お玉物語   作:詞連

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味噌汁は鎌倉時代の発明ですが、まあそこは、響氏補正ということで。


為朝の章2

 兎である。でん、と無造作に、目の前に置かれている。

 漢においては十二支の一つに挙げられ、我が国においては因幡の兎の神話に見られるように、薬に関係の深い動物とされている。その肉はたんぱくにして滋味にあふれ、病み上がり、産後の肥立ちなどに食すとよい。

 京の方々は、穢れだなんだといい食肉を厭う風習があるが、五畜に数えられない雉やこの兎などは、比較的食べられる食材である。

 かくいう私も、肉は嫌いではない。滅多に食べられるものではない特別な食材、という補正があるにせよ、宋風の肉料理は非常に美味であると思うし、国風の調理で鍋にしても美味いと思う。だが

 

「どうだ。眼玉を弓で一撃だ。皮にも余計な傷なし!」

 

といった風に、殿方から贈られて、嬉しいと感じるかはまた別問題である。

まるで、獲ってきたネズミを飼い主のところに持ってくる猫のような、自慢げな表情の為朝殿に、私はどうした者かと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「―――とまあ、お前の習った作法通りにしたら、公家の連中もすんなりいうことを聞いてくれたぞ。

 その時の親父や兄貴共もたまげた表情と言ったら、傑作だったわ!」

 

 と、笑いながら握り飯を頬張る為朝殿に、私は相槌をうちながら、追加の握り飯を握ってやる。付け合わせに、ぬか漬けの野菜と汁物(兎汁をこの男は所望したが、毛皮をはいだりする時間がかかるので、こちらも野菜と、実家から送られてきた味噌で適当に仕上げた)だ。

 私の手で握れる大きさの握り飯は、為朝殿にしてみれば、2,3口で平らげてしまえるようなものだが、なぜかこの男は、私が握るのを待ってそれを口に運んでいる。もういっそ釜を持たせてそこから直接喰らえばいいのではないだろうか?

 上機嫌で語るのは、昨日から今朝にかけて、公家の狩り遊びに付き合った際の手柄話だ。本日が初めての狩りで、山歩きを碌に知らぬ公家の坊ちゃまの不手際と勝手、そしてそれに対する源氏側の対応に、源氏の侍側と公家側が、双方チェスト案件直前まで行ったところで、為朝が割って入り、事なきを得た、という内容だ。

 つたないながらも、礼節に乗っ取り、故事を交えての奏上に、公家側も不満を修め、源氏の武士側の指導や申し出を素直に受けるようになり、その後は順調に狩りの日程をこなし、件の坊ちゃまにも獲物を獲らせることに成功したらしい。

 結果として、この男の一族内での株は、少し上がったようである。

 

「それはようございました。私も教えた甲斐があったというものです」

 

 割と素直に、思ったことを言ってみたところ。

 

「なんと、お玉が素直にほめるとは思わなんだ!明日はわかめでも空から降るのか?」

「……浦ー」

「いたっ!抓るな!」

 

 ふふふ、いくら体を鍛えても、腿などを抓ねれば痛いのは変わらないのです。

 とはいえ、その程度では腹の虫がおさまらず、私はこの無礼な男を睨みながら

 

「私はいつも素直です」

「まあ、そうだな。普通こんな物言い女にしたら『非道ございますぅ』とかしなを作ってウソ泣きするのが大体の京女だ。

 その点お前は可愛げがない」

 

 ――可愛げがない。

 それは普段から言われなれている言葉だ。

 私のことを可愛いだのいうのは、美福門院様や暲子様などの変わった方々だけだ。女だてらに鼻っ柱が強い、気が強い、可愛げがない。よくよく言われることであり、言われなれた評価であり、特に気にもしてないはずなのに―――なぜか、今日だけは少し胸が痛んだ。

 なぜか、と私が思いを巡らす前に

 

「まあ、その可愛げのなさが、俺がお前を好いてる理由なわけだがな」

 

 まるで、意識の間隙を射抜くかのように、心の奥に届けられた言葉に、私は一瞬呆然とし

 

「ふぇぁ!?」

「なんだその変な声は?」

 

 ここここの男は……!こいつと話しているとまったく調子が狂う!!

 驚きに加え、妙な安心感と、なぜか胸の温かくなる感じと、それらが混然としてどうにも頭が働かない。

 一つ、大きく息を吸い、ため息のように深く吐いて

 

「……。何ですか、好いてるとは。確認しますが、それは別に男女のそれというわけではありませんよね?」

「いや、女子として好いてるぞ。言ってなかったか?」

 

 こいつぅ……!

 

「そういうのは!和歌にして!届けるところから始めるのが!普通でしょう!」

「和歌の作りかたなんぞ知らん。お前から習ってるところだ」

「ええ!そうでしょうとも!知ってます!」

「だろう。だからしばし待て。そう遠くないうちに手柄立てて出世して、貰いに来てやるから。それまでにはそれなりに格好つが付く和歌を作る」

「貰いに来てやる!?それなりに!?~~~~っ!」

 

 もうどこから突っ込んだらいいものやら!

 八方破れの物言いに、何を言ったらいいやらもうわからず、結局憤りが一周回って逆に落ち着いてきた。

 

「―――もういいです。あなた様がそういう殿方なのは知ってます」

「そういうとはどういのうだ?」

「そ・う・い・う所です!

 大体、なんですか、可愛げがないところが好きだなど。とってつけたような」

「とってつけたとはなんだ。言っておくが、俺は嘘はついてないぞ」

「どうだか。どうせ殿方は、『非道ございますぅ』とかいう、手弱女が好きなのでしょう」

 

 我ながら面倒くさい物言いだと思うが、言いたくなった。

 さてどう言い訳するつもりかこの男は、と思っていると、意外な言葉が出てきた。

 

「いや、そういう女の大半は、袖で顔を隠して舌を出すものだ。

 本当に弱い女は作り笑いをするなり、無表情なりで相手の不興が去るのを待つ。

 まあ、希に、そこまで演技、という女もいるがな」

「……随分、女人に詳しいですね」

 

 私は、尋ねた。言っておくが嫉妬ではない。こんな風流のかけらも解さない男が、どうして女人の心に関して、そこまで詳細に断言するのか、ちょっと気になったのだ。

 

「嫉妬か?――ええいやめろ!抓ろうとするな!単に、近くでお袋達を見てきただけだ」

「お袋”達”?」

「ああ、まあ、ちょっと長い話になるが……食いながら話す、お代わり」

「わかりました。汁物もよそいますね」

 

 私が新しい握り飯と、野菜の汁ものを出すのを待って、為朝殿は自分の出自を話し出した。

 

 ―――とはいうものの、大半は事前に調べていたことだ。

 源八郎為朝。父は言わずと知れた源左衛門大尉為義殿であり、母親は江口の遊女である。

 江口は、天下随一の歓楽街だ。淀川と神崎川の分岐点であり、河口の河尻泊と共に発展してきた。船乗りや貴族、武士などを相手とした遊女の里だ。為朝殿の母親もそこの遊女であり、左衛門大尉のお気に入りであった。

 

「――とはいえ、身請けしてもらえるほどでもなかったらしくてな。

 それでまあ、本来なら流すところらしいが、そこはさすが俺。鬼灯などなんだのいろいろ試したが、一向に効かず、おぎゃあとこの世に生まれ出てな。これはもう仕方がないと、育てられることとなったわけだ」

 

 生まれた後は、子供ができても、多少の金子だけ渡されて放置されてたらしい。

 母親の身分が身分であり、本当に自分の種かと疑われたというのもあるだろうが、丁度

その頃、左衛門大尉の罷免や、当時後継者の地位を与えられていた義賢殿の罷免などでゴタゴタしていたというのも、理由としては大きいのだろう。

 

「まあ、そうこうしている内に、生んでくれたお袋が死んだらしい」

 

 死因は病だったそうだ。物心つく前で、顔も覚えてないという。

 本人にしてみれば、覚えていない母親については、あまり気にしていないらしい。というのも、

 

「生みの親が死んだあと、何かにつけて他の遊女たちが世話を焼いてくれてな」

 

 それがお袋達だ、と為朝殿は自慢げに言った。

 遊女たちにしてみれば、為殿殿は流さざるを得なかった、産むことのできなかった子供達の代わりでもあったのだろう。

 彼女たちに面倒を見られつつ、店の裏から、女たちの素顔をしっかり見てきての、前述の見識だったらしい。

 

「遊女といえば不幸にも故郷にいられず、売られてきたかわいそうな女たち、って思ってるだろ?

 そこはまあ事実だが、言っとくが、大体は下手な武者よりよっぽど強いぞ?」

「強い……ですか?」

「おう。腕っぷしの話じゃないぞ。気の強さ、頭の周り、性根、そういった所だ」

 

 遊女とは、貪られる存在だ。

 客に貪られ、女衒に貪られ、店主に貪られ……だが、一方的に貪られるだけの存在が生きていけるはずもない。

 

「逆説的に、生きていけるということは、一方的に、好きにやられているわけではない、というわけですか」

「そういうことよ。時に弱いふりをして逆に食い返し、いざとなったら一物食いちぎってやるっていう気迫で強く出る。

 おっかないぞ、俺のお袋達は」

 

 それに比べりゃ、親父も兄弟も可愛いもんだ。

 と、為朝殿は笑いながら、最後の握り飯を、同じく最後の味噌汁で流し込む。

 そうして一息ついた後

 

「―――やはり、俺はお前のことが好きだ」

 

 全くもって、不意打ちの好きな男だ。脈絡もなく、そんなことを言い出す。

 どうして、今の話の流れでそうなるのか?

 そしてどうして、私の顔は緩んでしまうのか?

 努めて不機嫌そうになるように意識して、私はそっぽを向きながら

 

「ふん、どうしてその流れでそのようなことを言うので?

 それとも、不意打ちでそういうことを言えば女は転ぶというのが、お母さま方からの教えですか?」

「まあ、それもあるがな。だがそれだけじゃない。

 ―――お前が、今の話を楽しそうに聞いてくれたからだ」

「……まあ、裏から見た江口の話は、初めて聞いたものですから」

 

 実のところ、江口については兄弟や一族郎党の男衆が話しているのを聞いていた。

 きらびやかに着飾った女達、夜が更けてなお響く今様や煌々とした街の様子。

 だが、それを裏から見た話は、今聞いたのが初めてで、私の生来の好奇心が久方ぶりに満たされるのを感じていた。

 

「普通、遊女遊郭の裏話なんぞ、京の姫様方はお気に召さなくてな。狩りの話や戦の話もそう。

 何かにつけて、他人の失敗だの、やれあの坊主の見目が良いだの、恋だの愛だの嫉妬だの、下らん話ばっかり好む」

 

 うんざりしたように言う。その言葉に、私も同意する。

 同じ話題をグルグルグルグル。いったい何が楽しいのか。

 

「だがお玉、お前は違う。俺の話を聞いて楽しそうにしてくれるし、お前がする話は、面白い」

「そうですか?」

「おう。和漢の古典のこともだが、特に好きなのは、あれだ。唐天竺やその先に、行って帰ってきた男たちの話よ。

 ゾウ、とかいったか?鼻の長い家屋敷のように大きな生き物!本当におるのか、そんな妖怪!」

「私も半信半疑ですが、象牙を見る限り、家屋敷ほどの大きさの生き物、というのは本当らしいですね」

 

 あの大きさの牙を生やす生き物だ、よほど不均衡な体の作りでなければ、相当の巨体だろう。

 

「お前と話していると、まるで、世界が広がるような感じがする。

 まるで……お前の眼は、江口で毎日見ていた、どこまでも遠く広がる海のようだ」

 

 それは奇しくも、初めて会った日、私が為朝殿の眼を見て思ったのと同じ想いだった。

 

「お玉」

 

 為朝殿が、手を伸ばしてきた。

 急な動作に、身が固まる。

 ごつごつとした手が、頬に触れる。

 頬にかかる髪をそっと掻き上げられる。

 指は顎に、なすが儘に、為朝殿の方に私の顔を向けられる。

 

 あの日、響の灘を思わせた目が、今日もまた、同じ光をともして、私を見ている。

 私は、今どんな表情をしているのだろう?

 その目に、私の顔はどんな風に映っているのだろう?

 

 ずっとこのままでいたいと思う。

 恥ずかしくて、顔を隠してしまいたいと思う。

 これからどうされてしまうのか、知りたいと思う。

 

 行くも戻るも立ち止まるも、全てしたくて、全てしたくない。

 立往生した心のまま、私はどれだけ為朝殿を見つめていたのか。

 為朝殿の唇が動き

 

「お玉―――何を呆けた顔をしてる、らしくもない」

 

 悪戯が成功した子供のように、にかっと笑う為朝の殿。

 一気に現実に引き戻された。

 私は、笑顔を返して為朝殿の小指を握りしめると

 

「浦ー」

「ぅお折れる折れる!やめい!」

 

 ふふふ、いくら大の男と小娘の力差でも、小指1本なら五指と腕力全開でひねり上げることができるのです。

 

「為朝殿、殺しますよ」

「ほら、女は怖い。男が言うならやってみろと返せるが、女に言われると本当に殺されそうな気がしてくる」

「怖くなるのも当たり前です!まったく、和歌の一つも出してもない相手に、いきなり好きだだのなんだの言った挙句、あんな、あんな……!」

「口吸いでもされると思っ――あー、やめろやめろ。鍋がへこむだけだ」

 

 空になった鍋を振り上げる私に、この男は面倒くさそうに返した。

 鍋で殴って鍋の方がへこむなど……こいつ暲子様が言う通り、本当に金属でできているのか?

 とはいえ、本当に鍋が凹んでも大変だ。

 

「もう、たらふく食べたでしょう!さっさとお帰りください!」

「おいおい、もう一心地つかせてくれてもいいだろう。それに、また手習いの一つでも……」

「もう日も暮れますので今日はこれでお開き!……代わりにこれをどうぞ」

 

 私は、かねてより今日渡す予定だった冊子を、投げつけるように渡す。

 

「これは……和歌集か?」

「私が写本した古今和歌集の一部です。手本になりそうな歌を抜粋しています。それを読んで参考にして、次に来る時までに和歌の一つでも作ってきてください」

「お?やっぱり俺から和歌を送られたいのか?」

「違います!こういうのは下手でも数をこなさないと上手くならないから、なんでもいいからやってみろって言ってるんです!下手な歌を詠んできたらボロボロにこき下ろしますから覚悟してくださいね!」

「わかったわかった」

 

 またな、とだけ残し、あの男は冊子を懐にしまうと、あっさりと出ていった。

 何かもう一言残すか、あるいはひょっこり戻ってきて、また何か言い出すか。警戒していた私が、あの男は本当に帰ってしまったらしい。

 

「……もう少し、何かあってもいいじゃありませんか」

 

 独り言ちて、私は、今さっき触れられた頬に手を添える。

 あんな風に、異性に触れられたのは初めてだ。

 

「……。まあ、確かに優良物件ではありますし……」

 

 もしも、もしもあの男が、まともな和歌を送ってきて、それなりに出世するようなら、実家に有力な嫁ぎ先として、提案してみてもいいかもしれない。

 

「美福門院様の推薦でもありますしね!」

 

 誰にともなく、我ながら言い訳じみたことを口にしながら、私は片づけを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――そして、その一月ほど後

 

 

 

「ほう……お前が、美福門院殿の所の子ギツネか」

 

 なぜか私は、単衣だけを纏った状態で、悪左府藤原頼長殿と対面していた。

 




つづく
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