フェイト/スクリーミングソウル   作:ユート・リアクト

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 ―――世界は闇より生まれた。

 

 

 果てなき闇、混沌の坩堝。

 だが、その世界にも一条の光が差し、やがて世界は二つに分かれた。

 闇の世界は<魔界>

 光の世界は<人界>

 二つの世界は共にあり続けた。長い永い間―――。

 だが、やがて闇の世に現れた王が言う。

『―――元は一つだった世界。再び統べんとして何が悪い?』

 その時から闇は光を覆わんとし、光は闇から逃れんと抗った。

 だが、人は脆く弱く、魔界の住人である悪魔の力にかなうべくもない。

 深遠なる闇に光は喰らわれ、人界の命尽きようとしたまさにその時―――その者は現れた。

 

 

 <SPARDA(スパーダ)>

 

 

 魔の世界の住人でありながら、誇り高き魂を持った者。

 スパーダは同胞に仇なし光の世のために剣を取る。か弱き人のために剣を振る。

 その剣は、魔界の王さえ斬り伏せ、王を失った闇は力を失う。

 スパーダは闇の再来を恐れ、その世界を封じた。闇に与した悪しき人々や忌むべき己が闇の力と共に―――。

 永らえた人々は彼を崇めた。人の世を救った英雄と。

 そして、いつしか彼をこう呼び始める。

 スパーダ―――<伝説の魔剣士>

 だが、スパーダは人知れずその姿を消し、人々は次第に彼の存在を忘れゆく。

 実在したはずの英雄はやがて伝説となり、伝説はやがておとぎ話となり―――。

 そして二千年が過ぎた。

 

 

 

 

 満月の夜。

 蒼白い月明かりに照らされた街並は、どこか幻想的だった。

 中世から飛び出してきたような建物が月光で静かに輝く夜景は、儚くも美しい一枚の絵画のよう。その情景に感じる、胸を締めつけるような優しい痛み。

 叫びたいほど、切ない。

 街は優しい夜に包まれ、夜空の月と星々は静寂の歌を唱う。見上げた夜空はどこまでも広く、誰の頭上にも等しく在り続ける。

 今日も、そしてこれからも。

 こんな夜は、人生の意義を考えてしまう。

 それが、この夜空を見上げる者がいるならば。

 生憎と街は寝静まり、聞こえる筈のない人々の寝息が夜の静寂を彩る。闇に滲む明かりなど、中天に浮かぶ月と星の光以外に存在しない―――ただ一つを除いて。

 その現代から切り離されたような街の中に、一つだけ異風な事務所が堂々とその存在を誇示していた。

 店の看板―――というよりネオンサイン―――は、頭の悪いほどにギラギラと輝いていた。店長の趣味なのか、青い光を放つその看板は、悪趣味とも言える店名を夜の闇に刻み込んでいる。

 それは最近、この地『フォルトゥナ』で有名になりつつある店。<悪魔退治>を専門とする、その名は―――。

 

 

 <Devil May Cry>

 

 

 何も知らなければ、卑猥な店か何かのように思うかもしれない。

 だが、<闇に属する者>にとって、この『称号』ほど恐ろしいものはない。文字通り『悪魔も泣き出す』のだから。

 悪魔退治専門の事務所として、これほど相応しい名前も無いだろう。そして、この店の主もまた、悪魔を狩るのに相応しい『血統』だった。

 この地、フォルトゥナでは魔剣士スパーダを<神>として崇めている。

 スパーダはフォルトゥナの領主を務めていたらしくそれを背景に宗教化していった。世界を救ったスパーダに対する敬虔の念が高じたが故だろう。悪魔を神として崇めるなど皮肉な話だが。

 その排他的な島国で独特な宗教文化を重んじる地で、存在していたのだ―――スパーダの血族が。何の因果か、スパーダを神として崇めている地で生まれた。

 彼は少年だった。

 フォルトゥナの民において唯一、神を信じない不信心者だった。その不信心者が、皮肉にも神(スパーダ)の血を宿していた。

 彼は悪魔だった。

 邪悪として忌避される存在の眷属だった。だが<涙>を流す当たり前の人間でもあった。

 そして彼は―――悪魔が恐れる男。

 スパーダと同じ銀髪を靡かせ、人に仇なす悪魔を駆逐する孤高の悪魔狩人(デビルハンター)。

 名を<ネロ>という。

 

 

 

 

「―――まだ起きてるの、ネロ?」

 優しく澄んだ声。自宅兼事務所にネロと同棲している女性―――キリエは少し心配そうに声をかけた。

 ネロは一階の事務室でアンティークの椅子に座りながら、机の上で銃の整備をしていた。丁度作業を終えたネロはキリエの声に振り向いた。

 彼にとってはまさに慈愛の女神。最愛の人。

 彼も優しい声で彼女の名を囁いた。

「―――キリエ」

「もう夜中の二時よ。早く寝ないと朝ご飯抜きにしちゃうわよ?」

「それはマズいな、ごめん―――でも……」

 眠れない。いや、身体が寝ようとしないんだ。

 今夜は満月だ。

 部屋の中に居たって、カーテンを閉め切っていたって、外は冷たい月の光で照らされているのが俺には分かる。

 その月の魔力に満ちた空気を呼吸するだけで俺の身体に流れる血が熱く滾る。髪の毛の一本一本にまで精気が注ぎ込まれ、感覚は研ぎ澄まされて異常にハイな気分になる。

 それに―――。

 

 

 右腕が疼くんだ。

 

 

 ■■の右腕が……。

 だから俺と同じく、こんな夜は―――■■がおとなしくしていられるハズがない。

「……でも、仕事が仕事だからこんな夜更けでも依頼があるかもしれないだろ?」

 悩みは打ち明けるべきだが、彼の抱える悩みはキリエに―――<人間>に話していいものなのかネロは判断に困っていた。

 だからネロは誤魔化すように言葉を取り繕った。

 もちろん、キリエはそれを見抜いていた。彼の心の内まで見透かしていた。

 話してくれないのは少し不満だが、彼の抱える悩みは特別だ。

 彼の悩みの種―――■■の右腕の事に関してネロ自身前向きになりつつあるが、それでも簡単に割り切れるものではない。

 彼が自分から話してくれるまで待つ。無理強いはしない。

 だから―――。

 

 

「―――ねえ、あまり無理しないで」

 

 

 優しい声だった。

 囁いて後ろからネロを抱き締めた。静かに、穏やかに。

 そこに『愛してる』の想いを込めて―――。

「……ああ」

 ネロは静かに答えた。答えた声もまた、優しかった。

 キリエの優しさがネロの心を満たす。

 キリエの温もりがネロの心を温める。

 キリエの愛情が、こんなにもネロの心を穏やかにする。

 このまま彼女と眠りたい。ずっと一緒に眠りたい。そして、優しい日差しの中で目覚めたい。

 二人は静かに互いの、愛しい人の温もりを感じ合う。

 言葉は要らなかった。ただ、二人の息遣いだけが残った。

 世界が二人だけのものになる―――。

 そして、不意に感じた『右腕』の疼きに現実に引き戻された。

 それは警鐘だった。

 ネロは内心舌打ちした。

 タイミングは最悪。まったくもって最悪。

 まるで二人の仲を邪魔するような頃合だ。

「……キリエ」

 厳かになったネロの声にキリエは一瞬訝しんだが、すぐに察して慌てて台所へと身を隠す。

 そしてソイツは来た。律儀にも玄関から足を踏み入れてきた。

 入ってきたのは長身の禿頭の男だった。色の違う双眸(オッドアイ)が不気味に輝いている。

 そして顔の半分が爛れていた。いや、火傷のような傷は僅かに蠢動している。

 そう、それは傷ではなく、刻み込まれた『呪い』だった。

 真っ当な人間では有り得ない。

 それでも見た目は人間。だが、右腕が「NO」だと疼きを以って警鐘を鳴らす。

「……あんたは?」

 ネロは敵意を剥き出しにして男に問い掛ける。少しでも妙なマネをすれば、男からは見えないように机の影で左手に握られている銃<ブルーローズ>が男の眉間目掛けて銃弾を吐き出すだろう。

「―――アーカム」

 男は―――アーカムは、家具に指を這わせながら近づいてくる。その動作は、まるでゆっくりと蠢く蛇のようだった。

「君がネロかね?」

 アーカムは、ネロを値踏みするように見つめる。口元には、形だけの冷笑。

「―――スパーダの血族だとか?」

 その言葉に、今度こそネロの顔が険しくなる。

 同時に大きな疑問が頭の中を埋め尽くした。その事実を知るのは、当人とごく一部の人間だけである。

「……どこでそれを聞いた?」

 訊ねた声は、知らず殺気が滲んでいた。眼光も氷のように冷たく光る。

 アーカムは、その眼光に畏怖するように―――同時に、何か懐かしいものを見るように目を細めていた。

「私の主から……」

 その後は鉄のように表情を固め、アーカムはネロの質問に呟くように答えた。

「君に仕事の依頼を頼みたい―――」

「悪いが閉店時間だ」

「扉の鍵は開けていたようだが?」

 ネロはもう一度、心の内で舌打ちした。

 確かに仕事が来るという予感めいたものを感じていた。だから深夜にも関わらず扉の鍵を開けていた。

 黙り込むネロに、アーカムは続ける。

「君には『戦争』に参加してもらいたい。遥か東の地で行われる<魔術師>同士の戦争に……」

 アーカムの言葉は直ぐには理解し難いものだった。

 戦争? 魔術師? 自分が参加?

 はっきり言って意味不明だった。

「悪いが、よそを当たってくれ。うちは悪魔退治が専門なんでね」

 当然、ネロは断った。

 ネロの仕事は悪魔退治だ。戦争に赴く傭兵ではないし、第一<魔術師>なんて胡散臭いヤツらが存在するのか甚だ疑問だ。

 だが、心得ているとばかりに薄ら笑いを浮かべながらアーカムは紡いだ、衝撃的な言葉を。

「<魔界>と繋がると言っても?」

「―――っ!?」

 今夜一番の衝撃だった。

 遥か東の地で繋がるというのだ。悪魔の棲む世界―――文字通り<魔界>と。そのアーカムの言葉に、嘘偽りは感じられなかった。

 数ヶ月前、ほんの僅かな間だが、この地フォルトゥナも魔界と繋がった。

 多くの犠牲者が出た。

 多くの悲しみを残した。

 アレが、また起きるというのだ。

「……私の主が招待状を渡したいそうだ」

 アーカムが静かに机に手を掛けた。その行動にネロは思考を中断し、貫くようにアーカムを睨み付ける。

「―――是非受け取って頂きたい」

 告げた後、アーカムは机を『掬い上げた』。

 なんの予備動作も無く掬い上げられ、一見して相当な重量の机が冗談のように宙を舞った。ボールのように回転する机は、床スレスレの高さを滑空する。

 その軌道上に位置していたネロは―――同様に宙を舞っていた。

 迫る机を足場代わりに蹴り上がり、バック宙の要領で中空を泳ぐ。壁にぶつかり木片を散らす机に着地したネロは、間髪容れずブルーローズの銃口をアーカムへと照準する。

 アーカムの姿は忽然と消えていた。

 ネロはブルーローズを構えたまま周囲を警戒する。気配は無かった。右腕がそれを教えてくれる。

 敵が去った事を確認したネロは、ブルーローズを下ろした。

「招待状ね。……ん?」

 ふと視界の端に見慣れない物が入り込んだ。

 部屋の中央にテープレコーダーとかなり大きめのトランクとが置かれていた。

 あのような物はネロもキリエも持っていない。おそらくアーカムが残していったものだろう。

「…………ネロ?」

 静かになったのを見計らって、キリエが奥から恐る恐る出てくる。ネロは、大丈夫だよとキリエの肩を優しくさすってあげた。

 そしてゆっくりとテープレコーダーへと歩み寄り、再生ボタンを押す。

『―――アーヒャッヒャッヒャッヒャッ! こんばんわ、デビルボーイ! オレの名は<ジェスター>。今から仕事の説明をしてやるよ!』

 聞こえてきたのは、かなり耳障りな声。夜中に聞くものじゃない。聞くに耐えないとばかりにネロはブルーローズの銃口をテープレコーダーへと照準した。

『Oh,wait wait! まずは話だけでも聞いてみようよ!? ゼッタイに損はさせないからさ!』

 まるでこちらの動きを見透かしたように制止してくる。いや、録音されているということは、こうなることを予想していたということか。

 ムカつく野郎だ、とネロは歯噛みしながらも渋々銃を下ろした。

『坊やには先ず日本の<冬木市>ってところに行ってもらう。そこでさっき言われた戦争に参加するんだ』

 ネロは眉間に皺を寄せながら聞いていた。

 いきなり日本(ジャパン)に行けなど、急な話だ。

『坊やは何の戦争かわかる? アレだよ、ア・レ。……それとも坊やにはまだ早過ぎたかな? アーヒャッヒャッヒャッヒャッ!』

 ぴきりと、ネロの額に青筋が浮かぶ。『キレる』一歩手前だ。

 もっとも、怒りの捌け口がテープレコーダーの向こうなのでどうしようもないのだが。

 仕方なく怒りを飲み下し、しかし知らずギシギシと軋むまで右手を握り締めていた。右腕からは、ぼんやりと青白い光が陽炎のように立ち上っていた。

『ジョークだよ、デビルボーイ。眉間に皺が寄ってるぜ?』

 いちいちうるさい奴だ。おまけに鬱陶しいことこの上ない。言うなら早く言えよ。ネロはそう思った。

『坊やが参加するのは<聖杯戦争>……。魔術師が過去の英雄をワンちゃんのように使役して殺し合うブットンダ儀式さ! わかる!? 頭悪いんなら手にメモったら?』

 ネロは胡乱に眉をひそめる。

 過去の英雄を使役するだって? そんなことが出来るのか?

『ざんねん、坊やには<令呪>が発現してないから正式な参加資格は無いみたいね。つまり坊やにはヒールレスラーみたいにその戦争に乱入してもらうんだ。参加しないとは言わせないぜ~!? 早くしないと<魔界>と繋がっちゃうよ? アーヒャッヒャッヒャッヒャッ!』

 ……話はよく解らないが、<魔界>が関わる以上無視というワケにもいかなかった。魔術師についても現地に行ったら解るだろう。

 だが、どうやって日本に『得物』を持っていけばいいのか。少なくとも税関を通過できる代物ではない。

 第一、パスポートを持っていない。

『安心したまえ。そこにトランクケースがあるだろう? その中に君のパスポートが入っている。勿論偽造だが。依頼料も一緒に入っている。それに、そのトランクケースは魔術的な仕掛けが施されていてね。そこに仕事道具を入れていくといい。税関を素通りできる』

 音声がアーカムのものと変わった。いけ好かない事に変わりはないが、ジェスターよりは何倍もマシだった。

 ネロはトランクケースに触れてみる。

 確かに魔力が込められており、右腕が反応している。確認のためにトランクケースを開けてみた。

 ネロとキリエは驚きに口元を押さえた。

 トランクケースの中にあったのは、偽造パスポートと……札束。スペース一杯に入れられた札束、札束、札束。

 ちょっと怖いくらいの量だ。それだけ危険な仕事なのだろう。

 しかし、解せない点がある。

 アーカムの目的が分からない。ただ単に、ネロに魔界の復活を止めて欲しがっているとは到底思えない。

 いや、むしろ『誘い出している』と考えるべきか。

 どうにもキナ臭い。何か画策があると見て間違いないだろう。

『―――なお、このテープレコーダーは再生終了と同時に自動的に消滅する』

「っ!!?」

 その言葉にネロは戦慄した。おそらく証拠隠滅を目的とした爆破処理だ。

 ネロは慌ててキリエを庇うように抱き締めて床に伏せた。

 それと同時、テープレコーダーが発光する。

 ネロは次に襲いかかってくるであろう爆風を耐えるべく歯を食いしばり、キリエは身を震わせ固く目を瞑った。

 そして―――。

 

 

 ポン♪

 

 

 テープレコーダーからお花が咲いた。

『冗談だ』

 アーカムのどこか愉快そうな声が、ネロとキリエの警戒を解いた。

 キリエはキョトンと目を見開き、ネロは安堵と怒りでこめかみがヒクついている。

『アーヒャッヒャッヒャッヒャッ、ビックリした!? それじゃしっかり働いてチョーダイ! ところで、もう一度聞くけどビックリ―――』

 グシャッと、破壊音。

 ジェスターが話し終える前に、ネロがテープレコーダーを蹴飛ばした。

 よほど力を込めたのか、テープレコーダーは空中分解してバラバラになった。あとに残ったのは、大量の破片と絡まったテープだけ。

 それを見て、キリエは「もう、後片づけが大変じゃない……」と、のんびり呟いた。

「……キリエ、明日から少し家を空ける」

 怒気を孕んだ声。

 どうやら仕事を受けるようだ。そして仕事ついでにアーカムとジェスターを一発ブン殴るつもりだろう。ネロの中で、これだけは決定事項となった。

 キリエは目を伏せた。

 出来れば危ない事はして欲しくないのだが……言っても聞かないだろう。

「―――ええ、でも無理しちゃダメよ?」

 だから子供を諭すように優しく、そして少し困った顔で微笑んだ。母性を感じさせる、包み込むような笑顔だった。

「……ん」

 ネロはどこか照れたように鼻を掻いた。顔もほんのり赤い。

 先ほどの剣呑な雰囲気はナリを潜め、すっかり宥められてしまった。まったく、キリエには敵わないな、と改めて思った瞬間だった。

 了承は得た。今日のところは―――とりあえず、もう寝よう。

 速やかに身支度を済ませ店内と看板の電源を落とす。

 街からまた一つ、光が消えた。フォルトゥナは完全に夜に沈んだ。

 残ったのは静寂と蒼白い月明かりと、二人の息遣い。二人の世界。

「じゃあ、寝ようかキリエ」

「……うん」

 二人だけの世界。

 窓から差し込む月明かりに浮かんだ男と女の影が、ゆっくりと重なり合った。

 

 

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