私の公的な立場は美福門院様の女房だ。
美福門院藤原得子はいわずと知れた、鳥羽上皇の覚えめでたき皇后であり、今上帝(近衛天皇)の母親――国母だ。
その半生は、まさに女傑の呼び名が相応しいものであった。
父親である権中納言長実殿の失脚、病死の後、院(鳥羽上皇)の寵愛を受け皇后となり、新院(崇徳天皇)様も排除し罠にはめ、実子である体仁様を帝に据え、中宮待賢門院をはじめ政敵を排除し、盤石の地位を得た。
そして今もまた、今上帝の皇后問題にも手を伸ばしている。
私が呼び出されたのも、そのことについてだった。
「そう――大殿(藤原忠実)と関白殿(藤原忠通)の間はそこまで……」
「はい。完全に破綻しております。高陽院様の仲裁も、もはや届かぬ様子です。
早ければ一か月の内に実力行使に出るでしょう」
私の断言に、美福門院様は、物憂げなそうに、小さくため息をつく。
たおやかなその挙措は、京雀達の噂する『宮中を我が物とする悪女』のものとは到底思えぬ清楚さだ。
親子なだけあってその容貌は、暲子様を20年ほど年を召させたらこうなるのでは?と思える程に似ている。しかし立ち居振る舞いは正反対。暲子様が気ままに振舞ってなお失われぬ天性の高貴さであるのに対し、美福門院様のそれは、積み重ねた習慣と努力の果てに身に着けた、第二の天性としての高貴さだ。
目を伏せて黙考する美福門院様の横から、侍る美福門院様側付きの女房の一人が、私に向けて尋ねてきた。
「お玉。実力行使……とは、何を?」
「既に大殿や悪左府殿(藤原頼長)が公言している通り、義絶と藤原長者の地位の剥奪です。つまり、源左衛門大尉(源為義)殿の手勢による、東三条殿と朱器台盤の接収でしょう」
「なんと……!」
女房達がざわめきだす。
案の定、この高貴なるお方々のほとんどは、私に言われるまで『実力行使』の内容を理解してなったようだ。
今の京宮中における最大の政治的問題は、今上帝の皇后問題を軸とした、藤原摂関家内部の権力闘争だ。
現関白は藤原忠通殿である。この方は長く男子に恵まれず、悪左府と名高い弟、藤原頼長殿を養子とし、後継者に据えていた。ところがその後になって、関白殿に息子ができ、関白殿はそちらに藤原長者と関白位を継がせたいと願うようになった。約束されていた地位の保証が揺らいだ悪左府殿は、実父である大殿、藤原忠実殿に頼った。かくして、藤原摂関家は現関白陣営と大殿、悪左府陣営に分かれてしまった。
その対立構造が、いよいよ破綻することとなったのが、今上帝の皇后問題だ。
事件は正月、ちょうど私が京に来て、美福門院様に仕え始めた頃に始まった。
悪左府殿は次代の帝の祖父となることを狙い、姪である多子様を悪左府殿の養女とし、その機会を伺っていた。そして今年久安6年(1150年)、正月に今上帝が元服するとすぐ、女御として入内させた(後宮に入れた)。
対して関白殿は呈子様を養女とし、入内を目指した。呈子様は、美福門院様の従兄である藤原伊通様の娘であり、美福門院様の養女となっていた。雅仁親王に嫁ぐ予定であったらしいが、突如の方針変更であった。
さらに関白殿は「摂関以外の者の子女は立后できない」と鳥羽上皇に奏上。多子様の立后の妨害に入る。
焦る悪左府殿は父親である大殿の協力を求め、平素から「諸大夫の女(身分が低い出自の女)」と公言していた美福門院様にまで頭を下げ、四方八方に手を尽くし、「もし呈子が多子より先に立后したら遁世する」とまで言って粘り強く交渉。
結果、藤原家が割れることを望まず、またこの問題に介入することも厭った鳥羽上皇の働き掛けもあり、妥協が成立。
先に多子様が立后、次いで呈子様が入内、立后されることとなり、これにて一応は問題は解決した。が、残された傷跡は深く、両陣営の関係を、完全に引き裂いてしまっていた。
くだらない。実にくだらない兄弟喧嘩だ。
どこか遠く、目にも映らず耳にも入らぬ所でやられるならいいが、最悪なことにここ八条殿は渦中も渦中。美福門院様から見れば、呈子様は養女である。対して多子様に対しては、前述の通り悪左府殿に頼み込まれ、その立后に対し口添えをした経緯がある。どちらにも相応に貸しを持つ、今上帝の実母にして、鳥羽上皇の覚えめでたき皇后。その膝元が渦中でなくどこが渦中か。
仕える女房達もその実家、背景により二つに分かれた。今でこそどうにか落ち着きを取り戻しているが、今年前半の八条殿は、醜くも愚かしく、そしてどこかせせこましい、見るに堪えない修羅の巷だった。
物はなくなり壊され、口さがない陰口が波のようにさざめきあい、すれ違いざまに着物の裾を踏んだり睨み合ったり、名前をもじって軽く呪詛を送りあったり……。
私は、新任の女房への気遣いか、なぜかほぼ完全な中立地帯となっていた暲子様付きとされた。おかげで落ち着いて状況を”見る”ことができ、巻き込まれるのを回避するのは簡単だった。だがそれでも、繰り広げられる質の悪い猿楽に疲れ果て、擦り切れ果て、そこで……
……いやいや。なぜあそこであの男の顔が出てくる。私の気持ちが持ち直したのは、呈子様の入内、立后で八条殿内部でのあれこれも収まり、環境が良くなったためだ。あいつのことは関係ない。そもそもあいつに今でも飯を食わせてる情報収集も兼ねての……
「お玉。それは、例のあの者が申していたのですか?」
「いいえ、直接は。ですがあの者から聞く左衛門大尉殿の郎党の動きから察するに、確実かと」
「なぜ止めぬのです!?」
と声を上げたのは関白方の女房だ。
いや、止められるわけないでしょう。あいつ戦闘員その1に過ぎませんよ?
と、いう内容を、どう角を立てずに言おうか迷った隙に別の女房が声を上げた。
「止める?なぜ?関白殿が相応しからざることは明白でしょう」
あざけるように言った女房は、たしか悪左府側だったはず。
それに対して別の女房が声を上げ、それにまた別の女房が……と、ざわめきはどよめきに、そして罵り合いにすら近づいていく。口々に言う彼女達の言葉を一つ一つ拾うことはできないが、6割がそれぞれ互いの陣営への中傷で、3割が益体のない嘆きや不安の声、そして1割程度、なぜか私への非難や揶揄が含まれている。
「ひじきの小娘が偉そうに」「そのような恐ろしいことを言うなど、実際に起きたらどうするのだ」「調子に乗っている」「その情報もあの下賤者をたぶらかして聞いたに違いない」「汚らわしい」等々……
本当に面倒くさい。こそこそと色々言われることは、地元ですでに慣れているし、生来そういうのに傷つくような繊細な性根は持ち合わせていない。だがハエに集られる程度にはウザったいとは思う。
早く終わらないものか。こんなことなら暲子様の相手をしている方が気楽だ。抓るなりすればおとなしくなるし。
いよいよ煩くなっていく大部屋のど真ん中で、私がぼけっとそんなことを考えていると
「お玉」
一言、美福門院様。それだけで水を打ったように女房達が鎮まる。女房達からの視線が美福門院様と私に集まるが、まるでそれを気に留めるようでもなく、美福門院様は、天気でも聞くように
「私はどちらにつくと思う?」
巻き込まないでください。
切実に、そう思った。
雅仁様や院に絡まれて、何かにつけていろいろ頼まれる兄も、きっとこんな思いを日々抱いているのだろう。
今度会ったら優しくしてやろう、無事にこの場を切り抜けられれば。
しかしつくづくイヤらしい質問だ。
つくべきか、ではなく、つくと思うか。つまり、美福門院様の腹の中はすでに決まっている。これは、どれだけ美福門院様を理解しているかを試している。
そして、私には美福門院様の取るであろう動きが”見え”ている。正解するのはたやすい。
だが、正解するのが”正しい”かというと、また違ってくる。正解すれば評価はされよう。重用もされよう。だが、立身出世がこの世の幸いに直結しないのは、父や兄を見れば明らかだ。
また、正解を度外視するとしても、悪左府殿と関白殿、どちらの陣営を押しても、他方の陣営からは睨まれ、暲子様付きということで得られていた中立駒としての気楽な生活は終わりを告げるだろう。
どうしたものか。
―――いや、答えはすでに”見え”ているのだ。
私として一番マシな道、それは――
「呈子様です」
――正解を言うことだけ。
私の言葉に、一瞬気色ばむ女房達。その爆発の瞬間に差し込むように
「それはなぜ?」
大きくもないのに、よく響く美福門院様の声。
「呈子様は、20歳にございます。すぐにでも子が産めます。対して多子様は11歳にございます。すぐに子を産むは危険です」
「数年待てばよいのではなくて?」
重ねて聞く美福門院様。目に浮かぶのは少し楽し気で優しげな光。ああ、あの眼は見たことがある。宋学を教えてくださっていたお坊様が、問題に正答しようとしている生徒に向けていた目だ。
せめて直接的な言葉にならんように、最低限言葉を選んで私は言った。
「7つまで子供は神のもの。院(鳥羽上皇)は今年48歳。堀河帝は29歳で儚くなられました」
――空気が凍った。
どうやら言葉選びが甘かったようだが、しかし言わんとしている事実は変わらないので、結局はどうしたところで無駄だったかもしれない。
今上帝の治世、権勢は上皇様の威光があればこそ成立している。だがその上皇様はすでに48歳。そして院も人間であり、50も生きれば、後はいつ死んでもおかしくない。
であればこそ、今上帝の立場を、少しでも早く固める必要がある。その方策の一つとして重要なのが、春宮の立太子だ。春宮、次代の天皇指名者の不在は天皇をしても政敵から突かれる弱点である。場合によっては政敵に都合のいい人物を春宮としてねじ込まれ、譲位を迫られることもある。現に美福門院様と上皇様は新院(崇徳天皇)様に対してそれを行い、今上帝を立たせた。
院もいつ死ぬかわからないし、さっさと子供産めそうな方を推しして、産ませて、立太子しましょう。美福門院様もそう思うでしょ?
私が言いたいことは、そういうことである。
我ながら、不敬な話だと思う。だがイワナガヒメを返して以来、皇族といえど寿命は人と同じなのだ。帝だろうと上皇だろうと、いずれ死ぬのは仕方がない。まだ先がありそうな人間は、それを見据えて行動しなくてはならない。だが、女房の方々は、仕方がないとは思っていなかったようで、目を丸くしてこちらを見ている。その顔には
『上皇様がお隠れになるなど、なんと恐ろしいことを……!』
と、でかでかと大書している。
いやあ良かったですね。二つに割れていた女房達の心が今一つに!
やけっぱち気味に思ってると、小さく、笑い声がした。美福門院様だ。
口元を抑え、ひとしきり上品に笑った後、
「みな、下がりなさい。お玉は残って」
『せいぜいたっぷりお叱りを受けることね』
部屋から出ていく女房様方一同から、以上のような励ましの言葉を受けた後。
私は美福門院様と差し向って座っていた。
もっと近くに、と言われて私はすごすごと近づいていく。
何度か言われ、そのたびに近づき、美福門院様の手が私の頭に届く頃になって
「ごめんなさいね。あんなこと聞いて」
と、頭をなでられた。
居心地の良さと悪さを混ぜ合わせた、妙な気分を感じながら、せめてもの反抗としてそっぽを向き
「謝られるのでしたら、最初から聞かないでくださいまし」
「ふふ、嫌われてしまったかしら。けど許してね。玉ちゃんならちゃんと”正解”を答えてくれると思って聞いたのよ」
「”正解”を答えざるを得ないと思って、の間違いでは?」
「あらあら、そこまでわかってしまうのね」
ますます偉いわ、とさらに頭をなでてくる美福門院様。
中立の駒としての平穏を維持する。それをなすために私がするべきは ”上皇様の寿命にまで言及して『呈子様を推す』という正解を答える” であった。
ただ呈子様を推すだけでは、そのまま関白派閥に巻き込まれ、悪左府派閥と敵対し、対立構造に巻き込まれる。逆に、多子様を推しても、陣営が変わるだけで同じく巻き込まれる。
だが、ここで『上皇死ぬかも』という”失言”をすれば?
結果は御覧の通り、どちらからも弾かれる。平時では、派閥からの孤立は双方から攻撃される危険を伴う行為だ。しかし現状のように、それぞれ優先すべき仮想敵がいるなら、敵対する陣営すらも拾いそうにもない失言小娘など、気に留めるだけ無駄であり、放置される。
これがただ 「わかりません」 と答えた場合は、本当はどちらだと思ったのか?なぜ私方につかなかったのか?と後々付きまとわれ面倒になる可能性があった上に――
「これで、暲子様の側仕えとしては、合格ですか?」
「ええ、もちろん。これからも末永く、暲子をよろしくね」
――やはり、これは暲子様を今後支えていく女房として、相応しいかの科挙であったか。
もし、ここでただ答えを濁すだけならば、暲子様に侍る資格なし。美福門院様はそう判断し、安全地帯である暲子様の隣から私を排していただろう。私は、中立の平穏を維持するためには、美福門院様の提示する”正解”を答えざるを得ない。そういう状況に、追い込まれたのだ。
”見る”だけなら私でもできるが、己のさりげない行動をもって、他人に『そうせざるを得ない』状況に追い込むその手管。まったく以て、勝てる気がしない。
「地元では狐憑きだのなんだの言われてきましたが、私など美福門院様には及びません」
恨みと皮肉を込めてつぶやくと、美福門院様はコロコロと笑いながら、両の掌を自分の頭の上にもっていって
「あら、狐とは、また可愛らしいではありませんか?ケンケン♪」
などと楽し気に狐の鳴き真似などをしなさる。
齢30も半ばというのに衰えを感じさせぬ美貌で行ったその戯れは、実に可愛らしく、蠱惑的ですらあった。
あゝ、地元筑紫の、私を狐憑きと呼んだ人々よ。見るがいい。本物のメギツネとは、かくあらん。
ああ、もう話題を変えよう。
付き合っていてはいいようにもて弄ばれる構図しか”見え”ない。
私は、一つかねてから疑問に思っていたことを問いかけてみた。
「――お尋ねしたいのですが、なぜ、ここ最近になって急に、私に目をかけてくださるようになったのですか?」
それこそが、私が気になっていたことである。
今回のように、課題を与えられるようになったのは、ここしばらく、あの男と会うようになってからだ。
和漢の知識、揉め事の仲裁と裁定、不足する物資のやりくりと調達、そして政治情勢の読み取り。
暲子様の遊び相手から、本格的に仕事を任されるようになったかとも思ったが、結局自分は何らかの役目も与えられず、暲子様御付きとして放置されている。
これはまさかひょっとして、と思っていたなら案の定、どうやら私は、今後末永く、暲子様の頬を引っ張りながら、いろいろ世話を焼く係を仰せつかることになるらしい。
だが、いったいなぜだ?
少なくとも、私の実家である響氏の立ち位置をみれば、暲子様の側に置く理由はまあわからなくもない。手前味噌だが、私は美福門院様から見て優良な物件だ。私の実家である響氏は、氏こそ怪しいが、金銭に富み、武力も持ち、そしてなにより朝廷の命令によく従う(比較的に)忠臣である。そして私自身、つい今しがたまで侍っていた女房達に比べれば幾分か『マシ』であるという自信はある。暲子様の近くに付けておくには、まあ悪くない駒であろう。
だが、ここ最近急に、暲子様の今後を支える側に侍る候補として見られるようになった理由は、それでは説明つかない。
理由を知っても仕方のないことかもしれないが、とりあえず話題の転換になるだろう。
そう思って出した問いに、美福門院様はしばし言葉を選んでから
「そうね――。ねえ、お玉?」
「はい?」
「私を、愚かだと思う?」
「いっ、いえ……」
思わずどもる私に、美福門院様は
「取り繕わなくてよいわ。
あなたは賢い子だもの。当然わかるはずよ。私がどれだけ愚かかなど、ね」
そう言って、寂しげに笑う。
私は、胸を握りつぶされたような痛みを感じ、しかしそれだけで、何も言えなかった。
美福門院様は、女傑である。
だが、本当に望んで女傑としてあったのだろうか?
美福門院様の父上である権中納言長実殿は、秀でた人物ではなかったという。
美福門院様の祖母、つまり権中納言殿の母親が白河上皇の乳母であったことから、上皇の側近として取り立てたが、院(鳥羽上皇)の治世になってから、息子たち共々除かれ、間もなく病床にて召された。
その時、美福門院様――藤原得子は17歳。後ろ盾もない彼女が偶然にも(当時受け継ぎ住まわれた二条万里小路亭が、かつて鳥羽上皇の御所として提供されていたことを考えると、完全に偶然というわけでもないが)、鳥羽上皇との知己を得て、その寵愛と庇護を求めたのは、当然だったといえる。
だがそれは、同時に当時の中宮であり、新院(崇徳帝)の母親である待賢門院様の癇気を被る切っ掛けとなった。待賢門院様は崇徳帝を通して、得子様の一族縁者を解任、処罰による財貨の没収を断行。
得子様はそれに対抗し、皇后であった高陽院様(摂関家の出で、現関白殿や悪左府殿の異母兄弟)と組み対抗。最終的には男子がおらず、春宮を立てられたなった新院(崇徳帝)に、体仁親王を養子とさせることを受諾させた。
その後、新院(崇徳帝)に譲位を要求。最終的に、後に院政をとれることを期待させ新院に受諾させるが、宣命において『皇太子』ではなく『皇太弟』とすることで、新院による院政を不可能とさせるだまし討ちをした。また”偶然にも”それと同時期に待賢門院様が手引きしたとされる呪詛事件が”発覚”。待賢門院様は出家させられ、その一派は斜陽、政局から除かれていった。
そして今、待賢門院派閥という政敵がいなくなった高陽院派閥、つまり藤原摂関家は、親と子、兄弟と兄弟に分かれ争い、それを左右できる位置に美福門院様は君臨している。
だが、それは本当に望んだことなのか?
ただ少しでも安堵を欲したがため、院の寵愛を求めた。
―――その結果、待賢門院様勘気を受けて一族は苦境に立ち、徒党を組んで争わねばならなくなった。
待賢門院様からの圧力から逃れるため、徒党を組み、待賢門院様やその息子である新院様を追いやった。
―――その結果、息子である今上帝の後継問題で振り回される。
順風満帆の船と、そう人は見るかもしれない。だが近くで見ている私には、美福門院様がまるで、渇きに耐えかね塩水を舐める水夫のように思えるのだ。
どう言葉を返そうか、迷う私に美福門院様は少し意地悪い顔をして
「お玉。私があなたを、暲子の側に置こうとしたのはね。
あなたもまた、私と同じ、愚かな女になったと思ったからよ」
「は、はあ?」
急に話が戻されたかとおもったら、またわけの分からぬことを言われた。
どういうことかと思案する私に
「源八郎殿のことよ」
―――またあの男か。
失礼とは思いながらも、私は渋い顔になるのを禁じえなかった。
その顔を見て美福門院様が眉根を顰めて
「もう、女の子がそんな顔をしてはいけません。八郎殿にも嫌われてしまいますよ」
「だからなぜあの男が出てくるのです?」
普通は、仕える方の前でそういう顔をするな、とかいうものだろうと思うだが。
「だって、恋焦がれているのでしょ?お玉は」
ふむ。どうやら暲子様の顔に空いた一対の節穴は、美福門院様譲りだったようである。
「オホホ、なぜ私があのような……」
「恋をするとね、女は変わるの。殿方は気付かないけれど、同じ女にはすぐ分かるわ」
自分の表情が歪むのが分かる。美福門院様は私の顔が面白いのか、袖を口元に置き上品に笑う。
何を言っても笑われそうなので、黙っていると、笑い終えた美福門院様が言葉を続ける。
「あなたがここに来た頃、あなたはまるでここのことも、京のことも、どこか遠くから眺めてました。
嫌っていないけれど、さりとて執着するものでもなく、したいとも思わない。そういう風情を感じました。
まるで、このまま世を儚んで出家でもしてしまいそうな、そういう雰囲気を感じたのです」
まあ、あの頃のここは、入内のことで荒れていたものね。と、美福門院様は少し申し訳なさそうに言う。
「ですが、あの日以来、八郎殿が時折訪ねてくるようになってから、あなたは変わりました。
暲子にも、ただ返事を返すだけではなく自分から話をするようになり、”いろいろと”困っている他の女房達にも、手を差し伸べるようになりましたね」
「まあ、それは……」
確かに、あの頃から、暲子様に自分から話しかけるようにもなったし、物を隠されたり壊されたりした身分の低い女房達相手に失せ物探しを手伝ったり、物の修理や代用品の手配をしてやったりするようになった。
なぜするようになったかといえば、何となく気持ちに余裕ができたからであり、その理由を考えると――
「――まあ、あの男と話すのは、よい気分転換になります故。それだけです」
「玉ちゃんって可愛い」
また私の顔は引きつり、美福門院様の顔は笑う。
「お玉。私は、あの頃からあなたが、周りに興味を持つようになったと感じました。特に暲子や、身の回りの人達に、愛着を持ち始めました。愛着とは、執着であり――つまりは煩悩です」
美福門院様は居住まいを正す。
「御仏の曰く、憂き世にある全ては虚にして空。それに執着するのは煩悩であり、煩悩は四苦八苦を生みます。
だからこそ、御仏は般若信教の中で叡智として、煩悩に囚われず、煩悩を捨てさることの大切さを説いています。
煩悩に身を焦がすのは、自ら苦難を背負うことであり、愚かなことです」
ですが、と美福門院様は前置きして
「愚かでない生に、甲斐はあるのかしら?」
「甲斐……ですか?」
「ええ。生き甲斐です。何かに執着するからこそ、何かを愛するからこそ、あるいは―――何かを憎むからこそ、人はそれを動機とし、目標とし、志として、何かを成そうとします。
それ自体、いいえ、それを思う心すらも空であると、釈迦牟尼は断じるかもしれませんが、私は、たとえ空であったとしても、夢幻であったとしても、それが無意味だとは思えないのです。
だから、いくら博識でも、実家が有用でも、先見の明を持っていても、何も想わぬ、焦がれぬ者に、私は大切な子を任せたいとは思いません。
誰かを想い、焦がれる人こそ、信じ、大切なあの子についていて欲しいと思うのです。
―――もちろん、有益な人物であるのは大前提ですけどね。あの子にとっても私にとっても」
自らオチをつけると、美福門院様は私の頭をなで始める。
どうしていいかわからず、されるがままの私に
「だから―――頑張って八郎君を射止めなさい」
「いや、だからどうしてそうなるんですか」
結局またそっちに話を戻すか!
この親子は、いや、京の女というものは、その年齢にかかわらず色恋話に飢えている。
身を引いて、美福門院様の撫でまわしから逃げる私に、美福門院様は首をかしげて
「あら?私は言ったわよね。暲子にとって有益な存在であるのが大前提、って。だったら、せっかくの好機、逃す手はないと思うのだけど?」
「あれが……好機?」
あの礼節の『礼』の字もまともに書けなかった無骨者が?
「お玉の実家の響は、鎮西を本拠として、交易をする家。河内を中心に畿内から東国に地盤のある河内源氏と結ぶのは悪くないわ。本人はまだ無位無官ですが氏族を含めて考えれば、あなたとは釣り合うはずよ。
話に聞くところによれば、八郎殿はまだ若いのに大した豪傑とのことであり、武功を上げれば相応に出世も見込めましょうし、話によればあなたが文字を教えているようだけど、なかなか筋がいいと聞こえますよ?」
ぐうの音も出ない。
まるで博多の市の商人のような、鮮やかな売り込み文句に、思わずあの男が、中々の掘り出し物のように思えてしまう。
事実、あの男は見かけによらず頭がいい。一を聞いて十を知る、とまでは言わないが、十まで聞けば八、九までは理解する。文字も砂が水を吸うように覚える。文字も礼法も知らないのは、ただ覚える機会に恵まれなかっただけなのだろう。
そして、腕っぷしの強さも本物だ。
あの日、あの男が転がり込んできたのは、乱闘騒ぎの果てである。大路で別の家の郎党と小競り合いをして、多勢に無勢と逃げ出して、たまたま通りかかった屋敷の裏手、塀の板が外れていたので逃げ込んだらしい。
本人は握り飯を頬張りながら『味方は自分一人、相手は20人以上だった』などと吹いていた。どうせ誇張だろうと思いながら人に調べさせたら、あいつが逃げた時点で、敵方の立っていたのは10人程度、殴り倒されて伸びていたのが20人ほどだったそうだ。いろいろと規格外の男である。
あー、いかん。確かに掘り出し物という気がしてくる。
だが、なんというか……なぜか素直に認めたくないという気持ちが、胸の奥から湧いてくる。
「いや、ええ、その……あっ!あの男も、私のことをそういう風な目では見ておらぬでしょう。
わ、和歌の一つももらってませんし!というか、まともに詠めるかも怪しいですし!」
「あらあら、つまりお玉自ら、好みの歌を詠めるように手ほどきしているところ、と」
「あ、暲子様みたいなことを……!」
いかん。今日は結局同じネタでいじられるのか!?
どうしたものかと弱り果てているところ、
「あの、美福門院様」
と、若い女房が恐る恐るといった体で襖の陰から声をかけていた。
何か既視感を感じたが……
「例の、あの者がまた来ております」
と、若い女房は私の方を見ながら言った。
もう勘弁してほしい。
楽し気に笑う美福門院様の顔に、私はため息を禁じえなかった。
つづく
本スレが完結近いですが、何とか次回作が始まるまで区切りをつけたい。