の下、私は気ままに学び、遊んだ。

 

 女性の教養たる和歌はそこそこに、興味深かった宋の漢学や史学、地学を学んだ。

 特に、宋の学問は面白く、化薬を使った兵器の実験に立ち会ったのは、楽しい思い出だ。

 万事において、何を見ても”あれはそうなる”と”見えてしまう”私にとって、異質にして未知な学問の世界は、驚きに満ちた、たまらないほどに魅力的なものだった。

 

 それらの学問の合間を見て、私はよく海を見に行った。

 

 女海賊になって海の向こう、天竺やその先、回教の国々があるという安息国の先まで行ってみたい!

 

 そんな夢を語るには、私は色々”見え”過ぎていた。

 父も兄も優秀だ。出世するだろう。女の私は縁繋ぎを目的として、どこかの男に宛がわれる。

 ”狐憑き”の噂が立った鎮西ではなく、京都。

 どこかの貴人の女房として出仕した後、状況に合わせて、といった所か。

 まあ、どちらにしても京住まいをし、窮屈かつ面白みもない因習に雁字搦め生活が待っているのは請け合いだ。

 

 そんなつまらない未来のことを考えないように、

 何か面白いものが流れ着いていないか、と海を見に行き、浜をそぞろ歩きするのが、私の気晴らしだった。

 特に、嵐の過ぎた日の浜は最高だ。

 嵐の翌日の浜には、あらゆるものが落ちていた。

 多くはゴミだが、中には宝物というべき物や、正体すらもわからない奇怪な物が隠れていた。

 実際に見るまで、いったい何が流れ着いたか、私にも”見え”ない。これは、最高に面白いことだった。

 台風一過、まだ波が高いとうのに待ちきれず、こっそり抜け出し浜に行き、すぐに見つかりこっ酷く叱られたものだった。

 

 

 私は、嵐が好きだ。

 予測できず、意外なものを運んできてくれるから。

 未知の世界に、私を連れ去ってくれるから。

 

 だから私は、嵐が好きなのだ。

 

 

 

 そんな私にも、ついに予想通りの運命が訪れた。

 美福門院様の女房として行儀見習い。おそらくは暲子内親王様の遊び相手も兼ねているのだろう。

 兄の出世の具合なども勘案すれば、妥当な線。”見え”ていた範囲だった。

 つまらぬ物だと思いながら、京の都に行った私を待っていたのは、予想をはるかに超える『詰まらなさ』だった。

 

 伝統や有職故実という膠でガチガチに固定された京の風習。

 完全に”見え見え”の権謀術数とやらを繰り広げる公家衆と、それに踊らされるもっと見え見えの武士達。

 それをみて、型通りにさえずる、右へ左へまるで振り子のように代わり映えなく動き続ける京雀。

 

 不幸ではなかった。

 美福門院様は、政争の場や、一人の政治家としてはともかく、私人としては穏やかな人だった。

 暲子様も、まあ、いろいろ手のかかるお方ではあるが、優しく、鷹揚であり、親しくしてくださった。

 

 遠く鎮西大宰府から送り込まれた成り上がりの娘が得られる環境としては、これ以上ないほど幸せなものだった。

 それは確実に言えた。

 だが、それでも、世界はどんどんと色あせていった。

 落とし穴を掘った誰かが、また別の誰かの掘った落とし穴にはまり、その落とし穴を掘った人は、別の落とし穴にはまる。

 そんな、趣味の悪い猿楽のような日々を、澱のように固まった因習にからめとられながら眺める毎日に、私の心は疲弊していった。

 

 四角く区切られた空を見て思うのは、嵐が過ぎ去った後の、果てなく青い海と空。

 供回りをつけねば外にも出れない身の上では、もはや望むべくもない。

 

 京にきて半年。心が疲れ、美福門院様はおろか、あの暲子様にすら取り繕うことができなくなってきた頃、

 私は、嵐と出会った。

 

 

 

「おう、そこの女房!すまんが飯をくれ!あと水、いや酒がいいな!」

 

 なんだこいつ。

 第一印象は、まさにその一言だった。

 台所の隅、庭の裏、あの人はそこにいた。

 身の丈1歩(178㎝)はありそうな体躯は傷だらけ。

 ザンバラの髪を麻紐でくくって髷として結い、身を包む衣服は破れ、薄汚れ、ところどころ血がついている。

 自身の出血、というだけではなく、いくらかは返り血だろうと思われた。

 

「おおっと、声を出さんでくれよ。脅かす気も、乱暴働く気もないんだ」

 

 こちらが驚き、悲鳴も上げられずに固まっているのかと思ったのか、男は声の調子をやわらげた。

 こちらに向けた顔は、多分こちらを懐柔しようという笑顔なのだろうが、元の顔が厳ついためか、今にも獲物に食らいつかんとする熊か狼のようにしか見えない。

 しかし、そこで気づいたが、その頬にはひげが生えていない。よくよく見れば、体つきもまだ丸さを感じる。

 ひょっとしたら、見た目や体格とはことなり、元服するか否かの年齢なのかもしれない。

 

 まあそれはともかく

 

「それより、まず名乗られては?」

 

 私は、正面からその隈の切れあがった目を見据えて言った。

 まさか、貫目が自分の半分もないような女に、そんな態度をとられるとは思っていなかったのか、男は目を丸くする。

 その態度に、少し留飲を下げる。

 

 響は船乗りの家であり、武士の家でもある。

 むくつけき男共など見慣れたもの、荒々しい男共の喧嘩鉄火場は日常茶飯事。男共が遠出している時を狙って不逞の輩が大宰府や屋敷を襲おうとした時など、残された男共ばかりか女も武器を手に家を守る。私自身は幼く、武器を手にしたことこそなかったが、父達が不在の時に大宰府とともに屋敷が襲撃され、その防衛に駆り出され、後方で傷の手当や飯づくりに参加させられたことはある(その時の敵はなんと坊主だった)。

 

 その私が、響の女が、ちょっと体格がいいだけの、髭も生えそろってないようなガキに驚き狼狽するなど、あろうはずもない。

 

 答えろ、こちらからはもう声もかけてやらんぞ。

 そう思いながら、じっと見つめていると――にかっと、男が笑顔を浮かべた。作り笑いではない、心からの笑顔で

 

「面白い女だな、お前!」

 

 そう言って、屋敷を揺るがすような大きな声で笑いだし、私はあわてて、その口に手を当てた。

 その直後、屋敷の奥の座敷から

 

「玉ちゃーん、今の何ー?」

 

 間延びした――失敬、春の日差しを感じさせるような大らかさを感じる声が聞こえてきた。

 

「さあ、裏の通りで何やら大声で笑っている者がいるようです。どこぞの郎党でしょうか、見て参りますか?」

「んー、いいやー」

 

 声の主である暲子様は興味を失ったらしい。その後、遠くから『大声などはしたない』と言う年かさの女房の小言と『うへー』という暲子様の愛くるしいお声が聞こえてくる。

 

 ふう、何とかなった―――と思った自分に疑問を持った。

 なぜこの明らかに不逞の輩たる男を、私は庇ったのか?

 その疑問に答えが見つかるより前に、男は、自身の口に当てられていた私の手をつかんだ。

 

「あっ」

 

 自然と引き寄せられるような形となった私を見ながら、その男は笑顔のまま、少し抑えた声で、しかしはっきりと言った。

 

「俺は為朝、源八郎為朝だ」

 

 まっすぐ見つめ返す男――為朝様の目の輝きに、私はなぜか、響灘の輝く海を思い出した。

 

 

 

つづく

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